芳河の背中を追うことが自然なことになっていた

「はい。えぇ俺です。」
早朝。
「・・・・・・・・えぇ。そうですね。」
雨が降っている。
「いいえ。手は焼きますが・・・。えぇ、順調です。・・・いえ。こちらこそ。・・・・それで。」
軒下に不細工なてるてる坊主。
「・・・・・・・・・・・・わかりました。・・・・はい。失礼します。」
ガチャン。電話を切った。
むし暑い朝だった。

「たりぃ。」
「やかましい。」
音華は一瞬後ろから蹴ろうかと思ったがやめといた。雨が降っているのに滝行。いやだ。
雨の日のプールのように上がった後が寒いのだ。
だがもう最近ではすっかり夏だ。
あの本は読みきったが、理解不能。芳河に馬鹿にされながらも、まだ読んでいる。正直、いやだ。
「音華。」
「んだよ。」
今から集中しなければいけないところなのに、水に脚をつけた瞬間に芳河が言った。
「俺は暫らく、また此処を出る。」
「あ?それがどうしたよ。好きなだけ出てけよ。俺にいちいち断らなくたって、大丈夫だろ。」
「最低一ヶ月は戻らない。」
「・・・・・・・・・・へぇ?」
「だから、これからは、一人で此処に来て、身を清めろ。サボるなよ。」
「・・・・・・・・・・そんなことぁ、後で言えよ。」
音華は背を向けて、滝に向かった。
芳河が居なくなる?なんだか、嘘みたいな話だった。
集中は、なんでか上手くできなかった。
その後の朝食に、話は続く。
「・・・・・・一ヶ月も何処に行くんだよ。」
御飯を飲み込みながら訊いてみた。芳河は黙ったが、返事は返ってきた。
「実家だ。」
「・・・実家?なんだっけ、どっかの寺か?」
「あぁ。祖父が住んでいた寺だ。」
「で?なんのために?」
「呼び出された。父が亡くなったらしい。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ・・・。」
上手く言葉が編み出せない。
「随分前から肝臓を悪くしてて寝たきりだったからな。それで家に呼び出された。」
「・・・・そうか。」
芳河は黙った。魚を器用に崩していく。
「長男だから、いろいろあるもんな。」
「・・・・俺は長男じゃない。」
「・・・・え?」
でも、だって、峰寿が、後取りだといっていた。
「エリカも大抵この時期はこの寺にいる。修行は先へは進めないが、俺が帰ってくるまでにあの本は読破しておけ。」
「読んだよ。」
「理解できたのか?」
言葉はありません。
「俺がいない間は、どの調伏にも絶対に立ち会うな。門の外にも出るなよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・おう。」

