雪が降った その日 雷が落ちる。

「・・・芳河?」
バシッと音がして、術が終わった。
「なんだ。」
芳河が立ち上がる。音華は芳河を見上げる。
「・・・なんでこんなに強い術かけるんだ?」
「・・・強いかどうか分かるのか。」
「分かる。術が長いし、何より、体にかかってるなんかこう、オーラみたいなのの感じ方が違う。」
「・・・どう違う?」
「どうって・・・こう、こうだよ。より研ぎ澄まされたような・・・なんか、強い。」
「・・・。思ったより感覚は鋭いらしい。」
「そんなに鈍感だと思ってたのか。」
「違うか。」
憎い。
「エリカが倒してくれたっていう鬼なら、もう居ないんだろ。」
「だが2度目があるかもしれない。」
「ないよ。俺、外には出ない。」
音華が芳河を睨むように見つめる。
「・・・・・・心配してるのか。」
「してねぇ!」
もういい。
「大丈夫だ。俺が倒れると思ったか。」
芳河が音華の頭に手を置いて言った。
「・・・別に。そんなこと思ってない。」
音華はふてくされて言った。
こいつに触れられるとざわっとする。この間抱きしめられて泣いたことを思い出す。

「だー!!!一生の不覚!」
叫んだ。
「どうしたの、音華ちゃん。」
エリカが驚いた。
「なんでもねぇ。」
「うわぁ、今なんかたくさん課題出されてるんだねぇ。」
音華が手に持っている本の山をみてエリカが言った。
「んー。なんかつめ込み教育になってきた。なんかもうすぐ単身調伏やらされるからだと思う。」
「・・・ふーん。」
「・・・おどろかねぇんだ。」
「え?あ、ううん!偉い偉い!ついに音華ちゃんも一人前の陰陽師だね!」
エリカがあわてて音華を撫でた。
「まさか。俺、全然一人前じゃねぇよ。一回しか言霊衆として調伏に立ったことないし、調伏したことも一回しかないし。そんなんで一人前の陰陽師なんて言ったら、芳河が図に乗るなっていうに決まってる。」
「そーかなぁ?」
「そうだ。っていうか、エリカ、大丈夫なのか?もう。」
「ん?ばっちりだよーっ!ごめんね心配かけて!」
「ううん・・・。」
首を振る。
「今年の冬は長くて寒いねぇ。」
「・・・うん。」
ふぅっと息を吐く。白い息が出る。
「なぁ、エリカ。」
「ん?」
「俺のこと、・・・捨てろって言ったのはここの陰陽一門なんだよな?」
「・・・・・・・・・・・・。うん。そうだよ。」
エリカはじっと音華を見た。何を言おうとしてるんだろう。
「・・・それ、決める時にさ・・・俺の・・・。紫苑もそれに賛成したのか?」
「・・・・・・・ううん。」
首を振る。音華は一瞬ほっとした。
「賛成とか反対とか。そういうの、あんまり関係なかったみたい。」
「へ?」
「決めたのは、姫様だから。会議みたいなのがあって、決められたわけじゃないから。」
「・・・一番、偉いやつだよな?」
頷く。
「母さんのこと、小さい時から、知ってるやつだよな?」
頷く。
「・・・なんで?」
エリカは音華から目をそむけた。そして俯く。
「・・・掟だから。決まりだから。」
「・・・決まり?でも、決定権は姫様にあるんだろ?」
「そうだけど。決まりでもあるから。」
「でも・・・。」
言葉を失う。見失う。
「音華ちゃん。」
エリカは音華の顔をもう一度見つめた。
「その決まりは他の誰でもなく、姫様が作った掟なの。姫様がそれを軽々しく覆せない・・・。」
「でも・・・。・・・じゃあ、姫様は、・・・全部を決めるのか?」
「・・・そうだね。」
「峰寿の婚約者のことも?」
「そう。」
「俺を迎えに来させた事も?」
「そう。」
「・・・・・・・・・・感情は?」
「・・・音華ちゃん。」
音華は考え込んでしまった。理解が出来なかったから。
姫様って何?俺だったら、幼い時から知っている人間から、その子供を奪えない。
たとえ決まりでも、そんなことは、自分の中の何かが許さない。抗うことも知っている。
「音華。」
芳河が声をかけた。
「芳ちゃん。」
エリカが振り向く。
「なに廊下で突っ立ってる。エリカも。」
「音華ちゃんが、芳ちゃんがたくさん課題出しすぎたから重くて動けなくなっちゃったの。」
「・・・いつもの馬鹿力はどうした。」
おい。
「なんでもね。」
音華はそっけなく言った。まだ頭は別のことにとらわれてる。
「・・・これ、忘れてたぞ。」
芳河は香袋を見せて言った。
「・・・あ、わり。」
それを取ろうとする。その時、芳河が音華の手に乗っていた本やら何やらをひょいと受け取った。
「・・・持てる。」
「立ち往生してたんだろ。重くて。」
「・・・持てるよ馬鹿にすんな。」
ぽん、と、掌に香袋が置かれる。
「来い。運ぶぞ。」
「こらてめ、聞いてんのか!持てるっつってるだろ!」
「音華ちゃん、好意はありがたくもらっときなっ。」
エリカが音華の背中にのしかかるようにして言った。
「さ、行こう行こう、ここは寒いっ。」
「あ、ちょ、まて!エリカ!っておい、芳河!」
寒い廊下。
雪が、ちらりと落ちた。

