夢を見た。

滝行。慣れてきた。もうすぐ初夏だからだろうか。そこはかとなく気持ちがいい。
「集中。」
「してる!」
芳河のスパルタ。慣れてきた。もうすぐ此処に来て一ヶ月になるからだろうか。
それでもやっぱりコイツはムカツク。
「おはようございます。」
入れ替わりで少し年配の男が此処に来た。挨拶をする。
「おはようございます。」
芳河が挨拶を返す。
「・・・お・・・はよう、ございます。」
音華も返す。が、ぎこちない。人見知りだ。
此処に九人の修行を終えた陰陽師が帰ってきてからというものこの家は随分騒がしくなったと思う。
今まで音華と芳河と婆や、それからエリカしか居なかったようだから。中でもうるさいのが。
「音華ちゃんっ!やっほー!」
峰寿だった。
「・・・お・・・す。」
ここでもやはり人見知り。
「いいねぇ芳ちゃんは、いつでもかわいい女の子はべらせてて。羨ましい役職だぜ。」
「式神飛ばすぞ。」
「ヤメテクダサイ。」
「・・・峰寿、この間の件、どうなった。」
「ん、今日行くことになった。」
「頼んだぞ。」
「おう、任せとけ!俺の腕、なめてんのか?」
「いや、信頼してる。」
ははっと峰寿は笑った。そしてじゃあねー、とまた軽く行ってしまった。
「・・・・・峰寿とは、仲がいいのか。」
音華が尋ねる。
「・・・あぁ、10歳の頃からの付きあいだからな。」
「・・・・・・・・・エリカとは?」
「アイツとは・・・・・もっと長い。」
「・・・・ふーん。」
幼馴染か。
そんなものは、もう残っちゃいない。一緒に育った皆は貰われていくかなんかして、もう住所も分からない奴ばかりだ。
学校の友達、なんてものはいい思い出なんて1つもない。というか、友達、なんてものはできなかった。と思う。
「今日から、言霊を覚えてもらう。」
「・・・・・・・・また暗記かよ。」
「暗記じゃない。脳に刻みこめ。」
同じだ。
バサ。渡されたのは、30枚程度の白い和紙の束。
「・・・・・・・・・・・・・・これ、全部か。」
「全部だ。」
「・・・・・なんに使うんだよ。死呪以外にこういう呪文は!」
「霊圧を抑える。調伏の前の段階だ。調伏するのは一人か二人。その周りで言霊を並べて霊の力を殺ぐ役割をするものが何人かいる。その役の人間が言霊を使う。もちろん調伏者である陰陽師も使う。覚えろ。」
「・・・・いつまでに。」
「来週にはお前も実際の調伏に立ち合わす。それまでに全部覚えろ。」
鬼!

「かわいがってるねぇ。芳河。」
「峰寿。お前、暇そうだな。もっと仕事が欲しいのか?」
「ヤメテクダサイ。」
まじで冗談じゃなさそうだから。
芳河は一人で札を作っていた。峰寿はその横にどかっと座った。
「姫さんは、まだもうちょっと戻れないってよ。」
「・・・そうか。仕方あるまい。」
「・・・・・・・・芳河ぁ。」
「なんだ。」
うっとうしそうに答える。
「お前、あの人の所にちっとも顔出さねぇだろ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。それがなんだ。」
「・・・いや。一応さ。・・・家族なんだから。」
「正月に会った。十分だろう。」
「ま、野暮なことを訊いてるってのはわかってんよ。」
諦めたように峰寿は立ち上がった。
「忘れんなよ。」
「・・・何をだ。」
「お前は陰陽師の前に一人の人間だってこと。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。峰寿。」
「んじゃ、俺は行くかなっ!明日は生霊と女の情念で息が詰まる想いをするだろうから。芳河君のおかげで!」
「・・・・礼を云う。」
「今度なんかおごれよ!」
ひらっと手を振って行ってしまう。
「・・・・・・・・・・・・は。」
ため息。

