驚くべき 死神に出会った。

「やっほー!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ?」
突然の事だった。縁側でまだ温かい日を浴びながら、一人陰陽道について読みものをしていた時だった。
突然の来客。
「スズル!」
スズルがのぞきこんでいた。
「やっほー。音華ちゃん。帰ってきてたんだね。」
「う・・うん。って、なんでお前此処に!」
「あはは。つれないなぁ。いったでしょ。今度紹介したい死神がいるって。」
「・・・・・・・・へ?あぁ・・・あれか。」
「おいでおいで。外で待ってるから。」
「え・・・っ、誰が?!」
「彼女が。」
手を引っ張られて、立ち上がり、下駄をはいて、外へ出た。
「門の外?!」
「一応ね。」

手を引かれて門の外に出た。一人の少女が立っていた。あれが死神?背中をむけて、空を見上げてた。
制服姿の死神?なんだそれ。
だけど、何だか不思議な感じがした。霊であり、霊じゃない。人間であり、人間でないような。
「暁!」
あかつき?
暁と呼ばれる少女は、ゆっくりと振り向いた。瞬間。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
眼が合う。止まる。時間が。二人の息が。
「っ・・・あ―――――――――――!??!!?」

「!」
後から来たエリカと峰寿と芳河がその叫びを聞いて走った。
「どうしたの!」
エリカが駆け寄る。
「てんめー!なんでこんな所にいるんだよ!」
「私の台詞よ。なにしてんのよあんた此処で。」
「ちっ!変わんねぇなこの厭味ったらしい言い方!」
「あんたも変わんないわね。その粗野な口。」
「殺すぞ!」
「やってみなさいよ。狩るわよ。」
「武器かよ!」
二人の騒がしい口喧嘩を全員が驚いて見ていた。
「なななな、何してるの音華ちゃん!タンマ!死神相手に喧嘩売らないで!」
峰寿が音華を止める。
「離せ峰寿!」
もがく。
「し・・・知り合い?」
スズルが暁に問う。
「それ以下よ。」
言い放つ。