「えぇ!?」
エリカが驚いた。
「え・・・っ芳ちゃんのお父さんが亡くなったって・・・え!それ本当なの?!」
「・・・おう。言ってた。」
「えー・・・っし、知らなかった。蟲も飛んでこなかったのに・・・!」
「で、なんか実家のなんだっけ、爺さんの住んでた寺に帰るんだと。」
「・・・・・・・え?お爺さん?」
エリカがきょとんとした。
「あ・・・あー・・・。分かった。あぁそっか、そうだよね。うん。」
「なにがだよ?」
「いやいや、私勘違いしてたんだぁ。」
笑った。何をだろう。
「そっか・・・芳ちゃん、それで帰るんだ。でも一ヶ月も?」
「しらねぇ。最低一ヶ月らしい。」
「・・・ふーん。そりゃ淋しくなるねぇ。」
「それはないけど、俺、これからどうしたらいいかわかんねぇんだよな。」
「あぁ。うんそうだねぇ。芳ちゃんが音華ちゃんのことずっと見てきたから。他に代わりに担当しようって言う強者はいないだろうねぇ。」
鬼芳河は、やはり皆のものに畏れられてるんだ。
「そっか。まぁ、気長に待ちましょうっ、鬼さんが帰ってくるのをっ。」
「・・・鬼は外。」
「あっはは!」
エリカの笑い方が、好きだった。
「あぁ、でも、芳ちゃんに一応なんか声掛けたほうがいいね。いつ行くの?」
「さぁ、明日じゃねぇかな。」
「そっか・・・お父さん・・・体悪かったみたいだからね。」
「肝臓っていってた。」
園長先生の夫も肝臓を悪くして亡くなったといっていた。
「うんー・・・・・。」
エリカがじっと、音華を見た。音華は肘をついて雨の降る外を見ていた。庭がくすんで見える。ただソレは幽玄だ。
雨の日もまたおかしと云った、清少納言の気持ちが少し解かった。
「ねぇ音華ちゃん。」
「んー?」
「お父さんのこととか、考えないの?」
音華が肘をついたまま振り向いてエリカを見つめた。
「・・・父・・・親?」
あ、絶対考えたことない。
「や、別に無理に考えろってわけじゃないけどさ。」
「・・・・・・・・・・・あー・・・・・・・・父・・・親?」
ピンとこないらしい。
「・・・・・俺って父親いるの?」
きょとんとした。
「え゛っ・・・いないことはないでしょう!」
生物を習わなかったわけではあるまい。
「・・・や、だって、大体・・・父親がいなくて・・・未婚で育てられない親が子どもを捨てるから・・・・・・・。」
エリカは言葉に詰まった。
音華は雨の日に、道端で拾われたらしい。施設の目の前の通りだったと聞いた。
大体、こんなふうに拾われた子ども達は、そういう母親が育てられないのに産んだためだということを聞いた。
そうやって、拾われてくる弟や妹たちを見て育った音華は、自分の概念の中から父親の存在はない物として扱われていた。
だから、想像もしたことなかった。
「や、ううん。今の話は忘れてっ。」
エリカがばたばた手を振ってフォローした。
「・・・・あー・・・う、ん。」
音華は黙ったが、頭の中では父親、というものの二文字が張り付いて離れなかった。


清少納言の枕草子は面白そうではないが、彼女の感性には同意する点は多そうだと思った。
雨がしとしと降っている。

「芳ちゃん。」
「エリカか。」
「・・・お父さん、亡くなったんだって?」
「・・・あぁ。実家のほうに一度帰る。」
「・・・・・・・そっか。お悔やみ、申し上げます。」
エリカが頭を下げた。芳河は黙った。
「思い出すな。」
「・・・なにを?」
エリカが頭を上げる。
「その言葉、エリカが覚えた時のこと。」
「・・・そうか、これは芳ちゃんが教えてくれた言葉だもんね。」
にこっと笑った。
「私にとって芳ちゃんは、言葉の先生だったからね。」
エリカは外の雨を眺めた。
「イギリスの子どもには、礼儀がない。とか。言われて、よく泣いたっけ。」
「・・・言葉を知らなかっただけだ。」
「って。いつもフォローしてくれたねぇ。」
黙る。
「芳ちゃんだけだったからさ。」
「・・・・・・。」
「芳ちゃんだけだったから、この髪の毛も、この眼も、言葉も全部関係なく私のこと見てくれたの。」
うつむいて目を閉じた。
「芳ちゃんがいて、よかったと思ってるんだよ。」
にこっと笑って、芳河のほうを向いた。
「あー。信じてない?」
「いや。」
芳河もふっと笑った。
「エリカに励まされるとは思ってなかった。」
「なにそれ。」
エリカが笑った。
「・・・音華のことは頼む。」
「言われなくても。・・・でも芳ちゃん、一ヶ月も実家にいるわけじゃないんでしょう?」
「・・・あぁ。呼び出された。」
「・・・あっちに?」
頷く。
「あっちはあっちで、大変だからね・・・。でも、なんで今?」
「俺に継承するものが、あるんだろう。」
「・・・・・・・・・・・・・そっか。もう。」
そこで言葉を止める。
「じゃあ、篭るんだね。」
「あぁ。時間が掛かるだろう。」
「・・・・・・・・・・うん。そうだね。・・・でも、じゃあ・・・むしろ一ヶ月で終わるの?」
「・・・できるだけ早く、終わらせる。」
「・・・無茶言うなぁ。」
はは、と笑った。
「大丈夫だよ。」
庭を見る。声は優しい。エリカは微笑んでいった。
「音華ちゃんのことなら、どんと任せなさいって。」
ぼす。芳河の背中を右手で叩いた。
「君は本当に優しい赤鬼だ。」

