朝目が覚めると、峰寿が横に居て、驚いた。

「!うわ!」
「へ!?」
がば!
蒲団をはねのけて、起き上がってしまった。
「え!?え!?俺!?」
状況判断に大いに困る。戸惑う。
「俺!なんで此処に!?って此処どこだ!?」
「お、落ち付いて音華ちゃん。俺の部屋、ごめん、説明するから!」
慌てふためいてしまった。
説明。
「・・・てわけで、緋紗もそうとう強い術使ってて音華ちゃんに結界張る余力がなかったらしいんだ。で、エリカもいねぇし、音華ちゃん一人にするわけにもいかなくて、俺の部屋に引き取ったってわけ。」
「・・・そ。そか。びっくりしたー・・・」
「ごめんね!変なことしてないから!安心して!」
「へ・・?!だ、大丈夫だ!疑ってない!」
照れる。
だって初めて峰寿の寝顔なんてのを間近で見た。
「・・・あー・・・。」
峰寿が頭をかいてあくびをした。
「・・・あ、音華ちゃん。一応・・・エリカにはこのこと、言わないで。」
「え?」
「一応。」
「・・・お、おう。」
隠す方が、なんか、恥ずかしいけど。
「あと。音華ちゃん。」
「え?」
「今日。俺の傍に居て。」

その後、すぐに「もしくはエリカ!」と付け足された。
なんだ。なんかドキドキした。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
音華の部屋を訪れていたエリカは立ちすくんだ。
「・・・・。そう。・・・・。」
俯いた。
「エリカ!」
音華がエリカを見つけ声を掛けた。
「あ、音華ちゃん。何処行ってたの?」
「や、ちょっと・・・。」
「?」
一応言わないって約束だ。
「何してんだ?」
「・・・。ん。これ、音華ちゃんの部屋、どうしたの?」
「・・・あ、うわ結構ひでぇな・・・。や、あのさ。ちょっと無茶な技を・・・」
「無茶な技?」
「なんか館に変な術が充満しててそれ、集めるのに俺が口寄せになって・・・」
「・・・・その術、使ったの、誰?」
「緋紗。すごいなあいつ。でも結構すごい術だったらしくって、緋紗、今日は動けないかも。」
「・・・うん。すごい術だよ。」
頷いた。
「・・・?エリカ?」
「なんでもないっ。音華ちゃん。今日姫様出発するらしいよ。で、婆やでいいから山のこと報告してってさ。」
「あ。ほんとに?じゃ、飯食ったら行くよ。」
「うんっ。」
ニコっと笑った。
ちょっとほっとした。
実はさっきの一瞬エリカがエリカらしくなかったからだ。
音華はそのまま歩きだし、朝食を取りに行ってしまった。
「・・・ひどい・・・術だよ。」
エリカは一人、呟く。


緋紗と初めて出会ったのは、芳河たちとは別のところで修行をした時だった。
その頃はまだ日本語も得意というわけではなく、結構孤独を味わっていた。
「エリカちゃん?」
声をかけてきたのは、緋紗だった。
「はじめまして。ねぇ、一緒に修行しない?ペア・・・まだ組めてなくて。」
その頃、小さい陰陽師見習いはペアを組んで修行をすることが多かった。
エリカはいつもあぶれていた。
「いいよ。」
微笑んで頷いた。
「綺麗な髪の色だね。」
「・・・・・・ピンクが?」
「うん。花の色だ。」
「・・・花。」
桜のことらしい。
「私は、あんまり好きじゃない。」
嫌いだった。
この髪の色は、呪われた証だったから。
強すぎる霊力がほとんど色のない金髪を桃色に染めたのだ。
もともと母親も祖父もそのゴールドの髪を誇りにしていた。そういう遺伝子だったのだ。
だけどエリカは生まれながらに染まってしまっていた。
普通の人間には、ありえない色に。
まれにあるらしい。そいういうことは。
だがそれゆえに、忌み嫌われた。
「エリカちゃん。いいものあげる。」
「え?」
すっと耳元に何かをつけられた。
「・・・・え?」
「花。綺麗だろ。」
にこっと緋紗は笑った。鏡を取り出した。
と言ってもそれは術のための鏡だったのでそんなに鮮明にものを映さないが。
「・・・綺麗。」
白くて大きな花が髪の毛についていた。
「桃色に白がよく似合うよ。」
にこっと笑った。
「ありがとう。」
微笑んだ。
温かくて。
人を差別する連中とは、全然違う、人だった。
だから会ってすぐにとても仲良くなれたし、大好きになった。
緋紗との思い出は特別で、大切だった。
優しい、人だ。
優しくて、温かい人だ。


