大好きだったの。

突然のことだった。
闇が、空を包んだ。
「!?」
音華はびくっとして顔をあげた。
「峰寿・・・!」
「うん。」
峰寿も悟ったようにそう言って立ち上がった。
そして二人は駈け出した。
空を見る。
真っ黒だった。
暗闇とかそういうのではなく。
黒、その一色だった。
「・・・・・・・・んだこれ!」
「術だ。」
「術?」
「おいで、音華ちゃん!離れないで!」
「お、おう!」
走り出す。
ボコン・・・
「!」
びくっとした。
庭の影から突然涌いた黒い人の形をした影。
「ななな・・・なんだあれ!」
めっちゃ怖い!
「式神だ!」
ボコンボコンボコン!
「うわ!」
その影がいくつも湧き上がった。
「しッ・・・式神って!こんなにたくさんおんなじ形のがいるのか!?」
「いるいる!下位の神様だよ!」
走り抜ける。
だけどその影達は追いかけてきた。
「追いかけて来たぞ!」
「逃げる!」
峰寿がふっと口元に小さな紙を当てた。
ぶわ!
その瞬間に赤みがかった煙が辺りにあふれ出した。
「急ごう!」
「お・・・おう!」
手をひかれて走る。
影達は身動きが取れないようだった。
「エリカを探さなきゃ!」
「うん!」
エリカの部屋を目指して走る。
「エリカ!」
パーン!
戸を思いっきり開けた。
でも、そこには誰もいない。
「なんだよくそ!どこに・・・!」
言いかけて、峰寿ははっとする。
「・・・。」
「峰寿?」
「・・・・・・・・音華ちゃん。」
「え?」
「急いで婆やのところまで行って。」
「あ、え?」
「俺はエリカを探す。」
「お・・・俺も!」
「だめ。」
頭を撫でた。
「勾玉・・・持ってる?」
頷く。
「音華ちゃん。」
「ん。」
「音華ちゃんを一人前の陰陽師と見込んで、頼む。」
「え?」
「・・・婆やと一緒に、此処を元に戻して。」
「・・・峰寿は?」
峰寿は微笑んだ。
「俺は。」
言うのをやめた。
そして呪文を唱え、音華に結界を張った。
「これで。大丈夫。あいつらには、見えない。」
頷く。
「でもあいつらにだけは、ぶつかったりしちゃだめだよ。それで解けちゃうから。」
「わかった。」
「頼んだ。」
「おう。」
峰寿の温かい手を握って。音華は背を向け駆けだした。
「・・・・・・・・・・・芳河がいたら、怒られたかな。」
峰寿は苦笑いをしてから真面目な顔をし、駆けだした。

気づいてたのか エリカ・・・!