「芳河がいない間・・・何しよ。」
莫迦みたいに暇になりそうだ。
屋根にぶつかる雨音をきいて眼を閉じる。なんだか懐かしい。なんでだろう。
雨の日に道に放り出されたからだろうか?それにしては完全な健康体で拾われたらしい。
そういうんじゃない。なんだか此処を知っている、此処でこの音をきいた事があるんだ。そう思った。
父親?
目を開けた。当たり前ながら天井が見える。
ちゃんといたんだったら。・・・どうして俺は捨てられたんだろう。
この問いだけはもう、ずっと頭から離れない。
「聞きましたか?」
廊下から声。女中だろうか。二人。影が見える。噂話だ。障子に耳あり。ご注意を。
「芳河様が紫苑に戻られて、篭られるそうですよ。」
「あぁ、じゃあ。もう、跡を継がれるのですか?」
「そこまではいかなくとも、紫苑様の跡を継がれるためには、修行が必要なのでしょう。」
「芳河様にまだ修行がいるなんて、思えませんけど。」
笑った。
「特別な。紫苑様の立場は特別ですから。」
「・・・そうですね。あのお方以外に出来ることではありませんから。だから芳河様が選ばれて継がれるんですから。」
そのまま行ってしまった。
芳河は、家に帰って、そして修行するんだ。
ぼーっとそう思った。
「・・・・陰陽莫迦だよな。あいつ。」
此処が嫌になったことはないんだろうか。
陰陽師が嫌になったことはないんだろうか。

芳河は翌朝、此処を出ていった。見送らなかったし、向こうも挨拶には来なかった。
ぼーっとしてた。今日も雨が降っている。来週まで降り続けるらしい。
だけど、今朝は一人でもちゃんと身清めは行なった。
エリカと朝食をとりながら、芳河の話をした。
「なぁ芳河の死んだ父親ってさ。何してたんだ?」
「えぇ?」
「なんか特別なことしてたんだろ?芳河、それ継ぐために修行しにいくって、誰かが言ってた。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あー・・・。うーん。芳ちゃんが継ぐのは、そうだねぇ。特別な役目だ。」
エリカが味噌汁を飲みながら言った。
「国を守るための、特別な役目。」
「・・・国?」
「陰陽寮って知ってる?」
「・・・知らない。」
「律令制の時代に、中務省に置かれた役所だよ。俗信化がすすんで、廃止されたんだけど。」
エリカの単語能力にちょっと驚く。負けている気がする。
「その陰陽寮は、影で生き続けてたんだ。」
「・・・影で?」
「そう、いろいろ、政府としての体裁もあって廃止されたけれど、政府に恩恵をもたらしていたことは確かだし、それに頼らないとならないことだってあったわけだ。そこで、ある陰陽家にこっそり依頼して、影の陰陽寮になるように頼んだの。」
「へ・・・へー。」
知りませんでした。政府公認のオカルト団体があったなんて。
「それが芳ちゃんの継ぐ紫苑家。その核人が一切の事をするんだけど・・・それが芳ちゃんの継ぐ役目。」
「・・・・例えば・・・どんなことするんだ・・・・?」
「未来を、見る・・・・。」
「・・・・・・・・・・・未来?」
予言ですか。
「音華ちゃん、芳ちゃんが渡した本読んだ?」
「・・・い・・一度。」
「そこに暦数と、天文の分野も書いてあったでしょ。」
「あ・・・そこは、まだいいって言われてまだ読んでない・・・。」
「陰陽師はね、霊の調伏も勿論だけど、ありとあらゆることを占って、国はそれによって政治を進めていったの。」
「・・・そんな、たいそうなこと、占いで・・・・?」
信じられなかった。
「あはは。そうだねぇ。他にもいろいろあるんだけど・・・、それ芳ちゃん一人で将来的にはするようになるんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・へー・・・・・・。」
「芳ちゃんの力は、本物だからね。正直怖いくらいすごいもん。この前の禍神だって、ものの3時間足らずで全部終わらせちゃったし。ふつう1日は掛かるんですけどっ。」
「・・・えぇ?」
驚いた。芳河は平然とやってのけていた。
「・・・そっか。でも・・・だからあいつ長男じゃないのに、家つぐんだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・芳ちゃんは、・・・・あぁそっか。長男じゃないね。選ばれたから。」
「ふーん。」
箸が止まっていたらしく、御飯は冷め切っていた。

