久しぶりになんだか深い眠りについた。

「音華。」
誰かが呼んでいる。自分の名前を呼んでいる。
「音華。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・なんだよ。」
「遅い。今何時だと思ってる。起きろ。身清めにいくぞ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
目を開いて、目の前に鬼を見た。
「まさかとは思うが、いつもこの調子でサボっていたわけではあるまいな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ってめぇはいつも勝手に入ってくるんじゃねぇ!!!」
久々の激。


芳河が帰ってきた。
あの訪問から一週間足らずで。
「っとにデリカシーの問題に・・・・・・」
ブツブツ。芳河の後をついて歩く。
「いつもこの時間だったのか、起きるのは。」
「違います!今日はたまたま寝坊しました!」
憎たらしい!
「ったく帰ってきたら帰ってきたでお前むかつくんですけど!」
「それはお互い様だ。」
殴ろう。絶対殴ろうこいつ。
「それはともかく。死呪、ちゃんとやっていたんだろうな。」
振り向いた。
「やってましたけど!」
「ならいい。行くぞ。」
「は?」
「サン!」
かまえて即行で叫んだ芳河から、飛ばされる、子鬼。
「ぃ!?」
とっさに死呪詛を叫ぶ。相殺。
「・・・・いい反応だ。ジュカ!」
新たに飛んでくる何か。音華も負けじと死呪で跳ね返す。次々に、この繰り返し。
自分でも褒めてあげたいくらいすばやく死呪が言えている。反応できる。
まぁ、あんだけ暇つぶしに読み、呟いてみていたものだ。
「・・・いいぞ。」
終わったらしい。芳河は構えをといた。音華はぐったり疲れていた。容赦ない。鬼!
「身清めだ。言霊をいいながら打たれろ。」
もう抵抗する気も起こらない。
「芳ちゃん!」
「おーう!芳河!」
そこにエリカと峰寿がやってきた。
「久しぶりだなぁ。終わったのか?全部。」
「お疲れさまーっ。」
「・・・あぁ。大体全て終わった。」
「っていうかすげーなぁ。一ヵ月半でかよ!」
峰寿が感心した。音華は振り向いて聞いていた。一ヵ月半で、すごいんだ。音華にとってはとてつもなく長い一ヵ月半だった。今年の夏。
「お前はどうだった。」
「俺?いつもどおり。なっかなか大変ですけどね。」
峰寿が笑った。
「・・・エリカは。」
「普通。ちょっと沢山調伏したけど、芳ちゃんが居なかったから!たくさんツケ廻ってきたんだけどなぁ。」
エリカがねだるように芳河を見る。
「・・・界酒でいいか。」
芳河が呆れたような顔をして言った。
「おっとこまえーっ!」
「飲むぞーっ!」
エリカと峰寿がきゃあきゃあ騒いだ。
「音華ちゃんも飲もうよっ今日は!」
エリカが音華を誘った。
「・・・・え・・・・?」
「お酒っ。」
にこっと笑う。音華は躊躇った。
「大丈夫、芳ちゃんのおごりだからっ。」
「3人分もか・・・・・・・。」
「・・・・・・・飲む。」
音華は頷いた。未成年ですけどね。
そんなこんなで、今宵は酒盛りになった。初めてだ。こんな風に誰かとお酒を飲むのは。

