車のエンジン音と、鼓動の共鳴、呼応

FMからスピッツの流れ星が流れる。音華はずっと外を見ていた。
隣には同じく外を見続けている芳河が座っている。
随分田舎の方にきた、と思った。
「もうすぐ着く。」
「おう。」
芳河が音華を見る。
「なんだよ。」
「いや、随分落ち着いているんだな。」
「まーなっ。」
嘘だった。落ち着いてなんかいなかった。
怖い。その一言に尽きる。
拒まれたら。要らないって言われたら。どうしよう。
答えが知りたかったのに。答えを怖がる。どうしようもない臆病者だ。

紫苑家のある岐阜に来た。
やっとのことで父親にまみえることになった。
音華は芳河と共に車でやってきた。

「綺麗なところだな。」
音華が率直に感想を述べた。
「そうか。」
「おう。」
「このあたりは、狢がたくさんいる。」
「・・・あれか。」
「あぁ。だから気をつけろよ。」
「平気だろ。芳河もいるじゃねぇか。」
「そうか。」
音華は依然として全く変わり映えしない景色を見つめていた。
「芳河・・・・・・。」
「なんだ。」
「一緒に、来てくれないか。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・分かった。」
これは、怖いからではなかった。
ただ。決めていた。
父親と話すときは、芳河と同席すると。

「着いたぞ。」
「うん。」
音華は頷いて車から降りた。
「・・・こっちだ。」
「うん。」
大きな家だった。神聖な空気の味がする。
「おかえりなさいませ。」
綺麗な女の人が芳河を見てそう言った。
「いらっしゃいませ。」
音華を見て、こう言った。
複雑な気分だった。
「こちらでお待ちくださいね。」
にっこりと笑ってその女性はどこかへ行った。
沈黙の中の二人。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。何を話すかは決めているのか。」
「・・・・・・・・・・うん。まあ。」
頭をかいた。
「この前は、何も考えていかなくて、話ができなかったから。」
「・・・・あぁ。姫様に会った時か。」
「そう。」
芳河は折れた手をさげている。
「まだ痛むか。」
「いや、痛まん。」
「・・・そっか。」
「・・・音華。」
芳河が音華の方を見て言った。
「なんだよ。」
「お前はお前の言いたいことだけ言えばいいんだからな。」
「・・・・はっ。」
音華は笑った。
「わかってんよ。」