芳河って、思ったよりもずっとずっとすごい奴だったんだ。
ただ、それは陰陽師の世界でだけですが。
「あれで、まだ未熟って・・・・怖ぇな・・・。」
あれ以上に、鬼的力をつけにいったのか。帰ってきた時のことを想像してぶるっと身震い。


エリカは一人、本を読んでいた。雨の音が続く。今日は何もない。いわゆるオフだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・。修行か。」
呟いた。本を閉じた。スティーブン・キングのシャイニング。
「・・・芳ちゃんは大変だ。」
眼を閉じて、ばたんと畳に倒れた。
瞼の奥で、思い出す。思い出す。小さかった時の事。芳河のこと。

Monster・・・・・――――
小さな頃から吐き捨てられていた言葉。生まれつきのこの異常な髪の色。赤毛が変色したみたいな、桃色。
霊血のせいらしいのだが、この血が何処から涌いたのかは分かってない。
きっと母親がどこかの男と作ってきたんだろう。その男にそういう血が流れていた、とかそういうところだ。
父親はその事に気がついていたようで、私を見るなりいつも、嫌悪を示した。
私は、小さな体に納まらない力を持ってたらしく、気がつけば、霊を引き寄せてはポルターガイストを起こしていた。
もっとも、身に覚えがないことだし、自分だって霊が見えて怖かった。
だが、周りはそんな私を化け物と呼んで、部屋に半分幽閉していた。
一応位の高い家なので、体裁を気にして小さな頃ほんの二回だけサロンに引きずり出され、周りのご婦人に達に紹介された覚えがある。
その時の母の私に対する注意は異常なものだった。その眼は、「下手な事を引き起こすな」それ一点。
そんなある日、日本から何人かの来客。
それがこの一門だった。
おそらく母と寝た、私の父親に当たる人間はこの一門にも所縁があったらしく、それはどういう所縁かは想像もつかないが、この一門が私の事を見つけ、そして貰い受けたいと言った。
今でもこの父親の存在は分かってない。というか、誰も私に見た事もない父親がいるとは言わなかった。
これは私と、小さな頃私を嫌っていた私の父親だけが感づいていた真実。
だから、此処に来てからもその話題は私の前では上らない。
なんにしても、此処に貰われてきた私は、若草様の養女として育てられた。
日本語など、欠片も解からなかった。養女になる前、一年ほど死ぬほど勉強させられた。
そして、7歳になった時に若草様の前に初めて立った。彼女は私を本当の子どものようによくしてくれた。
その頃、多分まだ此処に来たばかりの頃、紫苑 芳河という同い年の男の子に出会った。
彼は結構無表情で、愛想も其処までなく、年のわりにかなり物静かだった。ま、第一印象は、他の人間が受けるのと同じものだったと思う。
だけど、なんでか、すぐに仲良くなれた。きっと彼が、私を異形な眼で見なかったからだ。
此処に来てからも、この髪の毛と異国というレッテルで、好奇の眼に晒されていた。
まったく、子どもの頃なんてのはいい思いなんてしたことはない。
時々、一人で泣いている若草様の事も知っていた。
そういう時、私はどうしたらいいか、解からなかった。
芳ちゃんと二人で、ただ外を見たり、沈黙のまま一緒に居た。
「芳ちゃん。」
この頃、芳ちゃん、と呼びはじめた。
「絶対・・・すごい陰陽師になろうね。」
初めの動機。
「絶対・・・見返してやるんだから。」
私が此処に残って陰陽師になろうと思った、最初の動機。
それはいずれ変容し、今の動機になるのだが。