二、三日たった。
「あー、言霊だ。」
「・・・・・・・・死ねる・・・。」
エリカが笑った。
「大変だねー、来週までってー?」
「鬼です。奴は。人間の姿をした悪鬼です。」
「あっは!最高、それ。」
「・・・・あー・・・・覚えらんねぇ。」
「でも言霊は大事だよ。一人で言うんじゃないからさ。完璧に覚えておかないと、一人の乱れで全部が駄目になっちゃうもの。でも全員の言霊が揃えば、効果は大きい物で、調伏をする陰陽師は大分助けられるのよね。」
「・・・エリカもしたことあるのか?」
「うん。8歳の時には、もう調伏に立ちあってたから。」
早。
「13の時に初めて調伏して、15の時には一人でできるようになったかな。」
「・・・それってやっぱりすごいんだよな。」
「はは。普通よりは早いかな。でも芳ちゃんのほうがすごいよ。13の時にはもう一人で調伏やらされてたもん。」
「・・・・・・・・陰陽馬鹿だろあいつ。」
「あははそうだよね。」
「・・・・・・・・・負けねぇ。」
がっと言霊にかじりつく。
「あはは音華ちゃんも負けん気強いよねっ。」


夢を見た。
その夜のことだ。
夢を見た。

「・・・夢?」
芳河がそれがどうした、と言う顔をした。むかつきます。
「・・・夢だ。」
「お前の夢なんて物には興味がない。」
むかつきます。
「・・・や、俺。よく変な夢見たらそれがなんか現実に関係したりするから。」
「・・・・・正夢か?」
「とまではいかないけど。なんかの暗示だったり。した気がする。」
芳河は考え込んだ。
「どんなだった。」
「・・・女の子の夢だった。」
音華は箸で豆を捕まえながら言った。箸の使い方は一級品です。
「すごい古い家だった。女の子も着物で。・・・なんていうんだ。あの血を吐く病気。」
「結核か。」
「多分それ。」
語彙力は、自慢できません。
「そんで、・・・・・そんで親にも誰にも見離されて、一人で部屋で苦しんでるんだ。」
「・・・・。」
「・・・寂しいって言ってた。でも、それは誰にも届いてなくて。皆に裏切られたと思って泣くんだ。」
「・・・・・悲壮な夢を見るんだなお前。」
「見たくて見たんじゃねぇよ。」
舌打ち。
「でも、こういう風にストーリーがある夢をみたら、結構・・・。」
「暗示のようなものが見受けられるか。」
「・・・今回はわかんねぇよ。っていうか。こういうこと他人に言ったの初めてだ。信じてもらえねぇだろうし。でも此処、お前らオカルト集団なら信じてくれるかなって思ってさ。」
「・・・信じる信じないは別として、もしそれが暗示なら、それが示すものには興味があるな。」
「・・・・で、どう思うか、って訊こうと思ってたところなんだけど。」
「知らん。」
ですよね。