「こちらへどうぞ。」
にこっと笑って女性が戸を開けた。
音華と芳河は立ち上がった。女性が向かった方へ進む。
ぐっ。
「!」
突然手が握られて、芳河は振り返った。
音華がぎゅっと自分の手を握っていた。
動くのを躊躇っているようだった。
「・・・大丈夫だ。」
芳河は音華を撫でようとしたが、片手は白い布によって吊り下がっていてそれは叶わなかった。
「行くぞ。」
「・・おう。」
小さな声で音華は言い、頷いた。
そして二人は手をつないだまま歩いた。
その手は、最後の戸の前でほどかれた。
「どうぞ。」
此処で女性は頭を下げ、すすっと下がってしまった。芳河も礼をして、戸を開いた。
緊張は高まったが、戸を開けてその部屋の中に入ろうとした時に一瞬でほどけた。
誰もまだいなかった。
「座っておけ。」
「・・・おう。」
音華は奥へ進み腰をおろした。正座だ。
芳河は後ろの方で座ったらしく、音華の隣には来なかった。
沈黙。沈黙。沈黙。
そして。
ゴト・・・。
「!」
音華はとっさに顔を伏せた。
誰かが部屋に入ってくる音。気配。そして座った。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
沈黙。芳河は何も言わない。目の前の、父親も。
「・・・音華か・・・・。」
音華は名前を呼ばれ、目を閉じ、息をゆっくりと吸い込んだ。そしてゆっくりと顔をあげた。
いっそ、睨みつけるように、目の前に座る男を見据えた。
「はい。」
それだけ答えた。
目の前の男。紫苑。父。
あ。知ってる。この人。そう思った。どこかであった。一度会った。
「・・・紫、音華です。」
「・・・紫苑 劉童だ・・・・。」
「・・・はじめ・・・まして。」
ゆっくりと、ゆっくりと言葉を探した。
「あぁ・・・・。そうだな。」
男は微笑んだ。
男の顔は、どこか疲れていて、それでも優しそうな顔だった。
なんとなく、芳河に似てると思った。実の親子ではないのに。
自分こそが、実の子なのに、自分には似てない、と思った。
「忙しいなか、ご無理を言って、申し訳ありません。」
頭を下げた。
自分でも驚くくらい丁寧な言葉遣いだった。
「・・・いや・・・・・・・・・。」
沈黙。
沈黙。
沈黙。
あぁ、どうすればいいのか分からない。音華は目を閉じた。
「ちょうど、今日みたいな日だったかと思う。」
「・・・・え・・・?」
「若草に初めて出会ったのが。」
「・・・・母さんに・・・・?」
紫苑は頷いた。そして微笑んだ。
「実は、初めてではないんだ。お前に会うのは。・・・覚えてないか?」
「・・・・・・・・・・・・・覚えてます。」
覚えてる。あの墓の前だ。母親の墓の前で座っていた、あの人だ。
「紫苑・・・様・・。」
声が震えた。
「あの・・・・。」
彼の眼は音華を見ていた。じっと見ていた。
「・・・私・・・・。・・・・・・。」
どうしろというんだろう。一体。こみあげてきて。苦しいばかりで。
苦しくて、確かめたくて、怖くて、逃げて、そして今、向かい合った今、どうしろというんだ。
自分で望んだのに。今は自分が一番逃げ出したい。
「・・・を・・・・。」
言葉が紡げない。うまく。紡げない。
「私を・・・・・・・・。」
いつの間にか、下を向いていた。
目を合わせていたつもりなのに。
睨むほど見据えていたはずなのに。
「・・・・私を。さ・・・。」
一体。
「俺を・・・・・・・・。どうして・・・・・・・・・。」
一体、どうやったらよかったんだろう。
「どうして、俺を・・・・・・・・・。」
一体、どうやったら、うまく喋れたんだろう。
「・・・・俺のこと・・・。捨てたんですか・・・・・・・・・・・。」
違っただろ。そうじゃなかっただろ。
エリカだって、捨てるって決めたのは姫様だって言ってた。紫苑は何も関係ない。関係ない?それも違う。
でも、少なくとも、実際に捨てたのは、この人じゃない。
なのに、止まらなかった。止まりやしなかった。
「・・・・俺のこと・・・・、要らなかったんですか。」
涙は出てこなかった。
「俺は・・・・・・。」
世界で自分ひとりなんじゃないかと思うほど、周りは沈黙していた。
「・・・・俺は、産まれちゃ・・・・だめだった・・・・・?」
声がかすれてしまった。

馬鹿だ。

馬鹿だ。
そんなこと・・・一番聞きたくないのに。どうして自分から聞いた?
「・・・・ごめんなさい・・・・・・。」
音華は頭を下げた。
もっとも、すでに頭は垂れ下がっていたけれど。
「・・・音華・・・。」
芳河の声がした。
「音華。」
どきっとした。父親の声がしたからだ。
あぁ。ついに答えが。答えが。ずっと欲しくて、怖くて、それでも欲しかった真実だ。
顔をそむけるな。しっかり聞け。
音華は固く掌を握った。
「音華。」
「・・・・はい。」
顔をあげた。
「来なさい。」
父親は、じっとこちらを見て手を差し出した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
音華は立ち上がって、父親のもとへと歩いた。
足が震えた。鼓動が震えた。
「・・・・紫お・・・―――」
「音華。」
音華の手を取った。そして音華を自分の前に座らせた。
「よく似てる。」
「・・・・へ?」
「若草によく似てる。」
「・・・似てないって・・・言われるけど・・・。」
「魂は、そっくりだ。」
「・・・それ・・・雷艶が・・・。」
紫苑は音華の髪を撫でた。
「・・・すまなかったな・・・・。音華。」
「・・・謝ってほしいんじゃ・・・・ない・・・・です。」
ボロ・・・っと、その瞬間に涙が出た。
「謝って・・・欲しいんじゃない・・・ッ!」
「あぁ。」
「俺・・・・!」
涙が止まらない。次から次に、頬にも触れずに、畳に落ちていく。
「俺・・・ッ・・・要らなかったのか?」
「違う。」
「俺・・・ッ・・・産まれちゃだめだった・・・ッ?」
「違う。」
「俺・・・ッ・・・愛されて生まれたの・・・ッ?」
「あぁ。」
嗚咽がこぼれた。
「俺ね・・・ッ俺・・・・ッ・・・・!」
涙を拭う。だけど、落ちてくスピードに勝てない。
「会いたかったんだ・・・・っ!」
「あぁ。」
「母さんにも・・・ずっと、会いたかったんだ・・・!」
「あぁ。」
「どうして・・・ッ!」
もう。子供みたいだった。こんな風に泣くのは、子供だけだ。
「どうして来てくれなかったんだよ・・・!どうして・・・・!」
「すまない。」
紫苑は音華の髪を撫で続けた。
「俺・・・・父さんの子なんだろ・・・・!」
「あぁ。」
「俺・・・・・・・ッ・・・!」
「音華。」
温かかった。どうしようもなく。温かかった。