「・・・峰寿が来たのか?」
芳河が音華の部屋につくなり言った。
「は?」
「ステレオがある。」
「あぁ、なんか、ちょっとこの寺3日ほど出るから、貸してあげるーとか何とか言って持ってきた。」
「・・・そうか。」
「なんだ、聴きたいのか?」
「別に要らない。」
「いいなぁ音華ちゃんっ。今日夜聴きに来てもいい?久しぶりに聴きたい!」
「お、おう。」
「芳ちゃんも来る?飲もうよっ。」
またか。
「いや、俺はいい。いろいろ準備がある。」
「準備・・・?あぁ、そっか、来週の水曜だっけ。穴埋め。」
「あぁ。札を作らないといけない。」
「そっか。残念。よし!じゃあ今宵は二人でガールズトークだ!」
「・・・ネタがねぇ。」
「なきゃつくる!」
なんのこっちゃ。

再来週の月曜だ。俺が、紫苑に会うのは。


空に浮んだ月。蔓は静かに見上げた。気がつけばまたあの蔵の見える渡りに一人立っている。
最近ふと気付けばここにいて、じっと蔵と月を見ている気がする。
夢見が悪い。
肩を抱いてみた。自分の肩。細い。
自分で言ってもなんだが、歳相応の成長が満足ではないと思う。
この歳で夢詠みをしているから。
誰かがそう言った。
単なる仮定だが、そうだとなんでか納得した。
夢見が悪い。
眠れない。
眠るのが少し怖いのだ。
安心したくて、星を読んでみる。
星を読むのは苦手だ。
八卦も。
自分が読めるものは夢だけだ。
だけど、暗い影はここにも見えた。
「蔓ちゃん?」
声がかかった。振り向く。
「・・・泰樹様。」
峰寿が微笑んだ。
「どうして此処に?」
「やー・・・、なんか飛ばされに飛ばされてさ。本当はもっと近い所に行くだけだったんだけど。此処にも行けって。」
鬼芳河に。
「で、今着いたってわけ。」
「・・・そうですか。」
「今年はよく会うね。」
「そうですね。」
沈黙。
もう一度月を見上げた。峰寿はその場を去らない。蔓はそわそわした。
蔓には峰寿が全然分からない。
いつもにこにこしてるけど、それは彼の本当の笑顔じゃないと思ってしまう。
妙に優しいところも。それは、やらされているものの気がしてならない。
自分の婚約者だ。
だけど、それは、峰寿の意図も自分の意図も全く関係ないところからやってきた。
「何か御用ですか?」
訊いてみた。
「や、この間さ。」
「はい。」
「俺と結婚すんの嫌って言ったじゃん。」
「・・・えぇ。」
声が小さくなる。
「だったらさ。しないでおこうよ。」
「・・・・・・は?」
峰寿は笑った。
「俺も、結婚はしたくないんだ。蔓ちゃんが嫌ってわけじゃなくてさ。誰とも。」
「・・・泰樹様?」
何を言ってるんだろう。
「って、言いたくって。」
完結されてしまった。
「あの・・・。」
「もちろん、させられちゃうんだろうけどさ。」
峰寿は頭に手をやった。言ってる事がわからない。
「おやすみ、蔓ちゃん。」
「あ・・・。」
峰寿は手を頭の上に乗せたまま行ってしまった。
させられてしまうけれど、結婚しない?なんだそれは。
蔓はぽかんとしたまま立ちつくした。
峰寿の事が、もっと、わからなくなった。

