ここに住むのは人ばかりにあらず

「幽霊マンションだ?」
「話題持ちきりだよ。」
峰寿が新聞を渡してきた。新聞。こんな山奥なのにとってたんだ。運んでくるアルバイトがかわいそうに思える。
「ほんとだ。んだこれ。夏の怪奇特集シーズンはとうに過ぎ去ったぞ。狂い咲きか?」
「ほら、ここ。読んでみ。」
「?」
「陰陽師も悪霊払いに出動。・・・・・・・・・・・・・・・へぇ。メディアにも宣伝出すんだ。陰陽師って。」
「いやいやいや!俺らはそんなことしないからね!」
峰寿がおもっくそ否定する。
「最近陰陽師ってなんか、ブーム・・・っていうか、大したことない奴がバラエティとかでお払いをカメラの前で公開しちゃったりしてるからね。」
「ブーム?・・・リングと呪怨だけで十分だ。」
「あははっ。まぁこういうところにも陰陽師は登場するんだよーって話。」
「それだけのためにわざわざ来たのか?」
頷く。温かい昼だった。
「最近・・・ちょっと暇なのか?いつもより会うな。」
「あぁうん。今月は出雲から帰ってから大分暇だね。なに、デートのお誘いですか?紫の上も源氏裏切っちゃう?」
「いや。ずっと訊きたかったんだけどさ。」
「うん?」
「峰寿って、なんか特別な仕事してるのか?」
「・・・・・・・・・・特別って?」
音華はうーんと考える。
「そりゃ陰陽師ってだけで特別だけどさ。一般的に。でも、なんか、ほら、芳河が将来つぐような、そういう、特別な役。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うーん。そうなの・・・・・・・かなぁ?」
峰寿が困ったような笑顔で答えた。
「・・・・・まぁ。言いたくないなら、いいんだけどさ。」
音華は悟ったようにそう言った。

「ええ!?」
「あぁ、死んだらしい。」
峰寿が今度は芳河の前で口を開く。
「って・・・あの、幽霊マンションに行ったっていう陰陽師?どこのやつだよ?」
「西宰。」
「・・・・・・・・・まじで?」
「思ったより、深刻らしいな。あのマンション騒ぎは。」
芳河が他人事のように言った。
「で?」
峰寿が問う。実はこの話をしてきたのは新聞を持っていた峰寿ではなく芳河からだった。
「お前、今、暇があるだろう。」
「・・・あるけど。」
「うちにも依頼が来た。お前、払いにいってくれ。」
「えぇ?!」
もはや絶句ですよ。この人使いの荒さ。


「へぇ。峰寿が行くの。」
「おう。」
エリカの所に愚痴りに来た。エリカは昼から調伏があるとかで髪の毛を結いながら笑った。
「暇だとうるさいから、峰寿に暇はやらんって感じだねっ。」
「うるさいってなにエリカ。」
あははっと笑う。此処は、相変わらず洒落た部屋だった。エリカが向かう鏡も古いお城とかにありそうだ。エリカは養女だけどもともと生まれはいい所だったらしい。なんだかよく似合う。
「峰寿、ひとりで行くの?単身?」
「んー・・・いや。付けるんじゃねぇ?西の陰陽師が一人殺されてる。」
「そうだったね・・・・・・。」
エリカの声が小さくなる。
「じゃあ、骨の折れる霊がいるってことだ。」
「だな。あー・・嫌だなぁ。弱冠ブランクあるし。」
「一ヶ月かそこらでしょう?」
エリカが正装着を羽織りながらいった。
「それでも久しぶりだと緊張する!」
「あはは。峰寿結構特殊な調伏の仕方だもんね。」
「悪かったなぁ。」
笑う。
「エリカ!」
音華がノックと共に入ってきた。
「あ。峰寿。」
峰寿に気がつく。
「どうしたの?音華ちゃん。」
エリカが振り向いた。
「いや、本。詠み終わったから返そうと思ってさ。」
「あぁ、スティーブン・キング?読んだんだっ。早かったね。」
「話知ってるからな。」
「なに?」
峰寿が覗きこむ。
「Stand By Me」
「あぁ。へー。音華ちゃん英語読めるんだ。」
「一応中高やってきたからな。」
言ってから気付く。この二人は学校にいっていなかったこと。まずいことを言ったかな。ふと思った。あわてる。焦る。
「へー。すげぇ。なぁエリカ。今度俺にも英語教えてくれよ。」
峰寿はなんてことないようにそう言った。
「ええ?無理だよ。多分音華ちゃんのほうが絶対教えるのうまいよ。」
「あ、峰寿。」
音華が峰寿を見た。
「ん?なに?」
「峰寿が幽霊マンション、行くんだろ?」
「うお、なに、何でこんなに情報が漏れまくってるの?」
「何でって・・・・俺も行くから知ってるだけだ。」
「へ?」
二人は目を丸めてた。
「言霊。芳河に行けって言われた。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほ・・・芳河は?」
「来ないんじゃねぇか?」
二人は目をあわす。
「えー・・・・・・?」