嘘だろ。

想像してたのと全然違う。嘘だと思った。夢だと思った。
バカな親が子供を作って育てられなくて、捨ててしまう。そんな物をずっと目の当たりにしてた。
自分の親にも何の期待もしていなかった。憎むというより、もう、「無」だった。
時々生まれてくる「期待」を何度も否定したし、持とうとしなかった。
だから。こんなのは嘘だと思ったんだ。
温かい。まるで峰寿みたいに。包み込んでくれて、それで、許された。
「音華・・・。」
「・・・・。」
顔をあげた。優しい顔が見えた。
「今は、理由があって、此処から私の実体を出すことはできない。」
あぁ。だからあの時幽霊のような姿だったのか・・・。
「今は無理だが・・・・きっと、いつか迎えに行こう。」
「・・・・・し・・・。父さん。」
「長い間、すまなかったな・・・。」
また涙が落ちた。
父は、音華を抱きしめた。
一体どうして。どうしてこんなに涙が出るのだろう。

あの街は殺伐としていて、何かが欠けていた。
空も塀も地面もどこか灰色で、失って叫んでた。
温かさもあるけれど、どこか寂しい場所だった。
そこが自分の居場所だと。何度も確認してきた。
心地が良かったのに。
なんだこれは。
こんな場所知らない。
こんな、嘘みたいに暖かい場所、聞いてない。