音華は走った。
「婆!」
どす!
「!」
ぶつかった。
曲がり角のところで。正面衝突だ。
「しま・・!」
顔をあげた。
だがそこにいたのは黒い影人間ではなかった。
「緋紗!」
パシン・・・・
――え?
今の音。
「音華ちゃん。これ・・・一体。」
「た・・・大変なんだ!これ!なんかの術で!」
「音華ちゃん。」
「そうだ・・・!婆のところに行かなきゃ!悪い緋紗!エリカ探してきてくれるか!見つからないんだ!」
緋紗の横をすり抜けようとする。
パシ。
「緋紗?」
腕を掴まれる。
「・・・・・。なぁ、緋紗。」
疑問。愚問かもしれない。でも、問う。
「なんで、今さっき、俺に触れたとき、峰寿の術・・・解いたんだ?」
緋紗の顔が、よく見えなかった。
「・・・・緋紗・・・・・・。お前・・・・。」
でも、口元は笑っているようだった。
笑ってた。
嗤って、・・・た。
その口元が言う。
「急いでも無駄だよ。今は此処からは出られない。誰も。生身の人間がその歪みに耐えられないから・・・・。」
「・・・・緋紗。」
「ごめんね音華ちゃん。」
「・・・なんで謝るんだ。」
「俺、音華ちゃんのこと、使い物にならなくさせるために来たんだ。」
ぞっとした。
嗤ってる。その顔。
「ど・・・っ・・・。ういうことだよ。」
後ずさる。
でも手を放してはくれない。
「若草様が一度塞いだ霊孔って知ってるかな?音華ちゃんの霊力が体から出る時、霊力はその穴を通ってくるんだけど。それを封じると霊力を扱うことはできないんだ。」
「・・・・・・・・・・・・・それが・・・。」
「一度塞がれたものだけど。此処に戻ってきて、完全に霊力を取り戻しちゃったでしょ。」
「・・・・そう・・・だけど。」
「その穴をもう一度、塞いでしまうことで、陰陽師としては使い物にならなくなる。今度は外れたりしない、強力な封をすることでね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・緋紗・・・・なぁ・・・お前。」
「俺が、その役目を持って、西から来たって言ったら・・・驚く?」
ぞくっとする。
どうすることもできない。
じわじわと、近づいてくる気配を感じてた。
黒い人影が。
やばい。
動けない。
緋紗の手が近付いてくる。
「ごめんね。ちょっと失礼するよ。」
「・・・・・・・・やめ!」
襟元に手が伸びる。
「一瞬だ。もう印は打ってある。大丈夫。体に害はないから。」
掴まれた襟元。
ぐいっと引っ張られる。
その声が聞こえたのは、その瞬間だった。
「オン!」
バチィ!
その時の閃光の色。
忘れもしない。
あの、色だ。

初めてこの山で見た、陰陽術の色。

「触るな。阿呆が。」
忘れもしない。
あの、声だ。
ぐいっと引っ張られた。その手の中に。
緋紗の手は離れていた。
「・・・・ほ・・・・」
目を疑った。
でも疑う余地もない。
こいつは。
「芳河・・・・・!」
芳河だった。
「おま・・・!」
なんで?
芳河は素早く術を唱えた。そして放つ。
「オン!」
ぶわっと広がる白い霧。
瞬間、引っ張られる腕。走りだす、足。
「・・・・・・・あはは・・・・本当に・・・・お姫様なんだね。音華ちゃん。」
目をこする。緋紗は顔をあげた。
そこには誰もいない。
逃げた。


「エリカ!」
バン!
戸を乱暴に開ける。
ガタン!ガタン!
エリカはそこにいた。大きなものと共に。
「エリカ!」
峰寿が駆け寄る。
「おい!エリカ!」
「峰寿!」
叫んだ。
「・・・・!」
「お願い、探して。絶対どこかにある筈なの!」
「何が・・・!」
「術のもと!」
「もと?」
「この術、下段階で放った術の塊が必要なはずなの!」
「・・・・なんでこの術のこと知って・・・・。」
「だって・・・・ッ・・・・!」
エリカは耐えきれなさそうな顔をした。
「だって・・・・この術・・・一緒に考えたの・・・・私だもん・・・・!」
震えてた。
「・・・エリカ・・・。」
「とにかく急いで!この術解くの!解かないといけないの!」
「なんで・・・そんな一刻を争うのか?!」
「そうじゃない!」
叫んでた。
「だって・・!」
震えてる。声も、肩も。涙を落とさず、泣いているようだった。
「だって・・・・ひーちゃん・・・・。死ぬ気だ・・・・ッ」
本気の、目。


