鬼ごっこはかくれんぼへ

ふっと・・・息をついた瞬間に峰寿は顔を上げた。我に返ったかのように。
「音華ちゃん!」
叫んだ。そして倒れている音華に掛け寄った。
「音華ちゃん!しっかりして!音華ちゃん!」
真剣だった。その声は。しっかりと音華を抱き寄せて峰寿は叫んだ。
「音華ちゃん・・・・・ッ!」
「いっだ・・・・。」
音華は声を出した。
「!」
音華はうーんとうなりながら腰をさすっていた。
「いってー・・・っ思いっきりうった・・・っ!」
「お・・・音華ちゃん?」
音華は峰寿を見た。
「峰寿・・・あいつ・・・消えたのか?」
「あ・・・うん。じゃなくて!音華ちゃん・・・大丈夫?!」
音華は汗だくの顔で笑って見せた。そして立ち上がる。よろめきながら。
「ん。これ。」
音華はごそっと何かを取り出して峰寿に渡した。
「・・・・・?これ・・・・身代わり人形。」
「うん。」
穴の空いた身代わり人形が峰寿の掌にのってる。
「・・・・じゃ・・・音華ちゃん。もしかして・・・。」
「これあるから大丈夫かなって思って・・・・。」
峰寿は言葉を失ってた。
「ば・・・バカ!」
そして、怒鳴った。
「な、なんだよ!バカって言うことないだろ!」
音華はどもりながらも言い返した。その瞬間にぎゅっと抱きしめられた。
「ちょ、み・・・!」
「バカ!心配させるようなことしないでよ!」
音華は、言葉が出てこなかった。その言葉は、どう答えたらいいか音華にはすぐにわからなかったからだ。
「・・・・・・・・・ご・・・ごめん。」
それだけ、呟いて、峰寿の肩を抱きしめかえした。
峰寿はゆっくりと腕を解いた。そして音華の頭を撫でた。
「まったく・・・音華ちゃんにはやられるよ。」
「・・・わりぃ・・・。」
ふっと峰寿は笑った。
「よかった。」
「・・・・・・・・・・・・・うん。」
音華も微笑んで頷いた。
「でも、よくわかったね。俺が、陣を敷いてたの。」
「・・・あ。うん。」
立ち上がりながら答えた。
「畳の上に炭が落ちてるのが見えたから、3箇所。だから・・・その3箇所の内側にあいつを入れたらさっきみたいに術が発動して、あいつを倒す事が出来るのかなって・・思ったんだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
峰寿は、どう称賛すればいいかわからなかった。
術の詠唱中はどうしても無防備になってしまう自分を術で守り、その上捨て身を覚悟しながらも走りだし、言っていなかった陣に気付き、そこに霊を見事に押し込んだ。一つも指示した覚えは無い。
「・・・峰寿?」
「感心しすぎて・・・言葉が無いよ。」
笑った。
「・・・・どうも。」
思っていた以上に、彼女は大物なんじゃないだろうか。峰寿は思った。
それは血のおかげでも、芳河のおかげでもない。音華自身の話だ。
「・・・・でも・・・峰寿・・・じゃあ、あの親子と・・・あいつは・・・消したんだ。」
「あぁ。うん。うまい事、調伏出来たよ。」
「・・・なんか、あんまり実感が涌かない。」
「うん?うん。みんなそう言うね。俺の調伏方法見た後。」
「え?」
峰寿は微笑んだ。
「俺の術。霊に対して掛けてるんじゃなくて、自分に掛けてるんだ。」
「・・・・・・・?」
「口寄せ体質なの、言ったよね。」
「・・・うん。」
「それを利用して。俺の身体に触れた霊に発動するように自分に術を掛けるんだ。」
「・・・それって、結構みんなやってるのか?」
「まさか。俺くらいだよ。これが出来るのも、こんな莫迦な真似するのも。」
彼は笑う。屈託無く。
「穴が大きすぎるからね。」
「危険って事か。」
「うん。」
頷く。
「術を自分に掛けるのは、少なからず身体に影響を及ぼす危険があるからね。」
「・・・それに・・・・失敗した時のリスクが大きい。」
「その通り。」
峰寿は顔を上げた。
「さて。最後の仕上げ。」
「・・・・・・・あ。」
みきちゃんは、いなくなっていた。
「かくれんぼ。俺らが鬼。」
にっと峰寿が笑った。