「じゃ、芳河の修行達成祝い!乾杯―――!」
峰寿が音頭をとって、四人が乾杯をした。手渡されたのは界酒という透明の日本酒のようなもの。
飲んでみた。
「・・・・うまいな。」
「あーっ音華ちゃんいける口ね!どんどん飲んじゃいなさい!」
エリカが注ぎ足す。
味は、日本酒の上等なものの辛口ってところだった。峰寿はアルコールに弱いらしく、一発で真っ赤な顔になっていた。そして笑い上戸。
エリカも楽しそうにけらけら笑っていた。芳河はいつもと変わらない静かな態度で飲んでいた。
「・・・・・・これ、何処で買ってきたんだ?」
芳河に聞いてみた。
「土産物じゃない。」
「じゃあ、此処の地酒か?」
「違う。清水のようなものだ。特別な酒だ。」
「・・・・・・・・・へー・・・・。あ゛、じゃあまたあの時のように頭痛が来るんじゃ・・・・!」
あの鈍痛は忌々しい。
「心配するな。」
「・・・・・・・・。」
沈黙。
きゃあきゃあ騒ぐ峰寿とエリカはもはや酔っている。
「修行って、大変なのか?」
「・・・なんのだ。」
「お前がやってきたやつ。父親の役目継ぐための修行だったんだろ。」
「・・・・・・・あぁ。今までで一番大変ではあった。」
「ふーん。」
界酒。いい香りがする。
「そりゃ、お疲れさん。」
「お前は。」
蚊取り線香の香りがする。
「俺?」
「・・・悪かったな、何もすることなく、此処に居させることになって。」
「・・・・・・・・・・・・・・きもちわりぃぞ。何だよ急に。」
謝るんだ。こいつも。
「俺は・・・・・・・・。」
音華は、何かを言おうとしたが、なんとなく言葉が口をついて出てこなかった。
「なんだ。」
「・・・・・・・・俺は・・・・・・・。」
言いかけたときだ。
「やっだー音華ちゃんと芳ちゃんー、折角の宴なのに二人の世界に入らないでくださーい!」
「なんだよぉ芳河ぁなんで俺置いて青春の道に進むんだよー!お前だけは置いてかねぇって信じてたのにぃ!」
がばっとエリカが音華に、峰寿が芳河に抱きついた。完全に酔ってる。悪酔いだ。
「エリカ・・・ちょっ・・・・どういう勢いで飲んでんだよ・・・っ!」
姉ですよね?
「離れろ峰寿。嘉馳馬呼ぶぞ。」
「あー芳ちゃんそれ反則―!芳ちゃんが式神呼ぶんだったら私も呼んじゃうからねえー?」
「エリカちょっと落ち着け!」
音華が止める。
「音華ちゃんもーっ雷艶いるんだったら呼んじゃえばいいんだよー!」
「はぁ?!」
だめだ、止まらない。
「雷艶?」
芳河が音華を見た。
「雷艶って・・・・―――」
「音華ちゃんなんと雷艶調伏して式神にしちゃったんだぜぇー!師匠の力なしで涙ぐましい成長だろーっ!」
峰寿が満面の笑みで笑った。
「・・・・・本当なのか?音華。」
芳河は真剣に音華に尋ねた。
「し・・・しらねぇよ!でも・・・あの部屋にきた化け物がそう名乗っただけで・・・・!」
芳河は黙った。
「あーっねぇ、花火しない音華ちゃん?!」
峰寿が芳河の肩に腕をかけたまま音華のほうに近寄って言った。
「峰寿!超―っnice idea!」
「エリカ!それは英語の発音だぜーっ。」
がしっと掌を繋いで二人は笑った。
「じゃー!とってくるねぇー!」
峰寿が立ち上がった。エリカも同時に立ち上がって峰寿についてバタバタとどこかへ行ってしまった。
台風一過。
「・・・・・・・・・ひでぇ。」
ここまで酔ってはしゃぐ人間を見た事がない。
「いつもこうだ。」
なれっこですね。
「一番ひどかったのは、エリカが英語で陰陽術を使ってみようとか言ってでたらめな術祖をつくったら、すごい数の子鬼が飛び出してきた時だ。」
「・・・・・・・・・・・ひでぇ・・・・・・。」
芳河は新たに酒を注いだ。
「お前、酔わねぇタイプなんだな。」
酔うタイプにも見えないが。
「俺はあんな風には飲まない。」
つまり、がぶがぶとは飲まないらしい。たしかに物静かに飲んでいる。宴会ではつれないとされるタイプだ。
「俺も・・・あんな風には飲めねぇなぁ。」
二人が帰ってきて、花火大会が始まった。
花火の火薬の匂い。懐かしい。懐かしい。毎年、夏に一回か二回花火をした。緑や赤の火花が飛ぶ。
目にしみるその白い煙が何でか好きだった。
はしゃぐエリカと峰寿は鼠花火を放り投げて騒いでいる。
「・・・・・・・・・・・やらねぇのか?」
「・・・・・・・・別に、見てるだけでいい。」
芳河はひとり縁側に腰掛けている。
「やれよ。乙なもんだぞ。」
音華はいくつか花火を差し出した。
「・・・・・。」
仕方なさそうに、一つ花火を受け取った。
「おら。」
カチッと、ライターを差し出す。点火させる。
花火は燃え出した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
沈黙。沈黙したままその火の光を見つめた。
緑から黄色へ、そして赤へ。
芳河の瞳もその通りに、緑から黄色へ、そして赤へ。
「雷艶を調伏したと言ってたな。」
いきなり口を開いた。
「・・・・わかんねぇ。そう名乗りはしたけど。」
「若草様の式神だった神だ。」
「・・・知ってる。教えてもらったから。」
火が消えそうになっている。音華は手に持っていた花火を、芳河の花火の火で着火した。
「陰陽術は、どう使ったんだ。」
「・・・わかんねぇ。我武者羅だったから。お前がいつか使ってた、土の術を使った。」
「・・・・・・・何故土を?」
「それあの爺も訊いてきた。なんとなくだよ。」
「・・・・・・なんとなく。」
「なんとなく、アイツが雷のなんかだと思ったんだよ。」
「・・・それで土を?」
「おう。」
芳河は黙った。花火が消えた。
「五行の中に雷は無いだろう。」
「無い。だからなんとなくなんだよ。一瞬雷は火に属すのかと思ったんだけどさ。それにうちかつのは水だけど、雷に水は、だめだろ。って思ったんだ。だったら、土かな。って。」
「・・・・・・・・・・・そうか。」
「でもしらねぇよ。それ使った後、すっごい疲れて意識がとんだから。」
あの疲労感はすさまじいものだった。
「・・・・雷艶、出せるか?」
「出せねぇよ。どう出すんだ。」
「・・・・いや、今はまだいい。出すな。」
「・・・・・・・・・・・・・・おう。」
なんか怖いし。
「こらーそこ!また二人の世界―!?」
エリカが指を刺し怒鳴った。
「見て見て音華ちゃんっ!」
峰寿が言いながら、持っている手持ち花火でハートを描いた。
エリカがそれを見て爆笑した。
なんとなく、むかついたので音華は立ち上がって、持ってる花火の全部に火を付けた。
「ぎゃー!爆弾!爆弾来ました!」
「紫の上ご乱心!!!」
二人は走って逃げ出した。
「しばく!」
音華も走って追っかけた。
そんな3人を見て、芳河は一人ため息をついた。

