小さな魂は どこへいくんだろう

次の日も、音華は朝食に出て来なかった。エリカは芳河と向かいあって沈黙の中食事を取った。
時々芳河の顔を窺った。
まったく、いつもと変わらないふりをするのは、芳河の得意技だと思った。
だけど見逃さない。このかすかな変化を見逃さない。エリカは分かっていた。
長年一緒にいるんだ。一時期は婚約者にされかけたこともあった。
その芳河の微妙な顔色の変化なんて、手に取るように分かった。
「・・・・・・・どうしたの芳ちゃん?」
聞いてみた。
「何がだ。」
「なんか、疲れてる。昨日寝た?」
「あぁ。」
「っていってもどうせまた3時ごろでしょ?」
「あぁ。」
「早く寝ないと、成長ホルモン分泌されないんだよ。」
「・・・エリカ。」
芳河が味噌汁を飲んでから言った。
「音華を調伏に立たせる、と言ったら、反対するか。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、え?」
目を丸くした。思わず沢庵が箸から落ちる。
「調伏だ。勿論単独ではない。」
「・・・ちょ、ちょ、何言ってるの?芳ちゃんいきなり。」
「アイツが調伏しないといけない霊がいる。」
「・・・しないと、いけない?」
義務なのか。
「姫様に申し出る・・・。お前、反対するか?」
「・・・・す・・・。・・・・しないよ。」
本音をお茶と一緒に飲み込んだ。
「・・・・でも、どうして?」
「・・・・・・・・・しないと、いけないからだ。」
今度の芳河の言葉は、その理由が分からなかった。

「音華を?」
婆が目を丸くした。
「芳河、お前、何言っているのか分かってるか?」
「分かってます。」
「・・・なんでまた。えらく突飛な話をするな。」
「えぇ。しかし、音華の力なら不可能じゃないでしょう。」
「言霊としても一度しか調伏に立ちあっていない子娘がか?」
婆は笑った。芳河は黙る。
「ほんに近頃、甘いな芳河。」
「甘い?」
「音華にや。」
「・・・・・・・・・・。」
「過信しすぎや芳河。」
「ですが。」
芳河が俯いたまま、声を落とす。
「・・・・・・・・ですが・・・・・・・。絶対に音華が調伏しなければならない霊なんです。」
「・・・・・・・なんねそれは。」
「・・・妹です。」
「妹?」
「施設の子どもです。」
「・・・・・・・・・・・・・、せやから。甘いいうんやで。」
婆はため息をついた。
「前のお前なら、誰が誰の霊を調伏しようと、調伏できるのならば関係ない。そう言ってるはずや。」
「・・・・・・・・。」
芳河自信自覚していた。
「・・・音華は、どうした。最近あのうるささがないな。」
「・・・今は。」
「芳河。時間はあるんで。焦るな。」
「・・・・・・・・・・。はい。」
「その霊とやらも、依頼が来た訳やあらへんのやろ。」
「えぇ。」
「せやったら、わざわざこっちが鬼の前に出向くまでもない。死神に任せておけ。」
芳河は頷かなかった。
「ええな。芳河。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい。」
峰寿が此処にいたら、きっと後でまた責められていただろう。
そうだな。此処は。此処は、無情の世界だ。
一人、廊下を歩きながら芳河は流れてくる梅の香りに気がついた。
「・・・・・・・・・俺も、その一人か。」
無情の世界の、一人だ。


