人生で一番長い旅をした

「うぇ・・・・。」
気持ち悪かった。酔った。かれこれ5時間も車の中に閉じ込められている。酔う。なんせ初めての経験だこんなの。
「平気か。」
「んなわけ・・・ねぇだろ。」
芳河はため息をついた。
「途中、寄るところがある。」
「・・・・・・?」
車は上る。


「芳河!」
「あ・・・っ!スズル!」
「音華ちゃんも!どうしたの急に!」
スズルだった。誰の家を訪ねたのかと思った。家主は間違いなくスズルだった。
「久しぶり。どうしたの本当。」
芳河の方を見てスズルが問うた。
「・・・少し寄っただけだ。」
酔っただけだ。音華が呟く。
「家に寄ってく時間ある?よかったらお茶くらい入れるよ。」
芳河は頷いた。
スズルの家は結構大きな一軒家だった。部屋に通された。綺麗な部屋だ。棚は小奇麗にしてあって、物はそこまで多くない。
「・・・・・・・彼女か?」
写真を見つける。かわいい女の子の写真がその棚に飾ってあった。
「ん。幼馴染。」
「・・・綺麗な人だな。」
「あはは。うん。そうだね。」
スズルは笑った。そこに一瞬の影を見つける。
もしかしたら、この子が、親に殺されてしまったと言う知り合いなのだろうか。
胸が痛む。どう言ったらいいかわからない。それを察したようにスズルは微笑んだ。
「今度会ったら、言っとくよ。音華ちゃんっていうかわいい陰陽師が褒めてたって。」
「・・・・・・・・・あ。おう。・・・かわいいは、余計だけど。」
こんなかわいい人に。
「や、多分騒がしく喜ぶと思うよ。」
笑った。音華も笑った。
「そうだ!音華ちゃん!」
紅茶をテーブルに置いてスズルが音華に駆け寄った。
「ちょっと、ぷよぷよしない?!」
「・・・ぷよぷよ?」
ふっと芳河が吹き出したのが見えた。
「おい。なんだよ。」
「いや・・・。」
「あれ。音華ちゃん、もしかしてぷよぷよ知らないの?」
「・・・なんの術・・・?」
スズルは吹き出した。
「あはは!芳河!ちょっとだけやってみせてあげようぜ!」
「・・・あんまり時間が無いんだがな。」
「硬いこと言わない。どうせ瞬殺ですから!」
「・・・・・。」
芳河は座った。スズルはスーパーファミコンという、古いゲーム機をセットしテレビを付けた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・んだこれ。」
音華はただ目を丸くした。知らないこんなゲーム。いつのだ。古い。
それは単純な落下系パズルゲームだった。
「あ゛!ちょ!芳河!せこい!全消しって・・・・!」
「黙ってやれ。」
スズルの画面に大量のじゃまぷよが落ちる。
「ぎゃー!負けた!」
スズルが叫んだ。
「・・・面白そうだな。」
「あ!でしょ!?俺らが小学生くらいの時のなんだけどさ!ずっと面白くてこれだけはゲーム離れできないんだよね!」
「・・・・・・・・へー。」
「やるか。こいつは弱いぞ。」
音華にコントローラーを渡して芳河が言った。音華は吹き出した。
「なんだ。」
「や、お前、にあわねぇからさ!ゲーム!」
「・・・・・・・・・。俺もスズルにつきあわされるまでしたことなかったからな。」
「あれ!俺のせい?!今完全に圧倒してきたくせに!」
音華はコントローラーを受け取って床に座った。軋む。身体。
「いくよ音華ちゃん!」
「ちょっと待て!ルール!」
「スタート!」
「殺すぞ!」
スズルはおおいに笑った。
楽しかった。音華も笑った。すぐに負かされてしまったが、こういうのは初めてで、面白かった。
「おい、行くぞ。」
「え!もう行っちゃうの?」
芳河が頷いて紅茶を飲み干した。音華も紅茶を飲んで頷いた。
「ついでに寄っただけだからな。」
「・・・ついでって。どこ行くの?」
スズルが不思議そうに訊いた。
「・・・東だ。」
芳河は呟いた。
「・・・・・・・・・・・そう。」
スズルは微笑んだ。
「じゃあな。」
「あ。うん。芳河!」
「なんだ。」
振り向いた。
「今度、紹介したい死神がいるんだ。」
「死神?」
スズルは頷く。
「まだまだルーキーなんだけどね。死界も・・・ちょっといろいろ変わってきてさ。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「また話すよ。とりあえず。死神と陰陽師の架け橋。悪く無いだろ?」
「・・・あぁ。また話をしておく。」
芳河は行こうとした。
「芳河。」
「なんだ。」
「道を辿るばかりは、やめようぜ。」
そういってスズルはにっと笑って親指を立てた。
「・・・・・・・・・・じゃあな。」
「あ、おい待てよ!じゃあな!スズル!」
音華は手をふる。
「うん。またね。」
「あれ、面白かった!またやろうな!」
「そいつはよかった。またね。頑張って。」
手をふって見送った。
「・・・・・・・・もう俺らの時代なんだぞ、芳河。」
スズルは笑った。


