・・・Σなんか。わからない。


「ハァっ・・・・はあっ・・・」
息を切らす。顔を上げる。まだ少し濡れた髪の毛をぐしゃっとして、音華が周りを見る。随分走ったものだった。
気が付いて顔を上げれば、小さな駅が見えている。町に出ていたらしい。
「・・・・・っ・・・・ここ・・・・京都か・・・・」
周りの地名も雰囲気も、それを思わせる。
「だったら・・・ッ・・・はえぇや。」
ずるっと、重くなった脚を引きずり、駅に向かった。

ガタン・・・

電車に揺られる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
今朝の、あの、恐怖も。あの、感情も。揺れるたびに頭からこぼれて、音華の心も揺らした。
「・・・・」
みっともない。ぐしゃぐしゃ・・・髪の毛を絡まるくらい掻き乱した。
解ってたこと。突きつけられただけだったのに。あんな風に。みっともないったらない。早く帰らないと。早く。
あの少し荒んだ空気を持つあの町に帰らないと・・・。
「・・・・・あったかい空気なんか・・・・。ちらつかせんな・・・・・」
動揺。だった。
彼女を襲ったのはきっと動揺だった。親、という温かい者を目の前にちらつかされて、それでもやっぱり。それさえも冷たいものだったと、解っただけだった。
もう、ずっと前から知ってた。自分は、あの町の荒んだ風が一番心地いいんだってこと。
喧嘩吹っかけられようが、どんな眼で見られようが、あの町が、あの『家』が、彼女の収まる所だった。

「金・・・・もうほとんどねぇや・・・」
財布を開いて呟いた。けだるい感じが体を襲っていた。でも。
帰ってきた。
「・・・」
風が。あの山とは違う。あの街とは違う。
「あっ!あの女ぁ!!」
いつもの。
ドガッ
不良男たち。一蹴。
いつもの。あの、町だ。音華の髪の毛はなびく。
「・・・」
あの婆の化け物に追いかけられた道だ。ばかばかし。もう、何も。何も。考えたくない。母親なんか知らねぇよ。

捨てられた・華。野に咲く、名も知らない花なんかより。地をひっそりと突き破る雑草より。惨めな花だと思った。

「あ!」
脚を止めた。後ろから声がしたから。
「・・・・」
振り向いた。
「音華ちゃんっ」
「おねぇちゃん!!」
ばらばらと駆け寄ってくる幼稚園くらいの子ども達が、ぼす・ぼすと音華にしがみつき、いっぱいの笑顔をした。
「・・・お前ら・・・」
「どこいってたのお。」
「どっかいっちゃったのかと思ったあ」
泣きそうな顔でそう言う。
「・・・・わり・・」
音華はしゃがみこんで周りを囲む彼らの頭をぽすっと撫でてやった。
「ごめんな。皆」
音華の。顔。
「もう・・・勝手にどっか行ったりしねぇよ」
竄オさを含んだ、優しい笑顔だった。
妹。弟。みんな。みんな、捨てられたんだ。身勝手な親に、放り投げられた。小さな手。握りしめた。

「音華ちゃん!」
「・・・ただいま。」
{設の靴箱。何日かしか経ってないのに、もう懐かしい。
「どうしたの・・?・・・・親御さんの話は」
「・・・・・・・・・園長先生」
「?」
他の子ども達はわらわらと中へ入っていく。
「・・・・俺、もうちょっと・・・此処において・・・ください」
「・・・?」
「・・・高校出たら・・・働いて、先生にいっぱい恩返しするから・・・っ。」
「音華ちゃん・・・」
「だから・・・もうちょっと・・此処に、おいてください!」
静かに、静かに取り乱してしまった。そのことに、先生が気付かない筈なかった。
「・・・・もちろんよ」
ぽん。手が肩にあって。
「安心して、此処に居なさいな」
にこっと笑った、温かい眼があって。音華は、静かに頷いた。
「おねぇちゃんっあそんでぇっ!」
「わたしとよー!」
「うっあ!」
ひっぱられる。
「あらあら、ご指名よ?音華ちゃん」
園長先生はその柔らかい目でくすすと笑う。
「ちょっと・・!ま!待てっつの・・!」
ひっぱるひっぱる。
「ふふっ。みんなで買い物にいってきてくれる?」
「へ!?は・・・はい!!」
ずるずるずる・・・引き摺られるように。
カタカタカタカタ・・・・―――――