「芳河!音華ちゃんもくるって・・・どういう・・・・!」
峰寿が芳河のところへ走って問うた。
「言霊だ。」
「分かってるけど!お前は?!」
「行かない。音華のことはお前に任す。」
「ちょ・・・どうしたの!らしくないでしょ芳河!音華ちゃん・・・危ないよ!?」
「お前がいる。」
「いるけど!芳河、お前いつも音華ちゃんは自分の周りに出来る限り置いてるだろ、なのになんで今回は・・・・!」
芳河の眼が細くなる。峰寿は言葉を区切った。
「西のやつらか・・・・・・・・・・・。」
「あぁ。」
峰寿はうつむいてため息をついた。
「なんて・・・・・?」
「われら一門に、今回の件は託す。だが条件として音華を使えといってきた。」
「なんでだよ。」
「若草様の娘が戻ってきたことはもちろん他の一門にも知れている。その力を量りたいんだろう。」
「馬鹿馬鹿しい。」
眉間にしわが寄った。
「尻拭いまわしてきた挙句、音華ちゃんをオヤジたちの前に披露しろってか。」
「他の門に、強大な力を持った陰陽師がでることを良しとしないんだろう。確認したくてうずうずしているらしい。」
「陰陽師は、商売じゃねぇっつの!力を競うアスリートでもねぇ!」
「峰寿。」
峰寿はかっとした心を沈めて、またため息をついた。
「分かってるよ。どうせ抗えないんだろ。」
くっと拳を丸めた。
「俺ら、子どもだよな。まだまだ、子どもなんだよな・・・。」
「・・・峰寿。」
「どんだけ力つけたって・・・。」
そこで言葉を切る。
「わかった。じゃあ、なんしか来週の金曜日は俺が紫の上源氏から奪っちゃいます。」
「・・・・・・・・・。あぁ。」
つっこむことも何だか出来なくって芳河はそれだけ言った。
「移り気して俺に惚れちゃってもしらないよぉ!せいぜいびびってまってること!」
「峰寿。」
行こうとしていた峰寿を芳河は止めた。
「なんだよ?」
にっと笑う。いつもの笑顔だ。さっきまでの憤慨は消えている。
「・・・・・・音華、頼むぞ。」
「あたりまえじゃん!」
笑って手をふり、行ってしまう。
はぁ。芳河はため息をついた。

