壺と見つめあい、寝不足。

「成果は。」
「無し!」
早朝の会話はここから始まった。芳河はため息をついた。
「こっちは4時まで粘ったんですけどっ!」
「成果を出してから自慢しろ。」
「殺していいですか!」
逆立つ毛。
「言霊全章暗唱。」
「鬼!」
瀧に打たれながら、叫んだ。

「こう、開眼―!って感じだよ!」
「・・・・峰寿、ごめん。あんまり参考にならない。」
音華は呆れた顔をした。峰寿に教えを乞うたが、ちょっと、分かりにくすぎた。
「えぇ?!」
心外そうな声を出す。いや、無理です。開眼、じゃ無理です。
「具体的に言ってくれ。」
ぐったりとして音華は頼んだ。寝不足で頭が痛いらしい。
「うーん。」
峰寿が考える。
「霊視って急ぐもんじゃないからね。全く訓練せずにできるようになる人間だっているし。」
「・・・芳河サンはきっと一週間以内を御所望です。」
「あはは。大変だねぇっ。うーん。とりあえず必要なのは、集中力だよ。」
「・・・集中力。」
「だから毎日、瀧行で精神的に気持ちを高めつつ集中するんだよ。身を清めながらね。」
それで、毎日かかさずやらされるんだ。
「俺も小さい頃は本当に毎日瀧に打たれたなぁ・・・・っなつかしー!」
「・・・。集中力。」
「なんでもいいんだよ。とりあえず集中できるものやってみたら?その後、その集中力持続しつつ試してみなよ。じっとじっと見てたらね、こう、景色に黒い節穴あって、其処をじっと見ると視えるって感じだよ。その穴を見つけるのに集中力がいるんだ。相手が物の化なら、話掛けるのも手だよ。」
「・・・・・・・・ありがとう。」
「どういたしましてっ。」
にこっと笑った。
「可愛いじゃん、音華ちゃん。」
茶化すように言った。
「ね、芳ちゃん。」
「・・・物好きだな。」
裏にずっと居たらしい。

「音華。」
30分後、芳河が音華の部屋を訪ねた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・阿呆。」
呟いてため息。音華は、畳に転がって気持ちよさそうに眠っていた。片手には源氏物語。
どうやら読書で集中力を引き出してみようと心に決めた結果、眠気が勝ったようだ。
部屋の障子も開けっぱなしで、女の子らしさの欠片も無い格好だった。無防備すぎる。
此処はもう芳河と婆とエリカだけがいる場所ではないのに。
本当に気持ちよさそうに寝ているので、起こす気にもならなかった。壺が側にある。芳河はその壺を見つめた。
「・・・難儀な壺だ。」
ふと、まだ畳に投げ出されていたあの藍色の袴に目を遣った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
芳河が無言のままその袴の方へと向い、拾い上げた。
小さい。袴の裏に、縫いつけられた名前があった。
音華がコレに目を留めなかった理由が分からない。其処には銀の糸でしっかりと『紫苑 芳河』と縫われていた。
「・・・・・・・んあ。芳河?」
振り向いた。音華が起きたらしい。
「・・・おわ・・・!やべ!寝てた!」
寝不足でしたから。
「って、何してんだよ。お前。人の部屋で。」
切れる。デリカシーの有無はもはや尋ねる気にもならない。と、袴に目を遣る。
「・・・それかよ。」
芳河が袴を丁寧にたたみだした。
「・・・それ、持ってけよ。お前のなんだろ?」
「・・・あぁ。」
でも持って行く気は無いように見えた。たたむと掌に乗せどこかに置きそうな気配だった。
「それ、いくつの時はいてたんだ?」
「10だな。初めて調伏をした時のものだ。」
「・・・ふーん。」
「若草様が繕ってくれたんだ。」
「・・・・・・・ふーん。」
じっとその袴を見た。
「裁縫とか、得意だったんだな。」
「あぁ。」
「でもなんで、お前持って帰らなかったんだ?」
「・・・さあな。」
また、さあな。だ。きっと知ってるくせに。でも、今回ばかりは食いつく気にならなかった。
芳河の眼が遠かったから。きっと何かを思っていたから。
「だが、音華。」
「なんだよ。」
「源氏物語なんか読んで、如何するつもりだ。」
「・・・しゅ、集中しようかなとか。」
「できるのか、源氏物語で。」
「っるさいな!だってコレくらいしか本ねぇし・・・っ。」
他のエリカの本は、土佐日記と今昔物語集と、大鏡と平家物語だった。
「本で集中できるタイプか?」
「莫迦にしてますか?!」
確かに今は眠気が来ましたけど。
「・・・本か。・・・俺も持ってるには持ってるが。」
「え、何を?」
古典ではないものですか。
ドサ。
目の前に置かれたのは。
『妖し草子帖』『あやかし退治録』そのシリーズ全巻。
「・・・・・・・・・・・・・・なんですか。これは。」
「本だ。」
「わかってんよ!お前!ちょ、他に趣味とかねぇのか?!こう、幽霊系ではないものに!」
「祖父の本だ。」
「!」
音華は、じっとその本を見た。
「いらんなら持って帰るが。」
「・・・・・・・・へぇ、コレが、お前の爺ちゃんの本なんだ。」
じっとみる。興味深げだ。
「読むのか。」
「・・・おう。ちょっと見たい。」
「筆で書かれているから、活字では無いぞ。」
「・・・おう。」
手に取る。芳河は其処から立ち去ろうとした。
「あ、芳河。」
「なんだ。」
「参考までに。」
興味です。
「お前、音楽の趣味も恨めしや系なのか?怪談集、みたいな。」
「・・・・・・・・・・・・・・音楽は。ほぼ聞かないな。」
「あ、そう。」
よかった。
本は、怪談だった。芳河の祖父がそれを退治した物語だった。