「エリカ?」
「え?」
ぼーっとしていたらしい。
「まだいたのか。俺、朝食食って婆のところにも行って来たぞ。」
「あ、え、何時?」
「えっと9時前。」
「あ・・・そっか。」
30分くらいこうして突っ立っていたことになる。
「なぁエリカ今日暇か?久しぶりに花札とか、しねぇ?俺、今日暇もらったから。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
エリカは少し考えたようだった。
「ごめん。ちょっとだけ、やることがあるんだ。」
「・・・そっか。」
「ごめんね。峰寿にでも付き合ってもらって!私ちょっと。行ってくる!」
「う、おう!じゃ、夕餉にな!」
「うん!」
エリカはそう言っていなくなってしまった。
「・・・・・・・・・・・・?」
一体なんだというのだろう。
峰寿もエリカも、おかしい。
「・・・・・・・・・・はぁ。」
芳河を思い出した。
「クソ。」


「はぁ。」
「疲れたのか、芳河。」
芳河は顔を上げる。そこにいたのは義父だった。
「・・・いえ。」
首を振る。
「今日は出られてよろしいんですか。」
「なに。敷地内の散歩くらいなら誰も何も言わん。」
「・・・音華から。」
「ん?」
「手紙か何か、来ました?」
「・・・いや?」
微笑んだ。
「来たのか?」
「いえ。来ません。おそらくこれからも来ないでしょう。」
「何故?」
芳河は黙る。
「・・・きっと。」
空を見る。
「手紙なんかで話をする、相手ではないのです。」
「・・・・と、いうと?」
「・・・手紙では、何も意味を持たない。音華とは、声で話さないと、何もならない。そういう気がします。」
「・・・・・・・・・・・・・ははっ。」
「・・・なんですか。」
笑われてしまった。
「まるで、恋人のことを話すみたいだな。芳河。」
「・・・・からかってますか。」
「いやいや、とんでもない。」
義父は笑う。
「嬉しいんだよ。」
ぽん、と芳河の頭をかるく叩き、父は歩き出す。行ってしまった。
「それならば、電話をするといい。」
「・・・・・・・・父上がする方がいいと思います。」
「あはは。私は実は榊殿と姫が怖くてね・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
ふっと、芳河は笑った。
この父親とも、随分距離が変わった気がする。

