嬉しいけど、苦しい。苦しいし、逃げたい。

「それで・・・気が付いた時にはもうソレは居なくて・・・。」
怯えながら喋る女性を目の前に。耐える。正座。
ベシ!
震える音華の膝に一括が入る。
クソ芳河!
「・・・あ、で。他になにか、ね・・・ないんですか。」
「例えば・・・。」
「例えば、そういう・・・。」
ちらりと目をやる。
女性の肩に憑いてる。ソイツに目をやる。
「ソイツをつれて帰ってきたきっかけとか・・・。」
「きっかけは・・・思いつきません。」
「じゃ、最近あった大きな出来事は?」
「悪いことは大して・・・。」
「いいことでも。」
「・・・いいこと・・・。は、あぁ。主役をもらいました。」
「しゅ?」
「プリマドンナです。バレエの。オーディションに受かって。」
なんだろうソレは。
「なる・・・ぅわ。」
びっくとした。
肩の影がゆらんと揺れていた。
「え!?」
「い、いや!なんでもないんだ!なんでも!えっと。わ、わかりました。じゃあ、後日・・。」
芳河を見る。
「いつだっけ?」
「木曜だ。」
「木曜。」
彼女は去っていった。
「・・・お前。言葉遣いなんとかならないのか。」
「ちゃんとしてるだろうが。」
「あれで?」
「黙れ!」
芳河はため息をついた。右手は胸の前にぶら下がっている。
「せめて私って言ってみろ。」
「わ た し!?」
音華はすごい顔で嫌がった。
「・・・なんだその顔は。」
「私って・・・私って、いやだ!」
「なんでそんなに嫌がる。普通だろ。お前、女だろ。」
「女ですけど!やだ!気持ち悪い!」
「確かにいきなり言われたら気持ち悪いが。」
「死ね!」
「あぁ・・・。」
芳河が納得したようにいった。
「辰巳と同種か。」
殴ろうかと思った。

「音華ちゃんっ。」
エリカが昼食に遅れてやってきた。
「エリカ。先食べてるぞ。」
「あ、うん。ねぇねぇ。音華ちゃんっさっき届いてたよ。正装!」
「・・・正装?」
「うん。あとで着て見せてねっ。」
「・・・あ、あぁ、あれか。うん。わかった。」
この間いろいろ体の丈を測られた。
「・・・音華ちゃん、髪の毛結えるっけ?」
「音華には才能がない。」
芳河が答える。
死にさらせ!
「いつか自分で結ってきたらひどいものだった。」
「へー。出来ないんだ?」
エリカが意外そうな顔をする。
出来ません。だって、くくるようなことなかったし。
「・・・・わたしは、そういう細かいのは、苦手なんだよ。」
言ってみた。わたし。二人の顔を見る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
おい。なんだその硬直は。
「っぶー!!」
エリカが思いっきり吹き出した。うわぁ、想像の範囲内ですけどね。
「かっ・・・かわいい!音華ちゃん!」
大笑いしながら言うか。
「あははははははははっみ・・・峰寿に聞かせたかった!」
芳河もそっぽを向いて口を抑えてる。
ムカツク!!!お前が言えっていったんだろうが!!
しかも芳河が笑い堪えてるの初めて見たんですけど、そんなに面白かったんですか。
「ね、峰寿の前でも言ってよ。」
エリカが笑いながら頼んだ。
「やだ!」
絶対に。

