生まれて初めて、殴られて心臓が痛んだ

「芳ちゃん。」
酒を片手に、エリカが言った。
「音華ちゃんに何したの。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
沈黙。
「・・・ほっぺ。みたよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
後ろで峰寿と辰巳がはしゃいでいる。もとい、辰巳が切れている。峰寿のからかいに。
「らしくないなぁ。」
「・・・エリカ。」
「らしくないよ。芳ちゃん。どうしたの。」
エリカは真っ直ぐに芳河を見た。エリカの綺麗な赤い瞳が突き刺さる。
「余裕が無いみたい。」
返す言葉が無かった。
「・・・何があったの?」
「・・・何も、ない。」
「・・・・・・・・・・っそ。」
エリカはすっと芳河の側を離れ、後ろのはしゃぐ二人の下へと駆け寄った。
芳河はため息をついた。
殴ってしまった。
音華は一瞬たりとも怯えた目を向けて来なかった。
それだけが救いだった。
右手がまだ少しじんとしている。
「芳河っ!」
後ろから峰寿が抱きついてきた。
「離れろ気持ち悪い。」
「なにその言い草―っひどいひどい。」
「うるさい、よるな。」
「あら。ご機嫌斜め。」
「・・・。お前のせいだ。」
「はぁ?」
峰寿は離れて芳河の横に立つ。
月を眺めて手すりにもたれかかる。
「音華ちゃんは?」
「部屋だ。」
「さっきエリカが見に行ってたけど、連れては来なかったね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。あぁ。」
「・・・何かあったのか?」
「・・・・・・った・・・。」
「え?」
「殴った・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・はぁ!?
ばっと体を起こして峰寿は芳河をみて、すぐに胸倉を掴んだ。
「何やってんだよてめぇ!」
本気で怒鳴った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・悪い・・・・・。」
芳河は俯いて謝った。
辰巳とエリカはびっくりして二人を見つめていた。
「あ、ごめんごめんっ、折角の宴会っ!嘘嘘、ちょっと酔いすぎちゃったかも俺!」
峰寿がひらひらと手を振って二人に笑かけてみる。
「やだー芳河君たら、ほんと天才っ!俺の婚約者返せよなー!」
がしっと芳河の肩を掴んで峰寿は笑った。
「・・・・・・・・・・・・・・で?なんでだよ。」
小声で峰寿は芳河に問う。声は本気で怒ってる。
「・・・俺が失言した・・・・。」
「何言った。なんでそれでお前が殴るんだよ。」
「・・・抗うな。子供を捨てるのはもうたくさんだ・・・と。」
「・・・・・・・・・・・・・なんでだよ?お前まさか本気で俺と音華ちゃんが寝たって思ってるわけ。」
黙る。
「・・・馬鹿だなお前。」
ぐっと腕に力を入れる。
「分かってる・・・・。」
はぁ、とため息をついて、峰寿は腕をはなした。
「・・・それで、なんでお前が殴るようなことになるんだよ。むしろお前が殴られるべきだ。」
「殴られた。」
「で、殴り返した。うわ、最悪。凶暴なドメスティックバイオレンスの夫みてぇ。」
「・・・若草様が。」
峰寿は顔をしかめて芳河を見る。
「音華を捨てることになった時、それを普通のことだからと思っていたんだろう、と。」
「・・・・・・・・言ったんだ。」
「・・・あぁ。」
「・・・なるほど。お前、若草様絡むと、あれだからな。」
「あれって何だ。」
「血がのぼりやすくなる。」
峰寿はもう一度深いため息をつく。