「西、の仕業でしょうね。」
緋紗は婆やにそう言った。
そして差し出した。黄色い塊。
「・・・これは。」
「術を絡めとったものです。何かを媒体にしてこの屋敷に流れ込んでいました。」
「・・・なるほど。それで、その媒体の正体は分かったんか?」
「・・・いえ。」
緋紗は首を振る。
「それがまだです。しかしその正体がわかれば、山の気配の正体も分かるはずです。」
「・・・ふむ。そうか。」
「そういえば。」
「ん?」
煙管から、煙が出る。
「今日から姫様は北へ行くとか。」
「あぁ、そや。もう昼には発つはずや。」
「そうですか。」
「あぁ。じゃ、引き続き頼むで緋紗。」
「はい。」
緋紗は下がろうとした。
「あ、せや、緋紗。」
「はい?」
「北の霊山には辰巳もおったやろ。」
「はい。」
「仲ようしてたんか?どや、辰巳は。」
「・・・さぁ。実はあまり話してないんです。」
「そうなんか?北で修行してるのはお前たちとあと・・・」
「俺、ずっと一人で籠っていたりしたんで、あんまり関われてないんですよ。恥ずかしい話。」
「そうなんか。・・・まぁ、考えることも多かったやろ。」
「そうですね・・・。でも、精進はできました。」
緋紗は微笑んだ。
「五月秀俊とは・・・。父親とは連絡、取れとるか。」
「・・・いいえ。」
「そうか・・・。緋紗。すまんかったな。」
「・・・いいえ。いいんです。俺は、此処が。・・・此処が俺の居場所なんです。」
「そうか・・・。」
緋紗は微笑んで俯いた。

居場所。

「・・・そろそろスズルが来る時期なんだよ。」
「・・・そうだっけ?」
「そう。」
峰寿は新聞を読みながら言った。音華はその傍で本を読んでいた。
「前来た時もこの時期じゃなかった?」
「・・・や。前回は・・・。」
「あぁ、暁ちゃんの時か。そうじゃなくてさ。定期的に来るんだ。此処に。手の布のために。」
「あぁ、あの手の。」
「そ。此処の蔵で一年かけて術をかけて封印してあるんだ。そうしたものじゃないとスズルの手には効果がない。」
「・・・で、その効果は一年くらいしかもたないのか。」
「そういうこと。だからこの時期に換えに来るんだ。」
「ふーん。難儀だな。霊力がありすぎるのも。」
「そうだね。エリカの髪の毛もそういう感じだしね。」
「俺たちの口寄せ体質も。」
「あははっ。」
峰寿は笑った。
濁りのない笑いだ。
「そうだ、曲でもいかが?」
「・・・聴く。」
「何がいい?」
「あ、あれがいい。アニメソングベスト。」
「あぁ。なんかあったね。えーっと。」
このアニメソングベストとは施設の子供たち用にアニメソングを詰め合わせたもので、音華がテレビで見てきたものや施設の兄弟たちが聞いてきたものを入っている。
そのCDを一枚焼いてもらったのだ。
「これだね。」
流れ始めた。
「これ、どんなアニメ?」
「あーこれ、あれだ。飛べイサミ。懐かしいな。小学生のころ好きだった。」
「へー。」
峰寿はアニメなんかほとんど見たことがないらしくて興味津々に話を聞いてくる。
「なぁ峰寿。」
「ん?」
「なんで俺、今日峰寿と一緒に居ないといけないんだ?緋紗・・・俺抜きでいろいろやってると思う・・・。行った方が・・・。」
「だめ。」
峰寿が笑いながら、でも強い口調で言った。
「・・・なんで?」
「俺が傍にいて欲しいから。」
にこっ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。峰寿って時々恥ずかしい台詞でもさらっと吐くよな。」
「あら。恥ずかしかった?」
へらっと笑う。
そう。そうやって、茶化してしまう。結局、真意は聞けない。
「・・・きちんと守んなきゃ、子鬼殿が飛んでくるんだ。」
「・・・・え?」
「ううん。」
守る?何を?何から?
結局この日は、ずっと峰寿と一緒にいた。