「進んでいるか。」
夕餉の途中で芳河が言った。
「んー・・・おう。」
「ほう。どうだ?」
「まだ6章。」
「・・・・・・・・・・・本じゃない。」
「え?あ・・・・そっか!・・・あー・・・・。」
言葉に詰まる。本に集中しすぎて壺のこと等すっかり忘れていたらしい。芳河はため息をついた。
「阿呆は集中しても阿呆なのか・・・。」
「しかたねぇだろ・・・なんか・・・っ!」
「・・・気にいったのか。」
「・・・・・・う・・・まぁ、おう。」
源氏よりはおもしろいので。
「あれを読むのはいい、あれはいえば退治録だ。調伏の時の対処法などに参考になる。」
「・・・でも陰陽師ではなかったんだろ?」
「あぁ。関係ない。」
ふーん、と言ってお茶を飲んだ。
「だが、忘れるなよ、霊視進めろ。」
「・・・・・・ハイ。」
くそぅ。
「あ、エリカは?まだ帰って来ないのか?」
「・・・・・エリカは、食欲が無いらしい。」
「あ、じゃあ帰ってはきてるんだ。」
頷く。音華は首をかしげた。この芳河の放つ空気。
「・・・エリカ、なんかあったのか?」
「いや。何もない。疲れているだけだ。」
「・・・・・・・・そっ。」
絶対、何かあったんだと思った。だけど、コイツに訊いたって仕方ないのは解かった。

