置いて行かれたのは、小さな対になったガラス人形

は・・・と目を覚ます。
「・・・・・・・朝か・・・・・・・。」
時計を見やる。
「・・・・・・・・・やべ・・・寝過ぎた。」
かといって慌てるでもなく、音華は起き上った。
寝汗がひどかった。頭が痛い。
「・・・・。」
時計の横にある、対の人形を見る。
「・・・・バーカ。」

芳河が、贈ってくれたものだった。

あの日、最後の日。
芳河がいなくなった後、理解しきれてない頭を抱えながら、術を使った疲労感と闘いながら、部屋に戻った。
この後、エリカ達が宴会を開く、と言っていた。
とにかく一瞬でも寝ないと、死んでしまう。
それだけ考えて、部屋に戻ってきた。
「なんだ・・・・これ。」
ふと気付く。小さなタンスの上に、水色のガラスの人形が、対で置いてあった。
色とりどりの和紙が服を成し、綺麗だった。一方のガラスは少し色が濃い。
小さくて、繊細すぎず、おおざっぱすぎず、いわゆる可愛らしい人形だった。
「・・・・・・・・・・・・・。」
時間が要った。
「あぁ・・・そっか。」
ははっと笑った。
「また、勝手に部屋に入りやがったのか、あいつ。しかも今度は俺がいない時に。」
目を押さえた。
「勝手だな・・・・・糞バカ・・・・・・・・・・・。」
本当に。
唐突に。
予感はしていなかったと言えば嘘になる。
だけど、本当に、唐突だった。

芳河は、小さな人形一つ置いて、行ってしまった。


「音華ちゃん。」
「!」
朝食を食べていると、戸を開けて緋紗が入ってきた。
「ねぇ、今日、下の原まで下りて、調べない?」
「・・・おう。分かった。ちょっと待ってくれ、すぐ食べ終わる。」
「急がなくていいよ。」
緋紗はにこっと笑って行ってしまった。
原・・・か。
そう言えば昔一度鬼に襲われたな。あそこで。
あれ以来行ってない。

「緋紗。」
今度は緋紗が呼ばれた。振り返る。
「峰寿。」
にこっと笑う。
「なぁお前、昨日、術使ってたろ。」
「・・・あぁ。うん。」
「なんの術だ?」
「結界だよ。」
「結界?」
「音華ちゃんの。」
「・・・俺、音華ちゃんに教えて、すでにかかってたはずだけど。」
「とれてた。だから俺がかけておいたよ。」
「・・・・・・・・ふーん。」
緋紗は、ははっと笑った。
「何?」
「いや。なんでもね。」
峰寿はあまり感情を表に出さない表情でそれだけ言うと緋紗を追いぬかし行ってしまった。
「・・・・・・・・・・・・・・なんでもない・・・か。」
くすっと笑った。

