車が停車して、目を覚ました

「ついたぞ・・・起きたか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・芳河?」
音華は力のない声を出した。目の前に芳河がいる。それは至近距離に。
「・・・・・・・んでお前、こんなに近いんだよ。」
「手を放してから言え。ドアを開けてやったんだろうが。」
音華は繋いだままだった手を見つめてから、それを解いた。
「はなしゃいいだろが。」
「お前の馬鹿力で離れなかった。」
んだとぅ。
開けられたドアをより開けて、音華は外に出た。だが立ち上がった瞬間にそれは来る。
「音華!」
音華は倒れこんだ。強烈な立ちくらみだった。っていうか。
「大丈夫か。」
「・・・・・・・・・・・・・・・た。」
「は?」
「腹減った!死ぬほど減った!なんでこんなに空腹なんだよ!」
叫んだ。芳河はため息をついた。
「立てるか?」
「なんでもいい!くいもん!!!」
芳河はもう一度軽いため息をついてから、サービスエリアで買ってきて貰ったしなびた大判焼きを渡した。
それを受け取った瞬間に音華はそれらを一瞬にして完食した。
「行くぞ。」
ぐい!
また手を引っ張られる。立つと頭がくらくらしすぎた。そして日の光で眼がひどく痛んだ。

「音華ちゃん!!」
エリカが走ってきて、半ば突進気味に音華に抱きついた。
食事をしていた音華はあやうく里芋を喉に詰まらせるところだった。
「ぐ・・っエ・・・エリカ!くるし・・!」
「音華ちゃん!音華ちゃん!よかった!帰ってきたんだね!」
エリカが本気で抱きついてくるものだから、それを引き剥がす事が出来なかった。
「・・・・・・・・・おう。・・・・ただいま。」
「よかった!よかった!」
音華はぎゅっとエリカを抱き絞めかえした。
エリカはその腕を解いて、それから芳河のほうを見た。
「・・・・・・・・・相談無し?」
「戦線張ってたのはお前だろう。」
「・・・・・・・。」
エリカは芳河に近寄っていき、手を差し出した。
芳河はその手を取って、二人はぐっと握手をした。
その行為が何を意味するのは、もちろん音華には分からなかった。
この握手は、二人が喧嘩した後、仲直りする時に必ず行なっていたものだった。
「ありがとう、芳ちゃん。」
「礼を言うなら、弁解に行ってくれ。」
「あはは。それはちょっと。」
エリカは笑った。
「峰寿が一緒だよ。」
「峰寿は何も言えないだろう。」
エリカは頷いた。
「ありがとう。」
芳河は何も言わずに、とてつもなく早く出された夕食を食べた。

「らしくないのぅ、芳河。」
「申し訳ありません。」
頭を下げた。婆やは小さくため息をついた。
「まぁ、ええ。あとで姫様のところ、ちゃんと行くんやで。」
「はい。」
顔を上げる。
「しかし・・・。」
「ん?」
婆やは煙管をコツンと言わせた。
「音華は、蔵の中にいました。」
「・・・・・・・・・・・・・篭りの蔵か?」
「はい。」
「ふん。なるほどな。目の上のたんこぶか。」
「えぇ。おそらく。」
ばあやはため息をついた。
「で?引きずり出したんか?」
「いえ・・・自分で出てきました。」
「ほう。」
婆やの眼が大きく開く。
「たいしたもんやな。音華も。」
「えぇ・・・・。それも、放っていた霊力は並のものではありませんでした。」
「・・・そりゃ。楽しみで・・・怖いな。」
芳河は頷く。
「あんまり言いたくないが・・・やはり・・・あれだけの親や。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えぇ。」
「なんにしても。」
婆やは立ち上がった。
「切ったタンカはしっかり、やり遂げ。」
「はい。」
「ぬかりなくな。相当辛い思うぞ。特に主が調伏に立つときは。」
「えぇ。」
芳河も立ち上がり、一礼してそこを去った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
婆やは芳河がいなくなるのを見送って、もう一度ため息をついた。
「芳河も・・・・変わったな。」