「エリカ。」
音華は長い廊下を渡って、エリカの部屋の前に立ち、エリカの名前を呼んだ。
部屋は真っ暗だった。
「エリカ?」
もう一度呼ぶ。
「誰?」
「・・・音華。」
3秒後、障子が開いた。
「音華ちゃんっ。どうしたの?」
「あ・・・・・食事、来なかったから。」
エリカはにこっと笑った。
「ありがとう。心配してくれたんだっ。」
頷く。くすぐったい。
「入って入って。」
部屋に入れてもらう。そこでやっと灯りがつく。
「腹、すいてないのか。」
「んーちょっとだけ。でも要らない。」
「そっか。」
音華はいつもと変わらない態度のエリカを見て、いろいろ思考を働かせたけど分からなかった。
勘違いだったんだろうか、なにかあった、なんて。
「どう?霊視。」
「・・・・ぼ・・・ちぼち。」
顔が引きつる。エリカは笑った。
「・・・・・・エリカは?なんかどっか行ってたんだろ?」
「うん。調伏しに。」
「ふーん。」
「此処がやっぱ一番落ち着くよ、私はー。」
はーっと息を吐きながら言った。相変わらず綺麗なアンティークの部屋で、可愛らしい。
「エリカは、なんで古典の本とか、読むんだ?」
訊いてみた。
「や、その他には本読まないのかなって思ってさ。」
「あ、あれらの本つまんなかった?他の本もあるよ。他は英語だけど。」
あ、やっぱり英語は読めるんだ。
「っていっても、簡単な英語しかないよ。多分音華ちゃんでも読めるものばっかり。」
「・・・じゃあ、シャーロックホームズとか無いんだ。」
「簡単になってるのはあるよ。」
「なんで簡単なやつなんだ?」
「私、英語そんなに難しい言葉知らないから。」
にこっと笑った。
「・・・イギリス人なんだよな?」
「7歳で日本に来たら、母語のはずの英語なんか、中途半端なんだよ。日本語のほうが多分いろんな単語知ってる。英語も話せるけどね。読むのは、ちょっと難しい。」
「・・へー・・・・・。」
そうなんだ。知らなかった。
「でもじゃあ、日本の本も読めるんじゃねぇのか?難しいのとかも。例えば夏目漱石とか。」
「読める・・・・と思うけど、読まないなぁ。」
笑った。
「古典のほうが好きなのか。」
「うん。昔ね、小さかった頃若草様が物語りをしてくれたの。」
音華の中に、あの光景がよみがえった。一瞬の想像の幻想。
「私にとってフェアリーテイルみたいなものだからさ。源氏も、落窪も。」
「・・・母さんが、読んだのか?」
「うん。さすがに小さい頃から一人では読めないよ。」
笑ってみせた。
「一番好きなのは落窪かな。日本シンデレラストーリーって感じ。どこの国の人もああいう逆転ハッピーエンド好きなのね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そっか。」
音華は、あの不思議な一瞬の光景のことを考えていた。あれは、もしかしたら本が見せた光景なのだろうか。
物がみせる、光景?過去?
「あー・・・。」
「え?なに?」
エリカが驚いた。音華がいきなり顔を上げて何かを思い出したような声を出したからだ。
「ごめん、エリカ、俺戻って霊視やってみるよ!」
「へ?何?開眼した?」
笑った、峰寿と同じことを言う。
「そういうとこ。」
音華は立ち上がった。
「じゃあまた明日なっエリカ!朝食は抜くなよ!一日のエネルギー源だから!」
「・・・あっはは。うん、ありがとう。音華ちゃん。元気でたよ。」
にこっと笑った。音華は笑って駆けだした。相変わらずドタドタと床を鳴らす歩き、もとい走り方をする。
エリカは可笑しくて笑った。
「音華ちゃんでよかったよ。」


壺の前に駆け込んだ。
そして、息を切らしたまま、暗闇の中で壺を見つめた。そして触れる。ひやりとする。指先。やっぱり生きてるようだ。
息を整える。大きく吸い込む。そして額を壺にあててみる。ひんやりする。目を閉じる。眼の奥にある暗闇を見つめる。
体がザワザワしているのが分かる。指から伝わって、自分がまるでその壺の一部になっているような。
壺の感情の波が肌を使って揺れている、そんな感じがする。
だけど、何も見えない。
暗闇は暗闇だ。音もしない。だけど音華は黙ったまま壺に額を寄せその冷たさを感じていた。
ふと、暗闇の奥に更に深い闇の穴を見つけた。最奥の黒。目を凝らす
。目を閉じたまま。最奥の黒は、光っている。引きずりこまれるようにそれを見つめる。
何色ともいえない光。目の奥に映る残像のような光。一瞬闇と間違えそうになる。
見えた。
息が聞こえる。
光が大きくなる。
だが。
「!」
目を開いた。音華は額を離した。
「・・・・・・・・見えなくなった。」

「見えたのか。」
頷く。芳河は少し驚いているようだった。
「・・・なんだ、あと1週間はかかるとふんでたのか。」
「あぁ。」
ゆっくりやってやろうかご所望どおり。
「でも、すごく断片的だった。こう、ばし、ばしって感じで見えたんだけど。・・・すぐに何も見えなくなった。」
「・・・拒絶だな。」
「拒否られた?」
頷く。
「難儀な壺だ。根気強く遣らないと閉ざしたままだろう。そのうち動きたくてたまらなくなり封もきれかねん。」
「・・・・頑固だな。」
「だが、お前の修行には持ってこいの題材だ。励め。」
「ちっくしょー!」
エリカは朝食をとったのだろうか。少なくとも音華が食べている時には顔を出さなかった。
芳河は相変わらず何も言わなかった。