「音華ちゃん!」
エリカがやってきた。
「んー?」
まだもくもくとご飯をほおばっている。
「・・・なに?」
飲み込む。
「もうすぐ姫様と婆やが北の山に行くらしいよ。」
「・・・・・・北の・・・霊山?」
「そう。」
「・・・それって。」
「若草様が育った山。」
「・・・それで?」
エリカはにこっと笑った。
「姫様と一緒は無理だけど、今そこに辰巳ちゃんが居て修行してるの。姫様が京都に帰ってきて、向こうが落ち着いたら、行ってもいいって!」
「・・・え?」
「北の霊山、修行も兼ねて行ってもいいって!」
「それ・・・って。」
エリカは頷いた。
「お爺様とお婆様のお墓参り、できるよ。」
「・・・・ほんとに?」
「うん!一緒に行こう!」
「お・・・おう!」
エリカや峰寿がよくこの山から出て行ってはあちこちで修行をしていたと聞いていた。
だけど自分は常に此処にいた。芳河について、此処で修行していた。
一度、東に行かされたけど、北は初めてのことだった。
嬉しかった。
嬉しくなった。
エリカの笑顔に、こっちまで笑顔になる。
「あ、エリカ。」
がらっと、戸をあけてやって来たのは峰寿だった。次から次へ、騒がしい朝食だ。
「どうしたの峰寿。今日山下りるんでしょ。」
「おう。もうすぐ行く。音華ちゃん。」
「ん?」
顔を上げる。
すると峰寿の暖かい手が頬をに触れた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
ボリボリボリボリボリボリボリ。
たくあんを噛んだまま峰寿を見上げる。
この緊張感のない音をバックに峰寿は随分真面目な顔をしてた。
「・・・・・何?」
「・・・・ううん。」
にこっと笑った。
ゴクン。
「俺、なんか憑いてる?」
「ううん。それは大丈夫。」
「そっか。」
お茶を飲み込む。
峰寿は手を放した。
「音華ちゃん、今日は何するの?」
「あぁ、下の原まで下りてみる。姫様がいるうちにこの山にいる何かの正体を見つけたいしな。」
「・・・それ、緋紗も?」
「え、そうだけど。」
「・・・そっか。」
峰寿はそれだけ言うと立ち上がった。
「あ、下の原に行くとき、俺が前あげた勾玉持って行って。」
「あ、おう。」
頷く。峰寿は戸を開けて出て行った。エリカもそれについて出て行く。
「じゃあ、後でね音華ちゃん!」
「ん。」
取り残された。

「どうしたのー?峰寿っ。ヤキモチ?」
廊下を渡りながらエリカが茶化した。
「や。なんでもないよ。」
峰寿は微笑んで横に並んだエリカを見た。
「とか言ってー。」
あははとエリカは笑った。峰寿は微笑んで立ち止まる。
エリカも立ち止まった。
「ん?」
「エリカ。」
ぽん、と頭を撫でた。
「大丈夫だから。気にすんな。」
「・・・・・・・・・・え?」
峰寿はそう言って、行ってしまった。
「・・・・・・・・・・・?」
 

なんだか、雲行きが怪しい。


「・・・・・・・・・・なぁ、緋紗。」
「何?」
空を見上げながら音華は呟いた。
「・・・風が変だ。」
「風が?」
「なんか・・・変だ。」
耳を澄ます。
「・・・何か、いる?」
「・・・いや、そういうんじゃない。」
緋紗は考え込む。
「何・・・?」
「・・・違う色の、陰陽術が。漂ってる。」
「・・・術が、漂う?」
「・・・なんか変だ。これ、だって、上から流れてくる。」
原に出て、気がついた。
屋敷の方から、どことなく黄色い色をした何かが、筋になって空に流れている。風に乗って流れている。
「緋紗・・・これって、もしかして、また式神とかが・・・」
「・・・いや。これはたぶん違う。」
緋紗はその風の変化を認め、呟いた。
「・・・術が・・・、空気に溶けている・・・。」
「・・・・?」
「音華ちゃん。口寄せ体質だったよね。」
「え、うん。」
「・・・俺のこと信じて、協力してくれる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・え?」
急いで、屋敷へ戻った。

「これでいいか?」
「うん。」
白い半紙を何枚も並べその上に陣を描いた。
「・・・ちょっとだけ副作用があるかもしれないけど。」
「・・・う、おう。大丈夫だ。」
音華はその陣の上に立った。
「・・・始めるよ。」
「うん。」
「オン!ショウサイガ・ナンショウサイガ・・・オン!」
ビリっと空気が張り詰める。
「ビビサイバンダンショウサイダンダ・・・イキサンサンサン・・・」
初めて聞く言葉の並び。
「ショウ!サン!オン!」
バシッ!
「う・・わ・・・・!」
バサバサバサバサバサバサバサバサ!!!!!!!!
床に敷き詰めた半紙が翻り、束になり、円になり、渦巻く。
バサバサバサバサバサバサ!!!!!!!!
その中心で音華は受け身をとる。下手に動くと巻き込まれる。
すると黄色い風が部屋に充満し始めた。
手筈どおり。屋敷から流れ出ていた黄色いものが集まってきたのだ。
「・・・!」
厳しい。
口寄せ体質を利用した術だ。
「・・・ッ!」
油断すると、持っていかれる。
「ザン!」
バシ!
「!」
半紙が宙で一つになった。
そして黄色く染まった半紙の塊は、球になってポトっと落っこちた。
「・・・・・・・ッ・・・お、終わったか・・・・?」
「うん。うまく吸いとれたみたい。これが何だったのかはまだ分からないけど。」
「・・・・・・・・・・・・そ・・・か」
ふらっとした。だめだ。また。
「音華ちゃん!」
ドサ・・・。
緋紗の手の中に音華は倒れ込んだ。
「・・・・・・・・・ごめんね・・・。ありがとう。」
緋紗はそう呟き、音華を抱えあげた。

