死神が鎌を振り上げる

「捕まえたわよ。」
暁がそういってにっと笑った。芳河はそうかと呟いた。
「結構梃子摺ったわ。」
「それはご苦労だった。」
ふっと暁は笑う。
「あいつは?」
「もう寝てるだろ。」
「あんたは随分遅くに寝るのね。もしかして待っててくれた?」
「いや・・・。」
午前二時。門の外。
「ねぇ、源氏・・・・。」
「芳河だ。」
「芳河。」
そうだった、と暁は笑った。
「今日は結構いい顔してるわよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・そうか。」
「じゃあ、指定の場所に、明日届ければいいのね。」
「あぁ。」
「本当に音華が調伏するのね?」
「あぁ。・・・俺が近く出立ちあうが。」
「手は出さない、って?」
暁は茶化すように笑って芳河を見る。
芳河は頷いた。
「いいやつね、あんた。」
暁はそう言うと、背を向けた。
「じゃあね。良い夢を、芳河。」
「・・・・・・・・あぁ。」

「あいつが?」
音華は顔をあげて芳河を見た。
「あぁ。」
「・・・そっか。よかった。」
「10時には出るぞ。」
「うん。」
外を見る。雨がざぁざぁ降っていた。
「・・・・・・いい天気だ。」
耳鳴りがするんだ。


北の屋敷には、3時間も前についた。
音華は、黙ったまま、雨を見ていた。聞いていた。
ふいに立ち上がる。
そして傘を持たないまま、屋敷から出て、その門の前で立ち止まった。
雨が打つ。寒い。
髪の毛が徐々に濡れていく。
服にも水が染込んでいく。
「音華。」
不意に雨が当たらなくなった。
「・・・・風邪ひくぞ。なにしてるんだ。」
芳河が後ろからやってきて傘を分けた。
「・・・・・・・・別に。」
音華は俯いたままそれだけ呟いた。
長い沈黙が続いた。
雨の音で耳鳴りがする。
手が濡れて、指先が冷たくなっている。
芳河は黙ったまま側に居た。
何も言わない芳河に、むかつきはしない。今は、すごく安心できた。
「俺。」
呟いた。
「・・・・・・・・・・・・・俺。あいつのお姉ちゃんだったんだ。」
芳河がこちらを見た。だけど音華はただ俯いて自分の手の甲を見てた。濡れた白い腕。
「本当は、わからない。」
「・・・・・・・・・・・。」
「本当は、俺が、消していいのか・・・わからない。」
音華の目から涙は落ちてない。
「俺のこと、恨むかな。」
「・・・・・・・・・・・。」
芳河は何も言わない。
「あいつさ。本当にどじだったんだ。すぐ転ぶし、すぐ・・・そりゃ昔のことか。最近は・・・・・・・・。去年には、そんなことなかったな。」
随分前だ。最後に会ったのは。
あの時気絶していたから、別れの挨拶も出来なかった。
「でさ、泣くんだ。泣いて、・・・俺の所に来るんだ。・・・俺が泣くなって叱るだろ、そしたらさ。笑うんだ。・・・おかしいだろ。ほんと。ほんとに・・・莫迦だろ。」
手を、自分の手を広げて見る。掌をみて見る。
ここに小さな手が入っていた。
買い物を頼まれた時は、あやは必ずつきあってくれた。
歩く時必ず甘えて手を繋いできた。
時々うっとおしい、って叱る。
だけど離さない。笑ってますます絡みついてくる。
呆れるほどの笑顔でこっちを見る。
あやだけじゃない。他の子ども達の自分にむけられる笑顔は、とても愛しいものだった。
「・・・・・・・・ほんとにさ・・・・。」
なんで。
「なんで、消さないといけないんだ。」
沈黙。
「分かってるよ・・・。ゴーストは消すしかないって。分かってるんだ。」
掌を裏返してもう一度甲を見る。
「無情だよな。」
音華はそれっきり黙りこんだ。芳河はただ音華の横に立って、ひたすら傘を差し出していた。雨はいっこうに止む気配はない。かかる雲はずいぶん厚いものだ。光が差し込む欠片のような可能性すらない。