夜が更ける。月が傾き宴は酣。
「紫。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・誰だよ。」
障子の向こう側に人影。
「辰巳よ。」
「・・・何の用。」
「別に、トイレに寄っただけ。」
「じゃあ道間違えてる。便所はこのつきあたり左。」
「芳河様。」
痛む。ズキっとした。間違いなく。
「心配してたわよ。」
「は?」
笑ってみた。
「するわけねぇだろ、っていうか、なんの心配だよ。ばっかみてぇ。辰巳、お前さ。本気で俺が芳河と仲良しこよしで師弟やってると思ってたわけ?」
辰巳は何も言わなかった。
「事実、ありえねぇだろ。芳河は俺を口に入れないといけない苦い物みたいに見るに決まってるだろ。俺、芳河の義父の娘なんだぜ?それも今の今まで知られていなかった衝撃の事実。知ってんだろ、それくらいさ。」
「知ってたわ。」
「心配するな、辰巳。俺はあんな鬼とはなんでもない。まじでいい迷惑。見たろ、俺ら仲は最低に悪いんだ。俺あいつのこと嫌いだし、あいつも俺のこと、嫌いなんだよ。」
がらっと、障子が開いた。
「殴るわよ。」
「殴ればいいだろ。好きなだけ。」
音華は立ち上がった。
月明かりでその頬が赤くなっているのが辰巳の目に映る。
瞬間右の頬が痛んでた。
一応逆の頬を殴ってくれたらしい。だけど、全然、さっきのより、痛くない。
「ほんと、莫迦ねあんた。」
「莫迦でも阿呆でもない。」
「仲よしこよしで師弟やってるだなんて、思ってなかったわよ。」
辰巳の後ろにある大きな月が、辰巳の背中を照らし、顔を暗く蔭らせている。
「芳河様が、どれほど悩んだかくらい想像がつくわよ。」
だけど、表情は、よく見えた。
「でも、話聞けば聞くほど。あんたのこと、本当に大事にしてるんだって、分かったわ。」
俺だって、分かってるよ。
「莫迦なことは、口が裂けてもいうんじゃないわよ。莫迦。」
辰巳は背をむけて廊下へと出ていった。音華は一人残されて、そっと頬に手をやってみた。
「・・・・・・・・・痛くない。」
痛むのは、ここだ。
目を閉じて、月明かりを身体に浴びた。
俯いて、震える自分の体を、その腕を掴んだ。
なんで、勇気がないんだろう。
一言言えばすんだ。

父親に会いたい。

会わせてくれ。

会って話がしたいんだ。

もう頭の中で解決できないこの問いに、答えてほしいんだ。

答えてくれないかもしれない。それでも会いたいんだ。

それだけ言えれば、こんなもんもんとして、芳河に全部ぶつけるような事はなかった。
そんなことされても、芳河が苦しいだけなのに。
痛むだけなのに。
だから言いたくなかったのに。
でもどうしても勇気がまだ涌いて来なかった。

父親に会うのが怖い。

拒まれたら?そう思うと怖い。

その答えをきく事が心底怖い。

要らないって言われたくない。

覚悟がない。

母さんが、俺を捨てることをどれだけ嘆いたか、後悔したか。分かる。分かってるつもりだ。
だけど、手に触れてそれを知ることは出来ない。
彼女の言葉で理解することは出来ない。
どうしたらいいかわからない。

狂いそうなんだ。

苦しいんだ。

助けてほしいんだ。

「芳河・・・。」
芳河だった。いつの間にか芳河が自分を抱きしめてた。
「離せ。」
涙が落ちた。芳河は離さなかった。
「離せ、むかつく!」
叫んだ。
芳河は大きい。峰寿より大きい。すっぽり身体がその腕の中に入って、出られそうになかった。
「うざい!離せ!殴るぞ!」
声がひっくり返る。
「悪かった。」
くすぐったいんだ。
「悪かった、音華。」
くすぐったいんだよ。耳元でする声は。温かい言葉は。心臓が痛むし、涙が落ちるんだ。
「ふざけんな!」
もう嗚咽だった。芳河の裾を掴んで、震える体をその胸にゆだねて、ただ、泣いた。
冗談じゃない。
こんなの、こんなの最低だ。
だけど、涙が止まらなければ、身体の震えも止まらなかった。
「お前なんか大嫌いだ!」
「分かってる。」

「あれ、辰巳ちゃん。芳ちゃん見なかった?多分厠にいったんだけど。」
「見てないわ。」
「っそ。うわ、みて辰巳ちゃん。峰寿・・こんなところで腹出して寝ちゃってるー・・・。もー、お酒弱いんだから一気に飲まないでよねー。」
あははとエリカは笑った。
「辰巳ちゃん?」
「・・・エリカ。」
「ん?」
「今度傷心旅行付き合いなさいよね。」
「・・・えー?」
「こんなの絶対温泉じゃないと癒せないわ!女同士日ごろの鬱憤、発散するわよ!」
「・・・いやー、辰巳ちゃんとはお風呂一緒に入れないよー。法的に。」
「行くわよ!何処にする?やっぱり箱根ね?」
「遠いーっ。」
エリカは笑った。

こんな醜態を、何分さらし続けたかしれない。嗚咽が止まってきた。
「・・・・・・・・・芳河。」
「なんだ。」
顔をうずめたまま。しぼりだす。心を。覚悟を。勇気を。
「・・・俺、父さんに会いたい。」