峰寿は夜、帰って来た。
今日はエリカも出かけていたようでエリカはいなさそうだった。
峰寿は音華のために買ってきた煙草を手に、音華の部屋へと向かった。
「おと・・・・――」
呼びかけて、止める。
また。
青い光が見えたからだ。
「・・・・・・この光・・・・。」
耳をそばだてた。
「シャンウォンダンサ・・・ボウ・・・ダン・・・ダン・・・フウ・・・カン・・・」
緋紗の声。
スパン!
「!」
峰寿は、思いっきり戸を開けた。
「峰寿。」
緋紗はゆっくりと振り向いた。
「・・・緋紗。」
峰寿は見下ろす。
眠る音華と、傍らの、緋紗。
「・・・今の、なんの術だ。」
「結界だよ。」
「・・・・・・・嘘つくなよ、緋紗。」
峰寿は睨んでいた。
緋紗はいつもの笑顔で峰寿を見下ろす。
「・・・何、してんだ?」
「音華ちゃん、ちょっと倒れちゃって。」
「・・・・また?」
「うん。」
緋紗の手元にある、黄色い半紙の塊を峰寿はとらえた。
「・・・それ。半紙。」
「・・・あぁ、うん。ちょっと、音華ちゃんに手伝ってもらって。でもおかげで・・・―――。」
「口寄せに・・・使ったのか。」
「頼んだんだ。」
「・・・それで。」
音華に目をやる。布団の上に倒れる音華は、ぼろぼろに見えた。
髪の毛は乱れていたし、服もある程度乱れていた。
「おま・・・ッ」
峰寿は緋紗を押しのけて音華の傍に屈みこんだ。
「大丈夫。寝てるだけだよ。心配することない。結界も張ったし。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
峰寿は黙ったまま、音華の首元と膝に手をやり、ぐっと持ち上げた。
「・・・・安静にさせておいた方がいいよ。」
「・・・・俺の部屋で安静にさせる。」
「いいの?音華ちゃん、芳河の御姫様なんでしょ?」
峰寿は音華を抱えたまま歩きだす。
座ったままの緋紗の横をすっと行く。
「関係ねぇだろ。」
「音華ちゃん。すごい口寄せ体質だね。峰寿以上なんじゃないかな。」
「昔の俺のほうがひどい。」
「あ、そっか。音華ちゃんって、霊孔、一度塞がれてたんだもんね。」
峰寿は戸のところまで来て、ぴたっと足を止めた。
「あぁ。それで?」
背を向けたまま少しだけ顔をかしげて峰寿は振り向いた。
口元は笑っている。だけど確実に緋紗を睨んでいた。
「・・・・おやすみ。」
峰寿は何も言わず、その場を去った。
「・・・大事にされてるなぁ・・・。」
緋紗は微笑んだ。
そして手元に転がる黄色い塊に手をやった。


夢を見た。
夢を見た。
きっと蔓も、こういう風に夢を泳ぐんだろう。
屋敷が真っ暗だった。
包み込まれてしまっていた。
どうにもならない。
そう感じるくらい、真っ暗だった。

でも、夢で、芳河にあった。
芳河が、此処に、いた。


on***西編3終わり


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