「違う。」
涙が出そうだ。
「そこはこうじゃないと言った筈だ。」
「・・・スミマセン。」
鬼畜生!
「憶えろ。」
「憶え・・・。」
限界がある!短期記憶長期記憶云々、あわせにあわせても、記憶には限界がある!
なんで最近いつもに増してこんなにもスパルタなんだろうか。
じーっと鬼の顔を、恨めしくて見る。
「・・・なんだ。」
「・・・別に。」
「・・・音華。」
「なんだよ。」
「・・・いい。休め。」
「は?」
「疲れたんだろう。」
「・・・大丈夫。」
眉間にしわをいっぱい寄せたまま言う。
「悪い。少し厳しく言いすぎた。」
芳河はため息をついて言った。
「・・・大丈夫だ。きつくもない。」
筆を置いた。
「でも、お前、最近。焦って俺に教えてないか?」
芳河は黙った。
「いつもだってそんなにゆっくりじゃないけど・・・最近、すごく焦ってるように見える。」
「・・・そうか。」
「それがいつものお前ってんなら、鬼だけど。」
芳河は立ち上がった。音華はその芳河を見上げた。
「焦んなきゃいけないことがあんのか?」
芳河は答えなかった。
数秒黙って、箪笥に近づいてひきだしを一つあけた。
「音華。」
そして中から何かを取り出して音華に差し出した。
「・・・なんだよ。」
音華も立ち上がってそれを受け取りに芳河に歩み寄る。
手渡されたのは長い数珠だった。
「・・・数珠?」
「あぁ。やる。」
「何で突然。」
「調伏の時に身に付けて置け。」
「あ・・・あぁ。うん。ありがとう。」
「父がくれたものだ。」
手の中の数珠が鳴った。ぐっと掴んでいた。
「・・・紫苑の?」
頷く。
「貰えねぇ。」
返す。
「使え。」
「お前にやったんだろ。」
「あぁ。だが、使え。」
「要らない。」
押し付けた。
「・・・じゃあ、借りろ。」
「・・・。」
「力は本物だ。役に立つ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・おう・・・。」
頷いた。
なんだか、芳河がどんどん遠くに行く気がした。色んなものを残して、一人去っていくような。そんな気がした。
そんなことは、きっとまだないだろうけれど。
「そういえば、あの壺。」
音華が思い出したように言った。
「あの壺、水曜だっけ?」
「あぁ。」
「一人ですんだよな?」
「あぁ。」
「此処で?」
「あぁ。・・・なんだ。見たいのか?」
「え?い、いや?別に。訊いてみただけ。」
「・・・いい。丁度いい。お前、立ちあえ。」
「・・・丁度いい?」
何に?
「穴埋めは一度くらい見ておくほうがいい。いつかお前もするかもしれない。」
「・・・はぁ。」
「何もしなくていい。安心しろ。」
「別に心配してねぇ。」
何かできるとも思ってません。
 

「ふぃえー・・・疲れたー。」
頭をかきながら峰寿は寺の廊下を歩いた。
「おかえり。」
「うお!エリカ!まだ起きてたのか?」
「起きてちゃわるいー?」
ふふっと笑った。
「やー?お肌に悪いぞー?」
峰寿も笑った。
「明日は水曜日だからね。」
「あぁ、なんだっけ、穴埋めー?」
「そうそう。あ、憶えてた。えらい。」
「憶えてるに決まってんだろー?」
エリカは微笑んで峰寿の横について歩きだした。
「で?だからってなんでエリカが?」
「芳ちゃん音華ちゃんの結界、ものすごく強いの張ってるんだよね。」
「・・・だな。あの影はひどい。」
「だから明日の此処の結界は私が張ることにしたってわけ。その準備。」
「ほー。おっとこまえー。」
「あははっ。きちんとしなくてはなりませんから?」
エリカは笑って手に持ってる札をクナイで柱に刺した。
「万が一、穴が開くようなことになっても。この館までで食い止めなくちゃいけないからね。」
「・・・そりゃ怖い。」
「芳ちゃんだから大丈夫でしょ。」
「あたりまえ。」
「でも、万一に備えて。」
「なるほど。」
月が見える。東の月とは少し違う色だ。
「音華ちゃんも明日立ちあうんだって。」
「へぇ・・・?もう?すごいな。芳河の弟子の特権だ。」
「音華ちゃんの単身調伏で、芳ちゃんその任を降りるから。」
「・・・・・・・・・・・へ?」
峰寿が止まる。
「まじで?」
「まじで。」
「・・・はや・・・っ!じゃ、音華ちゃんは?」
「その後は普通の陰陽師として、修行しながらだけど、扱われるようになるだろうね。」
「・・・芳河は?」
「修行に戻る。」
「・・・・・・・・・・は・・・。」
言葉を失った。
「・・・・あー・・・・・そっか。」
「淋しいね。」
「淋しい!」
峰寿はものすごく残念そうな顔をした。素直。この素直さを芳河に分けてやったらいい。
「で?東、どうだった?」
「ん?あ、おう。普通。蔓ちゃんに会った。」
「あ、本当に?振られた後に会うのはきまずかったのでは?」
「俺も自分の気持ち言ってきたもん。」
「・・・?自分の気持ち?」
「そ。」
峰寿はそれ以上何も言わなかった。
「・・・抱きしめてあげよっか?」
「・・・・へ?」
峰寿は驚いてエリカを見た。
「泣きそうだよ。」
「・・・は・・・。」
峰寿は頭を抑えた。
笑ってるけど、上手く言葉をつむげないようだった。
「・・・おっとこまえ・・・すぎるだろ。エリカ。」
「あ、ホント?でも自分でも実は3人の中で一番男らしいかなって思ってたっ。」
ぎゅっと抱きしめる。
「苦しかったでしょ。」
「・・・ありがと。」
峰寿の背中を撫でて、頭の重さを肩で感じてエリカは目を閉じた。
本当に、うまくいかないんだ。いろんなことが、こんなにも。