「じゃ、またね。」
辰巳は手を振る。
「うん。またっ、気を付けてねっ。」
エリカも手を振る。
「慰安旅行、絶対行くからね。」
「はいはい。分かったよ。じゃ、早く修行終わらせてねっ。」
笑う。
「芳河様。」
「あぁ、気を付けてな。修行、しっかりやれ。」
「はい。あの、芳河様。」
辰巳は顔を上げる。
「時には、北のほうにも顔出してくださいね。みんな、きっと歓迎いたします。」
「・・・あぁ、分かった。」
「それから。」
音華を見つけて睨む。おぉ怖。
「あんたのこと、絶対認めたわけじゃないからね。」
「・・・別に辰巳に認められなくてもいいけどさ。」
「なっまいきー!!!でも。」
そっと音華の頬に手をやる。
「しっかりやんなさいよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・おう。」
痛みが走った。思いっきりつねりやがりました。
「いてぇだろ!なにすんだ!」
「気ぃぬいてんじゃないわよ。」
「不意討ちだ!」
「あはは!じゃ、峰寿に宜しくね。」
「・・・・・おう。」
辰巳はもう一度手を振って、こちらに背を向け車へと歩きだした。
まったく、台風のような男、もとい乙女だった。
音華は芳河を見上げた。
「なんだ。」
「・・・・・・・・・・なんでもない。」
「音華。」
「なんだよ。」
「あの人は非常に忙しい人間だ。」
「・・・・うん。」
「2週間後。それでいいか?」
「・・・うん。」
頷いた。心臓がざわめく。
「音華ちゃんっ!」
エリカが音華の手を取った。
「ね、ちょっとこれから散歩でもしない?」
「散歩?」
「うん。いこっ!」
「あ、うん、でも・・・!」
外は、鬼の許可が。
「行ってこい。俺は今日これから依頼人と会う約束がある。」
「・・・・あ、おう。」
頷いて駈け出した。
そっか。自分は、もう守られる必要が、だんだんなくなってきたんだ。
いつ、芳河は自分のおもりからはずされるんだろう。
芳河の背中が遠ざかる。
「うわっ。」
冷えた手がいきなり頬に当たる。
「・・・大丈夫?」
「あいつ思いっきりつねりやがった。けど痛くねぇよこんなもん。まじで町の不良達に比べたらかわいすぎる。」
「そっか。」
にこっとエリカは笑った。
その二人の横を黒い車が通り過ぎた。
「あれ。お客さんだ。」
「あぁ、あれじゃねぇの?さっき芳河が言ってた。」
「あー。へぇ、いい車だねぇ。フェラーリ?」
「違うだろ。今の、ベンツ。」
ちなみにロールスロイスでした。
「・・・・・・・・・・・なんか、変だね。」
「変?」
「うーん・・・なんか、変な感じがした。」
「俺は別にしなかったぞ。」
「気のせいかな?」
「気のせいだ。」
「だね。」
エリカは音華の手を取って歩き出した。

「そうか、会いたいて。」
婆やが穏やかに笑って言った。
「ちゅうことは、芳河、言ったんやな。ようやっと。」
「・・・言ったというか、ばれました。」
「ほっほ。」
おかしそうに彼女は笑った。
「話していないってこと。ずっとご存知だったんでしょう。」
「あぁ、知っとったよ。」
「何故、話せと言わなかったんですか。もしくは、音華に直接話さなかったんですか。」
「お前が言うのを待っとったんや。」
「・・・婆や・・・。」
「わかっとるつもりやで。あんたの気持ちも。それから、音華の気持ちもな。」
煙管に火を付けて言う。
「わしが、一番近くで若草殿を見てきたんやからな・・・。」
「・・・・・・・・・・・婆や。」
「で?紫苑の家にはちゃんと連絡したんか?」
「・・・えぇ。2週間後になりそうです。」
「2週間後。そうか。かぶらんかったらいいが。」
「かぶる?」
「音華の単身調伏や。」
「・・・・・・単身?」
「せや、言霊衆の連中も、音華の力には絶句やったと聞いた。お前も手を出す必要のない調伏をした。ちと早いが、音華を一人で立たせる。」
「・・・早過ぎますよ。」
「遅過ぎでもあらへん。」
にっと笑った。
「式神がついてればな。申し分ないんやが。まぁ、そんな重大な霊を祓わせたりせん。試す程度や。芳河。」
「はい。」
「それがうまくいったら。お前は音華の面倒見る役目、降りろ。」
「・・・結界は。」
「最近じゃ、式神はめっきり飛んできやせん。心配いらん。」
「・・・はい。」
芳河は立ち上がった。
「これから、依頼人にあうんか?」
「えぇ、待たしてるようなんで、行きます。」
「芳河。」
「はい。」
「お前も一緒に会ったらどうや。音華と、一緒に。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・失礼します。」
芳河は足早に去ってしまった。
「・・・音華も、姫様に初めて会うことになるか・・・。忙しくなるな。」
ほほっと婆やは笑った。