突然。眼が覚める。
音華は目がはれた痛みをかみ殺して、目を開いた。
そして起き上がり、戸を開けて、真っ直ぐ歩きだした。
芳河の部屋の前を通り過ぎ、峰寿の部屋の前を通り過ぎる。
あの暗い闇の奥にある、姫と言う女がいる部屋の前。
音華は立ち止まって、息を吸い込んだ。
「姫・・・様・・・!」
呼んでみた。
「姫・・・―――」
もう一度声を張り上げようと思った時にぐいっと思いっきり後ろから腕を引っ張られた。
「だ・・!」
音華が振り向いて、そして体をこわばらせた。芳河がそこにいた。
「な・・・。」
何を言おうとしてるのか自分でも分からない、だけど舌がから回った。
「来い。」
「ちょ・・・!放せ!」
手を引き抜こうとした。だけど芳河は無視して音華を引っ張りずんずんあの暗い廊下から遠ざかった。
「放せ・・・!俺は、話があるんだ・・・!」
「あやの事だろう。」
「!」
引きずられて、門の外に出た。
「芳河・・っ!」
手が痛い。いつもよりも強い力で手を引く。こんなに力が強かったのか。
「・・・・・・・・あ。」
外に立っていたのは、暁だった。
「・・・・・・・ひどい顔ね。相変わらず。」
「てめぇに言われたくねぇよ顔のことは!」
吠える。やっと芳河が音華の手を放した。
「見つけたんだな。」
暁は頷いた。
「結構厄介だけどね。」
暁は芳河を見上げてから、もう一度音華を見た。
「それで?あんたが調伏するの?」
「・・・・・・・あ・・・・・。」
音華は俯いた。
そのことを、頼もうとして一番偉いというあの姫のもとへ行こうとしていたところだった。
音華は恐る恐る芳河を見上げた。
そんなこと、できるわけがない。
自分は、そんなこと許されていないだろう。
陰陽術なんて、本当に少ししか知らないんだ。
いつだって、この間だって、どうすればいいか分からなくなる。
無理だ。
だけど、自分がやりたい。
自分の手で、あやを助けたい。
「あぁ。音華がやる。」
芳河がそう言った。耳を疑った。
「え・・?」
「そう。良かったわ。それで、場所は?」
「場所は京都北にあるこの屋敷だ。」
手渡す住所。
「・・・・ふーん。それでいつ?」
「近いうちに。」
「分かったわ。それまでに捕まえておく。」
「捕まえる?」
「ゴーストよ。あやを飲み込んだ。」
「狩るのか?」
「狩るまでが私の仕事。そのあとはドグバーグ・・・、彼らを裁くところへ送るのが普通。ゴーストをその場で消せるのはトップクラスデス位よ。」
なんのことかはよく分からなかった。
「でも、一つ言っとくわ。」
暁は音華を見た。
「あんたの助けたいあやは、おそらくもう助からない。」
「・・・・・・え?」
「ゴーストに飲み込まれて随分時間が立ってる。魂の分離は、難しい。」
「・・・・じゃ・・・。」
「だからあんたに託すのよ。」
暁の赤い髪の毛が揺れる。風が吹く。
「あんたの手で、せめて消してあげなさい。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
暁の目はつき刺すように見てくる。
あぁ、変わったな、この女。音華は思った。
あの頃の荒んだ目じゃない。闇が見えるけれど、強い目をしてる。
音華は俯いて頷いた。
泣き出したかったけれど、眼が痛くてうまく涙が出て来ない。
「じゃ、また来るわ。源氏。」
「芳河だ。」
「・・・芳河。」
ふっと暁は笑った。
「そこの泣き味噌、なんとかしてあげなさいよね。」
「・・・・・・・誰のことだよ!」
音華は顔を上げて怒鳴った。
暁はははっと笑ってからその場から遠ざかった。
沈黙。芳河と音華は横に並んだまま沈黙していた。
「・・・・・・・・・俺、が。調伏できるのかよ。」
「・・・・・・・・・・・・あぁ。」
「本当に?」
「あぁ。お前がやれ。」
「・・・・・・・・・・・いいのか?」
芳河は黙った。そして間をおいて頷いた。
「・・・・・・・・・ありがとう。」
音華は俯いて、翻り、屋敷の方へと歩きだした。
「音華。」
後ろから声が掛かった。
「・・・・・・・・なんだよ。」
「今からみっちり、陰陽術やるぞ。」
「・・・・・・・・・・あ?」
「今のままで調伏に立つつもりだったのか、阿呆。」
「んだとぉ?」
「来い。」
またぐっと腕を掴まれる。さっきより、随分弱い力で。
「まず身を清める。」
「ざ・・・・!ざっけんな!こんな寒い日に出来るか!」