「へぇ。じゃあ、音華ちゃんを一人峰寿に預けるんだぁ。」
エリカが支度を終えて音華にいった。音華は頷いた。次借りる本をあさっていたところだ。
「ふーん。」
「アイツが払いに行くなら、俺も行かされるのすんなり納得できるんだけどさ。」
「あら、峰寿じゃご不満?」
「違うよ。」
くすっとエリカが笑った。
「そうだねぇ。・・・・・・・・多分。圧力が掛かったんだろうな。」
小さい声で呟いた。
「え?」
「どうしても峰寿が行かないといけなくて、音華ちゃんも行かなくちゃいけない状況なんだよ。」
「・・・・・・・・・理解できねぇ。」
「芳ちゃんは、裏陰陽寮の跡継ぎなの、覚えてる?」
「うん。」
手にとった本は宇治。源氏物語の最終巻だ。
「このマンションの件。メディアにすこしでも関わってるでしょう?」
「うん。」
「だから、芳ちゃんは絶対に関わる事ができないんだよ。」
「・・・・・・・・それは、裏陰陽寮が・・・・極秘だから。」
頷く。
「で、手空きの陰陽師であの件をなんとかできるのは峰寿くらい。」
「・・・・俺は?なんで俺も行かないといけないんだ?なんで義務なんだ?」
「なんでだろうね。」
エリカが難しい笑顔をした。
だから訊けなかった。


金曜日はすぐにやってきた。
「え?」
峰寿が驚いた。
「って、言霊って・・・言霊衆は来ないの?」
頷く。
「なんだ、心細いのか。」
「違うけど・・・・・・・・。」
音華のほうをちらりと見る。
あぁ。なるほど。陰湿な。きっと音華を避けたんだあのおばはんたちは。
「言霊、一人でいいのか?」
「音華なら3人分の意味はある。」
音華はその言葉で芳河のほうを見る。なに、その期待。
「じゃあ、俺ら二人で行くってこと?」
「そうなるな。」
峰寿は、黙って。でもすぐに笑顔をして音華を見た。
「だって!音華ちゃん、どうしますデートですよ!」
「幽霊マンションでな。」
「赴きある場所のチョイスだろ?」
「まったくもって。」
ふっと笑った。
「音華。」
芳河が言った。
「なんだよ。」
「気を付けろ。ぼさっとするな。自分の身だけでも守れ。香は?」
「持った。」
「ピアスは。」
「見ろ。付けてる。」
「峰寿。」
今度は峰寿を見た。峰寿は分かってる、と言ってごそごそと何かを取り出した。そして音華に掛ける。
「・・・・勾玉。」
「うん。俺が小さい時に使ってたやつ。お守り。」
「・・・・・・・ありがとう。」
「それから、これ、持ってけ。」
芳河が手渡す。紙の人形。
「・・・・・・身代わりだ。」
「失くすなよ。」
頷く。
「芳河、おかんみたいだな。」
笑った。


この山を下ってから、およそ一時間半ほどでそのマンションに着いた。滋賀県。マンションは古くもなく、新しくもなかった。
「人、住んでるのか?」
「確かまだ住んでるよ。」
峰寿が微笑んで言った。
「陰陽師の方でしょうか。」
「!あ、はい。こんにちは。」
峰寿のほうに駆け寄ってきたおじいさんが挨拶をした。
「こんにちは、初めまして。私ここの管理人をしているものです。今日はきていただいて・・・・。」
「いいえ。峰寿と申します。よろしくおねがいします。とりあえず、ちょっと中を歩いて見てまわってもいいでしょうか。」
峰寿が堅苦しい挨拶を最短の物に終わらせてそう言った。
音華も腰を折って挨拶をして歩き出した峰寿の後ろをついて歩いた。芳河以外の人間のうしろをちょこまか歩くのがなんだか新鮮で、変な感じだった。
「気持ち悪くなったりしない?」
峰寿が振り向いて訊いた。
「まだ、しない。」
「なんか異変があれば言ってね。口寄せ体質ってつらいもんね。」
「・・・俺、やっぱり他人よりもそういう影響受けやすいんだな。」
「確実に!でもさ、そうじゃないやつからしたら大げさだろって言われちゃう。けど辛いんだよな。」
「・・・峰寿は・・・そうじゃないやつら、ではないんだ。」
「俺も・・・大分ひどい口寄せ体質だからね。今ではもう克服できたけど。昔はそりゃ・・・。」
言いかけて止めた。
「だから音華ちゃんの気持ちはよくわかるつもり!気持ち悪くなったらいってね。術、かけてあげる。」
「うん。」
芳河は?芳河はそれこそおかんみたいに聞いてくる。気持ち悪くないか。嫌な匂いはしないか。
あいつも、もしかしたらそういう体質だったのかもしれない。
エレベーターが来た。ドアが開いた瞬間にそれは来た。
「・・・っ!」
音華は口をふさいだ。
「大丈夫?」
峰寿が音華の肩を抱いた。
「・・・確かに、此処はすごいかもね。」
あとずさる。エレベーターは自動でしまった。

