唇から、on***

ミンミンミンミン、うるさい蝉が傍の木で鳴いている。
「・・・・・・・・あっちー・・・・・・。」
手で扇いでみるが、効果はない。
「音華ちゃん!」
後ろから声がかかる。
「お。」
振り向いたらそこに鮮やかな桃色の髪が見えた。
「エリカっ。」
「終わったの?今日の調伏っ。」
「おう。結構すんなりいった。」
「あははっえらいえらい!」
撫でられる。
「・・・言霊衆もいたからな。」
「単身じゃなくて不服?」
「や、そんなことない。助かる。」
エリカは微笑んだ。
「もう、立派な陰陽師だねぇ。」
「・・・・・・・・・・・・そかな。」

此処に来て、おおよそ一年が経った。
音華は去年の初夏、突如この山に連れてこられた。完全に誘拐だったのだけれど。
此処は実は17年間いないと思っていた母親の住んでいた山なのだと言われた。
そして同時に、陰陽師になれと、脅迫された。・・・あれは脅迫だった。確実に。
極度の口寄せ体質のため、この山の外にいると危険が自分以外にも及ぶってことに気がついて、音華はしぶしぶ陰陽師になる修業を始めたのは、ちょうど、この時期だった。去年の。
それからというもの、本当にいろいろあった。
芳河という男にしごかれしばかれ、エリカという義姉に会った。他にも峰寿やスズル・・・それから死神となっていた暁にも会った。そして、父親にも。
結局完全に陰陽師に仕立て上げられてしまった。
学校の手続きもあり、音華は先日一度山を下りた。そして懐かしい、育った施設を訪ねた。


「音華・・・ちゃん!」
園長先生は目を丸くして、それでも優しく迎えてくれた。
「音華ちゃん!久しぶり・・・今まで元気だった!?」
「うん。」
頷く。
「クリスマスカード・・・届いたわよ。ありがとう。」
「・・・うん。」
頬笑みが柔らかい。温かい。でも。分かっていた。その後それが陰るのを。
「・・・でもね・・・音華ちゃん・・・。」
胸が閉まる。
「音華ちゃんがいない間のことなんだけど・・・・。」
「・・・うん。」
涙が出そうになる。
「・・・・あやちゃんが・・・交通事故で・・亡くなったの。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・うん。」
音華はうつむいた。
「・・・知っていたの?」
「・・・うん・・・・。知り合いが・・・・教えてくれた・・・。」
「・・・そう。」
「ごめん・・・。その時に・・・帰ってこれなくて。」
園長先生は首を振った。
「いいのよ。音華ちゃんが元気だったなら。それでいいわ。」
音華は微笑んだ。悲しく。
「皆今学校に行っているから・・・小さい子たちは昼寝してるし・・・。是非皆が戻ってくるまで此処にいて頂戴。」
「・・・うん。あのさ・・・先生。」
「ん?」
「俺・・・学校・・・・やめようと思うんだ。」
「・・・・・。」
音華は真剣に先生の目を見た。
「・・・そう。」
先生は笑った。
「実はね、出席日数が足りないって、お電話いただいたの。」
「・・・うん。分かってる。」
行けてなかった。学校なんて。
「資金の都合で、退学を申し出ざるを得なかったの。」
「・・・そっか。じゃ、もしかして・・・めんどくさい手続きとか・・・やらせちゃったのかな。」
「めんどくさくなんかなかったわ。大丈夫。」
「そっか。」
印鑑まで作って持ってきたのに。
「・・・これ。」
「え?」
音華は鞄から袋を取り出した。
「なぁに?」
「お金。」
「え?」
園長先生は驚いていた。
音華が袋を開くと、そこには結構な大金があった。
「・・・お・・・とはなちゃん。どうしたのこんなにたくさん・・・?」
「・・・俺。働きだしたんだ。」
「え?」
「ちょっと、説明するとややこしいんだけど、悩み解決する仕事。」
「・・・・・・・・コンサルタント・・・みたいな?」
コン・・・猿?
分からないが頷いておいた。
「で、そこ、結構お金よくて。だから。先生にお返ししたくて。」
「・・・そ・・・よかったのよ!こんなにいっぺんに・・・たくさん・・・!」
音華は首を振る。
「此処にも・・・・またしばらく戻ってこれそうにない・・・から。俺。住むところも・・・見つけたんだ。」
「・・・まぁ。」
「だから。俺の居場所。此処にもし、まだ残していてくれたんだったら・・・・それ・・・解約とか・・・手続きしてほしいんだ。」
心苦しかった。
許されるなら。本当は此処にいたい。でも、無理だと分かっていた。
「・・・分かったわ。」
園長先生は頷いた。
「でもね。」
音華の手を取る。
「部屋は・・・次の子が来るまで・・・そのままにしておきます。」
「・・・・え。」
「いつでも・・・帰ってきて。」
「・・・・・あ・・・・・。」
涙が出そうになった。
「・・・・ありがとう。先生。」
その後、妹、弟たちとしばらく遊んで、施設を後にした。
また大泣きする奴もいた。
まったく。今度来る時は、何かプレゼントを持ってこよう。
「あ!」
でかい声がした。前方。
「?」
「あ゛!!!」
別の声も、驚いていた。
「・・・・・・・・・・・あー。」
音華は頭をかいた。
「てんめー!帰ってきたのかよ!」
不良たちが目の前にいた。懐かしい。いっそ。
「帰ってきたわけじゃねぇけど・・・。学校やめたんだ俺。」
「どーせダブって退学処分だったんだろ!ちっどおりで最近見ないはずだぜ!」
「寂しかったのか?」
「あほか!」
音華は笑った。
「よっし。じゃ、久しぶりに、やるか。」
「け!問答無用だぜ!」
「かかれ!」
「はは!」
音華は笑って駈け出した。
久々の喧嘩は、痛かった。