「あれ?」
エリカが立ち止まる。
芳河の部屋の前。
「・・・・・・・。」
耳をそばだててみる。
「だから・・・!これが水なんだろ!」
「違う。これは地だ。そんなことも忘れたのか阿呆。」
「殺すぞ!」
二人の会話が聞こえてきた。
「・・・・・・・・・・・・あは・・・。」
エリカは微笑んだ。
「よかった。」
そこを通り過ぎようとする。
その瞬間。
ドゴォ!
「え!?」
エリカは振り向いた。耳を劈いた爆発音。確実に吹っ飛んで地面に叩き付けられた障子の戸。
「・・・・・・・ちょ・・・、えぇ?」
エリカは困惑した。そして駆け寄る。
「ちょ・・・!ちょっと大丈夫?!」
「零距離で放つ奴がいるか。死ぬだろうが。」
「ざけんな!やってみろっていったのはそっちだろうが!」
二人はエリカそっちのけだ。
「ふ、二人とも、大丈夫?」
二人はようやっとエリカの方に振り向いた。
「大丈夫じゃない!こいつ、まじでぶん殴っていいですか。」
「俺も頭痛がひどい。エリカ、悪いが薬を持ってきてくれないか。」
「へぇ?」
なんだこの二人。
「いいか、札は必ず5枚以上持っていろ。身代わり人形は赤を使え。ただ一度しか効果はない。あんまり頼るな。力の強いものには効かない。それからクナイ。お前は持つな。」
「なんでだよ。」
「何処に投げるか分からないからだ。」
「あぁ、お前の脳天に飛んでったりするかもしんねぇもんな。」
「お前のこめかみじゃなきゃいいな。」
エリカそっちのけで続く、講義。とういか、これはもはや喧嘩なのではないのだろうか。
それにしても芳河はいつもより随分饒舌だと思った。
エリカは小さくため息をついてからその場を離れた。
「芳ちゃんも必死だなぁ。」
そしてくすっと笑った。


「・・・・・・・・・・・・・・・芳河。」
「はい。」
「・・・お前が此処まで強情とはしらなんだ。」
婆はため息交じりでいった。
「随分、変わったな。」
「・・・そうですか。」
「あぁ。」
煙管を口から離して婆は白い息を吐き出した。
「いい。分かった。もう段取りの済んだことを変えるのも気が引ける。」
「・・・・・・ありがとうございます。」
「まったく。」
芳河は立ち上がった。
「責任はお前が全部取るんやな。」
「・・・えぇ。」
「姫様には。」
「自分で話をします。」
「・・・言霊衆は。」
「頭を下げてきました。」
「・・・・・・・・・・・・・ほんに。」
呆れていた。
「ほんに。音華が来てから・・・お前は随分変わったよ。」
「・・・・・・・・・・そうかもしれません。失礼します。」
芳河はその場を退場した。婆はもう一度煙管を口元に付け、吸い込んだ。
「ほんにな。」


「芳河!」
峰寿が駆け寄ってきた。
「なんだ。」
「お前・・・っまじで?あれ!」
「あぁ。」
「よ・・・っく・・・婆が許したな!」
「あぁ。・・・・というか、許しを得る前に全て段取りを終わらせた。」
「は・・・・・。」
峰寿が唖然とした。
「不服か?」
芳河が言った。そして歩きだした。
「・・・・・んなわけねぇだろ。最高。」
にっと峰寿が笑った。そして芳河の背中を二度叩いた。
「愛してるぜ芳河。」
「よせ。気持ちが悪い。」
「あらん、私は本気よ芳河様っ。」
「嘉地馬・・・。」
「あ!っと!タンマ!嘘嘘!ごめんなさい!」
恐ろしい。