シャン!
目を開く。着替えは済ませた。準備は終わらせた。さあ。今だ。
「音華。」
芳河が後ろから呼んだ。
「なんだよ。」
「俺はお前のすぐ側についてるが。」
「・・・。」
「手は出さない。お前の力で調伏しろ。」
「・・・ありがとう。」
歩きだした。
障子を開くと同時に身体が一瞬こわばる。そこに立ち込める禍々しい空気に息が詰まったからだ。
「遅い。」
暁が振り向いて言った。
「遅れてない。」
「私は待ってたのよ。」
「勝手なこと言うなよ。」
暁は笑う。音華はぐるりとこの広い間を見渡す言霊衆がじっと音華を見ている。うん、いけすかないものを見る目だ。きっと嫌々此処に来たんだろう。上等。音華は彼らの方に向きなおって深く頭を下げた。
「よろしくおねがいします。」
彼らも小さく頭を下げる。
「あんたが頭下げるとこ、初めて見たわ。」
「うるさい。」
「行くわよ。はっきり言ってあんまり此処にはいたくない。出したらすぐ帰るからね。」
「おう。」
胸元に手をやり、死呪を唱えた。
一体どういう仕組みなのかは知らないが、胸元の白いクロスから黒い鎌が現われた。
ずるんと。
そして鎌を構えてこっちを見た。
相変わらず、厭味ったらしい顔で笑ってる。
「言っとくけど、貸しだからね。」
「ありがとう。」
暁は長い死呪を唱えた。
すると鎌の柄の先についている、オーブが不思議な色に光った。
光ったかと思うといきなり黒い影が生まれ、その影はオーブからものすごい風と共に宙に吐き出された。
音華はすぐに手を組んだ。
同時に言霊衆が言霊を唱え始めた。
暁はもういなかった。
「オン!」
ずん!肌に触れる空気が、ぴりぴりとした。
まずはこの黒い霧のような、影のような、実体の無い鬼を何かに憑依させて此処に留めなければ。
陰陽師は生身の人間だ。死神のようにこのままでは立ち向かえない。
だが、音華が術を放つ前に、ものすごい早さでその黒いものは外へ逃げようとした。
「逃がさねぇ!」
バシ!
稲妻のような光と共に、それは障子にはじかれた。
音華の死呪が早かった。
「オン・・・・。」
ゆっくりと、もう一度術の詠唱をはじめる。
芳河のように、早く術を唱える事は出来ない。
言葉を選び、意味を噛み、一度脳の奥の思考回路を通してから口に出す。
「ソワカ・・・・ビビ・・サンショウカイコ―――」
言霊がずっと後ろで唱えられている。
そうだな、言霊はあれば助かる。
これだけゆっくり詠唱していても、相手の動きが鈍くなっているからまだ余裕がある。
「オン!」
指を刺して、空を切って、術を放った。
外さない。確実に狙って、その黒い物体に術を放った。
何かが張り裂ける音がした。
雷の音に似てる。
叫びが聞こえた。
誰のかは分からないが。
「封!」
バン!
板を殴る音がして、それは一瞬でちぢこめられ床に叩き付けられた。
「・・・・・・・・・。」
ふーっと、深い息を吐いた。
成功だ。
足元に落ちている、ビーズの腕輪。
そこからうっすらと黒い霧が漏れているが、そこに定着させることに成功した。
言霊衆のおばさんは少し目を丸くしていた。
ここまで音華が出来るとは思ってなかったらしい。
「・・・・名前は。」
音華はじっとそのビーズの連鎖を見つめていった。
「名乗れ。」
シカト。
まぁ、そんなに簡単に口を割るとも思ってない。
シャン!
手にもっていた棒を床につき立てて音を鳴らす。
そして詠唱を始める。術じゃない。言霊だ。
音華の力で言霊を、近距離で唱えられたら、大体の悪霊はひどい苦痛を味わうことになる。と芳河が言っていた。
「名乗れ。今すぐに。」
もう一度言う。
「ううううう・・・・。」
何処からか声が漏れだした。
音華はもう一度、シャンと、音を鳴らし、言霊を唱えた。
「やめろ・・・・」
「じゃあ、名乗れ。」
「ぐうううう・・・・。」
「ぐうじゃねぇ。名前だ。」
言霊。
耳をかきむしりたくなるだろう苦痛を、この悪霊は感じている。
「があああああああ・・・・・」
「言うか?」
「・・・トモ・・・・・・・・・・―。」
「トモ?」
誰だそれは。
じりっと心がむかついた。こんなしらねぇやつにあやは狙われたのか。ふざけんな。
「一体いくつの魂を喰った。」
「のれ・・・・・ええええ」
「俺の質問にはすぐに答えろよ。さもなきゃ苦しい思いすることになる。」