「音華ちゃん、見て見て。」
「ん?」
「フキノトウ。」
「・・・わ、すげ。」
「あははっ、美味しいんだよね。ね、持って帰ろう。」
「うん。」
風が冷たい。もう2月なのに、雪が降りそうだ。今年の冬は、長くて、寒い。
「なあ、エリカ。」
「ん?」
「芳河って、婚約者いるの?」
「えー?何、音華ちゃんっ!芳ちゃんのこと気になるの?!」
笑った。
「別に。峰寿にいるんだから、芳河にいてもおかしくないなって。」
もちろん、エリカにも。いるんだろうか。
「いないよ。」
笑ってエリカは言った。
「厳密に言えばいなくなった。」
「いなくなった?」
「私が結局、西院音の娘にならなかったからね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・へぇ?」
「私、私。芳ちゃんの婚約者。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へぇ!?」
あははとエリカは大きな声で笑った。
「ぶーっ有り得ないよねー!本当、今でも笑っちゃう!」
「へ・・・へぇー・・・・。」
「昔から一緒に育ってると、そういう感情は生まれないもんだ。よかったよかった。」
「・・・ふーん。」
くすくすとエリカは笑い続けた。
「だから私にも婚約者なんていません。フリーです。」
「・・・・そ、そう。」
「だからってもんだよ、芳ちゃんのこの人気は。」
「オカマまで引き寄せると言うそれか。」
吹き出す。
「そうそう。だから安心して音華ちゃん!源氏光の君はあなたのものよ!」
「・・・いらない。」
突如先日のことを思い出して恥ずかしくなる。くそ、あれは一生の不覚だ。
「なんか空、曇ってきたな。」
音華はフキノトウを探しながら呟いた。
「雲?」
訊き返される。
「や、だって、なんか暗・・・―――」
一瞬のことだった。一瞬で闇が目の前を包んだ。
「音華ちゃん!」
声がした。

此処は。きっと。虚の中だ。
ぽこんと、水の泡が空気に触れてはじける音がする。
真っ暗で、光る蠱だけが、泳いでる。
生ぬるくて。どろんとしてて。いっそ気持ちよくて、眠りに付けそうだ。深い。眠りに。
まったく、面白くない。そんな、莫迦な話。

「音華ちゃん!」
はっと目を開けた。光が目に差し込んだ。痛む。
「音華ちゃん!平気!?しっかりして!」
エリカが自分の体を抱えて叫んでた。
手が土に触れている。
此処は、そうか、あの山だ。
「音華ちゃん!」
「平気・・・。」
呟いた。エリカはほっとして笑った。汗が見える。額に。
「・・・・・・・・・・・今、なに、何が・・・―――」
「鬼が、襲ってきたの。」
身を起こす。とたんに寒さが体を包み出した。
「鬼?」
頷く。
「それも、数え切れないほどのものが、塊になって。」
「・・・・・・・・・・・え?」
エリカの着物を見る。
「エリカ、怪我してないのか?」
「大丈夫。大したもんじゃないから。でも音華ちゃん、本当になんともない?」
エリカの手を見る。
「・・・エリカのほうが。」
「一回鬼に飲まれたんだよ、音華ちゃん。」
「え?」
エリカが音華の頬を手で挟んだ。じっとこっちを見つめる。
「本当に、なんともないんだね?」
「・・・な、ないよ。大丈夫。」
頷いた。エリカは微笑んで良かったと呟いた。
「だけど、意味がわかんない。」
エリカは立ち上がった。
「なんで、こんなところに、あんな鬼が・・・。」
嫌な予感がした。


「エリカ・・・!」
峰寿がエリカと音華を見るなり駆け寄った。
「なんだこれ、どうした?!」
「なんでもない。着替えてくる。」
「エリカ!」
峰寿がエリカについて歩きだす。
音華は一人残された。
ふと自分の掌を見た。
手に土がついている。水じゃない。
「・・・変な感じだ。」
呟いた。