P−11
「・・・・・・・・・・・・。此処かな。」
「うん。」
頷く。
何の略かは分からないが。P−11という番号のかかれた扉の前で二人は止まった。
「・・・・・・・・鍵。」
峰寿が差し込む。ガチャン。
「・・・・・・・・・・・みっけ。かな。」
峰寿が悲しい笑顔をした。
「・・・・・・・・・うん。」
音華は頷いた。
彼女は此処に、眠ってた。


親子二人を殺した強盗。それを目撃してしまった女の子。
その目撃者を消すために、下校途中の女の子を追いかける黒マント。
黒マントから逃げるために、此処へやってきた女の子。
そのまま、なんのせいかはわからないが、なんらかの形で此処に閉じ込められてしまった女の子。
黒マントは死してなお彼女を捜し求めた。
そしてその凶悪な霊圧はこのマンションに多数の霊を引き寄せる引き金になった。

真相は、こんなところだろう。

「ありがとうございます。」
管理人が頭を下げた。
「もし何かまだ異変があればおっしゃってください。直ぐにまた来ます。」
「はい。」
二人は礼をして、立ち去ろうとした。
「おい!おばはん!」
後ろから声が掛かる。
「おばはんじゃねぇ。なんだよいちいち。」
「お前、黒マントのこと、やっつけたのか?」
「・・・あぁ。黒マントはもうでてこねぇよ。よかったな。安心か?」
「おう。ありがとうな!おばはん!」
音華は、一瞬息をとめて、すぐに笑った。
「おうよ。みっちゃんと仲よくな、ませがき。」
「なんだよ意味わかんねー!」
ぎゃーぎゃーと騒がしかったが、直ぐに管理人が雄太を止める。
音華はその声を聞きながらふっと笑ってその場を去った。
峰寿も笑ってた。さぁ。帰ろう。


「か・ん・ぱーーーーい!」
カチーン!
音頭がとられた。
「いやー!お疲れさま!初・脱芳ちゃんツアー!」
エリカが笑った。
「いやぁ。芳河といるよりは疲れなかった。」
音華はそう言って酒をすすった。
「俺も大分疲れが癒えた。」
「おい、殴りますよ。」
あはは!とエリカが笑う。
「お疲れ、峰寿!」
エリカは峰寿のほうへよっていき、もう一度杯を交えた。
「んー。おう。悪いなぁ。こんなに料理用意して貰って。」
なにを言ってるんだ。これは夕食じゃないか。誰かが用意する物でエリカ達は何もしていないはずだ。
音華はちらりと峰寿を見た。
「どうでした?音華嬢のサポートは!」
「ん?うん。すごい助かった。ご活躍。」
にーっと峰寿が笑った。
「芳ちゃんがうらやましくなりましたよーっ。」
「なら遣ろうか。くれてやる。」
芳河が酒を飲みながら呟いた。
「わぁ嬉しい。」
音華は舌打ちして言い返した。
「峰寿と音華ちゃんだったら、音華ちゃんが大変なんじゃないー?」
「おいおいエリカ、どういう意味それ、どういう意味?!」
「あはは!」
笑う。
「いや、峰寿。すごい頼りになるぞ?」
音華が、事も無げに、真剣にそう言った。
「へぇ?」
エリカが峰寿のほうを見た。笑ってる。
「峰寿、俺すごい助けて貰った。すげぇ頼りになるなって思ったぞ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
沈黙。エリカが芳河のほうをちらりと見る。
「ほ、褒めすぎだよ音華ちゃーん!」
峰寿がちゃかした。
「ほらー!そんなに他の男を褒めると芳ちゃんがふくれちゃうよ!」
「ふくれない。」
芳河が呟いた。
「でも、本当にそう思ったんだ。ありがとうな。峰寿。」
音華は、自然に、そういう事が言える人間だった。峰寿は照れて笑った。
「ちょ、・・・照れちゃいますけど!」
音華は笑った。
酒盛りは続く。