ぜぇ・・・ぜぇ・・・
息が上がってる。
暗闇。
「・・・・っ・・・」
音華は壁にもたれかかった。
「・・・芳河・・・・っ」
芳河が確かにそこに居る。
「・・・まったく。」
芳河はこちらを見ずに言った。
「・・・どういう有様だこれは。」
「・・・芳・・・」
やっとこちらを見る。
あぁ・・・。久し振りだな。久し振りだ。
あの目。あの目が見てくる。
「阿呆。どういう顔だ。」
「・・・は?!顔ってなんだよ。」
芳河は黙る。
本当に、どんな顔してたんだろう。
芳河はじっとこちらを見る。
「・・・・何かされたのか。」
「え?」
「・・・平気か。」
「・・・お、おう。」
はだけた襟元を直す。
「なんで・・・・お前、此処に。」
「・・・なんでもくそも。」
ため息。
「あの死神が来た。」
「・・・あいつが?」
「此処が大変なことになっていると聞いた。・・・想像以上だったが・・・。それで、術を使って意識を具現化させて此処に来た・・・」
以前父がやっていたようなことか。
「何があった。」
「・・・・・・・・・・・わかんない。」
首を振る。
あ、だめだ。
ほっとしてる自分がいる。
「なんだあの術は。」
「わかんねぇ。」
音華は俯く。
自分の足場を見る。
暗闇。普段来ない蔵だ。
足元がよく見えない。
ガタン!
「!」
物音がした。
蔵の外まで追手が迫っていた。
同時に芳河が、音華を庇うように覆いかぶさった。
壁に押し付けられる。
「・・・。」
本当に精神だけなんだろうか。
心音が聞こえそうだった。幻なのに。
顔を上げようとした。
その時。
突然、ぎゅっと。抱きしめられた。


「姫様もおらん。芳河もおらん。・・・・絶好の機会、と、いうわけか。」
キセルからの煙。
ふーっと息をつく。婆や。
「なめられたもんやな。わしらも。」
障子に映る無数の黒い影。
婆やはにっと笑い、立ち上がった。
「この榊。久々に老体に鞭打つかのぉ。」
ひっひと、笑う。老婆。

 
何をしてる。
自分で分からない。
芳河は困惑してた。
音華を腕の中にしまい込んだ。咄嗟に。
「芳河・・・・?」
ただ、どうしても、抱きしめたいと思った。
震える音華が、どうしても、愛しいと思った。
離れていくことは分かっていた。
もとから、ずっと分かっていた。
「ほう・・・っ・・・芳河っ?」
そろそろ音華が戸惑ってしまう限界だったらしい。
芳河はそっと腕を放した。
「・・・だ、大丈夫か?」
「大丈夫だ。お前は。」
「・・・だい、じょうぶ。」
頷く。
驚いた顔をしていた。
「術・・・・どれくらい使えるようになったか、お手並み拝見といくか。」
「・・・。」
音華はその芳河の言葉に一瞬つまり、しかし、ニッと笑った。
「上等・・・ッ!」
「離れるなよ。」
「おう。」
横に並べる。
その事実が、音華にはどうにも嬉しかった。
この男の横に並んで、戦えるんだ。
そういう嬉しさって、バトルマンガの脇役の心情だよな。

だって、本当は、ずっとこいつに認められたかったんだ。
ただ、それだけだったのかもしれない。

「オン!」

唇から、オン。


「だめ・・・ッ!」
エリカは立ち上がった。
「峰寿!ここ、お願い!」
「ちょっ!エ、エリカ!何処に行くんだよ!」
「ひーちゃん。」
エリカは睨むような眼をして言った。
「ひーちゃんと・・・・決着付けて、吐かせる。」
「エリ・・・!」
エリカは立ち止らなかった。
走りだして、そして見えなくなった。
「・・・・っくそ・・・!緋紗のやつ!」
峰寿は頭をがしがしかいて、再び作業に戻る。
探さなくては、塊を。術の根源を。