「・・・・・・・・・・あー・・・・・・・・懐かしいこと、思い出しちゃったなぁ。」
エリカはふっと笑った。
「かわいかったな、あの頃の芳ちゃん。」
そして吹き出した。
「なに一人で笑ってんの。」
「!峰寿っ!」
峰寿が呆れた顔で覗きこんでいた。
「エリカ、ついにお前も・・・。」
「なによ、ついにってー。なに?どうしたの峰寿。」
「いやいや、芳河が今朝出てったって、知らなくてさぁ。つれないよなぁって愚痴りに来たの。」
「あはは。だって峰寿、会えなかったでしょ?どっちみち。」
「まぁねー。」
障子を閉めてエリカの部屋に入る。そして起き上がったエリカの前に胡坐を書いて座る。
「休憩?」
「きゅーけー!」
峰寿が心底疲れた声を出した。
「大変だね、峰寿も。」
「おう。後継者は辛い。」
ごそっと煙草を取り出した。
「禁煙!」
エリカがすかさず、びしっと指をさして叱る。
「・・・・・・・・・・・・・スミマセン。」
諦めた。
「聞いたんだ。芳ちゃんが篭るの。」
「おーう。女中が噂してるの聞いた。あいつから聞いたんじゃないっ。」
「・・・ふてくされてる?」
笑った。
「あいついっつも、なんにも言わねぇんだもん。」
「つれないよねぇ。」
それが芳河だ。
「だって紫の上にも何にも話してないんだよ。」
「・・・そうだねぇ、紫の上も置いていかれちゃったからね。」
「連れてけないよ。」
「明石の君でも引っ掛けてきたら、この紫の上は源氏を足蹴にするだろうね。」
「いや、音華ちゃん別に気にしないでしょ。」
笑う。おかしいったらない。峰寿との付き合いも随分長い。
「・・・峰寿は、もう、家継いだもんね。」
「・・・さもなければ、もっと遊んでる。」
「女の子と?」
「あっは!俺は源氏にはなれませんけどっ。芳ちゃんじゃないもん。」
峰寿はあの屈託のない顔で笑った。小さい頃からこの笑顔だ。
「やっぱ大変?」
「まぁね。」
ばたんと倒れた。天井を見あげる。
「・・・エリカは?」
急に落ち着いた声を出す。
「私は・・・・・。普通。」
「なんだ普通って。」
「普通は普通だよ。いつもどおり!」
「・・・・・・・・・・・あっそ。」
「そうそう。」
ふっと峰寿は笑った。
「お前はまったく。昔から芳河の前でしか泣かねぇんだから。」
「残念、私は芳ちゃんの前でも泣きませんっ。」
笑う。峰寿はいつも。


芳河が居ない。
居ないと、しこたま暇だと思った。
本を読む気にもなれない、雨。
「あー・・・暇だ。」
コトン。
「・・・・・・あ?」
何かが廊下に置かれた音がした。音華は障子を見る。影を見る。
「・・・・・・・・・・誰だ?」
何か居る。誰か居る。
「此処に、今、人が住んでいるとは、知らなかった。」
外から声がした。
「・・・悪いけど、住んでるんだ。」
音華は言い返した。
「悪い事ではない。」
「・・・いい事でもないけどな。」
「おぬし、名前は。」
「・・・悪いけど、得体の知れないものには名前は教えないことにしてるんだ。」
このあいだ学習した事です。
「まぁ構わん。」
そいつは言った。その時やっと影を見つけることができた。ちいさなちいさな塊だった。
小さいお地蔵様みたいな雰囲気だ。あまり驚かないのは、最近こういう非現実的なものに慣れたためだろうか。
「・・・本当に、悪いんだけどさ、芳河が居ないうちはお前みたいな、ちょっとわかんないのには関われないんだ。」
「芳河?」
「鬼だ。鬼。」
奴は人の形をしてはいるが、鬼です。
「・・・そうか。邪魔をしたな。」
「いいえ。お粗末様。」
音華がそういうと、それはふわんと消えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだあれ。」
外で遠雷の音がした。

雷か。
呟いた。


On*** 19 終わり



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