宴も酣。
すっかり沈黙が広がった。
音華は疲れきって畳に身を投げだしてそのまま寝ていた。峰寿もまた然り。赤い顔をして、いびきをかいて眠っていた。
芳河はまだ黙って縁側に座って酒を飲み続けていた。月が出ている。ほぼ満月だ。
「峰寿―っ!次百人一首しよーっ!!!」
エリカがお手洗いから帰ってきて、床に転がる二人を見つけて笑った。
「あらら、寝ちゃってる。かわいー二人とも。」
芳河の横にエリカは腰をかけた。
「芳ちゃんっ!今度百人一首しよーっ。面白いんだってっ!音華ちゃんが言ってた!」
百人一首のぶっとい箱を抱えてエリカは笑った。まだまだハイテンションだ。
「エリカ。」
「何っ?」
「礼をいう。」
エリカは笑顔を一瞬消して、ふわっと微笑んだ。さっきまでのハイテンションが一気にロウへ。
「ちょっと、元気でた?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・気は紛れた。」
「良かった。・・・私たちばっかり莫迦騒ぎしてたけどね。」
笑う。芳河はエリカに酒を注いで手渡した。
「お疲れさま、芳ちゃん。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ。」
沈黙と月。
「紫苑様、なんて?」
「特に何も。」
「・・・ふーん。」
目を閉じる。
「・・・・・・ふーん・・・・。」
うずくまった。その横で芳河は、ただちびちびと界酒を呑んでいた。


芳河が帰ってきた。
その夜、夢を見た。
芳河の部屋の畳の匂いを感じながら、夢を見た。
芳河が、一人で座敷に正座して、ピクリとも動かない。
何をしてるわけでもない。何を待ってるわけでもない。
そんな夢を見た。
その背中が、無性に悲しくて。
朝眼が覚めて、芳河が机に向かって何かを書いている背中を見て、声を掛ける事が出来なかった。
芳河がくれた珊瑚のピアスを手で触れて見る。
横の布団で寝ている峰寿のいびきが聞こえる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
心臓をかきむしりたい衝動にかられた。
うわっとするそういう感覚。


On*** 23 終わり




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