暁。ルーキーの死神。制服姿で口にいつもチュッパチャップスをくわえている少女だった。
音華の、唯一の女の子の話し(喧嘩)相手だった。
「・・・す・・すごい偶然だね。死界もせまいなぁ。」
スズルが言った。二人を落ち着かせて全員が門の外にある、ちょっとした原に座っていた。
すごい。気まずいくらい二人はあからさまに離れて座っている。
「暁ちゃんは、いつから死神なの?」
エリカが問いかけて見た。
「・・・今年の初夏。」
「ふーん。まだ半年くらいなんだ。」
頷く。
「で?スズルは、どうやってこんなかわいい死神と知り合ったんだ?」
峰寿の質問。スズルは笑った。
「知り合いの死神の弟子でね。」
「音華。」
芳河が音華を呼ぶ。
「お前知りたがってただろ、死神の事。訊け。」
音華は舌打ちをした。なんて態度の悪いことだろう。芳河はため息をついた。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
沈黙。
「じゃあ、お前・・・・。」
沈黙を破る。音華。暁が音華のほうをちらりと見る。カランとキャンディーを鳴らす。
「じゃあお前・・・・死んだのかよ。」
暁はきつめの大きな目を、向こうをむいている音華にむけて、しばらく沈黙した。
「うん。死んでる。」
「・・・・・・・・・・・・・そうかよ。」
暁は不意に立ち上がった。そして音華のもとまで行く。
「でも。」
バチコーン!
「でっ?!?」
デコピンが炸裂した。
「あんたに触れる事も、できるわよ。」
「・・・・・・・上・・・っ等!」
音華は笑って立ち上がった。
「じゃあ心置きなくお前を殴れるって訳だ!」
「殴って見なさいよ。死呪とばすわよ。」
「上等だ!こちとら鬼にしごかれてますんで!俺も死呪とばしてやる!」
また始まった。
「まぁまぁ。」
スズルが止める。
「暁もそんなにかっかしないで。」
「してない。」
「音華ちゃん。それで?訊きたい事って?」
スズルがなだめる。
「・・・別に。全部。全然わかんねぇからさ。死神の事なんて。」
「教えてあげましょうか。」
「てめぇには教わりたくありませんねぇ!」
ダメだこりゃ。
「人間は死後、真魂という状態になって死神に回収される。」
暁は話しだした。
「この・・・。」
全く理解できない死呪を使って彼女は胸元のクロスからずるんっと大きな鎌を取り出した。
ぞっとするくらい大きかった。死神だ。コイツ。
「鎌で身体から、魂を狩る。」
「・・・・・・・・・・死神だな。」
「死神だって言ってるでしょ。」
だけど、あからさまだ。
「で、その狩った真魂はその後の進路を決める。その手続きをするのも私。」
「お役所か何かか?」
「そんなところよ。死後の進路はいくつかあって、転生、ゴースト、遊霊・・・それから死神。」
指を折ってみせる。
「遊霊・・・?」
「時々身元不明の魂だとか、まぁ言ったら、特殊な魂で。うまいこと転生もできないし、ゴーストにもなれないし、死神にもなれない単なる真魂のまま死界を漂うしかない魂がいるの。それの霊体を遊霊とよんでる。」
「・・・なんだそれ。」
「例外よ。そんな頻繁にはないわ。」
くすっとスズルは笑った。
「どうしてるかな、あいつら。」
「・・・さぁ。いつもどおり。漫才しながら生きてるんじゃないの?」
暁もふっと笑って言った。なんの話かはわからない。
「なんしか。中には悪い事をした霊もいる。そういう霊は陰陽師だけでなく、死界でも狩られて裁かれる。その罪あるゴースト達を狩るのも私たち。」
「・・・・・ふーん。・・・でもその死神って、簡単になれるもんなのか?」
「選べばね。・・・だけど、転生は、出来なくなる。」
「・・・・・・・・・・・・へー・・・・・。」
それが、どういう意味か、まだピンと来ない。
「死神って・・・あんま良いイメージねぇんだよな。そういうもんだったんだな。お役人、みたいな。」
「・・・・・・・・・・・・良い物でも、ないからね。」
暁は、呟くようにそう言った。
「人の命を、どうこうしてしまう者だから。」
暁が、重く、重くそう言うものだから、音華は黙った。
「なんしか。」
暁がとすんと原に腰を落とす。
「私の力がいる時は、頼んでくれれば、力になるわよ。」
「てめぇに、頭さげろ、って意味ですか。」
「当たり前でしょ。」
また始まると直感したスズルは割って入った。
「ま・・・!まぁそこらへんの連絡方法はおいおい考えるとして!どう芳河?こういうの。」
「・・・・・・・・・そうだな。」
頷いた。
「陰陽道に、背きかねない?死神の力を借りるのは。」
「・・・・・・・・・・いや。」
暁は芳河のほうをじっと見た。
「そういう風も・・・必要だろう。これからは。」
エリカも芳河を見つめる。それから音華と暁を見つめる。
「そうだね。」
そして頷く。
それから他愛もない話をした。一時間ほどしたところで芳河と峰寿は立ち上がった。
「どこ行くの?」
エリカが訊く。
「そろそろ戻る。俺も峰寿もやる事が残っている。」
「ふーん・・・。分かった。じゃ、夕餉でね。」
エリカが手を降る。
「音華。」
芳河が呼ぶ。
「あ?」
「しっかり色々教えて貰え。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・へぇい。」
そのまま二人は寺のほうへ戻っていった。
「なに、あれ、あんたの彼氏?」
暁がチュッパチャップスの包みを開けながら問う。
「はぁ!?ふざけろ!誰が鬼を好んで彼氏にする!」
「あははっ!やっぱり分かったぁ?あれは源氏なんだよ。」
エリカが笑って暁に言う。
「源氏?」
「そう。此処におわすは紫の上。源氏のお気に入り!」
「・・・・・・・・ふーん。あんた。なん股か掛けられてるんだ。残念ね。」
「殺すぞ!」
エリカは笑った。
「でも。」
暁が音華を見つめる。
「あんたが陰陽師なんて、大それたものになる修行してるなんて知らなかったわ。進路。いつの間に変えたの?」
「色々あったんだよ!語りきれないくらいの事が!」
「ふーん・・・。いきなり目覚めたのね。ただのヤンキーだったくせに。」
「ちがわい!半強制的でした!」
暁は飴をくわえた。
「でも、此処にいて。ちゃんと修行してるのね。」
「・・・・・・・・ん・・・おぉ。まあな。」
カラン。
「生きてたら、何がどう変わるか、分かんないもんね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
音華は言葉を失う。むしろ、見つからない。
「ま、いいんじゃない?あんたみたいな不良が陰陽師ってのも。ウケ狙い的には。」
「ウケを狙って誰がするか!てめぇこそあんまり似合わねぇんだよ死神!」
「そう?」
暁の鋭い眼が音華に刺さる。
「・・・そう思う?」
「・・・・お・・・。だって、お前。制服じゃねぇか。」
「じゃ、黒いローブでも着てりゃ、似合うってわけ?ものすごい先入観ね。」
「ほめてんのか?」
「けなしてるつもりだけど。」
この女!
「これは、死服。死んだ時に着ていた服だから、なんでか知らないけど、常に浄化されてるの。」
「・・・・・・・・・・・・お前・・・なんで、死んだんだよ。」
「事故。」
事故・・・。聞いたことがなかった。当たり前か。今年の初夏には俺はもう此処に閉じ込められていた。
「それは・・・ご愁傷様・・・・。」
「どうも。」
ふっと暁は笑った。
「死神って大変なのか?」
「なかなかね。楽じゃないデショ。つねに人の死に関わってるし。悪霊とは戦わないとならないし。」
「戦うのかよ。」
「あんたたちみたいに術だけで抑えたりしないわよ。それよりも手っ取り早く狩るわ。」
「・・・・・・・・・あぶねぇな。」
「私たちは霊同士で対等だからね。お互いに触れる相手にわざわざ術を掛けてる間はないわよ。」
音華は、ふーんと呟いて想像して見る。想像がつかなかった。
「ま、あんたの言う通り。私は死神は失格なんだけどね。」
暁は立ち上がる。
「は?」
「なんでもないわ。スズル。」
「うん?」
「そろそろ帰らないといけないんじゃない?」
「あ、そうだね。」
スズルは時計に目をやり頷いた。
「帰ろうか。」
暁も頷く。
「じゃ、私たちは帰るわ。」
「・・・おう。」
「うん。またねっ暁ちゃん。」
エリカが立ち上がる。
「また・・・。」
暁がうすく笑った。そういえば満面の笑みとかいうものをこの女から見たことはない。
音華も立ち上がる。
「じゃ、あんたとは、あんまり会いたくないけど。仕方ないから頼まれてあげるわ。」
「おい。その口どうにかしてやろうか。」
ふっと暁は笑う。だけど、随分穏やかになったと思った。手を差し出す。
「またな。」
「じゃあね。」
握手をする。温かくも、冷たくもない。ぬるい、体温の殆んどない身体。
穏やかになったな。あの頃よりもずっと。肉体には温もりはないが、その表情のところどころ、以前よりも温かみが見えた。
生きていたころは、あの頃は、研ぎ澄ました刃を常に持っていた。あの鋭い眼には荒んだ色が映っていた。
二人は坂道を降りていった。音華は息をつく。
「死んだら・・・変わるもんなのかな。」
「え?」
エリカが振り向く。
「なんでもねぇ。」
歩きだす。彼らとは別の方向へ。お互いに背をむけて、違う方向へ。