「死神って・・・スズル。死神にも知り合いがいるんだな。」
「あぁ。あいつは顔が広いからな。」
ふーんと言って、外を見る。また車の中に閉じ込められる。今日は音楽もない。
「死神、会ったことあるか?」
「あぁ。」
「どんな?骸骨?」
「いや、霊と変わらない。なんだ。お前、骸骨だと思ってたのか?」
それしか思いつかなかったんですけど。
「じゃあ、人の形してるんだ。」
「してる。死んだ時の姿のまま、ほぼ年も取らない。」
「ふーん。・・・て、え。じゃあもとは人間なのか?」
「あぁ。唯の霊だったものが死神になるんだ。」
絶句。なんだそのシステム。
「進路を決める時にそういう選択も出来るだけだ。」
「・・・っていうけどな。お前・・・っえ・・・ちょっと頭こんがらがってきただろ。」
「今度実際に会え。それで話を聞けばいいだろう。」
「・・・・・・・・・・へぇ。」
なんだこの世界は。何処だ此処。

到着した時には、日は完全に落ちていた。
「・・・・・・・・・・・・・疲れた。」
脚を伸ばすと体中がくすぐったいと叫んだ。
「行くぞ。」
「え・・・、ちょっと待てよ!」
急いで追いかける。大きな門をくぐる。随分普通のところに建っている寺院だと思った。
そこまで都会でもないが、あの京都の屋敷よりは随分低い所にたっている。人が通る道だ。
中に入ると、なかなか広い事が分かった。多分あの山の屋敷よりは大きい。
「でけぇな。」
振り向いたら芳河はさきさきに行っていた。音華はあわてて追いかける。なんだこいつ。今日はやたらと口数が少ない。
スズルの所に行った時くらいだ、きちんと話したのは。
「芳河様!」
高い声がした。
音華はその声の主を探した。
「久しぶりだな。」
「?」
それは芳河の目の前にいた。芳河に抱きつく形で。とても小さい女の子だった。
「久しぶりです!いかがお過ごしでしたか?」
「普通だ。変わりない。」
芳河はその巻きついた手を剥がしながら言った。
「・・・。」
彼女は音華に気がついた。音華は立ち止まる。えらく小さい女の子だ。目がパッチリしててかわいらしい。
「芳河様、誰ですかこの人。」
「紫 音華だ。若草殿の娘の・・・。」
「・・・・・・・・あぁ。貴女だったんですの。」
「・・・おう・・・。は、はじめまして。」
「はじめまして。」
彼女の目。こころなしか冷たい気がするのは自分だけだろうか。あんなにかわいい目をしてるのに。
「蔓。今日から此処で音華は修行する。」
「えっ?じゃあ芳河様も此処に残るんですか?」
「二、三日だ。俺はすぐに京都に戻る。」
え?音華は理解できないまま話を聞く。
「そんなぁ。つまりませんわ。」
芳河の手を取って、かわいらしくすねる。
「音華。」
芳河が振り向いた。
「あ。おう。」
「行くぞ。蔓。また後でな。」
「はいっ。また後でっ。花札、してくださいね。」
「・・・時間があればな。」
芳河は歩きだした。音華はそれについて歩く。あのかわいらしい女の子は綺麗な着物をきている。なんなんだろう。
「・・・・・・・・・・・・芳河。・・・あのこ。知り合いか?」
「あぁ。坂音 蔓。峰寿の婚約者だ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
耳を疑った。
「なんて?」
「坂音 蔓。」
「ちがう、その後。」
「峰寿の婚約者。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。えぇ!?」