このマンションは、8年前建てられたもので、立地条件もまずまず。日辺りもよく、全ての分譲がすぐに売り切れた。
異変が起こり始めたのは、多かれ少なかれ2年前。始めに気がついたのは管理人。エレベーターが、無人で動く。
監視カメラには誰も映っちゃいない。なのに動く。誰も待っちゃいない階へ。何度も点検に来てもらったなのに効果はなかった。次に起こった異変は郵便ポスト。たちの悪い悪戯にしては、陰湿すぎる。ポストの中に水がなみなみ溜まっていたる事がしばしばあった。あけるとどばっと水が飛び出し、もちろん郵便物は読めるものではなくなっている。監視カメラには何もうつらない。最終的には各々の家にも影響が出てきた。鳴り止まないラップ音。流してもいないのに聞こえてくる水の音。時にはシャワーがひとりでに出ている事があったり、家の中に誰もいないのにチェーンが掛けられていたり、外に誰もいないのにチャイムが鳴ったりした。住人の苦情も、全体の恐怖にしかならなかった。解決策がない。多くの住人逃げた。それは最近、急に悪化した。

階段を登った。
「嫌な空気だね。」
峰寿が言った。音華は口を抑えたまま無言で頷いた。
何が原因だ?峰寿は考えた。何処から来ている。この感じは。目を細める。
「音華ちゃん。」
峰寿は音華の手をとって、繋いだ。
「離さないでね。」
「うん。」
頷いた。
「でも峰寿。」
「ん?」
「後ろから誰かついてくる。」
「・・・・・・・・・・・・・。え?」
「誰か、ついてきてる。」
峰寿は音華の後ろを見る。階段の下を見る。誰もいない。なにも見えない。
「・・・・・・・・・・・本当に?」
「多分。」
頷く。これがこの間まで見鬼もできなかった女の子なのだろうか。自分よりも数倍鋭い感覚を持っている。音華が適当でそんなことを言うとは思えない。峰寿は頷いた。
「次、ついてきているやつが近くにいると思ったら、手、ひっぱって。俺も見る。」
「うん。」
音華は頷く。こころなしか彼女の顔色は悪い。
「・・・・・・・・・・オン!」
峰寿が呪文を唱えて音華に向かって術を掛けた。ふっと体が軽くなる。いつも芳河が掛けてくれるあの術だ。
「ありがとう。」
「いいえ。」
にこっと笑って峰寿は歩きだした。
7階。最上階だ。最上階まで来た。2階と4階と7階だけが日の光のはいる廊下がある。やはり日辺りのいいマンションだ。5、6階を抜けてきた二人にとってやたら明るかった。
「・・・・ついてきてるやつは?」
「わかんねぇ。多分もう、ついてきてない。」
「・・・・そう。」
言葉が分かるやつなのかもしれない。だとすると、厄介だ。
「何か見える?」
「・・・霊視?」
「うん。」
音華は目をつむって見た。
「・・・・・・・・ごちゃごちゃ。」
「・・・ごちゃごちゃ?」
「なんか、すごくごちゃごちゃで、見えない。」
「・・・・うーん。」
峰寿がうなる。峰寿が見えたものは、ほんの少しだった。茶色い服を来た女と、背広を来た男。それから小さな男の子。
背広を来た男がナイフを持っていた。
「ここらへんのこと、訊いてみないとな。」
峰寿がそういって歩きだした。音華は手をひかれたままついていく。
「通り魔事件があったんだって。」
「え?」
峰寿が立ち止まって振り向いた。
「そう言ってた。」
「誰が?」
「新聞。読んだろ?」
「あぁ・・・。」
実はあんまりきちんと読んではいなかった。
「でも、昔此処で沢山の武士が死んだとか、そう言うことも書いてあった。」
「武士?」
「よくは知らない。けど書いてあったことって多分あの管理人さんとかが言ったんだろ。それ以上のこと、あの人が知ってるとは思わないけど。」
一理ある。
「けどここ。多分・・・・。なんとなくだけど。すっごくごちゃごちゃしてる。霊、一つじゃない。」
「うん。それは同感。あはは、音華ちゃん。いっぱしの陰陽師みたい。」
「え゛。やめてくれ。」
峰寿は笑った。
「さて・・・・・でもじゃあ、どうしよっかなぁ。」