「音華。」
涙をぬぐって再び父を見た。
「時間が、あまりない・・・・。本当にすまない・・・。」
「・・・・うん。」
頷いて、父親の腕から離れた。
「悪いが・・・・少しだけ、芳河とも話がしたい・・・。」
「・・・・うん。」
音華は頷いた。
「また。」
「・・・うん。また・・・・・。」
ぎゅっと手を握って、それから音華は立ち上がった。
苦しい気持ちになった。
だけど、温かさだけは体に残っている。
「・・・若草、・・・お母さんに・・・・よろしくと・・・・。」
「・・・・うん。」
頷いて手を離した。
そして芳河の方に向きなおる。歩き出す。
「・・・・先に・・・行ってるぞ・・・・。」
「・・・あぁ。すぐに行く。」
音華はもう一度、父の方に向って向きなおり、礼をしようとして、やめた。
そして手を振って戸をあけ、出て行った。
ずいぶん躊躇った手だった。
父も軽く手を振って、その姿を見送った。
しん、とした。
芳河と、紫苑。二人。親子二人。
「・・・私と若草はね、本当にたまたま出会ったんだ。」
突然紫苑が呟いた。
「・・・・・はい。」
芳河はただ頷いて答えた。
「知り合う前から顔だけは知っていた。いつも憂いたような、でも芯の強い、そんな女性だった。」
「・・・・そうですね。」
芳河は、今は居ないあの女性を思い描いた。
「私は、若いころに妻を亡くした。大切な人を失う、その空虚さを、彼女も知っているように見えた。」
「・・・・・・・・・・・。」
「きっと、だから惹かれあったし、本当に愛していた。」
紫苑は遠くを見たようだった。
「・・・子供ができたと知ったのは、実は、音華が生まれる直前のことだった。我々は内密に寄り添っていたし、普段は全く会うことができない立場だった。ちょうど、私が修行に行っている間の出来事だった。」
芳河は黙って聞いていた。
「若草から、文が届いた。誰にも言うな、と。しかし、それでは間違いなく掟によって赤子は捨てられてしまう。そのことを我々は分かっていた。」
「・・・・ではなぜ・・・・すぐに若草様は、父上のことを言わなかったんでしょうか。」
「・・・若草が、望んでいた。」
「・・・若草様が?」
ありえないと思った。
音華を失ったことに、あれだけ嘆き、苦しんできた女性が、まさか自ら音華を捨てたとは思えなかった。
「若草は、自分の体質を呪っていた。父も母も、同じ体質で死んでいった。」
「・・・・・聞いています。」
「生まれてくる子に、同じ運命を辿らせたくなかった。だから、産まれてすぐに、音華にある術を施した。霊道を塞いだ。」
「霊道?あの・・・霊力の源になる・・・核に通じる道ですか?」
「そう。そうすることで、体に霊力が行き届かなくなる。つまり、力が失われる。」
「・・・ですが、そうすることで霊血がなくなるわけではありません。」
「そう。それでも、産まれた瞬間に行えば霊力に浸されることなく体は育ち、徐々に霊孔は塞がれる。塞がれてしまえば、霊に対する感度も低くなるし、同時に、若草にとっての毒である下界の空気に対する感度も低くなる。」
「・・・・では。」
「捨てることになり、必然的に下界に子供を送ることになる。それが、若草の狙いだった。」
「・・・つまり。それは、音華を・・・・?」
「小さな頃から毒に慣れておけば、毒は毒ではなくなる。もともと普通の人間には毒ではない。徐々に霊孔がふさがれ、霊力のない人間と同等になることで毒は毒ではなくなっていく。それが狙いだった。」
「・・・・・・・・・。ですが・・・・。」
「もちろんそれは、わざわざ捨てずともできたことだった。誰かに頼んでどこかの屋敷に預けることもできた。しかし、若草は、産まれてきた子供を、此処から解き放ちたかった。」
「・・・・此処とは・・・・一門のことですか。」
「そう。姫は此処を作るのに、代償を払いすぎた。結果、此処は随分息の詰まる場所になってしまった。自由のない世界。それは若草が幼い時から体験してきた世界で、脱したいと望んだ世界だった。」
芳河は考えた。
いつも外を見ていた。空を見ていた彼女は、きっと望んでいたんだろう。
「此処はおかしい。一番はじめにそう感じたのは若草だったのかもしれない。だから若草は、此処から音華を切り離すために、音華を捨てることを決めた。苦渋の選択だっただろう。」
「・・・・・・・・・・・・・・。でも・・・・それは。」
「正しかったとは言わない。この罪はさっき・・・音華を見て実感した。決して正しいことではなかった。ただ、音華に生まれたときから婚約者がいたり、自由がないことを、若草は望まなかった。それが・・・理由だ。そして私は、そんな若草を止めるすべを持っていなかった。」
「・・・もともと。頑固な方ですからね・・・。」
紫苑は笑った。
「では・・・なぜ、今頃になって若草様は父上のことを言ったのでしょう。」
「・・・・きっと。ごめんなさいのつもりだったんだろう。」
「・・・・謝罪・・・?」
「私と、相談する間もなく、捨てることを決め、そしてなにも私に言わせなかった。一度も私が音華を抱くことはなかった。そのまま手の届かない所に行ってしまった。そのことを、きっと謝りたかったんだろう。」
「・・・・・・。」
「それから、きっと。音華にも。」
「・・・・。」
「謝りたかったんだろう。せめて、最後に、会いたいと、願ったんだと・・・・私は思う。」
震えるような声だった。
「父上・・・・。」
「・・・芳河。」
「はい。」
「こっちへ来なさい。」
「・・・しかし・・・。」
「いい。おいで。」
芳河は立ち上がって、ゆっくりと紫苑に近づいた。そして近くに座る。
「思えば、お前と、こんなにも長く話すことはなかったな・・・。」
「・・・そうかも・・・しれません。」
「父親・・・失格だな。私は。」
「父上。」
「何も説明せず、何も言わず。お前には苦労ばかりかけて。音華のことも、私の口からではなく、おそらく榊殿から聞いたのだろう。嫌な思いをしたはずだ。」
「嫌・・・なことは・・・・・。」
「すまなかった。芳河。」
「父・・・ッ」
頭を下げる紫苑に芳河は立ち上がりかけた。
「だが、忘れないでくれ芳河。」
「え・・・?」
「お前は私の大事な息子で・・・私の後継ぎだ・・・。お前をもらったこと、一度も後悔はしていない。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「どうか。守ってやってくれ。」
「・・・・え?」
「音華を。」
「・・・・。・・・はい。」
頷いて、紫苑を見た。紫苑は芳河の手を取り抱きしめた。
「すまなかったな。芳河・・・・。」
「・・・・・・・いえ・・・・。」
涙が出た。芳河は慌てて自由な手で目を押さえた。
「いつか。さっきの話を、音華に・・・・お前の口から伝えてほしい。」
「・・・・はい・・・・。」