叫んでしまった。
「大きな声を出すな恥ずかしい。」
「って、あのこ幾つだよ!」
「今年13だ。」
「峰寿は!」
「俺と同じだ。」
19か。
「なんだそれ、婚約者?!ありなのか?!犯罪だろ!」
「もう生まれたときからの約束だ。」
音華は絶句した。生まれたときから!?どっちが!?峰寿に、婚約者!?
目がまわった。
「こい。行くぞ。こっちだ。」
つれていかれたのは、老婆のもとだった。
「失礼します。」
芳河が頭をさげて入る。
音華も頭をさげてから入った。その間はとても広くて、真ん中に畳の台があった。そこに座る老婆は微笑んだ。
「お久しぶりですね。芳河さん。」
「えぇ。久しぶりです。百合菊様。」
「そちらのが、若草殿の?」
「・・・ええ。」
音華は挨拶した。
「む・・・紫 音華です。はじめまして。」
「私は百合菊。はじめまして。」
荘厳とした声だった。老婆にしては。
「よろしくおねがいします。」
芳河が頭を下げる。音華も下げた。老婆はふっと笑った。
「似てないですね。」
「・・・・・・・・・・。」
音華は顔を上げる。
「どちらにも。」
「・・・・・・・・・?」
俺のことなのだろうか。それとも。
芳河は顔を上げた。そしてもう一度、一礼して立ち上がり。失礼しますといって間を出た。
音華も真似をしてその間を後にした。芳河はさきさき歩く。
「芳河・・・っ芳河!」
「黙ってついて来い。」
音華は口を閉ざす。だけどききたい事がいくつもある。芳河がいきなり立ち止まる。そして障子を開けた。
「・・・・・・・・・・え?」
「此処がお前の部屋だ。俺は隣の間で寝る。」
「・・・・ちょっと待てよ芳河。」
音華は食い下がった。芳河は無視して音華の部屋、というこの小さな間に入った。
埃っぽい。随分長いこと誰にも使われなかった気配がした。
「布団は此処だ。」
がらっと押入れを空けた。
「わ・・・分かったけど・・・なぁ芳河。」
「なんだ。」
やっと聞いてくれた。
「・・・俺。此処で、修行するのか?」
「言ってるだろう。」
「お前は?」
「言ってるだろう。帰る。2、3日で。」
「俺は?」
「修行だ。」
汗が出た。
「俺は、いつ帰るんだ?2、3日で帰れるのか?」
芳河は黙った。そして息をつき、その場に座った。
「音華。」
音華も座る。明かりもついていない暗い部屋だった。
「お前は此処に少なくとも一ヶ月はいることになる。」
窒息しそうになった。
「ここで陰陽術を学べ。それから、言霊衆と一緒に言霊を言う役目を授かるだろう。」
「・・・・ちょ・・・っと。待てよ。それ。いきなり・・・・っ!」
「そういう指示が出た。従え。」
「誰の指示だよそれ!お前じゃねぇのかよ俺の師匠は!」
芳河は頷いたが何も言わなかった。何に頷いたのか分からなかった。ただ下を向いただけかもしれない。分からない。
芳河はなに考えてる?此処は何処だ?あの峰寿の婚約者ってなんだ?なんだ?俺は、何に従えって?
勝手だ。また勝手だ。俺はぶんぶん振り回される。なんだ。なんなんだ。
「音華。」
「なんだよ!」
叫んでた。
「我慢してくれ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
苦しかった。芳河が頼んでる。我慢しろ、ではなく。我慢してくれと言った。眉間にしわがよった。
なんだそれ。なんだそれ。らしくないだろ。お前は誰だ。

糞莫迦!