「音華ちゃん、そう言えば、芳ちゃんと連絡取ってる?」
「え?」
「私、この間、手紙送ったんだけど。」
「や、取ってない。」
音華は首を振った。
芳河は、あの日、音華が初めて単身調伏をしたあの日。いなくなってしまった。
山に着くなり、音華を車から降ろし自分はそのまま行ってしまった。
理由を問う音華に対する言葉は、「俺がいなくても、しっかりやれ。鬼の、弟子なんだろう。」だけだった。
頭を撫でて、行ってしまった。
それ以降、連絡は取ってない。
「えー!?書いてあげてよ!手紙っ!」
「えぇ?俺、筆不精なんだよ。」
「いいから!」
「・・・わ。分かったよ。」
頷いたが、出す気になれなかった。
芳河とは、手紙で語り合う、そういう関係は似合わなかった。
そうじゃない。そういうのじゃない。
言葉を交わして、やっと初めて、言葉が意味を持つ。
奴と向き合うのには、何を媒体にしたって、声以外では無意味な言葉にしかならないのだ。
「心配してると思うよー?」
「・・・・俺を?」
「も。」
「も?」
「色々ぉー。」
にやっとエリカが笑った。
「?」

「音華ちゃん!」
「・・・峰寿。」
夕食に行こうとした時、峰寿が声をかけてきた。
「ご飯?」
「おう。峰寿も食べるだろ。」
「うん。」
「一緒に行こうぜ。」
「うん。」
峰寿は微笑んだ。
「芳河、峰寿の事、心配してそうだな。」
峰寿を見て音華は納得した。
そういうことだ。
「へ?」
「や、芳河はこっちのことがいろいろ心配らしいぞ。」
「・・・手紙来たの?」
「や、エリカがそう憶測してた。」
「・・・ははっ。」
峰寿が笑う。
「そうかなぁ?俺?」
「おう。」
「俺はないだろぉー。だって、俺、芳河には信頼されてるもん。」
「力を?」
「ん。多分ねー。じゃなかったらあっちこっち俺のことこき使って飛ばしたりしないよー。」
「・・・ふーん。」
俺は心配されてるだろうな。と、思うと悔しかった。
自分だって信頼されたいという願望がじりりと胸に焼きつく。
「ま、俺のこと、心配してるなら、ただ一つ、だな。」
「え?」
「なんでもないっ。」
にっこり笑って峰寿は音華の頭を撫でた。
何なんだ一体。峰寿もエリカも何か自分に隠してる気がしてならなかった。
「さ、ご飯ご飯っ。」
「お、おう!」
戸を開けると、そこにエリカがいて音華達を待っていた。
「あっ、音華ちゃん、峰寿!」
エリカは立ち上がった。
「おう、エリカ先に食べててもよかったのに。」
「ううん!待ってたの!ね、聞いてっ。」
「ん?」
峰寿が座り、エリカが再び座りなおす。
「帰ってくるんだって!」
「芳河が?!」
峰寿と音華の声が重なる。
エリカは一瞬止まってしまう。どれだけこの二人の中で芳河の存在は大きいのか。
「違う違う。ひーちゃん!五月緋紗!」
「ひ・・・緋紗!?」
峰寿が驚いたようだった。
「そう!」
音華は全く話についていけず二人を見やる。
「あっそっか。音華ちゃんは会ったことないよね。」
エリカが嬉しそうに笑ってこちらを見る。
「あのね、五月緋紗って子がいてね。その子昔此処で修行してて、久しぶりに此処に帰ってくるの。」
「・・・友達・・・?」
「うんっ、一緒に修行してたことがあるんだーっ!」
エリカが嬉しそうだ。
「へぇ。」
「あ、俺はない。ほとんど喋ったこともないよ。だってあいつ、本当に少しの間しかいなかっただろ?」
「うん。ほら・・・五月の家・・・。」
「・・・あぁ。」
音華には分からないが。
「それで、ひーちゃんは姫様の育った山で、修行してたのっ。」
「・・・へー。」
峰寿はそう言って味噌汁を飲み込む。
「嬉しそうじゃん。エリカ。」
にっこり微笑む。
「うんっ!ひーちゃんとは仲よくしてたもん!」
「ははっ。」
峰寿が短い声で笑う。エリカが喜んでいることが嬉しいみたいに。
エリカがこんなにも露骨に喜んでいるのを見るのは初めてだったので、音華はじーっと彼女を見つめてしまった。
そして、そのひーちゃんとやらがどういう奴なのか、思いめぐらせてみた。