一体。いくつの氷が解けただろう。


芳河が砂利を踏んで屋敷の外に出てきた。空は随分明るかった。春はもう近い。
前を見ると、音華が立ったまま待っていた。
「よう。」
音華がそう言って芳河を見た。そんな音華の姿は眩しく見えた。
「・・・あぁ。」
「行くぞ。」
「・・・あぁ。」
音華はふっと笑って、芳河に背を向け、車に乗り込んだ。


「音華ちゃん達。もう帰ってくるかなぁ?」
エリカが呟いた。
「ねえ、峰寿?」
「ん?おぉ。もうすぐじゃねぇかな?夕餉にはいるだろ。」
「・・・・・・・・・・・・・・峰寿。なんか、あった?」
「何が?」
「なんか・・・この間、音華ちゃんが姫様に会ってから、なんか違う。」
「・・・・ん。」
微笑んだ。
「うっわ。何その笑顔・・・!いいことあったの?!」
「いいこと?」
「音華ちゃん、遂に源氏の手から強奪!?」
「あははッ!」
「もー!ごまかさないでよぉ!知りたい!気になる!」
「エリカちゃ〜ん!それは言えないよっ!」
「ちょっとー!みずくさいんですけど!」
エリカが本気で峰寿に尋ねようとする。
「ないない大丈夫!なんにもありません!」
「うそつきー!」
バタバタ、やかましい二人の後ろから声がかかる。
「峰寿。」
「え?」
婆やだった。
「婆や。どした。珍しい。」
峰寿が婆やに寄っていく。
「姫様が呼んどる。」
「え?・・・・・姫様が?」
「せや。はよ、行ったり。」
「・・・・分かった・・・・けど。なんだ?」
「わしは知らん。」
「・・・・ほーい・・・・。」
峰寿はエリカの方に振り返り、手を振って言った。
「芳河たち帰ってきたら、そこの饅頭、あげといて。」
「わかった。峰寿!あとで絶対吐かせるからね!」
「吐くもんなんかねぇよー!」
峰寿は姿を消した。
「・・・・・・姫様・・・か。」
エリカは呟いた。

「お呼びですか。」
「峰寿。こっちへ来い。」
「・・・・はい。」
珍しい。近くに来いとは。
峰寿は姫の近くに座る。正座だ。そして頭を下げる。
「頭をあげて、これを受け取れ。」
「・・・はい。」
ゆっくりと顔を上げる、とそこにあったのは、小さな箱だった。
「・・・これは?」
「・・・お前の探していたものだ。」
「・・・え?」
「花札だ。」
「えっ!?」
思わず大きな声が出た。
「受け取れ・・・。要らぬか?」
「い・・・要ります・・・!けど・・・!姫様・・・・!」
「・・・峰寿。」
「はい・・・!」
「これをどうするかは、お前が決めろ。そして、私の世話は、もう要らぬ。」
「・・・・姫・・・・様?」
峰寿はどういう顔をすればいいか分からなくて困惑した。
「幸正は。」
「!」
どきっとした。姫の口から父親の名前。
「幸正は、私を怨んでいただろう。」
「・・・・あ・・・の・・・。」
「全て・・・私のエゴだったのだ。」
「・・・え?」
「峰寿・・・。」
「はい・・・!」
「いつか、幸正の墓に・・・連れて行ってくれ。最後にしてほしいことは、それだけだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
涙が落ちかけた。それをどうにか食い止めるかのように峰寿は声を出す。
「・・ッはい。姫様・・・。」
頭を下げた。めいっぱいに。