ドゴォォン!
けたたましい音が聞こえる。
「!」
エリカはびくっとして一瞬立ち止まる。
しかし一瞬息をのむだけでまた走り出す。
「ひーちゃん・・・!」
走る。走る。
「なんか、探してる?」
声が、上からした。
「!?」
エリカは驚いて顔を上げる。
「あ・・・ッ!暁ちゃん!」
暁がいた。
「まったく、時間食ったわ。此処遠いのよ。」
「どうして此処に!」
「大変そうだから。それに今日は大きな力がいない。」
「・・・?」
「お困り?探し物?」
「・・・・・・・・・・・・・っひーちゃん・・・ッ・・。男の子!見なかった!?」
必死だった。
桃色の髪の毛。
 

「あー・・・。失敗かぁ。」
ふっと緋紗は笑った。
「芳河が来たんじゃ、仕方ないかな。」
「ひーちゃん。」
「・・・・・・・・・・。」
緋紗の後ろに立つ、エリカ。
「見つかっちゃった。」
「・・・見つけた。」
緋紗は微笑んだまま振り向いた。
エリカはそこに居た。汗だくだ。
「どこ。」
「・・・何が?」
「術の、もと。術の塊。どこにあるの。」
「・・・さぁ?」
エリカは睨んだ。
「言ったよね。許さないよって。」
「言った。」
頷く。
「話して。じゃないと、手加減しない。」
「いいね。エリカと本気で喧嘩。一回してみたかったんだ。」
「茶化さないで。峰寿じゃあるまいし。似合わない。」
ふっと緋紗は笑う。
「俺ね、エリカ。俺の父さんたちが此処を裏切った後、掟で俺だけ此処に残ることになっただろ。」
「・・・・・・・・・・・・・うん。」
頷く。
「でも、肩身は狭くてさ。俺、北の霊山に飛ばされた。一人で。」
エリカの顔は、辛そうに見えた。
「一人だったよ。エリカ。俺。ずっと。でも、別にそれは苦じゃなかったんだ。違うんだ。そういうことが言いたいんじゃない。」
首を振る。
「ある日俺のところに、西からの使者がきたんだ。といっても、式神がね。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「そいつ、俺に言ったよ。父さん、霊孔を一つ閉じられてしまったんだって。」
ごくんと息をのむ。それは罰だ。此処を裏切った者に対する、罰。
「仕方ないかもしれないよね。此処を裏切って西につくって、そういうの、罪なんだろ?」
「・・・・ひーちゃん。」
「それでねエリカ。そいつ、俺に言ったんだ。復讐しろって。お前が此処の間者になれって。」
「・・・それで・・・スパイになったの。」
「そう。」
頷いた。
「あっさり・・・裏切ったの。」
「裏切ったのは、どっちだろ。」
「お父様のこと・・・?」
「俺はね、エリカ。此処が嫌いだよ。」
ズキンと、した。胸。
「此処を壊すためなら、なんでもできた。」
「・・・それで音華ちゃんを狙ったって言うの。」
「そうだね。否定はしない。巻き込んでしまった音華ちゃんには、悪いことをした。」
「ふざけないで。」
エリカは睨む。
あぁ、心臓が、痛む。
「これは、避けられないなぁ。ねぇ、エリカ。」
「・・・・・・・・・お互いに、式神・・・見せっこだね・・・。」
エリカは構えた。
「オン・・・・」


「ほっほ。他愛無い。この程度か。西も。」
婆やは笑った。
その周りに紙屑のようになった黒い影の残骸。
そして婆やの傍に仕える、大きな式神。
ドゴォォォォ!
「おっと。」
凄い音が向こうの方からする。
「派手やのぉ。」
「おばーさん。」
「ん?」
見知らぬ女がそこに居て、婆やは目を細めた。
「お主は、誰かのぉ?」
「暁。初めまして。おじゃましてるわよ。」
「・・・しに・・がみ・・・か?」
「ご明答。」
微笑む。
「主が原因か?」
「まさか。助っ人よ。」
「助っ人。はて、どういう経緯で此処に肩入れする?」
「どうでもいいでしょ。若者の世代が来たのよ。」
「・・・ふ・・・。」
婆やはおかしそうに笑った。
「いいな。主・・・。おもろい。」
「そう?こう見えて、大阪人だったりするからね。」
にっと暁は笑った。
「あの影、私が消すわ。あなたにはやってほしいことがある。」
「何をだ?」
「今一人が術の塊を探してる。それを手に入れたらその術を解いて欲しい。」
「・・・ふむ。」
「あのピンクの子が言うにはあなたならできるそうよ。」
「・・・そうか。・・・術の・・・塊か。」
婆やはまた笑う。
「それならわしが、持っとる。」