壺に向かい合う。だが何も言いそうになかったので、音華はとりあえず本を読むことにした。
昨日の続きがきになっていたところだ。
この本を読んでいると芳河の祖父はなかなかの術使いで、物知りだったらしい。
色々な霊や物の化のしでかしたことを、絶対に音華では思いつく事が出来ない方法で解決していく。
おもしろい。だが、コレは全て本当の話で、そう思うと怖い。なかなかの達筆で、結構読むのに苦労する。
「・・・・・・・・なぁ、壺。」
ごろんと頭を向けて壺を見た。
「そんな黙ってないで、なんか言えよ。」
沈黙です。
「お前何処から来たんだー?あの人・・・たぶん依頼人じゃねぇよな・・・。」
穴が空くほど見つめてみた。だがどう見ても壺。口が開いて喋るわけ無し。
そっともう一度指で揺れて見る。冷たい。
「何処に行きたいんだよ、お前。」
目を閉じた。何処に行こう。音華は自分の小さかった頃のことを思い出した。
何処に行こう、何処まで行こう。そう呟いて、自分の未来を見つめようとした。
先は霧の中で、何も見えない。かといって後ろも真っ暗で、何も見えない。
照らし出されてる足元の今しか、見えない。
うすっぺらいコートで寒さをしのぐ冬。時々買ってもらえるキャンディー。施設は、嫌いではなかった。
だけど、足元しか見えないと感じていた。もと来た場所が分からないんだ、当然だ。
自分の対である何かが分からないんだ。自分の欠片がどこかに落っこちているんだ。
其処を欲して、ぐらんぐらんと頭が揺れる。自分の居場所が分からなくなる。
目を開いた。
「・・・・・・・見えた。」
耳を澄ます。
「・・・・・あぁ、聞こえる。」
聞こえる。


「芳河っ。」
「・・・・・・・・・・どうした。」
音華が駆け込んできた。芳河の部屋。いつもなら決して近寄らないのに。
芳河は振り向いた。札を書いていた手を止めた。
「・・・・・・・お前、依頼の品なんだから乱暴に扱うな。」
音華は壺を両手で抱えて駆けてきたのだ。危なっかしいったらない。
「扱ってねぇよ!・・・見えたっ俺!」
「・・・・・・・・・・・ほぉ。」
感心した顔。
「で?お前の霊視の結果は、どうだ?」
音華は息を吸い込んだ。
「行きたい処があるんだ。」
「・・・行きたい処?」
「どうしても行かなきゃいけないところがあるんだ。」
「・・・・・・どこだそれは。」
「鳥取!多分っ!」
芳河は筆を置いた。そして音華に壺を置かせる。
「それで?」
「爺さんが見えたっ。」
音華は興奮しているようだった。
「爺さんがな、この壺をつくったんだ・・・と思う!そんで、その時、もう一個壺があったんだっ。」
「もう1つ?同じものか?」
首を振る。
「微妙に違う。なんか、対のもの・・・っぽい印象だった。多分、この壺の・・・。」
「・・・それで?」
「コイツは、その対を探してるん・・・だと思う。」
「何故そう思う?」
「勘。」
そこは適当なんです。
「波の音がした。」
「波?」
頷く。
「海。もう1つの壺・・・だと思う。多分、そこにあるんだ。それが。砂の入った壺を見た。さらさらの。貝とかも。」
「で、何故鳥取なんだ。」
「・・・砂丘っぽかったから。」
「海を見たのか?」
「一瞬・・・。」
芳河は息をついた。
「他には?」
「・・・俺が見たのはコレだけ。」
「確信は?」
「・・・多分。」
音華は身をちぢこめた。間違っていたんだろうか。
「音華、この封、解いてみろ。」
「へ?」
「解封だ。覚えてるだろうな?」
「・・・お、おう。使ったこと無いけど。」
「今使え。」
音華はごくんと息を呑み込み、指で札に触れた。札はなんとなく温かかった。死呪を放った。
すると細い龍のような光がしゅるんと瞬き、札が床に落ちた。
「・・・・・・・・・これでいいのか?」
芳河は頷く。
「後のことは、他の陰陽師に任す。」
「え?」
「お前はまさか鳥取まで行けないだろう。」
「・・・・・・・・だけど。」
ぽん。っと芳河が音華の頭に掌を乗せて壺を片手で抱え上げ部屋を出た。
「上出来だ。よくやった。」
耳が赤くなって、嬉しかったのを感じた。音華は、にっと笑った。
芳河はもう先々に何処かへ行ってしまっていた。
心が軽くなって、音華は廊下を駆けだした。そしてエリカの部屋に行った。
「エリカっ!エリカ!」
部屋の外から呼んだ。だけど返事はない。居ないのか。
「・・・・・・・・・・エリカ?」
ちょっとだけ障子を開けてみた。心配だったからだ。
誰も居なかった。障子を閉めなおそうとした時だった。あの袴が目に留まった。あの小さな袴だ。
音華は、ふとそれを見つめるや、するりとエリカの部屋に入ってその袴を手に取った。
そしてそのままそれを額にくっつけ、目を閉じた。
袴はこころなしか温かく、そして懐かしい香りがした。心地よい肌触りを額に感じる。
蝉の声が頭から抜ける。アンティークの香りが脳から消える。
そして、身体は俯瞰へ浮ぶ。