「芳ちゃん。」
エリカが芳河の部屋をのぞいた。
「エリカか。」
「落ち着かない?」
「・・・まあな。」
あら素直。
「峰寿のこと信用しなさいっ。」
「信頼してる。あぶなっかしい調伏をするが、あいつの力は本物だ。ただ。」
「ただ?」
「人を。それも陰陽師を殺すほどの悪霊がいる。ただ、それだけが気がかりなだけだ。」
エリカはうーん、と呟いて座りこんだ。
「でも、その話さぁ。」
エリカが髪の毛をくしゃっとかきあげていった。
「本当に悪霊の仕業なのかなぁ。」
「どういうことだ?」
「・・・だって、西の陰陽師が殺されるくらいの悪霊なら、きっとそれは・・・伝説級の鬼だよ。」
「確かに。」
「星もなにも言わなかった。ねぇ芳ちゃん。」
エリカがじっと芳河を見つめた。
「踊らされてる気がしない?」

「峰寿・・・・?何してるんだ?」
「んー・・・罠。」
「罠?」
がりがりと峰寿が墨で地面に、というか廊下に色んな物を描いていた。
「相手が複数なら、とりあえずまとめちゃおうと思って。」
「・・・まとめる?」
頷く。
「多分この原因は、つまりこの霊圧の一番の源はそんなに多数ではないはずだ。それに付属して沢山の霊が浮遊して集まってきてるだけ。」
「・・・・・・・・・へぇ。」
「だったら、その周りの雑魚は、まとめて全部消してしまおうと思ってさ。多分音華ちゃんが言うごちゃごちゃしてるってやつは、動物霊とか、そういう類だと思う。」
「そうなのかな。」
そう。彼女はそんな細かいものすらきっと霊視している。そう思った。
「だから、この七階のおどり場に全部集めちゃおう。」
カツン。木炭を床にほおり投げた。
「離れないでね。」
頷いた。峰寿がふわっと笑った。いつもの笑顔じゃない。ちょっとぞくっとするような、そんなだ。
「アンランサンドウカンシャンソ・バクサンランダンショバソ」
指をくんで峰寿が術を唱え始めた。それは聞いた事もないもので、芳河の物とは異質だと感じた。なんの言並びだろう。そんなことを考えた。空気が動き始めた。風が吹き始めた。それは踊り場へ。どんどん風が集まっているように思えた。
「オン!」
バチン!掌を合わせて峰寿が叫んだ。その瞬間に張り裂けるような音がしてそこに閃光が走る。黄色い光だった。
目を細めないと目を開けていられない。
ペリ・・・。床に描かれた墨の文字がはがれて宙に浮んだ。あたかも初めからシールか何かだったかのように。
峰寿は再び呪文を唱え始めた、音と共に指を時々組み変える。今思えば、芳河以外の陰陽術をこんなに近くで、初めて見るような気がする。浮んだ炭が円を描き始めた。
「サイ!」
叫んだ瞬間にいきなり、その円から無数の魑魅魍魎があふれだした。
「い!?」
音華はぞっとして体をこわばらせた。
もはや原型が何か分からないくらい収縮されたそれらがぎゅうぎゅうと円の中で増えていく。
「おお、こりゃ思った以上に大漁だったね。」
峰寿が呟いた。
なんでそんなに余裕なんだ。
「サイオンガトウ・シャクソガカイ・オンミョウガメイ・・・・オン!」
峰寿がもう一度バチン、といわせ手を合わせるとそれはギュルギュルと押しつぶされるように圧縮されだした。
「・・・苦手なんだけど・・・。」
そう呟いた瞬間に、死呪を峰寿が放った。