「ひーちゃん。」
後ろから声を掛けた。
下の、原。日はもう落ちかかっている。
「エリカ。今日はどこにも行かなかったの?」
「うん。行かない。ちょっと、断った。」
「へぇ。」
にこっと笑う。でもエリカは真剣な顔をしていた。
「・・・私ね。」
「ん?」
「私。此処が好きで、嫌いだった。」
「・・・此処って。一門のこと?」
「ん。」
頷く。
「若草様が泣いているのを見て、此処を変えるって決めたの。」
「うん。エリカは若草様が大好きだったものね。」
「芳ちゃんも、峰寿も、音華ちゃんも。・・・・ひーちゃんも、大好きだよ。」
「ありがとう。」
緋紗の笑顔に、エリカも微笑んだ。
「私の式神、見せたことあったっけ。」
「や、無いね。」
「ひーちゃんのも見たことない。」
「お互い、様。だね。」
「私は、調伏の時でも本当に自分の術でどうにもならない時にしか、呼ばないことにしてるんだ。」
「いいと思う。式神だって立派な神様だ。他に仕事があったりする。エリカらしいね。」
エリカは笑った。だけどすぐに陰った。
「・・・見せ合いたくないな。」
「そうだね。」
風が、吹いた。
ざざぁっと。音が聞こえる。
「ひーちゃん。」
「なに?」
「・・・ひーちゃんの・・・お父様。元気?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
黙った。
「・・・知らないんだ。」
「・・・連絡、とってないの。」
「うん。」
「どうして?」
「・・・取れないから。」
「・・・取れない・・・か。」
「普通。そうでしょ。」
「・・・そうだね。」
俯く。
どこに行きつこう。この、不毛な会話。
探り合って、でも、やっぱり探りたくなくて。
「白い花。」
「え?」
緋紗が突然屈みこんだ。
そして小さいが、白い花を、雑草だが綺麗に咲いた花を取った。
「・・・やっぱり、似合うね。エリカ。」
それを差し出して、緋紗は言った。
「綺麗だ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
エリカは一瞬泣きそうな顔をして、そして無理やり微笑んだ。
「・・・・・・・・馬鹿。」
「あはは。」
エリカは俯いた。そして顔をあげた。
真面目な、顔だった。
「・・・ひーちゃん。私、此処が好き。大嫌いで、大好き。」
「・・・矛盾してるよ、エリカ。」
「もとから。」
はっきり言った。
「もとから、矛盾だらけな世界だよ。」
「・・・そうだね。」
「だから。」
すっと、取りだしたのは、分厚い。札。
「音華ちゃんを傷つけようとしてるなら、許さないよ。私。」
睨みつけるような、桃色の目。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん。」
緋紗は微笑んだ。


リリリリンリリリリンリリリリンリリリリン
「ハイ。」
古い電話が鳴り、それに出る。
「もしもし。・・・はい・・・。あ。はい芳河様ですね。はい。えぇちょうど・・・えぇすぐに。」
女中がそう言って電話を置く。
「芳河様。」
声をかけるのは芳河。
「はい。」
「お電話です。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・こんな時間に?」
時刻は8時を回っていた。
普通こんな時間にあまり電話はならない。
「・・・はい。」
「あ、もしもし。芳河?」
「・・・スズルか。」
「そう。あのさ、申し訳ないんだけど。」
「なんだ。」
「今、京都の御山、どうなってるか分かる?」
「・・・・・・・・何がだ。」
「や。なんか変でさ。」
「変?」
「つながんないんだ。」
「つながらない?」
「何度電話しても、つながんないんだ。」

ざわっとした。

「夕方、ちょっと暁に頼んで見てきてもらったんだけど、まぁなんせ、俺、場所が場所だし。遠いしさ。暁もまだ戻ってこないから。ちょっと気になって芳河に聞こうと思って。」
「・・・俺は知らん。」
「そうか・・・。ありがとう。とにかく。行ってみるよ。明日にでも。」
「・・・あぁ。」
頷いた。
そして電話を切った。だが、気になってしまっていた。
電話がつながらない?
そんなこと、あるのか。
おかしい。
ため息をついて、庭に出て行った。静かだ。
虫の声だけが耳鳴りのように鳴っている。
「源氏。」
声がした。後ろから。上から。
「・・・死神・・・。」
暁がそこにいた。
欠けた月を背負う彼女は芳河を見下ろして、こう言った。
「あの館。大変なことになってるわよ。源氏。」


On***西編4終わり


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