「ぐうううう・・・・・。」
「ひとつやふたつじゃないんだろ。」
目を凝らす。
見える。この黒い霧のなかに、いくつかの色とりどりの小さな丸い光の粒が。
きっとこれが、こいつの食った魂のかけらだ。
ボコン!
「!」
ビクッとした。
いきなり黒い霧から腕が生えた。
真っ黒の、人間のものではないそれは、完全に現に具現化していた。
この手は、確実に此処にいる全員に触れる事ができる強さのものだと確信した。
体を緊張させた。
音華はすばやく指をくみ詠唱を始めた。
この手に自由はやれない。危険だ。
「オン・・・アビラウンケンソワカ!封の壱!」
クナイを握りしめる。
「チョウケンサンショウイツカイセセセミチビシルベニソウソウソウ・・・――――!」
言い切って、クナイを思いっきり投げつけた。
カーン!
「ぐううううううううううううう」
微妙に、その手の指の付け根に刺さった。
音華は舌打ちした。
やっぱりクナイはあんまりうまくないらしい。
芳河と二三度練習したが、あんまりうまくいかなかった。
だけど今の所このままでも十分だ。
そう判断して、札を取り出した。
―――これで消す。
一瞬目を閉じて、目の奥にあやを見た。
「・・・。オン・・・―。」
札を真っ直ぐ指ではさんで持ち、精神を全てそこに集中させた。
「・・・・アンビツウシャンカカカ・オノガコエオノガシン・・・・ワ・・・カミノコエサスガ・・・ツイハカミノツイ・・・・っ―――!」
札が赤く光りだした。ぶるぶる震えていた紙がピシっと背を伸ばそうとする。
「カカ・・・・アンカタ・シャン・バカラウン・・・・・!」
ビシ!
札は完全に一直線になった。もう震えない。
最後の詠唱。ごくんと唾を飲み込んだ。
「サンシャン・ビカラウン・・・・・オ・・・・―――」
ズボ!
「!」
最後の一文字を、言い切る前に、身体が硬直してしまった。同時に口も。
言霊衆は顔を上げて音華を見た。
なんだ?どうした。
音華が詠唱の最後を言い切らないままフリーズしてしまったのだ。
ただ硬直し、眉間にしわを寄せたまま、目の前の黒い腕を見ている。
その腕から放たれる瘴気は色濃くなっていく一方だ。
「・・・音華?」
芳河も不思議がった。
一体どうなってるのか。分からない。
音華は順調に詠唱を終えようとしていた。なのに、最後の、最後の韻が、完成しない。
まるで動けないように見える。
見つめる先には少し震えだした黒い腕だ。
音華は息を吸えていない事に気がついて、急いで息を吸い込んだが、うまく吸い込めなかった。
もう一度無駄に唾を飲み込む。
眼の前にある腕は。
これは。
これは、あやの手だ。
幼い子どもの腕がいきなり黒い腕の放つ瘴気の塊から生えた。
深爪した指。
小さく揺れて、もがくようにみえる。
「・・・・・・・・・・・・・・・あや・・・。」
間違えるわけない。いつも繋いでいた手だ。
彼女の腕が、空を掴む。
「お姉ちゃん・・・!」
びくっとした、声が聞こえるのだ。
頭の奥の方で。
でも確実にその腕が喋っている。
あや・・・!
あぁ、くそ。また、苦しい、悲しい、そういう感情が心を覆いつくそうとした。
涙が落ちそうになる。
だけど気付く。
「・・・っあ!」
どか!
「!!ひっ!?」
言霊が中断された。
中央に座っていたおばさんが小さく呻いた。
「音華!」
芳河が立ち上がった。
音華は転がっていた。
おばさんに思いっきり体当たりする形で。
突如、クナイがはじけとび、自由を得た黒い腕がずるっと伸びておばさんに襲いかかろうとした。
それを、音華は身をもってかばった。
一瞬のことだった。
「あんた!」
耳元で声が聞こえる。
「芳河様!」
他の女性が、芳河に動けと、手を貸せと、芳河の名前を呼んだ。
なぜなら、音華はもう立てそうにないだろうほど、黒い腕に思いっきりぶん殴られて、転がっているからだ。
「動くなよ・・・っ!」
音華がうめくような声で叫んだ。
芳河は体を揺らした。クナイを握り締めていたのだ。
「約束だろ・・・っ。」
音華は、ずるっと起き上がり、手から放していなかった赤く光る札を黒い腕につきつけた。
「音・・・っ!」
彼女の口元は、笑っている。
「零距離だ。」
呟いた直後。
「オン・・・――――!」
すさまじい光と、すさまじい風が巻き起こった。
言霊衆が真後ろで少しうめいているのが分かった。