バチン!短い稲妻が走りそれは魑魅魍魎の塊にぶつかる。それで一瞬その塊がへこむが、全ては消えなかった。
「・・・ちぇ・・・。あんまり陰陽術・・・つかいたくないんだけどな・・・。メインディッシュが、控えてるんで!」
ばっともう一度指をくみ変えたときだった。
バシィイイイイ!
「!」
峰寿が驚いて振り向いた。
音華が突然死呪をとなえて、塊を撃ったのだ。そしてそれは間髪いれずもう一発。ギュン!っと言う音と紫の光の筋が、音華の指から放たれた。そしてその光の筋は塊となり、魑魅魍魎を包むほどになり、ぶつかった。
ボッ!蒸発する音がして、光がなくなった時にその塊は消えてしまった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほぇー。」
「こ・・・これで良かったか?」
音華が恐る恐る訊いてきた。
「うんうん。すっげーさすが鬼芳河の一番弟子!素晴らしい死呪さばきでした!」
峰寿がわしゃわしゃと音華の頭をなでまくった。
「わ!やめろ峰寿!」
「いいこいいこ。僕は嬉しい!」
「あのなぁ!」
相変わらず。こういう場面でも騒がしいやつだ。芳河がこうでなくてよかった。っていうか、こうだったら気持ち悪い。
「さて。でもおかげで大分減らせたかな?」
「・・・うん。ざわざわする声も・・・大分減った。っていうか、殆んど消えた。」
「あんだけいたわけだからね。そりゃ、ここの霊響もすさまじいものだったわけだ。」
峰寿が呟いて、ほおり投げた木炭を拾った。
「でも・・・峰寿。」
「ん?」
「死呪、苦手なのか?」
「・・・うーん。うん。」
へへっと笑った。苦笑いだ。
「ばれましたか。」
「あ・・・気にしてたんなら、ごめん。」
「いいのいいの。俺、死呪、使わないからさ。ほぼ。」
「・・・なんで?」
「んー・・・他の陰陽師とは調伏のスタイルが違うから、普段使わなくても大丈夫なんだよね。」
「・・・へ?」
「こう複数相手にするときとか、困るけどさ。」
「・・・そうなんだ。」
それしか言えない。不思議な男だ。峰寿。つかめない。こんだけおしゃべりなのに、重要なことはなんにも分からない。つかめない。隠している。そう思った。
「音華ちゃんこそ、ものすごい機転。何も言ってないのに!」
「え、だって・・・俺、つったってるだけでいいとは思ってなかったから。」
「・・・。」
「だって、俺、峰寿のサポートみたいな感じで付けられたんだろ?言霊より、死呪放ったほうがいいかなって思ったから放ったんだ。」
峰寿は言葉を探した。
「え・・・・。峰寿、あんまり陰陽術使いたくないって言ったろ、だから・・・俺が変わりに死呪使えばいいかなって思ったんだ。だ、だめだったか?」
言葉を探して何も答えないもんだから、次々に弁解を続けた。
「あ、ううん。感心しただけ。」
にこっと笑った。音華はほっとした。
「ありがと。」
「・・・おう。」
峰寿はくるっと辺りを再び見回した。
「・・・さて。どうかな。」
これは、ちょっと手の掛かる仕事だぞ。
峰寿はぐっと拳を握ってみた。


On*** 27 終わり
 


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