「音華ちゃん、あめー」
「おねぇちゃん。ちょこかってー」
「あーはいはい。また今度な。ドロップ買ったろ。」
「ばかー」
「やかまし」
スーパーの一角。
「よっしゃ。これで全部な。」
「おかしー」
口々。
「帰るぞ」
慣れたものでした。
カタカタ・・・
帰り道。
「まだ開けんなよ・・!あ!こらてめ!」
騒がしいもんだ。l人の子どもをつれて歩くのは。

カタカタカタカタ・・・

「おいっドロップそんな振んなよ。われッだろ」
振り向いた。
「・・・・・・・・・」
「どろっぷー?」
「・・・・・・・・」
誰も、そんなもの。持っちゃいなかった。右手に提げた袋に、しっかり、カラン・・・という音が。
「・・・・・じゃ・・・なんの・・・――――」
眼が開いた。
「・・・・・・・」
「ねーちゃん・・・?」
道の。後ろに。後ろに。
カタカタカタカタ・・・・・カタ・・―――
「・・・・っ!」

一匹の、犬の、あの化け物。

「逃げろ!!」
「え!?」
子ども達は何がなんだか分からない。まま、音華に手を引かれ走った。犬は追ってくる。
「くっそ・・!」
―――こんなところまで・・・!追ってきたのか!
しかし、子ども連れっていうのは、随分走りにくいもので、一人しがみつかせ、二人手を引き、走る。一番年が上の小3の女の子は、音華と必死に走るが。
「なに?おねぇちゃん??なんかあったの?」
見えてないんだ。
「・・・っとにかく!隠れろぉ!」
ざざッ・・・!
影に隠れた。
「・・・はぁ・・・っ・・・はぁ!」
ちらりと、来た道を、影から見る。
犬は行儀よく立ち止まり座りこんだ。とおもったら、そのまま、地面に、沈むように消えていってしまった。
「・・・・・・」
行ったのか・・?
ズズ・・・
「!」
ズバアアアアアアア!!
「!!!!うあっ!」
突然道路が黒く滲んだと思ったら、下から化け物が飛び出し、音華の持っていた袋をちぎり取って空へ舞い上がった。
「・・・んだよあれ・・!」
確かにさっきの犬よりは変化し、ずるずると龍のように伸びた化け物が道路の黒く滲んだ影溜りのところから生えている。
「ウ・・・マソウナ」
「!」
また喋った。気持ち悪く。
「コドモノ・・・シンゾウ・・・」
ざわっとした。化け物の目が。
「4ッツ・・・シンゾウ・・・ヨコセ」
「!!ざっけんな!!!」
見上げて叫んで。汗が吹き出るのは無視した。手が、、汗でぬるっとした。けど、無理矢理子ども達をひっぱって走り出した。
「あ!」
「!」
振り向いた。
「・・・・おねぇ・・!」
一人。
掴んでなかった。一人。彼女が手を伸ばしていた。けど同時に、あの化け物が地上に向かって降ってくる。
「!!あっ・・・!あや!!!!」
音華が、手を伸ばす。が。分かってた。間に合わない。
「・・・・・!っ!!!!」