「五月 緋紗です。」
彼は次の日の昼下がり、此処へやってきた。
同時に何人かの陰陽師がやって来た。
修行から帰って来た人たちだ。
去年もこの時期、こんな風に帰ってきていた。
いつの間にかまた修行に行ってどんどん消えていったけど。
「どうも。紫 音華です。」
出された手を握り音華は言った。
「ははっ、君が音華ちゃん?」
「う・・・おう。」
未だに初対面は苦手だ。対人関係。
「よろしくね。」
「・・・よろ・・・しく。」
彼はとても可愛らしい男の子だった。優しい目、スズルほど大きくはないが、なんだか雰囲気はスズルに似ていた。
亜麻色の髪はさらさらとしていて少し長い。
首に数珠を、左の肩に、「五」と書いた布をつけていた。
「峰寿。」
「あぁ、久しぶりだな。っていってももう十年越しで会ってない・・・ことないか?」
手を取って峰寿は言った。
どうしてこうもほぼ喋ったことない相手にこんなに気後れしないでいれるのだろう。
「そうだね・・・多分。それくらいかな。一度修行で一緒になっただけだもんね。」
「でもよく覚えてる。確かお前めちゃくちゃ器用な術が得意で、すっげぇ褒められてたもん。」
「あははっ・・・それは嬉しいな。俺も峰寿の事覚えてるよ。口寄せ体質で大変そうだった。」
「恥ずかしいことばっか覚えてんなよなぁ。」
峰寿が笑った。
「あ・・・エリカ!」
「ひーちゃんっ!」
エリカは緋紗に飛びついた。
音華と峰寿と緋紗を見つけるなり駆けてきたのだ。
「久しぶり!」
「久しぶり。エリカ。元気だった?」
「うん!」
エリカは嬉しそうに緋紗を見上げ笑った。
「・・・・・・・・・・・・・・峰寿。」
音華は峰寿に向かってぽつりと小声を出す。
「これは・・・・そういう、ことなのか?」
「・・・・し・・・知らない。」

峰寿も同じことを考えていたらしい。
「あ・・・!挨拶!もうしたの?」
「あ、おう。今。」
音華が答える。
「そっかっ!」
エリカが満面の笑みで微笑む。
可愛い顔、だった。
百点満点で。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
音華と峰寿は息をのんだ。
「ね、ひーちゃん、後で一緒に・・・―――」
エリカが、緋紗に向かって話しだしたのを見て音華と峰寿はそそくさとその場を去った。
いわゆる、気を遣った、ってやつだった。
「いやいやいやいやいやいや、あれは、絶対そうでしょう!」
「お、お、おう!俺、だって。だって俺・・・めっちゃドキっとした!女だけど!」
二人は息を切らしてお互いの感想をぶつけ合う。
気づけばダッシュしていたらしい。
あのオーラに中てられて。
「エリカって・・・!エリカって!か、可愛いな!」
「ふ・・・不覚ながら、俺もそれ思った!これが恋する乙女ってやつなのか!?音華ちゃん!」
「し、知らねぇよ!俺!恋したことなんざねぇもん!」
「・・・え。ないの?」
峰寿がきょとんとして音華を見た。
「・・・・ね・・・ねぇ。よ。」
ドギマギする。
だって、ないもんはない。
「そうなんだ。」
峰寿がへぇーっと言って、音華を撫でた。
子犬になった気分がした。
「み・・・峰寿は?」
「あるよ。」
「え!」
「え・・・驚く?」
「や・・・そういうわけじゃ・・・!」
音華は首を振った。
「・・・ち・・・なみに・・・。誰?」
「・・・・・・・・・・・・。」
峰寿は黙った。こっちを見てる。
やべ。
音華は急いで顔をそむけた。
なんちゅう質問をしたんだろう。
これじゃただのクラスの女子じゃねか!興味本位だけの!
「秘密。」
ぽん。っと頭に温かい手が乗せられた。
「・・・・・ご・・・ごめん。」
音華は峰寿を見上げた。
峰寿はにこっと笑ってた。
「・・・・あの・・・。」
音華は何か言い訳を考える。
「えっと、あのさ。」
「ん?」
にこっと笑う峰寿。
「か、蔓じゃないよな?!」

