…ずっと気にしないようにしてたのに。一番気になってた。

「おい。起きろ。起きろ不良女」
「・・・・・・・・・・・」
眉間にしわを寄せたまま眼だけ開いた。
「いつまで寝ている。早く起きろ」
「・・・・・・・・・・・」
誰か一瞬判らなかった。つか、何処だか一瞬判らなかった。
「・・・・・一応。レディーなんだけど」
むかついたまま言ってのける。
「・・・あぁ。そうだったな。失礼。」
思ってねぇだろ。
むくっと身体を起した。白い布団の上。やたら体がきしんだ。当たり前だった。2,3日間ずっと金縛り状態だったんだから。
「・・・・」
昨日の夜のあの怖い出来事を思い出し、音華は少し体が震えたのを感じた。
「・・・・何してんだよ」
「ん?」
芳河と呼ばれる彼のほうを見て音華が呟く。
「や、何してんだよ。着替えれねぇじゃねぇか」
「何を言っている。そのまま、来い。」
「あ?」
そしてずるずる引きずられるように男について行く。なんなんだこいつは。少なくとも音華にとってはいけ好かないものだった。
というか、だ。彼女にとって男なんてものは、敵でしかなかった。
「入れ」
「・・・・あ・・・?」
愕然。指差すのは屋敷の奥の奥のほうにあった池、と呼ぶには綺麗すぎる水の溜まり場だった。滝すらある。
「・・・・アノ?」
「入れ。」
問答無用ですか。とかなんとか思ってるうちにどすっと落とされた。
ザパーン!
ちょっとした虹ができた。
「あにすんだぁぁっぁぁぁっぁああああ!」
切。
「やかましい。そのまま瀧に向かえ。」
「・・・・・」
まさか。
「打たれろってか」
「解ってるじゃないか」
あぁちくしょう。
滝行・・・?
「心静めろよ」
無茶言うな。
オマエへのむかつきで心なんか静まるはずもないだろが・・・!
切れます。

「飯だ」
髪の毛を拭く音華の前に置かれた食膳。
「・・・・・・」
「どうした・・・?」
「・・・や、なんか。久しぶりだから・・・」
そういや此処何日か食ってなかった。
「あぁ。そうか」
「・・・・・」
なんとも掴み難い。この男。音華は隣で食べるこの仏頂面の男をちらりと見た。いけ好かないのは変わりない。
それにしても。
「・・・・此処、他に誰もいないのか・・・?」
「?」
音華が呟いた。
「誰も居ないみてぇじゃねぇか。」
「・・・・・・・・・・」
男は黙った。
「・・・・そうだな。今は、あまり居ない。」
「・・・・・へぇ」
チャンスだ。逃げ出すチャンスだ。カチャンとお茶碗を置いた。
「ごちそうさま」
箸も置く。気になったのは。
「・・なんだよ?」
男の視線。
「・・・・いや。そう言うことはきちんと言えるんだな、と」
んだよ、その意外そうな顔は。
「当たり前だろ」
すっくと立ち上がった。自分で着たから全然ボロボロの着付けの、浴衣のような薄生地の白い着物がずれる。
「何処へ行く。」
「便所」
ドカドカ。歩いて行った。女らしさは。ないな。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

逃げてやる。
「・・・・チャンスだっと・・・・」
人目につかないところで、塀を乗り越える。軽いものだった。一瞬で上った。猿のように。
「っし」
そのまま飛び降りて、走りだした。ぱっと着替えた制服のまま。荷物なんか邪魔だから置いてきた。
「・・・っあんなところ!居てらんねぇ!」
走った。山奥から。山道にでて一気に下っていった。
「はぁっ・・・はぁっ・・・っし。此処まで来たらばれてもすぐには追いつかねぇだろ。」
止まった。しかし、見れば見るほど寂しく不気味な山だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
しかし。結局、自分の母親について、全然細かく聞かずに出てきてしまったものだな。
「・・・」
気にしないように。ずっとしていた。
ぐっと握る。拳。
「・・・・ッ」
だって私は。
風が吹く。

ダッテワタシハ、ステラレタンデショ?

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
眉間にしわ。もうずっとだ。
「・・・・今更なんだよ・・・ッ」
呟いて、また走り出した。

「・・・・便所の場所なんか知らんだろう」
呆れた。男は呆れて脱ぎ散らかされた着物を見た。
「・・・・逃げたのかえ?」
老婆が横に付く。
「はい」
「ほっほ。わざと逃げさせたの?芳河」
「・・・・・・・・・・・・」
老婆はふっと笑う。
「山道は鬼道への道が多く残っておる。」
「・・・・・・・・・・・痛い目を」
「・・・?」
「痛い目を見なければ気付かないでしょう。あの口寄せ体質に。」
「・・・・・・一度では、気付かんか。」
老婆が空を見た。芳河は頷く。
「そして自分が阿呆な事に。」
「ほっほ。」
―――しかし秘めてる力は・・・おそらく・・・・・――――