「エリカ、なんでもねぇことねぇだろ!だってお前・・・!」
「・・・黙って峰寿。」
いきなり振り返って、峰寿を睨んだ。
「黙って、聞いて。」
峰寿は黙った。言われた通りに。
「悪鬼が出たの。それも巨大な。いくつもの鬼の塊だった。」
「・・・どこでだよ。ありえねぇだろ。」
「下の原。ありえないよ。ありえないけど、出たの。それで確実に音華ちゃんが狙われた。何も感じなかった?」
「・・・何も。」
「寺には霊響は及んでなかった・・・。」
考え込む。
「変だ。・・・そんなはずない。あれは、滅多に見られるものじゃない。藤の札が簡単に飲み込まれた。死呪も利かなかったし、いとも簡単に私に触れた。」
「・・・どんなだよ・・・。」
「峰寿。全部後で話す。今此処では話せない。」
「なんで・・・・―――」
「ひとつの仮定があるから。」
エリカの目は、いっそ怒ってたように見えた。

「今日の、依頼人?」
芳河の部屋にエリカが来た。峰寿もそれにくっついて来た。
「もう帰った?」
「帰った。」
「依頼って何?」
「・・・なんでそんなこと訊く。」
「いいから。」
エリカはバシっと手をくんで、結界を張った。
「いいから。」
「・・・・・エリカ・・・?どうしたお前、その・・・。」
「芳ちゃん。音華ちゃんが襲われた。」
「どこでだ。」
「下の原。巨大な悪鬼だったよ。」
「・・・音華は。」
「無事。」
「・・・お前は・・・。」
「大丈夫。」
「無理するな。」
「してないよ。芳ちゃん。今日の依頼人って、黒い車の人たちだよね?」
「ああ。」
「どっか変わったところ、なかった?」
「・・・とくに、いつもと変わらない。」
エリカは顔をしかめた。
「嫌な予感がするの。自然に発生する筈のない鬼があの車を見た直後に現われた。言いたい意味わかる?」
「・・・彼らが西の連中だと?」
「そこまでは知らない。だけど、嫌な予感がする。実際今日だって、芳ちゃんの結界がなかったら、音華ちゃんは飲み込まれて出てこれなかったかもしれない。ちゃんと後遺症も何もなくこっちに戻ってこれたからよかったけど。」
「飲み込まれた?」
「言ったでしょ。自然発生的でない現われかたをしたの。確実に人の手が加えられていた。」
「・・・エリカ。」
エリカは俯いた。深い息を吐く。
「あー・・・だめだぁ芳ちゃん、私、めっちゃ眠い!」
そう言ってがくんと膝をついた。
「あっりえない・・・ありえない!初めてあんな技使ったよー!修行でしか使ったこと無いようなの!もーめっちゃくちゃ眠い!」
「え・・・エリカ!」
峰寿がエリカを支える。
「芳ちゃん、いい?これ、私の、女の勘。」
指を立てる。
「その依頼、多分、仕組まれたものだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・お前の勘は、当たるからな。」
エリカはそのまま眠りに落ちてしまった。

「音華?」
芳河が音華の部屋を訪れる。夕餉に来ないからだ。
嫌な予感が背中を走った。
瞬間、芳河はノックも何もなく音華の部屋の障子を開けていた。
「音華っ!」
返事はない。真っ暗だ。
「どこだ音華。」
はっとした。
部屋の奥の布団の上で倒れるように眠っている。
芳河は駆け寄って息を確認し、小さく揺すってみた。
反応はある。寝ているだけだ。
芳河は息をついた。
「・・・音華、起きろ。夕餉だぞ。」
「うー・・・・。」
うなる。
まったく可愛げも何もない格好だ。そして無防備だ。
だが気付く。
「・・・香が・・・。」
音華が常に持っていた破魔の香がばらけて散らばっていた。
耐え切れなくなって弾けたようだった。
さらに自分が掛けた結界も失われている。
ばっと後ろを見る。外に式神やなにか悪い物の気配はない。
安心してから芳河は術を唱えだした。
つい最近かけてやったばかりなのに。いとも簡単に破られた。
相手も本気と言うわけだ。
「封・・・!」
バシっと言う音で術は完成した。
「・・・・・・・・・・。おい、起きろ音華。」
ならば、こちらも本気でかかる。


On*** 43 終わり



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