「行くぞ。音華。」
「あ・・っおう。ちょっと待て!」
ばたばたしてしまった。
「何処の間?」
「若草だ。」
母親の。
「・・・正装?」
芳河のナリを見る。
「あぁ。」
「・・・俺・・。」
「お前はいい。行くぞ。来い。」
「う、・・・おう。」
先々行く芳河の後を追う。影は、薄い。
心配してるわけでは全くない。芳河が倒れるわけない。悪霊にやられるわけない。
けど、なんだろう。嫌な予感がするんだ。
がらっと戸を開く。そこにぽつんとある壺。
一瞬ぞくっとしたが、すぐにその感じは何処かへ消えてしまう。
戸を閉めて静かに芳河の後ろについてその壺に近づく。
その壺にはすでに何枚も札が貼ってあって、かたく封がされている感じだった。
「なんの封?」
「北斗だ。」
知らない。
「離れて座ってろ。」
頷いて部屋の端っこにある座布団の上に座った。
正座は苦手だが、なんだかそうしなくてはならない気がして正座した。
部屋が静まりかえる。
「・・・・・・・オン・・・―――」

「はー・・・さっぶ!」
峰寿が腕をさすりながら廊下を歩いた。
息が真っ白だ。それもそのはず。ちらちらと白い雪が舞ってきた。
「げ!」
まだ降るか!もう2月も中旬なのに。
「・・・はー・・・。」
ため息交じりに息を吐き出し、その白さを確認してみる。
「峰寿。」
「エリカ。見ろよ、雪だぜー!まじファック!」
「うっわー最低の言葉!」
ばしー!
いつものエリカの掌が背中に当たる。
「・・・昨日、ありがとな。」
峰寿が苦笑いして言った。
「え?あぁ。いいってことよ。」
エリカはけろっと笑った。
「契約に逆らおうとする者の苦しさは、その人にしか分からないけど。辛い時はお互い様でしょ。」
「・・・あぁ。うん。ほんと、恥ずかしいけどな。女のエリカに泣きつくなんて。」
「じゃ、芳ちゃんに泣きついたら?胸貸してくれるよきっと!」
「それは絶対やだ。子鬼殿飛ばされる。」
「あはは!」
「・・・や。音華ちゃんに泣きつかなくてマジ良かった・・・。」
峰寿は苦笑のまま言った。
「かっこわる過ぎて、死ねる。」
エリカは微笑んだ。
「それでこそ男前っ。頑張れ男の子!」
ばし!もう一発。
「でも、契約を解くには姫様の花札がいるよ。」
エリカは歩きながら言った。峰寿は黙って頷いた。
「つまり現時点では、姫様しか呪縛をとくことは出来ないってことだよね。」
「・・・んー・・・まぁなー・・・。でも・・・。絶対俺で断ち切る・・・。」
拳を握った。
「・・・うん。そう―――」

ドッ・・・・・・・・・・・―――――!

ガシャアアアアアアン!メリメリメリメリ・・・・・・・・!
「!?」
「な・・・!?」
声を失った。
何だこの音は。何だこの揺れは。
寺中が揺れている。そして溢れんばかりの霊圧が肌を襲う。
「なんだ!?」
「・・・・!芳ちゃん!」
エリカが叫んだ。そして走り出す。
若草の間、若草の間、若草の間・・・!若草の・・・・――――!
瞬間、眩い光が、劈くような音と共に目に届く。

ガラガラガラガラガラ・・・・・・・・――――!

余韻のような音しか耳はそれを受け止めてくれなかった。
すさまじい音だった。
これは。
今のは。
今の音は。

間違いなく、雷。


On*** 45 終わり


■ホーム■□□   拍手   意見箱   投票
index:         10
index: 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20

index: 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30
index: 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40
index: 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50
 

 


 

inserted by FC2 system