その夜。音華は誰よりも早くダウンした。また、芳河の部屋で倒れるように眠りについてしまった。
静かな秋の声のする夜だった。
「・・・・・・・・・・芳ちゃん?」
酒を注ぎ足して、エリカが言った。
「疲れた?なんか、今日、いっそう黙ってるね。」
「まぁな。」
峰寿は厠へ行っている。それを狙い定めたようにエリカは話した。
「音華ちゃん、峰寿のこと、頼りになるって言ってたね。」
「あぁ。」
「ちょっと・・・意外だったなぁ。」
「意外?」
「んー。峰寿の調伏って人に言わせたらものすごく危なっかしいじゃない?」
芳河は酒を飲んで一息をつく。
「だが、力は本物だ。」
「そうだけどさ。」
エリカは言いたい事がうまく言えなくてもどかしい想いだった。
「峰寿。」
峰寿が帰ってきた。
「お、音華ちゃん寝ちゃったの?」
「あぁ。疲れてたんだろう。」
「そりゃね。・・・今日はすごかったし。」
峰寿はため息交じりでそう言うと、芳河の隣に座った。
「音華は、どうだったんだ?」
「ん?うん。正直・・・すごいと思ったよ。それに尽きちゃうね。」
「詳しくききたいなぁ。」
エリカが乗り出して言った。
峰寿は起こったことをこと細かく、時々感想を交えながら話した。
二人は黙ったまま聞いていた。
「・・・って感じで。一件落着した・・・わけだけど。」
「ふーん・・・・・・・・・・。」
エリカが深い息を吐きながらいった。
「・・・なんか・・・確かにすごいね音華ちゃん。峰寿以上に危なっかしいかも。」
「あ、それ、同意。」
二人はじっと芳河を見る。
「で?お前はどう思う?師匠。」
峰寿が芳河を見る。
「・・・・・・・どうもこうも。特に・・・。」
「特に?そりゃねぇだろ。」
芳河は黙って、それから呟いた。
「西の連中は、音華に警戒するかもしれない。」
二人は芳河を見つめた。
「一言で言い表せないが、音華の力は・・・確かにすごい。」
褒めた。芳河が褒めた。二人はちらりと目を合わせた。
「鬼だけじゃなく、人間にも目を付けられるかもしれないな。」
ずずっと芳河は酒を飲んだ。
「ねぇ芳ちゃん。」
エリカが口を開く。
「音華ちゃん。まだ何にも知らないんだよね。」
「・・・・・・・・・あぁ。」
「何にも知らないのに、そういう目にあうのって・・・辛いんじゃないかな。・・・知っててもそりゃ辛いけどさ。」
エリカの目は真剣だった。昼間に見せたあの目と同じだ。
「話さないの?まだ、なにも。」
芳河は答えなかった。峰寿がエリカのほうを向いて小さく首を振った。
「・・・ごめん。」
エリカは謝った。
「芳河。」
今度は峰寿が言った。
「音華ちゃんはいいこだよ。」
芳河は答えない。
「力もすごいけど、なにより素直だ。すごく真っ直ぐな術を使う。」
一直線にほとばしる光は、鮮やかだった。
「色んなしがらみ無しに、大事だろ?」
「・・・・・・・・大事?」
繰り返す。峰寿は頷いた。
「大事だろ?音華ちゃん。」
峰寿は音華とずっと一緒にいた日はほとんどない。だけど、この女の子を愛しいと思った。
それくらい、心を撃たれるくらい、彼女は真っ直ぐなんだ。愛しいくらい、真っ直ぐなんだ。
それをずっと一緒にいた芳河が気付いていない筈がない。
「峰寿。お前、酔ってるだろ。」
「酔ってねぇよ。」
峰寿は真剣な顔をした。
「言いたいのはさ。」
ふっと息をついた。
「あの子守ってやれるのは、俺らしかいないんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
エリカが峰寿を見た。そして頷く。
「今んとこな。」
ふっと笑う。
「大事なら、大事にしてやれよ。お前のやり方でってこと。」
峰寿は立ち上がった。
「お前の立場とか、心境とか、全くわかんねぇ訳じゃねぇからそんなに言えやしないんだけど。ふらふらしてたら紫の上取られちゃうよ源氏っ!」
「あっは!」
エリカが笑った。
「なに、峰寿も音華ちゃんにお熱?」
「おや、知りませんでしたか?」
笑った。
「本気ぃ!?天下の光源氏敵にまわすの?」
「俺は中将っす。幼き頃からのライバル務めてますけど!」
あはは!とエリカが笑った。芳河はただ黙ってその笑い声を聞いていた。
酒。美味しかったが、何かが足りなかった。