「オン!」
バチィ!
「・・・・・・・・・・・・・・。終わったか?」
音華が、ため息混じりに行った。
「あぁ。」
芳河が音華からはなれた。音華になんかものすごい長い術を掛けたのだ。
「今のは、土の結界だ。」
「・・・・・・・・・あ。はい。」
この鬼教師は、健在でしたか。
「・・・なんで俺に結界なんか掛けるんだ?なんか憑いてるのか?」
「・・・・・いや。念のためだ。最近この寺にも鬼が入り込むからな。」
「・・・・・・・・・・・・・ふーん。」
音華は立ち上がった。随分体調も回復して、今日は気分も優れている。
「音華ちゃん!」
振り向いた。
「峰寿。」
峰寿もエリカ同様、追突状態で音華に抱きついた。
「音華ちゃん!よかったーっ!無事?!」
「ぶ・・・っ無事!無事だから!痛い!」
あまりにきつく抱き締めるので、首が曲がった気がした。
「あ!ごめん!や、嬉しくって!よかった。よかった。」
なでなで。頭を撫でる。峰寿の顔を見る。こいつにあの婚約者か。・・・似合わないな。
「ん?なに?どうしたの?」
「いや。」
蔓のことはもういいや。
「峰寿・・・。」
芳河は峰寿を見た。次の瞬間。バシっと二人は手を打った。これも喧嘩の後の儀式だった。
「おっつかれ!紫の上救出成功おめでとうっ!」
「疲れた。お前と話すとすぐに疲れる。」
「ひどい!きいたー?!音華ちゃん!」
あぁ。このノリ。此処だ。
「あ・・・そうだ音華ちゃんっ。はい。」
「・・・・・・・・?」
「プレゼント。」
「・・・・・・・・・なんだこれ。」
「結界石。」
綺麗な色の石だった。
「・・・くれるのか?」
「もちろーん!部屋に置いときなさい!」
「ありがとう。」
にこっと峰寿は笑った。
「じゃ、峰寿さんは逃亡するかなっ!お二人の久しぶりの愛のはぐくみを邪魔したくないからーっ!」
「峰寿、しばくぞ。しばいていいんだな?」
音華が殺気を飛ばす。
「あはは!じゃあねぇ!ばいびー!」
「・・・・・・・・。」
うるさいやつだ。気持ちのいいくらいに。
「なぁ、芳河。」
「なんだ。」
「霊血って・・・つまり、霊力を持った血だよな。」
「・・・・・・・・・・そうだな。それは受け継がれる血の呼び方だ。」
「ふーん・・・そっか。」
だから、よく血がどうのと言われたんだ。
「じゃあ、俺の母さんも霊血の持ち主だったのか・・・?」
訊いてみた。
「・・・・・・・・あぁ。言っただろう。最も純粋な霊血の持ち主だ。」
「・・・じゃあ、俺。俺も霊血?」
自分を指差してきいて見た。芳河は黙った。訊いてはいけないことだったのか。
「そうだな・・・。」
ゆっくりと芳河は頷いた。
「ふーん。」
どうでもよさそうに音華は唸った。
「死呪を放て。」
「え?」
「死呪だ。忘れてはいないだろう?」
いきなり、スパルタレッスンの始まりですか。
「馬鹿にすんな!覚えてるっつの!」
叫んで、死呪を放った。だけど放った瞬間に全身から別の物が出た。
バシュン!
勢いのある音がして、その死呪は芳河に向かった。
見た事もないような大きな光だった。
芳河は一瞬で構え術を放ちそれを相殺した。
「・・・・っな・・・なんだ今の!?」
「・・・・・・・・死呪だ。」
芳河は平然と言った。
「いや!死呪ってもっとこう、控えめな・・・・!」
「お前の霊力と、それを放つ孔が膨らんだから。」
「は?なんでだよ!」
芳河は、一瞬黙ってから言った。
「あの蔵で、お前、何したか覚えてるか・・・・?」
「蔵・・・・?」
「東だ。」
音華は黙る。考える。思い描く。模索する。
「いや・・・覚えてない。紙人形を・・・染めてた。でも溶かしてばっかりだった。」
「・・・あの蔵で紙人形?」
「あぁ。なんか篭って集中力を高めるみたいな。」
よく分からないけど、従っていた。
芳河は黙る。ため息をつく。
「・・・あの蔵は、篭りの蔵という修行の蔵だ。」
「へぇ・・・・。」
「あそこに入ったものは魂をむき出しにされる。どんどん分解されていく。」
音華はぞっとした。何だか体が覚えていて、それがものすごく怖い体験だったかのように。
「その分解された自分の精神をもう一度一つに掻き集められた者が、現世に、倍以上の力を付けて帰ってこれる。」
「それ・・・出来なかったら?」
「そのまま世界の闇になる。」
汗が出た。
「一流の陰陽師のみが行なう修行だ。その力は、霊力であり、精神力である。他の修行では高められないものを、自分の魂をかけて高めるものだ。」
「あ・・・あぶねぇだろそれ!」
「危険だ。あの蔵はほぼ使われない。」
「なんで俺あそこに入れられたんだよ!」
一流の陰陽師であるわけがないのに。
「霊血が見初められたか・・・・もしくは・・。」
「もしくは?」
「いや、おそらくお前のそのおさまりきらない霊力を高めるにはそれしかないと考えたんだろう。」
「・・・・・・・・・・・ふ・・・ふーん。」
先に説明して欲しかったです。