「ねっ、可愛かったね。音華ちゃんの『私』っ!」
昼食を終え、エリカは芳河の部屋へやって来て言った。
「・・・エリカ。」
「なーに?」
「・・・なんでそんなに嬉しそうなんだ。」
「嬉しいよそりゃ。」
にこっと笑った。
「・・・ねぇ芳ちゃん。」
「なんだ。」
「芳ちゃんなら、幼馴染の・・・私の産んだ子ども・・・・捨てさせること、できる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。エリカ。」
芳河は筆の墨を取り、そしてため息をついた。
「・・・感情は?って訊いたんだよね・・。」
「・・・・。」
「この前、音華ちゃんが、感情は?って訊いたの。」
エリカは外を見た。静かな庭だ。
沈黙。
沈黙。
心のある世界が欲しい。
「おい、なぁ、芳河。」
音華ががらっと障子を開けた。
「あ、エリカ。」
「音華ちゃんっ。どうしたの?」
「や、峰寿、見ねぇからさ。何処行ったのかなって。」
「・・・・。」
おっと。
エリカはちらりと芳河を見る。
「えーと、用事?」
「や、用事って程じゃないけど、ちょっと話すことがあってさ。」
「・・・・。えーっと。」
「峰寿なら此処には居ないぞ。」
芳河が言った。
「あ、そうなんだ。そっか。」
「なんだ。そんなに重要なことか?」
「や、この間術書借りたんだけどさ、分かんないところがあって・・・。」
「術書?峰寿のか。」
「おう。」
「・・・術なら俺が教えてるだろ。」
「だって、あの術、峰寿の術だろ。」
「・・・・・・・って、音華ちゃん、峰寿のあの超綱渡り術、やろうとしてんの?」
エリカが驚いた。
「え・・・だって。」
「止めとけ。あんなもん峰寿だけで十分だ。」
芳河がため息をついた。
「なんでだよっ、俺だって口寄せ体質なんだぞ。もし引き寄せてもあの術があれば、上手く使えばだけど・・・強くないか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
沈黙。
「もうすぐ調伏だから、早く訊きたかったんだけどな・・・。」
ちっと舌打ちをして、音華は髪の毛をかきあげた。
「・・・峰寿は、下の社にいる。」
「え?」
「いいぞ。俺も丁度香屋に用事がある。山を下りて、連れていってやる。だが会えるかは知らんぞ。」
「いいのか?昼から・・・。」
「いい。気が散る。そういうことは早く終わらせろ。」
「おぉ。」
音華は笑ってそのまま部屋を出ていった。
「・・・・・・・・・・・芳ちゃんてさぁ・・・。」
「なんだ。」
「超不器用。」


「じゃあ、後で迎えに来る。粗相するなよ。」
「しねぇよ。じゃあな。」
芳河は車に乗って行ってしまった。音華は息をついてくるりと屋敷に入っていった。
「おや。」
「あ。」
そこに現われたのは、以前あった此処の男だった。
「あ・・・こんにちは・・・。」
「音華殿。」
「・・・あ・・・えっと。」
「風間ですよ。」
「・・・風間・・・さん。」
風間はにこっと笑った。
「久しぶりですね。どうかしたんですか?今日は、お一人で?」
「・・・・あ、おう・・・。峰寿が此処に居るって聞いて。」
「・・・あぁ峰寿様ですか。えぇいらっしゃいますよ。でも捕まえられるかな・・・。」
「忙しいならいいんだ。・・・芳河が帰ってくるまででいいから・・・待っててもいいか・・・?」
「もちろんですよ。さ、入ってください。」
音華は頷いて風間について歩いた。

術のことなんて、本当は二の次だった。

音華は辺りを見渡した。出された熱いお茶にわずかに波紋。嗣子嚇しの音がする。
術のことなんて、別に急いではいなかった。
急いでいたのは別のこと。
姫に会う。その予定が、迫ってる。
峰寿は姫についている、従者で、そこには何か深い根っこが生えている。
蔑みの眼を、受けるそんな根っこ。敗者の証。
「・・・・・・・・・・・・・・・・静かだな。」
音華は眼を閉じた。
今週末、姫に会う時に、きっと峰寿にも会う。
このところ峰寿をあまり見ない。
姫に会う前に、峰寿にどうしても会っておきたかった。
でないと、きっとその場面で上手いこと喋れない。
姫の事も訊きたかった。要するところ、姫に会うのが、少し怖かったのだ。
「・・・峰寿・・・。」