「キリがねぇ!」
音華がキレた。
「行くぞ音華!大きな音がした。」
「・・・誰だ!?」
「わからん!急げ!」
頷く、芳河を追いかける。その背中を追いかける。
「芳河・・・!」
「なんだ!」
バシュン!
術を放つ。
「これ、終わったら話があるっ。だから、すぐ消えたりすんなよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。分かった。」
芳河は小さな声で承諾した。
「!峰寿!」
「!」
前方に峰寿がいた。
「音華ちゃ・・・・。って・・ほ・・?!?」
芳河の存在に驚いていた。当たり前だ。
「芳河!」
「説明はあとだ。峰寿、来い!」
峰寿は頷いた。
いろいろ呑み込めていないようだったが、今はとにかく従う。
「・・・危ない!」
バシ!
音華が術を放った。
「!」
二人は驚いた。上を向く。
相殺された大きな霊のようなものが砕け散って落ちてくる。
「音華・・・っ!」
「なんか降ってくる!この黒い空、変だ!落ちてくる!」
「・・・・・・・・・・縮んでるんだ。空間が。」
峰寿は呟いた。
「術が・・・進んでる・・・っ!」
ごくん。息をのむ。
その瞬間!
「!!!!!」
ドスン!
その空から大きな手が落ちてきた。
地面をぶん殴った。
峰寿は慌ててよけた。
もう少しでつぶされてしまうところだった。
「なっ・・・!」
その手はずるりとまた上へあがる。
「悪鬼・・・・!」
「冗談だろ!なんだこれ!」
この暗闇自体が巨大な悪鬼なのかもしれない。黒い闇から手が生えている。
「音華!」
芳河が音華の方を向き、庇おうとした時だった。
「雷艶!」
音華は叫んでいた。
ボッ!
その瞬間に煙が広がった。
ビリビリと空気を振動する、霊響。
現れたその影に、峰寿と芳河は身構えた。
「倅・・・」
「久しぶりだな。爺。」
「あぁ。まったくつれない女子だ。いつ以来か?」
「悪いな。」
音華は笑った。
目の前に居るのは、雷艶。
獣の姿だった。
音華はすぐに目の前の悪鬼に目をやる。
「得意なんだろ、こういうのっ!」
「あぁ、任せておけ。」
「指図していいか。」
「十年早いわ。」
流れるように二人の会話は終わり、その時には雷艶は消えていた。
同時にドスン!という鈍い音が響き、叫びが聞こえる。悪鬼の。
「・・・・・・・・!」
峰寿が目を丸くしてその様子を見つめた。
「すっげ・・・!」
ドス!黒い塊が地面に落ちてくる。これは、おそらく、鬼の肉片だ。
凄い瘴気を放っている。
「爺!此処任していいか!」
「あぁ、任せ。倅などいなくともわしは負けぬ。」
「ちっ。いつか見てろよ!芳河!峰寿!行こう!」
音華は二人の方に振り向き叫んだ。
そして走り出す。
「あ・・・お、うん!」
峰寿ははっとして走り出した。
芳河も何も言わず走り出す。