「峰寿!」
音華が峰寿を見つけて駆け寄ってきた。
「音華ちゃん!」
「峰寿。」
続いて芳河がやってきた。どうやら今帰ってきたところらしかった。
「おかえり。音華ちゃん。芳河。」
「おう、ただいま!何してんだ?今。珍しいな。この時間うろうろしてるの。」
「ん?」
「何持ってんだ?それ。」
手元にある赤い箱を指さす。
「あ、それ、花札じゃん。」
「あ、うん。」
「あれ?嫌いなんじゃなかったのか?」
「・・・・・・・うん。嫌いだった。」
「じゃあなんで?」
「・・・そろそろ、俺もやってみよかなって・・・・・・・。」
峰寿が微笑んだ。なんだか嬉しそうだったので音華もつられて微笑んだ。
「・・・峰寿。」
芳河がその意味を悟り、峰寿の顔を見る。峰寿は頷いて笑った。
「芳河、みてろよ。ぶち負かしてやっから。」
「・・・・・・・・・・負けるわけあるまい。」
「んだとぉ!?」
峰寿は笑って怒った。
「みーねーじゅ!」
ドス!
「うおお!」
エリカが後ろから、峰寿の背中を押した。
「あ!お帰り芳ちゃん!音華ちゃん!」
「ただいま。」
「峰寿!遅い!なにちんたらしてたの???」
「してないから!してないからね!?」
涙目でエリカの方に振り返る。
エリカは峰寿の手にある箱を見て、驚く。声に出さず。
「・・・・峰寿。」
「ん・・・?おお・・・。」
「一緒に御飯。食べるでしょ?」
「・・・・。おお。」
エリカは微笑んだ。
「音華ちゃんっ!今日は宴会だよー!!!!!!」
「へ?!何で?!」
「なんでって、音華ちゃんの単身調伏前祝い!!!もう目前だから!」
「・・・お・・・おう。」
「そーと決まれば、さっそく準備!峰寿!行くよ!」
「お?!おお!」
二人はバタバタと行ってしまう。いつもどおり。嵐のようだ。
「いつまでも、あんな感じでいそうだなあの二人。」
音華が笑った。
「そうだな・・・。」
「お前とも。」
「?」
「会った時よりゃ、随分話すようになったよな。」
「・・・・・・・・・なんだ突然。」
「別に。」
音華は歩き出す。芳河はその後ろをついて歩いた。
「お前とも、ずっとこんな感じでいそうだな、って。思っただけだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。そうだな・・・。」
芳河は空を見上げた。
もう、春が来る。


「準備できた?音華ちゃんっ。」
「もうすぐ!」
「遅れるよ〜!」
「わかってるって!」
音華がドタドタバーン!という音とともにふすまを開けた。エリカは笑った。
「髪の毛ぼさぼさ。くくらなかったの?」
「くくれない!」
「あはは。」
「依頼者は?」
「もう見えてるよ。」
「やっべ。」
慌てて走ろうとする。
「音華ちゃんっ!」
「ん?」
「がんばって!」
「おう!エリカも・・・!行ってらっしゃい!」
「行ってきますっ!帰ったら宴会だからねー!」
「ま・・・またかよ!」
音華は走り出した。
エリカはふっと笑う。そして待たせてあった車に乗り込んだ。

「遅い。」
「わるかったな・・・!」
芳河の言葉で顔がゆがむ。
「・・・待たせるな。行け。」
「・・・わかってんよ。」
音華は芳河の横を通り抜ける。
「音華。」
「なんだよ。」
「これ。忘れるな。」
「・・・あ。」
芳河の手に、数珠。
音華は手をのばして、その数珠を受け取った。
「・・・気をつけろよ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「だめだと思ったら・・・―――」
「俺を誰だと思ってんだ。」
音華はふっと笑った。
「クソ鬼の弟子だぞ。問題ない。」
「・・・・・・減らず口を。」
芳河はふっと笑った。
音華もにっと笑い。さっそうと背を向け歩き出した。
「とにかく俺に任せとけっ」

On***50 終わり


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