「はーーーー」
峰寿は深いため息をした。白い息が出る。
「つっかれた。」
頭をかきむしる。
そして白い箱を懐から取り出しライターで取り出したタバコに火を付けた。
「あぁ、誰かと思えば。」
「・・・・・・・・・・・・・・・あぁ・・・。こんにちは。東堂さん・・・・。」
峰寿はゆっくり振り向いて、後ろに立つ男を見た。中年くらいの男だ。
「さん・・・・か。いつまで子どもでいるつもりかな。峰寿の長男?」
「・・・・・・・・・・・・失礼しました。東堂様・・・・・・・・・・。」
峰寿はにっこりと笑った。
「姫様が此処に?」
「えぇ。」
「珍しい。」
「そうですね。」
「そういえば、峰寿の前当主・・・亡くなられたのだったな。」
「えぇ。少し前のことですが。」
「そうか。あの敗者も醜態をさらしながらもよく生きたものだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
峰寿は笑ったまま黙った。
「おっと、悪かったな。長男にとっては実の父。しかし、奴はとんだ迷惑者だったろう。家にとっても。奴の敗北のおかげでそれまで築いてきた千年の名門の名を地に落としたのだからな。」
「・・・東堂様。」
「ん?」
「西の者が、最近ちょっかいをかけてきているようです。紫苑の後継の腕を折ったような悪鬼も送られて来ています。なにとぞ、身辺、お気をつけて。」
「・・・・・・・・・ふ・・・・・。ご忠告いたみいる。じゃあな。」
その男はにやりと笑って去っていった。
「・・・・・・・・・はー・・・・・・・・。」
峰寿は大きなため息をついて右手にタバコを持ったまま、頭をかきむしる。
そしてずるっと壁を背に座りこんだ。
わざわざ俺を見つけて、こんな人気のない場所まで来やがって・・・。暇なんだろうかあの男は。
悶々とする。
峰寿はタバコに火を付けた。
あぁやばいな、手が震えてる。
大丈夫だ。慣れてる。こういうことは五萬とあったじゃないか。
ただ・・・あぁいうストレートなのは・・・随分久方ぶりだった・・・。
「・・・きっつぃな・・・・畜生。」
峰寿はもう一度頭をかきむしった。
「・・花札もみつかんねぇし・・・。」
ふぅっと白い息を吐く。
結構探したのに。
姫が居ない時を見計らって、自分の身体が許す範囲でこの呪を解く花札を探したが、そう簡単に見つかるわけもなく。
涙がじんわり出てきた。ごしっと眼をこすった。
「・・・・ちっくしょー・・・・・・」
頭を抱え込んでうずくまった。時。
「峰寿?」
「!」
バッ!と、峰寿は顔を上げた。
「・・・峰寿・・・・・?」
「お・・・とはなちゃ・・・・・!」
はっとする。ヤバイ。涙が。
慌てて眼をこする。
「音華ちゃん!・・・ど、どうしたの此処で何して・・・・!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
音華は言葉を失ったまま峰寿を見下ろしていた。
「あ・・・何でもないよ、眠いだけっ!驚いちゃった!何?俺に用でもあった?」
峰寿はにこっと笑った。
「・・・・・・・・・・・・ッ!」
音華は眉間に思いっきりしわを寄せたと思うと、すぐに峰寿に背をむけ走りだそうとした。
音華ちゃん!」
慌てて立ち上がり、音華を止めた。
タバコがポトリと地に落ちる。
「音華ちゃん!」
「放せよ!なんで殴んねぇんだ!」
「ぼ・・・っ暴力反対!」
「うるせぇ!なんで許しとくんだよ!」
音華は暴れた。
これは、本当に馬鹿力だ。
峰寿は必死に抑える。
「なんで峰寿が笑うんだよ!なんで・・!此処は感情を出す事が罪なのか!」
「・・・っ音華ちゃん!」
音華は止まった。太い腕が音華を捕まえて、動けなくなった。
「・・・馬鹿だろ・・・。そんなん。」
「音華ちゃん・・・・。」
峰寿がきつく、きつく、音華を後ろから抱きしめた。
「・・・大丈夫だよ・・・ありがと・・・。ごめんね・・・嫌なところ、見せて。」
「大丈夫じゃないじゃんか・・・・・。」
音華の声は震えてた。
「全然大丈夫じゃないくせに・・・!」
その目から涙が落ちているのが分かった。