「・・・あぁそろそろだな。」
緋紗が呟いた。
「何が。」
エリカは汗を落としながら言った。
緋紗は微笑んだ。
「終わる。」
緋紗も汗を流しながら、微笑んだ。
「・・・・・・・・ひーちゃ・・・。」
「ごめん。」
「!」
ドッ!
「え・・・ッ・・・・!?」
エリカは何が起こったのか分からなかった。
気がつけば膝をついていた。
「ひ・・・っちゃ・・・・」
睨みつける。緋紗を。
一体、何をしたというのか。
「ごめん。」
何を、謝っているというのか。
目の前がどんどんぐらぐらしていく。
緋紗は笑ってた。
微笑んでた。
「ひーちゃん・・・ッ・・・だめだから・・・!」
精一杯。
叫んだ。
「だめだからね・・・・!絶対・・・ッ・・・許さないから!」
緋紗は笑ってた。
エリカは降りてくる瞼に勝てなかった。
最後に、見たのは。
緋紗の影が、無いという。事実。

それだけだった。


「・・・・・!空が!」
音華は走りながら上を見上げた。
「あ!」
峰寿も気付いた。
「空がある・・・!」
うっすらとではあるが、どんどん暗闇が薄くなっているのだ。
「術が解け始めてる!」
行く手を阻んでいた黒い影も、なんだか少なくなってきた。
ッ・・・ドォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

「!!!!!!!!!!!」
後方ですさまじい音がした。
「・・・!雷艶か・・・!?」
おそらくそうだった。
同時にあの悪鬼の叫びが聞こえたから。
瞬間。
「!」
完全に術が解けた。
「解けた!」
完全に辺りを包んでいた何かは、消えていた。
「ほっほ。」
声が横からした。
「!」
「ば!婆や!」
婆やがそこに立っていた。
「と!お前!」
その横には暁。
信じられないタッグ。
「終わったわ。」
「・・・終わった?」
「わしが術、解いた。」
「!え!じゃあ、術の塊!見つけ・・・――」
峰寿は驚いた。
「緋紗がな。」
婆やは笑った。
「緋紗が、初めからわしに託しとった。」
「・・・・・・・・・・・・え?」
峰寿はわけがわからない、という顔をしていた。
「え?緋紗がどうしたって・・・?」
音華はもっとなにも分からないらしかった。
「・・・・芳河。」
婆やはそれを無視して芳河を見た。
「・・・まったく。過保護や。」
「すみません。」
芳河は謝った。
「いい。謝ることやない。」
婆やは首を振った。
「・・・皆、無事か。・・・・・・・・エリカはどこや。」
「!あ!」
音華は周りを見る。エリカはいない。
「俺探してくる・・・!」
音華は走り出していた。全力疾走で。
エリカ・・・!
エリカ・・・!
「エリカ!」
ばっと飛び出した裏の庭。
「!」
そこに桃色の髪の毛を見つける。
「エリカ!」
エリカは地面に倒れていた。
音華は急いで駆け寄った。
「エリカ!エリカ!しっかりしろ!大丈夫か!?」
涙声になる。
「エリカ!」
「・・・・・・・・・ッ!」
エリカは少しだけ眉間にしわを寄せて反応した。
「エリカ!」
「・・・・ぅ・・・。・・・と・・・はなちゃん?」
「エリカ!大丈夫か!」
「・・・・・・・!あ!どう!どうなった?!」
エリカはがばっと起き上った。
空を見る。普通の夜空が、白みかけた夜空があった。
「・・・・・・・・術・・解いたの・・・?」
「あ。おう。婆が。解いた。」
「・・・・・術の塊は・・・?」
「なんだそれ・・・?あ、でも多分なんか言ってた・・・。緋紗が渡してたって・・・もとから・・・。って緋紗は!?」
音華は周りを見渡した。
緋紗がいないじゃないか。
「一緒じゃないのか?!緋紗!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
エリカはじっと音華を見た。
「・・・・・・・・・・・・・一緒・・・だった。」
声がかすれていた。
「・・・・・・・・一緒だったよ・・・・。」
目を閉じた。
エリカは。すべてを悟って、目を閉じた。


結局、緋紗は見つからなかった。


On***西編5 終わり


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