蔓は蔵を訪れた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
戸は閉めない。閉めないまま足を踏み入れる。そしてその埃っぽく黴臭い中をみつめる。水瓶が置きっぱなしだ。
蔓はその近くに近寄った。そして見る。
「・・・・これは。」
紙人形。水の中にはない。床に何枚かの紙人形が落ちていた。その色は、真紅だった。
「・・・染め上げた・・・・?」
そんなハズはない。この蔵の中で集中なんかできるわけがない。
じわじわと、身体から魂を剥がされこの暗闇に溶かされる。
そういう状態で精神を一つにまとめるなんて出来るわけがない。
恐ろしい。
そう思った。
音華の力が、未知のものだからだ。あの蔵から放たれた光は涙が出そうなほど研ぎ澄まされてた。
思い返す。
音華が蔵から出てきたときの事を。
芳河が蔵の目の前に立っていて、音華の事を待っていた。
どうして?芳河がわざわざ京都からこんなところまで?そんなに暇な男じゃないはずだ。
そしてあの時はなっていた空気。近寄れないと思った。
アレ以上近づくと、何かを損なってしまう気がした。
芳河は、確実に殺気を飛ばしていたからだ。
おそらく音華が蔵の中にいる事を知ってのことだ。
音華の手を取り、歩く姿を見た。
その時心が無性にかき乱されたのを覚えてる。それは嫉妬に似た、なにか。
「蔓様?」
ばっと振り向く。そこに芭丈が立っていた。
「芭丈様。」
蔓は紙人形を手に持ったまま蔵の外へと向かった。
「何をしていらっしゃるんですか?」
「・・・特に・・・・。これを。」
差し出す。
「!・・・・・真紅・・・。」
「・・・あの人は・・・ただものじゃありませんわね。」
蔓は呟いた。芭丈は黙ってその紙人形を受け取った。
「芳河様、怒っていらっしゃいましたわね。」
「・・・・・・・・・・えぇ。」
「失礼します。」
蔓は頭をさげてその場を去った。
「蔓様。」
振り返る。蔓はじっと芭丈を見た。彼は何も言わない。
「これでまた、芳河様が東には近寄らなくなりますわね。」
それだけ言って彼女は去った。


「音華ちゃん。」
エリカが昼下がり、音華を訪ねた。
「えええええ・・・エリカか・・・。」
「うわ!びしょびしょ!どうしたの。」
「瀧・・・瀧行ってきた。」
ごしごし頭をふく。
「えぇ?こんな寒い時に?よくやるねぇ。」
感心。
「俺じゃねぇ!鬼!鬼が出ました!つき落とされましたけど半ば!」
「あははっ!」
何日も身を清めてないんだろう。行け。穢れがつきやすくなる。
と、問答無用で突っ込まれました。
「ねぇねぇ音華ちゃん。蔓ちゃんに会ったんだって?」
エリカがおもしろくて堪え切れないような顔をして音華に尋ねた。
「お?あぁ。玉蔓か。会った会った。生意気なやつだろ。」
エリカは吹き出した。
「そうそう。どう?小さなライバルはっ!」
「ライバルって・・・・あいつ峰寿の婚約者なんだろ?」
エリカは、うーんと言った。
「でも。芳ちゃんが好きなのはバレバレでしょ?」
「あぁ。うん。眼がハート。だめだありゃ。」
あはは、とエリカは笑った。
「見た?芳ちゃん、もてるんだよっ。」
「あぁ。幼女にな。」
エリカは吹き出した。
「なぁ、由緒在る家の者には、婚約者がいるって本当なのか?」
「えぇ?」
「本当に全員決まってるのか?由緒ある物は由緒ある物同士、みたいな。」
「・・・・・・・・・あー・・・・・・うーん。そうだね。古くから。そうみたいだね。霊血を絶やさないために。」
「・・・・・・・じゃあ、俺の母さんにも、そういう人がいたんだ。」
エリカは黙った。
「いなかったのか?」
「・・・や、ううん。いたよ。」
「・・・ふーん・・・・・・。じゃあ・・・なぁ俺って・・・・――」
「音華ちゃん!」
声が掛かって振り向いた。峰寿がいた。
「焼きいもしない?もう12月だからさっ!」
「まだ気温はあったかいけどな。」
「いいじゃんいいじゃん!やろーよ!エリカも!」
「いくいくーっ!」
エリカは立ち上がってバタバタと出ていってしまう。
「・・・まあいいか。」
俺って、だれの娘なんだ?
いつか父親の話になった時、エリカはそれをうやむやにした。
ずっと気になっていたが、訊いてはいけないものなのかと思って閉ざしていた。
だけど、知りたい。知りたいと思った。
母親の婚約者は、誰だったんだろう。


On*** 33 終わり




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