此処は無情の世界だよ。

この子だけは。
この子だけは違う。
峰寿は心底そう思った。
「峰寿・・・・。」
「ごめん・・・。」
「苦しい・・・。」
「うん。」
だから、涙が落ちた。
あぁ、エリカ。俺、やっちまった。
結局音華ちゃんに泣きついて、かっこ悪いところ、見せてしまった。
「お父さん・・・少し前に・・・死んだんだな・・・。」
「うん。」
「・・・きつかったろ・・・・。」
「うん。」
峰寿は頷いた。
「死んでもあぁやって侮辱されるのが、一番きついよな・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「苦しいって・・・峰寿。」
「はは・・・。」
「?笑ってんのか?」
彼の声が耳元で聞こえる。
「うん。音華ちゃんって・・・・・本当に・・・すごいよ。」
「・・・そっか。」
峰寿は笑った。音華も微笑んだ。
峰寿がゆっくりと腕を放した。
音華はゆっくりと峰寿の方に振り返った。
「・・・やばいな畜生。」
本当の本気で抱きしめてしまいたい。
「え?」
「なんでもないよ。」
峰寿は笑った。
「それで・・・?どうして此処に居るの?」
「あ、・・・峰寿に用があって。」
「・・・芳河も此処に?」
「や、香屋のじいさんの所に行った。そのうち迎えに来ると思う。」
「・・・芳河が、音華ちゃんを此処に?」
「え、そうだけど。」
「や、そっか。で、用って?」
「・・・あの・・・術のことで・・・。」
「あぁ、なんか分かんなかった?ごめんね。」
「や・・・それは、今度でもいいんだ。」
「?うん。」
音華は一瞬ためらって地面に目を向けた。煙を少し出している煙草を見つめる。
「・・・週末・・・姫様に会うんだ。」
「うん。調伏、するからね。そういうきまりなんだ。」
「俺・・・姫様に会う前に、峰寿に会っておきたくて。」
峰寿は黙った。
「それだけ・・・なんだけどさ。」
音華は下を向いたまま呟いた。
「うん。俺も会えてよかった。」
峰寿は微笑んでそう言った。
「大丈夫だよ音華ちゃん。」
音華の頭を撫でる。
「音華ちゃんは音華ちゃんらしく、いつも通りでいいんだから。」
「・・・。」
顔を上げた。
「俺も、たとえいつもと違う人に見えたとしても、心の中ではいつも音華ちゃんの味方だよ。」
「・・・・・うん。」
「・・・芳河だ。」
峰寿は顔を上げて言った。
「え?」
振り向く。
芳河が音華を見つけてやってきた。
「峰寿。」
「おう芳河。」
「音華。」
「なんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
明らかに眼が潤んでいる二人に、芳河は何も言うことなくため息をついた。
「帰るぞ。用は済んだか。」
「お、おう。」
「峰寿。」
「ん?」
「やる。」
ぽいっと投げられたのは、煙草。
「・・・え。いいのか?」
「あぁ、差し入れだ。」
「・・・・、ありがとう。」
峰寿は微笑んだ。
「じゃあな。」
「おう。また屋敷で。」
芳河は背を向けて歩きだした。
音華もそれについて歩き出すが、ふと立ち止まり峰寿のほうに振り返った。
「ありがとう。」
「こちらこそ。」
音華は手を振って、すぐ背をむけ、芳河を追いかけた。
「・・・・・・・・・はーーーー。」
峰寿は深いため息をついた。

帰りの車。その中。
「術は解かったのか。」
「・・・んー・・・また今度、じっくりちゃんと訊くことになった。」
「・・・・・・・・・わざわざ来たのにな。」
「しゃあねぇよ。・・・・色々複雑なんだよ。この術は。」
「・・・そうか。」
音華は頷いて外を見た。
きっと次、峰寿に会うのは姫様と一緒の時だ。なんとなくそう思った。
「帰ったら、術の修行だぞ。」
「・・・・・・・・へいへい。鬼。」


on*** 47 終わり



■ホーム■□□   拍手   意見箱   投票
index:         10
index: 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20

index: 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30
index: 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40
index: 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50
 

 


on***でパロディupしました

inserted by FC2 system