ガサ・・・っ
「・・・・・・・・・・・・・ッ」
ガササ・・・!
「・・・ま・・・っまったあの化け物かよ!」
汗が出た。
またいくつもの駒犬のような化け物が彼女のまわりに現われた。
「・・・っでもなぁ!今は昨日と違って・・・!動けんだよっ!!!!!
音華はにっと笑って、思いっきり走りだした。化け物たちも、一斉に走り出す。そして次第に変容して行く化け物の顔。
「・・・!おっかねぇなッ!」
ドカ!1つ。蹴り倒す。
ゴロロロロ・・ガササササ
谷へと転がり落ちる。音華はへっと笑ってそのまま坂を駆け下りる。目に付いた階段を駆け下りた。しかし。
「・・・っしくじったかなっ・・・!」
どんどん木が茂ってくる。暗くなってくる。
「!」
池だ。こんなところに池がある。祠らしきものがある。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
立ち止まった。
「・・・・・・・・・・・・・・っ?」
というより。脚が前には動かなかった。後ろを見ても、あの化け物達は追ってきていない。しかし、妙に寒い。無駄に汗が滲む。これは。一体。なんなんだ。
「・・・・・・・。」
ごくっと、つばを飲む。だって。目の前に。池の上に・・・。
ポチャン・・・・水の音がした気がした。
「・・・っ・・・」
池の上に、大きな、大きな。化け物が、浮んでた。容は、一言で言えば巨大な猿みたいな。
でも龍の尾を持ち、顔はさっきの犬みたいなやつらと同じような、変わった面のような顔だ。
「・・・・」
ただ黙ってこちらを見ていた。
「・・・・ぅ」
あとずさった。だって。目の前の顔が、笑った気がした。
よぅきたね。
「!」
・・・よぅかえってきたね。
また、喋った。しかも昨日の犬とは違い、えらく流暢だ。
・・・・ふむ・・・。この山の霊気に当てられて口寄せの殻が破られたって感じだ。
「・・・・・?」
ま・いいことじゃないか。これでまた独り。
体が震えだした。昨日と一緒だ。心臓だけがやたらと響く。
我等が無条件に喰える人間が生まれたって事だ!!!
「いっ!!!???」
また急に顔が変容した。恐ろしい。先ほどの犬なんかかわいいものだと思った。
一気にそいつが襲いかかってきた。でも。脚が動かなかった。金縛りなんかじゃない。

恐怖だ。

「・・・!」
目をつむった。
ボンッ
「!」
眼を開けるとそこに。
「・・・なん・・・っ?」
また一匹。意味のわからん物体が目の前に浮かんでいた。化け物も止まってた。
「・・・・だ・・・。」
グルン!
「!」
新しいやつが、振り向いた。
「ほんまに懲りんやっちゃな?」
「!!!!」
な。
「こないな奴に憑かれてもうて。情けないの・・・」
「・・・ばっ!!!ババア!!!!」
その声は。婆だ。
「てめぇの声なんか聞いてる間ぁねぇんだよ!!!!」
ばっと、顔を上げて、目の前の恐ろしい、恐ろしかった、化け物を見た。
「・・・・・っ?」
驚いた。
「・・・・・なんだ・・・?」
こいつ、・・・・びびってやがる?
カタカタ震えてるように、動かない。何が起きたんだろう。
「さて、もう着くかの?」
「?」
オン・・・・・―――」
ゴォ・・!!!!!
「!!!!!!」
まただった。また。あの光が。目をつつんだ。
あ゛ぁぁぁああああああああ・・・・・・・・・・!!!
叫びが聞こえた。でかい猿の声だ。
クソがあああぁぁぁぁぁああ!!!
「く!」
風がきつい。目を閉じかけた。
忘れるなよ・・・ッ・・・・!!!
「!?」
オマエは所詮・・・・ッ捨てられた華なんだよ・・・・!!!
「・・・・・!!!!」

所詮。だ。

化け物は。消え去った。
「・・・・・平気か。」
後ろに立っていたのは。あの男だった。
「・・・・・・ッ」
座りこんでしまっていた音華は、振り向きもしなかった。
「・・・・立て。戻るぞ」
「・・・・・・・―――んだよ」
「?」
「今更なんだよッ!!!!」
叫んだ。振りむく。
「!」
「わかってんだよ。てめぇの都合だけでガキ捨てるような親どもだっ・・・!拾いに来るときすらてめぇの都合だよな・・・・。」
「お前・・・?」
「もううんざりなんだよ!!!てめぇらに振り回されるのも!!」
叫んだ。叫んだ。叫んだ。
「お前・・・・」
「お前じゃねぇ!!!!俺は音華だ!!!!」
下を向いて叫んでたので、顔は見えなかったが。きっと。
「捨てたんだろ・・・・。もう何もっ俺だって求めねぇよ!!名前だけで・・・・十分だ・・・!」
「・・・・・・」
「捨てたんだろうが!!もうほっとけよ!!要らなかったんだろ!もうほっとけ!!!」
男は黙った。彼女はうなだれた。
「・・・・お・・」
「・・・っ!」
そして男の横をすり抜けて、走り出した。階段を駆け上がり、何も言わずに。山道を駆けだした。
芳河は。追いかけようとはしなかった。ただ、静まり返った、水辺にたたずんだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・阿呆が・・・・」




On** 2話 終わり

 

■ホーム■□□   拍手   意見箱 

index:          10

inserted by FC2 system