ドッ・・・・・

酷い音がしたと思った。眼をつむっていた自分がいた。
つむって見える暗闇が、絶望だと思った。
「話を聞いてなかったのか。」
眼を明けた。だって。
「・・・・お・・・まえ!」
「口寄せ体質が目覚めたんだと、言っただろうが。阿呆」
だって、そこに居たのは、あのいけ好かない男だったんだ。しっかりあやを抱え、右手で、あの化け物を支える形で押さえつけていた。
「なっ・・・!」
「ヴヴ・・・オノレェ・・・」
化け物は、動けないのか動かないのか、分からないけど、ぶるぶる震えていた。
「五月蠅い。鬼ごときが・・・」
芳河が鋭く、小さく、真直ぐに、言ってのける。
「オン・・・」
ボシュッ!
何かが蒸発するような音がしたのが聞こえた。赤い光が四方八方に散った。白い冷気が一瞬立ちこめた。
「!」
「なかなかしつこいんで、荒っぽい術を使わせてもらった。」
ぱんぱん、手を叩きながら芳河が言った。
「・・・・・しかし。お前には呆れたものだな」
「・・・!」
音華が睨む。
「口寄せ・・・つまり無条件に鬼や霊に好かれてしまう体質のお前が、今あの寺を出ればこうなるんだ。」
「・・・・な・・・」
「今あの鬼をはじいた所で、また新たな鬼がお前を食いに来る。そして、お前の周りにいる人間を食いに来る。」
芳河がつらつら述べる。
「やたら・・・・子どもが周りに多いようだが・・・。児は鬼の好物だ。真っ先に狙われるぞ」
「・・・ッ!なんだってんだよ!」
「寺に戻れ。」
「!」
「これ以上、お前の大切な人間を、命の危険にさらしたくなかったらな」
「・・・・っ!!!!」
芳河は静かに失神してしまったあやを抱えなおす。音華が握っている小さな二つの手は、真っ赤になっていた。強く。握りすぎだった。
「・・・」
あやを見る。
「・・・・あや・・・」
「おねぇちゃー」
横で子ども達が泣き出した。
「・・・っ」
この子達が今、泣いてるのは、捨てた親のせいでもなんでもない。
俺のせいだ。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
あぁ。
「・・・俺は」
芳河が黙ってこっちを見ている。真っ直ぐな目だ。
「いつか絶対てめぇを蹴り倒してやるからな・・・っ!!!」
メンチ。
「あや運ぶの手伝え・・・。お前ら・・・帰るぞ。泣くなっ。」
ずるずる子ども達を連れて歩き出す。
「・・・・お前」
「行くさ。」
振り向かずに言った。
「行けばいいんだろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ」
また、ずるずると。

「音華ちゃんっ」
園長先生が、驚いて振り向く。現われたのは、音華プラス失神してしまったあやを抱えた変な男だ。無理もない。
「あやちゃん・・・!これは・・・」
「先生。」
「?」
音華を見る。
「ごめん・・・。」
「え?」
「ごめん・・・先生・・・。」
「・・・・・・?」
「俺・・・」
握るのは拳。
「・・・俺・・・此処を出なきゃ・・・」
「・・・・音華ちゃ・・」
「でも・・・約束。」
芳河が、音華を横目で見る。
「・・・・さっき言った約束だけは・・・絶対・・っ」
「・・・」
園長先生が、音華の手を取った。
「・・絶対。守るから」
「・・・・」
「だから・・・今は、皆のためにも・・・此処。出ます。」
子ども達が音華を見上げてた。
「・・・今のは・・・きちんと音華ちゃんが、決めたことなのね・・・?」
音華が顔を上げた。
「・・・・・」
ゆっくり頷いた。
「・・・解った。」
ぎゅっと手を握った。
「しっかり・・・行ってらっしゃい・・・。音華ちゃん」
にっこり笑った。彼女の眼が、優しくて。音華は泣きそうな顔をして頷いた。周りの子ども達は、泣き出した。
「おねぇちゃぁん!!」
抱きつく。
「行くのーだめー!」
「ねぇちゃーっ」
抱きついて、泣く。
「・・・わり・・・。・・ごめんな」
音華も優しく、小さな頭を抱きしめてなでる。
「待ってろな・・・絶対・・っ・・・ぜってぇ戻ってくるから・・・!」
泣き声を縫って、音華の落ち着いた声が、優しく響いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そんな彼らを見て、芳河は、ただただ黙るだけだった。

手を振った。施設を出て、芳河と音華は歩き出す。
「・・・おい」
「あぁ・・・?」
「荷物は、それだけか・・・・?」
抱えたのは1つの大きなカバンだけ。
「・・・・そんなに・・・沢山のもの・・・背負ってねぇだけだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何も無かったようなものだ。あの人たち以外。
「・・・・それよりお前」
「?」
「覚えとけよ・・・俺はこの体質を治したら・・・即行で、帰るからな。」
「・・・・・・・」
「それまでは、おとなしく山でもなんでも。こもってやらぁ」
吐き出すように呟いた。
「・・・あぁ。」
「・・・・それから。お前はいつか、蹴り倒す」
「はっ」
笑った。
「んだよ・・!」
「いや。・・・・つまらん小言はいい。行くぞ」
歩き出す。つまらん男だ。
「いくぞ。音華」
空気が。揺れた。
「・・・・・」
「?何をしてる?」
「・・・・いや。」
音華はふっと笑った。
「みてろ。クソ男。」
歩き出した。



On** 第3話 終わり

 

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