―――俯瞰と時間の境目。
「ぴったりね。」
美しい声だと思った。脳に響くような甘さだ。
「貰えません。」
澄んだ声だ。少年らしい。でも落ち着いた。
「貰って頂戴な。折角の大事な日だから。お祝い。」
二人の顔は見えない。
「きっと直ぐに背が伸びて着れなくなってしまうだろうけれど。」
彼の小さな頭をなぜる細い指。白い腕。
「大事に縫ったから。明日は之を着て往って頂戴ね。」
「・・・・・・・はい。」
口元が微笑む。顔はよく見えない。
「御父様にも、見せて遣ってね。」
「・・・・・・・はい。」


「音華ちゃん?」
「!」
ばっと顔を上げた。勢いよく振り向く。そこにエリカが居た。
「何してるの?」
「あ・・・っいや・・・!ちょっと心配になってきたんだ・・・!で・・・っ!」
動揺した。勝手に部屋に入ったのは、良い事ではなかったのは承知してた。
その上この袴を額にくっつけて一人で居たなんて、ちょっと恥ずかしかった。
「あー・・・その袴。芳ちゃん置いてったんだ。」
「・・・・これ・・・。」
「芳ちゃんの。あれ、音華ちゃんの部屋にあったんじゃなかったっけ?」
「あ、うん。」
「何?どうしたの?」
「え?」
エリカがそっと音華の頭に触れた。
「泣きそう。」
「・・・・な・・・っ、泣かねぇよ!」
顔が赤くなった。
「ならいいけどっ。」
微笑むエリカはいつも綺麗だった。
「何処に行ってたんだ?」
「ん。ちょっと、顔を合わせに。」
「・・・・・?」
「音華ちゃんは?どう?霊視のほう。」
「あっ。そうだ!俺見えた!それ報告しようと思って・・・っ。」
思い出した。
「へぇーっ速い速いっ上出来だね!偉いぞ。どう?開眼って感じだった?」
「・・・というより、流れ込んでくる感じだった。」
「へぇー・・・。なんかちょっと、タイプちがうねぇ。」
エリカが考え込むような顔をしたが直ぐに微笑んだ。
「でも、できたことには変わりないっ。偉い偉い。よく頑張ったねーっ。芳ちゃんの鬼修行。」
「うん。でも、その後の事は、俺は関われないんだ。」
「そっか。まぁ、お払いだもんね。多分他の陰陽師の誰かがするよ。」
「・・・見つかればいいけどな。」
呟いて空を見た。
「何が?」
「・・・自分の対。」
エリカは音華のその真剣な目を見つめた。長いまつげ。
「大丈夫だよ。」
にこっと微笑んだ。音華も振り向いてにっと笑った。
「じゃ、俺いくな。ちょっと読書の続きもしたいんだ。芳河が次のスパルタ一打を放つまでに読んどきたいから。」
「うん。じゃあねっ。」
「また、夕餉でっ。今晩は出てこいよっ!」
ひらっと手を振って音華は去った。
そこに残ったエリカは、ふっと笑った。そして床に置かれた袴を見た。
「・・・・・・なんか、視えたのかな?」

バタバタバタ・・・・。
相変わらず可愛くない歩き方で音をたてます。音華。
「・・・・・・・・っ。」
部屋に飛び込んで、障子を閉め床に座った。ため息と共に体を落ち着ける。
心がぽっぽしていてるのがわかる。
目を閉じた。
沈黙を聞く。
穴を見つける。
「・・・・・・・・・・・・母さん・・・・・・・・・・。」
涙が落っこちる。

だめだ。そろそろこの緩くなった線をしめなければ。

赤子を抱いた女が見えた。
あやす声がした。
温かくて、甘い。
そしてそれは直ぐに消えた。
此処にずっといた自分の心を見つけた気がする。


On*** 14 終わり



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