「音華ちゃん!」
「え?」
がばっと、突然峰寿が抱きしめてきた。
「ちょ!峰寿やめろ!どうしたいきなり!」
慌てた。照れるだろうが。
「初、調伏おめでとーっ!」
「え・・・・?」
「よしよし、よく頑張ったねっ!いやー今夜は赤飯だね!」
「や、俺まだ、いつやるとか知らない・・・――」
「明々後日だ。」
芳河が後ろにいた。
「明々後日、北の屋敷で行なう。いいな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・あ、・・・・・・・おう。」
頷いた。
「頑張ってね音華ちゃんっ!」
「お、おう。・・・なんだよ峰寿、超ご機嫌じゃねぇか。」
「いやいやいや、嬉しいんだよっ。」
音華の頭をくしゃくしゃと撫でて峰寿は笑った。
「おっと、源氏、光る君の目の前でしたっ。」
峰寿はくるりと芳河の方に向き直って笑った。
「物好きだな、峰寿。」
おい、殺すぞ。
「あははっ、僕は傷心の中将ですからねっ。」
「・・・なんかあったのか?峰寿。」
音華が峰寿の顔を見る。峰寿は笑ってた。
「フられましたっ。」
「・・・・玉蔓に?」
「あはは、そうそう。もー、中学生にまで振られるなんて、笑えませんけど!」
「そろそろ離れろ峰寿。お前、昼間から酔うな。」
芳河が峰寿を引っ張りあげた。
「え、酒飲んだの?」
音華が尋ねる。
「飲まなくてもコイツは酔える。」
そしてぽいっと峰寿を外へとほおり投げた。
「いいな。明々後日だ。今まで憶えたこと、全部もう一度頭に叩きこめ。死呪もだ。」
「・・・・・・・へぇへぇ。」
ぽん、と今度は芳河の掌が音華の頭に乗せられて、音華を撫でた。
「後でもう一度結界、かけてやる。」
「・・・・・・・・・どうも。」
「峰寿。行くぞ。なに寝転がってる。」
「芳河が投げたんだろー!」
二人は行ってしまった。台風が行ってしまった後のようだ。
その後に残る静けさの中、音華は俯いた。
「・・・あや。」
小さい手を思い出す。
妹たちの中では一番年上だった。自分がいなくなって、あやが一番年上の子どもになったはずだ。
笑顔を思い出す。顔がほころんだ。だけどすぐに悲しみがどろりとやってきて、音華は目を閉じた。
どうして皆、自分のいないところで死んでいなくなるんだろう。
身近なものの死なんてものは、生まれてきてから一度も経験したことのないものだったのに。
どうしてこうも。
母親も。
あやも。
自分がいないところで死んでいったんだろう。
代わりになる言葉が見つからない。ただ、淋しかった。


「お姉ちゃん。」

「お姉ちゃん。音華ちゃんっ。」
「・・・なんだよ。あや。」
振り向いたらにこやかに笑うあやが立っていた。
「明日、学校が終わったらすぐに帰ってきて。」
「なんで?」
別に寄るところもないけれど。いつも少し遠回りをして帰っていた。
「音華ちゃんと行きたいところがあるんだよ。お願い。連れてって。」
「・・・へぇ?どこだそれ。」
「明日また話すからっ。いい?帰ってきてよ。」
「まぁ。いいけど。」
頷いた。
次の日、より道をせずに真っ直ぐ施設に帰ってきた自分を迎えてくれたのは、園長先生だった。
「ただいま。」
「おかえり。」
随分早く帰ってきたのに、園長先生はその理由を聞かなかった。
「あやは?」
「帰ってきてるわよ。」
音華は靴を脱ぎ、スリッパをはいて施設に入ってすぐの集会所に真っ直ぐ向かった。
大体彼らが遊ぶとしたら此処だからだ。
「あや。帰ったぞ。」
扉を開ける。
「おめでとう音華ちゃん!」
はじけるクラッカーの音が耳元で鳴って、よろめいた。
「うわ・・・っ!」
拍手が自分を包む。一体なにごとだ。
「な、なんだいきなり!」
「高校入学っおめでとう音華ちゃん!」
「は?!」
もう5月だった。今更?
「な、なんだよ今更。」
あやが微笑んで近寄ってきた。
「だって、高校って入るのに試験があるんでしょう?」
「・・・入試か?あぁ・・・あるけど。」
「そのこと知らなかったの。でも音華ちゃん、勉強で忙しかったのに、いつも私たちと遊んでくれたでしょう。」
「・・・や・・・。あぁ・・・。」
「だからお祝いっ!遅くなったけど、おめでとう音華ちゃん!」
皆が拍手をしてくれた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
嬉しくて、どういったらいいかわからなかった。気を緩めると少し涙が出そうだった。
「・・・・あり・・・がとう。」
それを言うのが精一杯。
「音華ちゃんっ。」
小さい手が自分の手に絡みつく。
「なんだ?ヒロ。」
かがんで小さな頭を撫でる。
「これ、プレゼント。」
差し出される、折り紙の箱。それも何個も重ねられた。
「ありがとう。頑張って折ったんだな。」
ヒロは笑った。
「これもあげるっ。」
後ろから差し出される。キャンディーやら、ノートやら。そんな風景を園長先生は微笑んで見ていた。
「ケーキはないけど。ポテチならあるよ。園長先生が買ってくれたの。」
「・・・・あ・・・。ありがとう。先生。」
先生は微笑んだまま首を振る。
「あやちゃんが考えたのよ。」
「・・・あやが?」
あやはこっちをみてニコニコ笑っていた。
「そう。」
「・・・・・・・・・そっか。」
あやの方に近寄ってあやを抱き上げた。
「ありがとうな、あや。」
「いいよ。音華ちゃん。いつもありがとう。」
抱きしめ返される。そして床にあやは着地するや否や、プレゼントを差し出した。
「これ。」
「ビーズの腕輪。私が作ったの。」
「・・・ありがとう。」
大きなビーズで出来た腕輪。無造作な色合い。キラキラで透明なビーズの連鎖。
「ありがとうな、あや。」
あやの頭を撫でた。