なぁ、あや。
ごめんな。こんなことしか、できなくて。ごめんな。


「音華!」
目を開けた。芳河が自分の体を支えて叫んでる。
「・・・・・・・・・・・・近い。うるさい。」
かすれるような声で音華は文句を言う。
「・・・大丈夫か。」
「・・・。」
頷いた。身を起こす。辺りを見る。
例によって例のごとく、陰陽術を使った後ものすごい疲労感に襲われて一瞬意識が飛んでいたらしい。
辺りは結構、すさまじいことになっていた。
「・・・弁償?」
ものすごく高価そうな活花の花瓶が割れていたし、畳はボロボロになっていた。
「・・・立てるか。腹は?」
「・・・痛いよ。・・・喧嘩した後みたいだ。」
はは、と音華は乾いた声で笑った。
ゆっくりと振り向いて、言霊衆の顔を見る。
「誰も・・・・・怪我・・・・してないですよね。」
尋ねる。
彼らは、頷く。すこし、戸惑ったような、怯えたような面持ちで。
「・・・良かった・・・。」
腹部を抑えた。
思いっきりぶん殴られた、その感覚がしっかり残ってる。
今回は身代わり人形は効かなかったらしい。人形を頼って捨て身で飛び出したわけではないが。
「・・・。」
目を、向ける。あのビーズの腕輪を探して、畳に目を這わせる。
「・・・・・あぁ。」
見つけた。
だけど、全部、またバラバラになっていた。
はじけ飛んで、散らばって、あちこちに転がっていた。
音華は目を閉じた。
「ちゃんと、・・・消せたんだよな?」
「・・・あぁ。」
分かっていた。
分かっていて、尋ねた。
「・・・そか。」
「あぁ・・・行くぞ。帰って手当してやる。」
「・・・・・・・・・・・うん。」
頷いて、立ち上がった。
芳河はしっかりと音華の肩を支えていた。
言霊衆の方に振り向く。
「・・・・今日は・・・・本当にありがとうございました。」
腰は折れない。激痛が走るから。
小さく首を傾げて、そして芳河の手を解きながら歩きだした。
「あ・・・っ。」
後ろから声がした。
「・・・ありがとう。」
京なまりの声が聞こえた。
さっき助けたおばさんだろう。
音華は腹を抑えたまま、その場を去った。

「音華。」
芳河が声を掛けるが、寝息がかえってきた。
完全に眠ってしまったらしい。
帰りの車の中。ラジオからLet it beが流れている。
音華のほうを見る。車の外はひどい雨だ。
「・・・・・。」
褒めてやる事は、きっと、しないほうがいい。