「知り合いだったんだね。」
スズルが呟く。
「えぇ。たいした知り合いじゃないけど。」
「でも、いい子でしょ?音華ちゃん。」
「いい子って思ったことはないけどね。」
スズルは笑った。
「不良だし口悪いし、喧嘩っ早いし。」
ふっと息をつく。
「でも、随分穏やかになった。」
「・・・穏やかに?」
「思い違いじゃなければね。生きてたころに会ったあいつより、今のアイツのほうが、随分穏やかだった。」
「・・・・・・・へぇ?」
穏やかな子ではないと思うけど。
暁は笑った。そしてチュッパチャップスをコロンとならし、歩幅を早めた。

「帰ったのか。」
芳河が音華を見つけて問う。
「おう。」
「そうか。」
音華は芳河の横を通り過ぎようとした。
「あの死神が、いつ死んだか、知らなかったんだな。」
芳河が、そう言った。音華は立ち止まる。
「知らなかった。此処にいたからな。」
「・・・・・・そうか。」
音華は振り向いて芳河を見る。
「気持ち悪いから、謝ったりするなよ。」
「・・・・謝る?」
「や、いい。なんでもない。」
音華はため息をついて進み出す。
「残念だったな。」
芳河の声だけが後ろから追いかけてくる。
「・・・・・・・・・・・・・・・そうだな。ま、死んでもあの調子じゃ、なんにも哀れむことないけどな。」
音華は、足を止めた。
「なぁ、じゃあさ。」
芳河は無言で返す。
「母さんも、死神のお役所に行って・・・転生とか・・・したのかな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。さあな。」
振り向く。
「俺達は、俺たちのやり方で真魂を死界へ送る。死神に狩られて死界へ行くわけじゃない。」
「・・・・・その後は?」
「知らん。」
「・・・随分、投げやりな送り方だな。」
「おそらくは、死神に出会って、その後は同じように進路を決めるんだろう。」
「・・・・・・・・・・・死神になったりするのかな。」
「・・・・少なくとも、若草殿は、死神にはならんだろうな。」
音華は想像して見る。
「・・・そうだな。死神なんてのは、あの女くらいふてぶてしくないと出来ねぇだろな。」
「じゃあ、お前には最適だな。」
「おい、殺すぞ。」
ふっと芳河は笑う。
「とにかく、死界のことは俺たち生きている人間にとって、全く未知のものだ。」
「死神にあって訊いても?」
「今日みたいに死神にあうことなんて、ない。訊く機会もなかった。」
「・・・・・・・・へぇ。」
じゃあ、死神と陰陽師って、仲が悪かったのかな。同じオカルトくくりなのに。
「・・・夕餉は7時半だ。後でな。」
「・・・おう。」

だけど、なんだか安心したような、空っぽになったような気がした。
死後の世界があいまいな物ではなく、確かなシステムの在る世界だと知った。
笑えた。じゃあ、色んなやつが唱えてきた極楽浄土ってなんだ?
親鸞も、空海も。なんも悟れちゃいないじゃないか。天国なんてない。
輪廻する世界があるだけだ。そこに残るしかいないものがあるだけだ。
もしかしたら、魂が消えたその先に、その世界があるのかもしれない。
そう思ったら、心がすこし温まる。じゃあ、消されていったあの霊達は、きっとその世界へ行ったんだと思える。
膨大な黒い未知が頭の上を覆っている気がした。
音華はその黒いものをしばらくじっと見つめていたが、ふっと目線をおろし、足元を見つめる。
前を見る。前は見える。透明な空気に覆われて、光と言うものの作用で色が溢れている。
「・・・・・・・・・・オン。」


on*** 34 終わり




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