目を覚ました。早朝。体が勝手に目を覚ます。知らない天井が見えた。薄暗い。朝なのに。もうすぐ秋が行ってしまうからだろうか。
違うな。この部屋が西の部屋だからだ。そうか。あの寺での自分の部屋はとても明るかった。南東を向いていたから。
「行くぞ。」
障子は開いてたらしい。開けっ放しで寝てしまった。芳河が立ってた。音華は無言で頷いた。
そして此処にもあるらしい小さな瀧のもとへ行った。
「此処で瀧行をしろ。」
「寒いだろ。」
寒かった。特に今朝は冷え込んでる。
「少なくとも週に2度はしろ。」
「・・・・・・・・・・・・・へぇへぇ。」
どうでもよさそうに頷いて滝に向かった。脚が莫迦みたいに冷たい。心は静まってない。なんだか熱いくらいだった。
朝食。二人で食べた。芳河の部屋で。
「・・・・朝食は運んできてくれるはずだ。」
「・・・・・・・・・おう。」
わざわざ食べに行かなくてもいいんだ。
「芳河様っ。」
あのかわいい声がやってきた。
「芳河様!昨日待ってたのに・・・。花札っ!お相手してくださいな。」
「鬘。朝食は済ませたのか。」
「済ませましたーっ。芳河様っ花札っ。」
にこっと笑って花札を差し出すが芳河は首を振った。
「これから少しする事がある。花札はお預けにしといてくれ。」
ぷーっとふくれて蔓はふてくされた。
「いいですわっ!分かりました!芳河様がお暇な時、絶対に私呼んでくださいね!」
「ああ。分かった。」
「絶対ですよ!」
彼女は一度も音華のほうを見ることなく行ってしまった。
「あの子、お前に惚れてんじゃねぇの?」
呟いた。
「言っただろう。峰寿の婚約者だ。」
「・・・・・・・・・・峰寿はさながら髭黒の大将か。」
呟いて、味噌汁をかきこんだ。


「よろしくおねがいします。」
音華は頭を下げた。目の前には何人かの袴を来た人が立っていた。きっと修行をしているのだろう。手には、なんかの棒や札を持っている。彼らは音華に軽く一礼をした。そしてがやがやと話しだした。
誰かを待っているらしい。芳河は音華の横で黙って立っていた。そこに一人の男がやってきた。
「おはようございます。」
「おはようございます!」
一斉に挨拶した。懐かしいぞなんか。学校みたいだ。
「おや。芳河殿。今日は修行に参加ですか?お懐かしい。」
芳河は一礼した。
「いえ。今日はただ付き添っているだけです。」
「・・・そちらは?」
「音華です。」
音華は礼をした。
「あぁ!音華さん!若草殿の!」
彼は笑った。にっこりと。此処に来て一番愛想のいい人間だと思った。眼鏡の奥の眼が柔らかい。
「はじめまして。私、道東 芭丈ともうします。」
「ばじょうさん。」
「えぇ。よろしく。」
「よろしくおねがいします。」
音華は頭を再度下げた。
「今日から?」
芭丈は芳河に訊いた。
「えぇ。できれば明日から本格的に。お願いしたいのですが。」
「お安いご用ですよ。私でよければ。」
「お願いします。」
にこっと笑った。
「それでは音華さん。明日から私が芳河殿の変わりに修行を見ますね。」
「・・・・・・・・・・あ・・・・・。はい。」
心の奥がざわっとした。
どんどん。流れていくように、周りのものが変わっていく。それは抗えないもので。抗うための取っ掛かりすら見つからないもので。心の奥がザワザワするばかりだった。
なんて、不自由な気分にさせるんだろう。此処は。


二日はあっという間に過ぎた。
芳河は、あの山に帰って行く。
「じゃあ、しっかりやるんだぞ。迷惑を掛けるな。」
「お前に言われねぇでも分かってんだよ!」
強い口調になってしまった。
ため息をつく。芳河。
そして、黙って音華の頭に大きな手を乗せた。
「泣きそうな顔するな。」
「・・・誰が泣きそうか!早く帰れよ!」
芳河はそのまま、車に乗って行ってしまった。
糞莫迦!

誰が泣きそうだって?
泣きそうなものか。おんなじだ。此処も、あの山も。
不自由なのは、何処でも同じだ。バカヤロウ。
芳河がいない。それはすごい解放だろ。
芭丈さんの修行は芳河のそれと比べると甘いと思った。たった2度しかきちんと受けていないけれど、そう思った。
此処には、峰寿も、エリカもいない。それはすごく穏やかなことだろ。
峰寿の婚約者は相変わらずこちらを見ようとしないが。まったく何かをしたようなことは無いので、放置したままだ。

ごろん。
布団の上に転がって音華は息をついた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・ばかやろう。」


on*** 30 終わり



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