だけど、また、夢を見た。

「・・・・・・・・またか。」
音華は呟いて目を覚ました。
「また?」
芳河が怪訝な顔をした。音華が頷く。
「・・・それで?」
「おんなじ夢だった。」
「全く?」
「・・・微妙に違うけど。」
説明できない。
「・・・・・・・・気を付けろよ。」
「へ?」
「お前、寝る前、香を部屋にたいてから寝ろ。」
「なんでだよ。」
そんなことしたら朝起きた時に喉に違和感を感じる。蚊取り線香で昔えらい目に遭ったことがある。
「夢から魂を喰うものも居るからだ。」
芳河が静かに言った。
「だから、気を付けろ。お前はなんでも寄せ付けすぎる。」
「・・・・・・・・・・・・・・おぅ。」
しぶしぶ、香をたいて寝ることになった。
一番きつくない匂いのするものを選んで音華は2、3本部屋の隅に置いて灯を燈した。
だけど、真っ暗にした部屋で、音華は眠りにつく事が出来なかった。
「・・・・・・・。」
沈黙と闇の中で、音華は腕を頭に回してまた天上を見ていた。夢の中の女の子の顔が忘れられなくなっていた。
結構かわいらしい感じの女の子なのに、病気のせいでかやつれている。黒い髪は多くって、綺麗だ。
咳き込むとしばらく発作は止まらない。苦しそうに体を縮めていく。だけど誰も来てくれない。
部屋に一人肺痙攣になりかけながら臥せっている。時々母親を呼ぶ。だけど、誰も来てくれない。終いには咳のせいで涙があふれる。
気を失うように倒れると、意識がなくなる。そして眼が覚めれば、冷えた食事が部屋の隅にある。だるい体を起こして其処まで行き、食事をする。
部屋から出ることは出来ない。鍵が掛かっている。
この部屋だけはふすまではない。戸板が深い茶色で夜が近づくとそれはどこか違う恐ろしい世界に繋がっていそうな物へと変わる。
窓は、高い所にしかない。月が時々見える。
孤独だ。
「孤独だ。」
呟いた。
「淋しい。」
「!」
驚いて心臓が止まりかけた。声がした。部屋の隅から。
音華はばっと体を起こした。嫌な感じはしない。変な匂いもしない。ただ、彼女を目にした。もとからずっとそこに居たかのように感じた。
「・・・・・・・淋しい。」
その娘は紛れもなく夢の中の女の子で、でもこっちには気付いていない。音華は息を呑む。芳河の言葉を思い出す。
魂を持っていかれる。だけど、まったくもって嫌な感じがしないんだ。彼女からは。足を抱えて墨で座る。震えている。
「苦しい。苦しい・・・。お母さん。助けて。」
「・・・・・っ。」
彼女は泣きだした。苦しそうだ。細くて白い腕が折れそうだ。咳き込む。
「・・・どうして誰も助けてくれないの、どうして誰も来てくれないの・・・。」
「・・・・・・・・っ・・・!」
音華はやりきれなくなってきた。どうしたらいいかわからない。香の香りで頭がぼんやりする。
そのまま彼女はしくしくと、ずっと泣いていた。それはそれはか細い嗚咽で、それはそれは綺麗な声だった。
音華は、ずるりと布団にまた倒れる。その声を聞きながら泣きたい気持ちになる。まるで彼女の感情が流れ込んでいるかのようだ。孤独を心底つきつけられた気になる。苦しくなる。
呼んでも誰も来てくれない虚しさ。誰も自分の名前を呼んでくれない辛さ。
捨てられた人間の気持ちは、捨てられてみないと解からない。
そうじゃないって思いたい。でも、そうなんだと、半ば決め付けて自分が可哀相になる。
「・・・・・・・・・・みんな嫌い。みんな・・・・嫌い・・・・っ・・・!」
そうだよな。
そういう気持ちになるよな。
なぁ、なんで、こういう気持ちになるんだ。誰のせい?
誰のせいなんだろう。
気がつけば眠りに落っこちていた。
何処からが夢だったんだろう。


「ごほ・・・っ!」
「・・・・・・・・・風邪か。」
「や、なんか喉がゴロゴロするだけ。絶対香のせいだ。」
不平。
「昨日は見なかったか。」
「夢か。」
音華は不機嫌そうに沢庵をかじる。
「そういう夢は見なかった。」
「・・・・じゃあ何を見たんだ。」
「・・・女の子を見た。」
「・・・夢だろそれ。」
「ストーリー性がなかった。」
「・・・・でもその少女だったんだろう。」
頷く。味噌汁を掻きこむ。芳河がため息をつく。
「言霊は、覚えてるんだろうな。」
「覚えてますよ鬼。」
「・・・なんだ最後のは。」
「お前のことだ。」
ずず・・・!お茶を飲み干し立ち上がる。
「おい、何処に行く阿呆。」
「・・・・なんだ最後のは。」
「お前のことだ。」
畜生。
「何処だっていいだろ!便所だ便所!」
バターン!
「・・・阿呆め。」
まだ食事中です。

「あーっ音華ちゃん。」
「・・・・・峰寿・・・・・。」
峰寿と廊下ですれ違った。
「どうですかっ調子は!芳河との。」
「・・・不良だ。」
あはは、と峰寿は笑った。
「あいつスパルタだろー。」
「まったくもって。」
「言霊の暗誦一週間だって?」
「あぁ。」
「うっわー、俺アイツの弟子じゃなくてよかったぁ!大変だねぇ。」
「まったくもって。」
鬼です。奴は。
「来週の調伏、俺だから。」
「・・・・・・・・峰寿が。」
「そ、音華ちゃんが言霊の役をする時ね。」
峰寿が笑った。
「頑張ろうねー。」
「・・・・・・・・・うん。」
頷く。峰寿はいつもにこにこしている。音華はうまく笑顔が作れない選手権ならば一位に輝くだろう人間だった。
ふいに下を向いた。この眩しい笑顔を見ていられなくなった。
「音華ちゃんっ。芳河のこと嫌わないでくれな。」
「・・・・・へ?」
顔を上げた。
「あいつ、口悪いし愛想いっこもないけど、音華ちゃんのこと大分かわいがってるからさっ。」
かわいがっている、だとォ?微塵も感じません、愛情らしいものは。
「あははっその顔、すでに大分嫌な目に遭ってるみたいだなぁ!」
音華は無意識に顔が引きつっていた事に気付く。
「でもさ、あいつだけは音華ちゃんの確実な味方だよっ。もちろん俺も、エリカもねっ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・味方・・・?」
敵だ!
「んじゃぁ!また来週にねっ!言霊、よろしくっ!」
「・・・・・・・・・・・・あ、・・・・・・おぉ。」
峰寿はひらひら手を振って去った。
「・・・・・・・・・味方ぁ・・・・?」
納得はいきません。