空気はちょっと凍りました。


峰寿と蔓の婚約が解消された。
それは、峰寿が姫様の従者を辞めることが許された証しだった。
どういういきさつがあったかわからないが、ある日を境に、おそらくそれもあの調伏の日だったと思う。
その日を境に、峰寿は毎日音華達と食事をとった。
時々、峰寿の分の食事がこなくて、エリカと音華は抗議に行ったりもした。
少しずつ、少しずつ、峰寿の氷が解けていった。
あの連鎖は。
屈辱の連鎖は切られたらしかった。
ただ、峰寿は笑って音華にありがとうと言った。
音華のおかげだと言った。

もし、それが本当に音華のおかげだとすると。
そして、もし峰寿が蔓のことが好きだったのだとすると。
峰寿の恋路を邪魔したことになる。
と、音華は考えた。
結果、あの禁句ワードが口から飛び出しました。

翌日、音華は婆やに呼び出されて彼女の部屋へ行った。
「婆ぁー、いるかー。」
がらがらがら。
不躾です。その通りです。
音華は庄司の戸を開けた。
「あ。」
「あ、音華ちゃん。」
そこにいたのは緋紗だった。
「あ・・・・緋紗・・・さん。」
「さんはいらないよ。」
笑った。
「・・・緋紗。」
「うん。」
可愛らしい笑顔だな、と思った。
実は自分より可愛いのではないか。
「音華、部屋に入る前はノックでもなんでもせぃ。」
「・・・芳河にもそれ、言ってくれてたか?」
俺をしつける前にあいつをしつけておいてくれ。
奴は女の部屋でもお構いなしだぞ。
「もうええ。座り。」
「へいへい。」
どすっと座る。
胡坐です。
もちろん。
くすくすと緋紗が笑うので少し恥ずかしくなった。
「音華、緋紗のことはしっとるな。」
「あぁ。」
「緋紗も。」
「はい。」
「よし。じゃあ、お前たちに頼みたいことがある。」
婆やは真剣な顔で二人を見た。
「頼み?」
良い予感がせず音華は身構える。
「なにやら最近この山に変なものがおるようなんや。」
「・・・何が・・・?」
「わからん。ただ、姫様はそう言うんや。なんや良うないモンが山に潜んでいる、と。」
「・・・・・・・・・・・・。」
ぞくっとした。
自身は何も感じていない。
今のところ。
「その気配は、姫様のほかにも?」
「いや、エリカも峰寿も・・・・わしも・・・此処におる陰陽師は誰もそんなことは言っとらん。姫様だけや。」
「・・・姫様が。」
「だがな、姫様がそれを警戒せいと言った。これは間違いのないことや。」
音華は頷いた。
姫はまぎれもなくものすごい霊力の持ち主であることはあの部屋の空気から感じ、分かっていた。
「そこで、その何かがこの屋敷に入り込む前に、お前たちで見つけ、処分してほしい。」
「えっ。」
音華は構えた。やっぱり、ろくでもない依頼だ。面倒事だ。
「なんや不服か?」
「そ、そうじゃなくて。なんで俺?」
「お前、暇やろ。しばらく調伏の予定もない。」
「ねぇけど!」
「なんや、緋紗とが嫌なんか?」
「ちが・・・!」
「緋紗には早く此処になじんでほしいんや。芳河の部屋を使ってもろとる。今後、エリカや峰寿と共に此処に留まってもらうつもりなんや。」
「・・・・・・・・・・へ。」
音華は考えた。
つまり、それは。
芳河がもう此処には帰ってこないという意味だった。
「ええか?緋紗。」
「はい。分かりました。」
いい返事だ。
「音華?」
「・・・あ・・・おう・・・。分かった・・・。」
頷いた。
「よっしゃ。頼んだで。」
二人は頷いて、その場を去った。

「よろしくね、音華ちゃん。」
「・・・おう。よろしく。緋紗。」
握手。
した、その手は、どういうわけか体温という体温を感じなかった。


On***西編1 終わり
 


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