御山に帰ってきた。
「・・・・・血の味がする。」
目を覚まして音華は呟いた。
「うー・・・っ腹いてぇ・・・。」
車から降りて腹部を抑えた。
声が強く出せない。
骨などに異常は無いだろうけれど、これは暫らく痛いだろう。
「音華ちゃん!」
エリカが駆け寄ってきた、同時に芳河が音華の横につく。
エリカが傘を二人に差しかける。
「・・・。」
芳河のほうを見る。その顔を見て、判断する。
「ちゃんと、調伏できたんだね。」
「・・・うん。」
「お腹、怪我したの?」
「ぶん殴られた。」
「芳ちゃん!」
「俺じゃない。」
音華は吹き出した。
「や・・・やめてくれエリカ、わらかさないで・・・!」
「ご、ごめんっ!うー、お腹・・・っ横になった方がいいよっ!」
「うん。」
歩きだした。
「歩ける?」
「歩ける。」
部屋に着くなり、芳河は術を唱えだした。
「な・・・何するんだよ。」
「腹を出せ。」
「訴えますよ。セクハラで。」
「別に脱げとはいってない。寝転べ。」
「・・・へいへい。」
音華はしぶしぶひかれた布団に寝転ぶ。
芳河は青い焔の灯った人差し指を音華の腹部にあてた。
ズキンと、痛みが襲った。
音華は硬く目をつぶる。だけど、その10秒後には、痛みが和らいでいた。
勿論俄然、まだ痛かったけど。
「痛み止め、薬も飲んどけ。」
「・・・・おう。」
「疲れたか。」
「・・・・おう。」
沈黙。雨音。雨音。雨音。
「なんだよ。」
音華は芳河を見つめた。
「なんだよ、ダメだしか?なんであの時フリーズしたんだ、とか?もしくはなんですぐに捨て身で飛び込むんだ、とかか?」
「そういうものはない。」
「・・・あっそ。」
芳河は立ち上がった。なんだよ。まただんまりか。
「よく寝ろ。明日は休んでていい。」
「そりゃ助かる。」
「食事は運んでやる。」
「今日はいらない。」
「・・・そうか。」
障子が閉まった。行火が側にあって身体が温まってきた。
はぁ、ため息をついて、音華は目を閉じた。


「帰ってきたの?」
峰寿がエリカに言う。
「うん。」
「で?で?初、調伏は?」
「成功みたいだよ。」
「まじでーっ!今すぐに褒めに行ってくる!」
「まってまって、峰寿。」
袖を引っ張る。
「音華ちゃん怪我して帰ってきたの。今寝てるから、後にしてあげて。」
「・・・怪我?大丈夫なの?」
真剣な目で問う。
「お腹。なんか、ぶつけたみたい。」
「・・・・捨て身だからなぁ・・・音華ちゃん。」
「でも大丈夫だよ。芳ちゃんがちゃんと術かけてあげたみたい。」
「そっか。」
「傷より・・・、多分、頭の中のほうが整理に困ってると思う。」
「・・・整理・・・?」
「あれ、知らなかったっけ。調伏した鬼、音華ちゃんの施設の妹の魂飲み込んじゃってたんだよ。」
「・・・・・・・あー・・・・・・・。そうなんだ。そっか。だから・・・。」
「あ、芳ちゃん。」
芳河が通りかかった。
「芳河っ。おかえりっ。」
「あぁ。」
「音華ちゃん、大丈夫?」
「寝た。」
「そか。」
峰寿が微笑む。
「泣いちゃった・・・・・?」
悲しい笑顔で微笑む。
「・・・いや。」
首を振る。
「あいつは、あの屋敷についてから、一度も泣いてない。調伏する前も、後も。」
「・・・そっか。」


「・・・音華。」
「なんだよ。」
次の日の午後、芳河が部屋にやってきた。
「て。」
「手?」
手を出す。掌に乗せられる。
「・・これ。」
ビーズの腕輪。
「風間さんがわざわざもって来てくれた。」
「・・・全部、繋げて?」
「・・・俺が繋げた。」
「・・・お前が?」
ふっと笑った。想像したら笑えた。笑ったら腹が痛んだ。
「昔のままだろう。」
「え?」
ビーズを見る。その連鎖を見る。
「・・・え?」
芳河を見る。
「一度、切れてしまう前の並びと、同じだろ。」
「・・・・・・・・・・・・そうなのか・・・・?・・・っていうか。」
「見えた。相当強い念だったらしい。」
「・・・・・・・・・・そっか。」
音華は微笑んだ。悲しい笑顔で。
「ありがとう。」
「お前が俺にくれた赤いのは入れていないから、全く同じではないが。・・・戻しておいたほうがよかったか?」
「・・・・・いいや。あれは・・・お前にやったんだ。」
ちょっと恥ずかしくなった。
だったらあの赤いビーズの意味、わかってるんだろうな。
「まだ痛むか?」
「うーん。ちょっとな。まだ痛む。」
「休んでろ。」
「うん。」
芳河は立ち上がって、出ていってしまった。
一言も褒めるような事も、ダメだしするような事もいわない。
腕輪を腕にはめて音華はそれを見つめた。
「・・・・・・・・・・。・・・・ごめんな。あや。」
涙が落ちた。
「助けてあげられなくて。ごめんな。」
あの手を取ってあげられなくて、ごめんな。

いつも、ありがとう。


On*** 40 おわり




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