「遅い。」
敵だ!
「スミマセン。」
芳河の呼び出し、ちょっと遅れた。認めます。
「こい。」
ついてく。
「ごほ・・・っ。」
「・・・まだ治らないのか。」
「あのなぁ。一日で治ると思ってんのか。」
「香のせいで朝起きて喉がゴロゴロするのなら、昼には治ってるだろう。」
一理ある。
「知らねぇよ。まだゴロゴロする。」
「・・・気を付けろよ。喉は大切だからな。調伏も然り、言霊も、全ては音声で術は発動する。」
「・・・・・・・・おう。」
ついて歩く。
「何処に行くんだ。」
「死呪の練習だ。」
「・・・・・・・プラクティスですか。」
「覚えてるんだろ。あれだけ勉強してたんだ。まさかそのお頭はすっからかんじゃあるまいな。」
「殺すぞ。・・・ぜ、全部は覚えちゃいないけど、いくつかは・・・。」
「十分だ。俺が式神を放つ。お前はその動きを止めろ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
ざ。芳河は立ち止まった。そして音華のほうを見る。湿っぽい庭の中央。
「・・・・・あの。」
「いくぞ。」
「ちょ、ま・・・・!」
「オン・ビラカサンカカカワレカテトシワレニツカフ小鬼殿!」
「待てって!」
遅かった。芳河の周りからギュルギュルとなにか変なものが現われて、音華めがけて飛んできた。
「わわ・・・・うわぁ!」
間一髪でよける。
「よけるな。放て。」
「心の準備とかさせてくれねぇのかよ!」
切れる。
「阿呆か、実際に悪霊が向かってきた時にも同じように言うのかお前は。」
「・・・・っ!」
確かにそうですけど。
容赦なくその小さな何かは音華めがけて再び飛んできた。
「・・・・・・・っくしょ・・・―!」
指二本で音華は構えて死呪を唱えた。
バシュン!
式神にぶつかかった。変な音がして、式神は消えた。
「・・・・・・こ・・・これでいいんだろ・・・!?」
「・・・・・・・・・上出来だ。」
芳河は顔色1つ変えず言った。
音華は体が震えているのに気付く。今放った何かは、本の一番初めのページに書いてあったものだ。
「もう一発行くぞ。」
「は!?」
そういった瞬間には新しい式神がまた吹っ飛んできた。しかも二つ。
敵だ!こいつは!

「・・・・・・・・・・・はぁ・・・はぁ・・・鬼・・・!」
「よし、いいぞ。初級の死呪はなんなく使えるな。」
息1つ切らしてない芳河を睨む。最終的に式神の連発を喰らったのだ。ギリギリでそれらをはじいたが、なかなか大変だった。本の最初のほうにある死呪は殆んど使ったんではないだろうか。どれもこれも式神や、魑魅魍魎をはじくためのもので、いろんな色の閃光が目に映った。
「特殊なものや威力の強いものは、おいおい実践させる。しっかり覚えておけよ。」
「・・・・・・・・・オウ・・・・。」
芳河をぶっ倒すための死呪はないものだろうか。
「ごほっ・・・!」
咳が止まらなくなった。
「冷えたか。」
「ごほ・・・っ・・・平気だっ。」
むせ返る。
「・・・・・・。あとで生姜湯をつくってやる。」
「・・・・・・・・・・・。」
芳河を見上げた。なんなんだこいつは。

「ごほ・・えへん・・・!」
「大丈夫―?」
エリカが夕飯後に、生姜湯を持って部屋にやって来た。
「はい生姜湯。」
「・・・・サンキュ・・。」
咳が出る。
「なぁ、香消して寝ちゃダメなのか?」
「えぇ?・・・別にいいと思うけど、芳ちゃんがそうしたほうがいいって言ったんでしょう?・・・うーん、多分しといたほうがいいと思う。だって、音華ちゃんのこと一番分かってるの芳ちゃんだもん。」
「・・・・。」
そうでしょうか。
「この生姜湯だって、芳ちゃんが作ったんだよ。」
持ってきたのはエリカですが。
「心配してるんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・敵には変わりない。」
塩を送られた気分だ。生姜湯は美味しかった。蜂蜜が入ってる。園長先生がいつも作ってくれてた味によく似てる。