「音華。」
「・・・んだよ。」
芳河に呼ばれて振り向いた。
「どうした?」
「なにが?」
「集中できてない。」
「・・・・・・・・してる。」
言い切って音華は目を閉じて言霊を唱えた。
「・・・・・・芳河。」
それを突然切る。
「なんだ。」
「俺の、結界って・・・、なんで?」
「・・・・・・・・・・。」
黙る。
「だんまりは・・・なしだぞ。」
「・・・式がきただろう。」
「式神?」
「あぁ、霊鏡堂から・・・・・・・・・・・・・。」
「霊鏡堂・・・・・・・・・・。」
頭にひっかかる。
「・・・お前が、籠った日、霊鏡堂から、式神がきた。」
「・・・そうなのか?」
「あぁ。」
「なんで?」
「お前を監視するため。もしくは、傷つけるため。」
「・・・・・・・・なんでだよ。」
芳河はため息をつく。
「・・・この陰陽一門の他に、多数の陰陽一門がある。その、他の一門・・・・西の一門がお前を狙っている。だから、お前は一度東の寺に行かされた。ここは、この屋敷は完璧な結界じゃない。そのことは知ってるだろう。」
頷く。
「だから此処にいるために結界が必要なんだ。式神には見つからない結界だ。」
「・・・・・・・・・・・・それで・・・お前、そんなに疲れてるのか。」
「・・・関係ない。」
「嘘つくな。」
音華は芳河の目を見据えた。
「嘘じゃない。気にするな。徐々にましになってる。」
「・・・そうだけど。」
確かに影は元に戻ってきている。
 
「いつもありがとう。」

あやの笑顔が思い出された。
音華は立ち上がった。
「おい。どこにいく。」
無視して小走りで外へ飛び出した。そしてすぐにまた戻ってきた。
「どうした。厠か。」
だまって音華は手を差し出した。
「・・・・なんだ?」
「て、出せ。」
「手?」
芳河はわけもわからないが、手を差し出した。その掌に赤いビーズが転がった。
「・・・・・・・・・・何だこれは。」
「ビーズ。」
「ビーズ?」
「やる。」
「・・・・・・・・・。」
芳河はじっとそのビーズを見つめてた。そしてすぐに息をつくと掌を丸めてビーズをそっと包みこんだ。
「続けるぞ。」
「うん。」
音華は頷いた。

いつか、ビーズの連鎖が解けたことがあった。
それを一つ残らず拾い集めたが、腕輪には戻さなかった。
あやが今度もう一度もどしてあげると言ってくれた、そのままになっていた。
「音華ちゃん。」
笑顔でいつも近づいてきて、遊ぼうと言った。
その夜、彼女のビーズをもう一度連鎖に戻した。


On*** 39 終わり




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