二人が去ってから、芳河は深い息をついた。そして床に寝ッ転がったままの音華を見た。
「・・・・・・・風邪引くぞ、阿呆。」
布団をかぶせる。そして耳の奥で峰寿の声を聴く。
――― 大事だろ?
「・・・・・・・・・・・・・・・・阿呆。」
音華の顔は安らかだった。寝顔は少しだけ、似ているかもしれない。
不器用だが素直。人付き合いが苦手で口も悪い。全く似てない。
「芳河。」
「!」
驚いた。
音華が口を開いたからだ。だけど、目は閉じている。眠っているようだ。
「音華?起きてるんなら自分の部屋へ帰れ。」
返事はない。寝ている。芳河は息をついた。寝言で呼ばれるとは意外だった。
小さな顔だ。若草殿も、小さな顔をしていた。
ふと若草の涙を思い出した。
泣いていた。一人で。音華を思っては泣いていた。
この頬も、そんな風に濡れてしまう日が来るのだろうか。
――― 守ってあげぇね。
香屋の主人の言葉だ。
初めは義務だった。音華の面倒を見ることは、義務だった。うまくやる自信はあった。
何も言う必要はない。ただ言われた通りに、陰陽師へと育てればいい。音華の能力を引き出し、その身体を鬼達から守る。
大事にする?そういう対象ではないだろう。
そういう面でなければうまくやりこなす自信はあった。
だけど。今、峰寿がいう、エリカがいう、守ると言う言葉は、音華をむきあい、音華の全てを受け入れた上で、彼女のその素直な心を守るということだ。
正直言って、うまくやれる自信がなかった。
今だってない。自分が損なわれてしまいそうで。保てない気がして。それは、心を引っかく。
認める。俺は逃げているのかもしれない。
「母さん・・・・・・・。」
音華の声ではっとする。寝言だ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
芳河は目を閉じた。


「だめだ。頭ががんがんする。」
音華は頭を抑えた。
「いでー・・・!なんか体中軋むし!」
筋肉痛が襲う。
「音華。」
「・・・・おう。なんだよ。もう用意できてるから、すぐ行くよ。先行って食ってろ。」
朝食へ向かおうとした時だった。
「音華。」
障子を開けるとすぐそこに芳河がいて立ち止まる。
「なんだよ。何度も呼ぶな。」
「朝食は車の中だ。行くぞ。」
「・・・・・・・・・あ゛?」
芳河はすたすたと行く。
「ちょちょちょちょ・・・ちょっとまてよ!おい!なに!?聞いてねぇんだけど!何処行くって!?」
「東だ。」
「何しに!」
「言っただろう、俺たちの一門には大きな寺が東にもう一つと、北にもう一つあると。」
「ちょ・・だからそれが!」
追いかける。
「修行だ。行くぞ。」
「・・・・・・へぇ!?」
それはまるで引きずられるように。音華は歩き出した。


On*** 29 終わり



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