むせて眼が覚めた。
息が苦しい。音華は唸って起き上がろうとした。だけど、一瞬で背筋が凍った。
此処は、知らない。
この天井は、知らない!
「・・・・・・・・・っ・・・何処だ・・・此処!」
ばっと、起き上がった。
「・・・・・・なんだ、此処!」
部屋だ。見た事がある。あの部屋だ。咳がまた出た。
あの少女の部屋。埃っぽくて思ったよりも広い。
ぞっとした。暗い部屋で独りぼっち。咳と戦って体をちぢこめる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
この世で、自分、一人なんじゃないだろうか。そういう錯覚が起こる。真夜中に眼が覚めた時のあの冷や汗を思い出した。音華は、小さく咳をした。黒く浮かぶ扉を見つめる。
「・・・・・誰か、居ないのか・・・・?」
問いかけて見る。
無言。沈黙。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・居ないのかよ。」
あの少女は何処だ?
「・・・おい!誰か居ないのかよ!」
叫んで見た。瞬間空気が肺に逆流したようになった。痛む。咳き込んだ。
ガタン!戸の音がした。それと同時に、小さな悲鳴が聞こえた。
「・・・・!?」
なんだ?
バたバタバタといってしまう。足音。
「・・・・・・・・・・・・・・なんだよ。」
音華は体を起こして戸の方に近寄って見る。
味噌の香がした。味噌汁だ。きっと。
ああ・・・食時か。食事を運ぶ人間が、来たんだ。でも俺が叫んだから。
俺が起きていたから、叫んで逃げたのか。
「・・・・・・・・・・は・・・・・・・・。俺は化け物かってんだよ。」
拳を握って、戸をぶん殴った。
バキ!いい音がした。なのに、黒い戸板はびくともしない。芳河を殴ったのと同じ位の強さでぶん殴ったのに。
「・・・・・・・・・・・・畜生・・・・。」
音華は虚しくなって、拳を握って咳き込む。
「出せよ、畜生。」
苦しいんだ。

「音華!」
「!」
びっくりして目を開けた。
「何をしてる。」
芳河だった。芳河が目に映ってる。
「・・・・・・い・・・・や、お前が。」
状況把握に30秒を要した。
「いや、お前が何してんだよ人の部屋で!」
芳河はため息をついて音華から離れる。
音華は起き上がった、何故か体中が痛んだ。体がだるい。
「一応女なんですけど!他人の寝間に勝手に入ってくんなよ!」
「何時だと思ってる。」
「は・・・!?」
時計に目を遣る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3時半、です。」
「いつまでぐうたら寝てるんだ。お前は。」
「いや・・・そんなに寝てたつもりは・・・!」
早起きは実は結構得意なんですけど。
「また妙な夢を見たんじゃないだろうな。」
「・・・・妙・・・・。あ・・・あぁ。」
「どんなだ。」
「・・・・部屋の・・・夢。」
芳河は顔をしかめた。
「また、おんなじ少女の夢か。」
「いや、あの子は出て来なかった。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。お前今日は清水を飲め。」
「へぇ!??!あの水?!」
嫌だった。
「・・・・香も俺が選んだのをたけ。今日は修行はいい。部屋にいて言霊を覚えておけ。」
「ちょ、ちょっと待てよ!俺風邪はひいたかもしれねぇけど、そんな部屋で閉じこもる程じゃ・・・!」
「それから。」
まだ注文があるのか。なんの料理店だ此処は。
「絶対に、眠るな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・へ?」

「芳ちゃん、何してるの。」
「エリカ。お前は、今日出るんだろ。」
「うん。準備終わらせてきたとこ。何してるの。」
「香。」
「・・・・うん。見たらわかるけど。なんで?・・・あ!音華ちゃんのか!」
芳河は黙って、香をいくつか選んでいる。
「ってうわ。そんな強力なの燃すの?」
「あぁ。」
「・・・・・・何か、憑いてる?」
「分からん。」
分からん、エリカは繰り返して見る。
「分かんないのに?」
「もしも、があるだろう。」
ふーん、と言って見る。
沈黙。
「芳ちゃんやっさしーぃ。」
「・・・早く行け。」

香の香りは、きつくて気に入らなかった。


On*** 10 終わり


 

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