この気持ちは何だろう。

朝がきて、ぼろぼろになった屋敷を見渡した。
「・・・えらい、派手にやられたもんやな。」
婆やはぶつくさ言っていた。
まぁ地面はへこむわ壁は壊れるわ・・・損害はとてつもないものでしたから。
でもまぁ言ってしまえばあの巨大な悪鬼が暴れていたんだ。当然だ。
しかし、雷艶は結局音華に何も言わずに帰ったらしかった。
あの後雷艶が戦っていた場所に戻ってみたら、誰もいなかった。
「・・・どいっつもこいつも・・・。」
音華は呟いた。
結局。
結局、芳河は昨夜。消えるようにしていなくなってしまった。


「音華。」
「芳河。」
雷艶を探して裏庭に来ていた音華は、芳河に後ろから呼ばれて振り向いた。
「・・・・・・。」
音華は少しだけ、芳河を睨んだ。
「何もいわねぇの。お前の得意技だから。・・・驚きゃしなかったけどさ・・・。」
芳河は音華を見つめた。
「・・・もっと。前に言ってから、いなくなれよ馬鹿野郎。」
音華はうつむいた。芳河から目をそらす。
「・・・音華・・・。」
「あんな贈り物で。・・・ふざけんなよ。かっこつけ。」
「・・・悪かった。」
「いっつもそれだ。ごめんなさいって言ってみろ!」
「・・・・ごめん。」
どきっとした。
ばっと振り向いた。芳河はこちらをじっと見ていた。
「・・・き・・・もちわる。」
「お前が言えと言った。」
「はは・・。」
なんだか笑えた。だけどすぐ、顔を引き締めた。
「・・・芳河・・・。」
音華は芳河を見つめた。
「俺・・・強くなった?・・・俺・・・――」
「・・・。そうだな。」
芳河は呟くような小さな声で言った。
「術と術の合間が長い。もう少し早く放てんのか。」
「・・・。この鬼!」
想像通り、辛口でした。
「だが。」
ぽん、と、頭に手。
「雷艶を呼んだ時。お前はいっぱしの陰陽師だと思った。よくやった。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・っ。う・・・っ・・・おう!」
頷いた。照れくさかった。
だって。ずっと欲しかった言葉だ。
褒められたかった。
この男に。
認められたかったんだ。
「・・・今度・・・いつ会える・・・?」
「わからない。」
「・・・すぐ会えるかな。」
「どうかな。」
「・・・手紙・・・。」
音華はなんだか、とても寂しい気持ちになった。
「・・・俺・・・お前に書けない・・・。でもいっぱいあるんだ。」
震えそうだった。
「いっぱいあるんだ。話したいこと。・・・俺・・・・」
くしゃっと、頭を撫でられる。
「俺もだ。」
「・・・俺。頑張る。」
「あぁ。」
「・・・絶対。いつか・・・お前より、すごい陰陽師になる。」
「・・・・そうか。」
「・・・そしたら・・・。」
ぽろっと涙が落ちた。
「・・・れ・・・。なんだこれ・・っ!」
慌てた。
「音華。」
「・・・。」
涙が流れた。止まらなかった。
「・・・っみ・・っ!みてろよ!」
声が震えた。
「絶対!お前、ぎゃふんといわせてやるから!」
「・・・あぁ。楽しみにしてる。」
音華は笑った。涙は流れた。
「・・・最後に。術をかける。・・・そのまま動くな。」
「え。なんの・・・」
「・・・霊孔の・・・仮閉じの印を解く。」
「・・・・・・・・・・・・・・は?」
「なんでもない。とにかく動くな。」
「・・・って・・・。え・・・。」
言われたとおりにする。
「・・・この術をかけたら、俺も限界だ。すぐに消える・・・。」
「・・・・・・・・・・・・わかった。」
「・・・行くぞ。」
「うん。」
頷いた。
そして堕ちた涙が、芳河の手に落ちて、砕け散った。
「オン・・・・」

きっと、寂しくて、涙が出たんだと。今なら言える。


「ご飯だよっ。」
峰寿が音華を呼んだ。
「あ、おう!」
にこっと笑う峰寿について歩きだした。
「なぁ。エリカは?」
「ん?」
「昼飯の時、いなかっただろ?」
「・・・んー・・・。なんだろね。」
「あと・・・緋紗は・・・・・・。」
「・・・うん。どうなんだろ。」
峰寿は悲しい顔をした。
緋紗は消えてしまった。
どこに行ったのか、分からないのだ。
捜索は空しく終わってしまった。
「・・・・エリカ、大丈夫かな。」
「・・・うん。大丈夫だよ。」
峰寿は、微笑んだ。
その眼は、言ってた。
心配しないで、と。
心配、してあげないでくれ、と。
だから頷くしなかった。

「エリカっ。」
夜がすっかりふけて、虫の音がころころと言っている。
エリカは振り向いた。
それまで縁側に座って、ずっとぼうっとしていた。
峰寿がそこにいた。
「峰寿。」
「ほい。」
「・・・?」
「酒。」
「・・・・・・・お酒?」
「ん。今日、夜婆やが奮発してくれたんだ。夕飯の時に出た。」
「飲んでたんだ。」
「おう。音華ちゃんは寝ちゃった。さっき部屋に運んだとこ。」
「・・・そか。」
エリカはふっと庭に目をやった。
月が出てる。
優しい光だ。だけど、残酷だとも思った。
綺麗なものは、残酷だ。
「いるだろ?エリカも。」
「・・・・・・・・・・・・うん。もらうよ。」
峰寿はにこっと笑って、瓶をエリカの傍らに置き、それか盃を置いた。
峰寿はそばには座らなかった。
「おやすみ。エリカ。」
「・・・・・・・・おやすみ。峰寿。」
エリカは呟くように答えた。
峰寿はふっと短い息をつき、頭をかいて歩き出した。
「責めるなよ。エリカ。自分ばっか。」
そう言って、去った。
「・・・・・・・・・・・・責めてなんかない。」
エリカはいなくなってしまった後に、呟いて、答えた。
そしてそばにあるお酒をつつっと注いだ。
息をつく。
はぁ。
深い息だ。
見上げる月。
暗い闇。
ぐいっと飲む。熱いものがのどを通る感覚。
だけど、何も通らないんだ。のどを。
何も、飲み込めないんだ。

緋紗は。
もうきっと永遠に帰ってこないだろう。

昨夜、緋紗は覚悟してた。
いつかけたかはわからないが、音華にかけた霊孔封じの術を完成させることが彼の目的だった。
それを実行するために引き起こした混乱だ。
だけど、それはうまくいかなかった。
芳河が来た。死神まで、やってきた。
うまくいかなかった。
もしかしたら、うまくいかす気も、なかったのかもしれない。
引き起こした混乱を婆やに解いてもらえるように、鍵である術の塊をあらかじめ婆やに渡していた。
そして、自分にも術をかけていた。
「・・・。」
ゴクン。ともう一口、飲み込む。
ああ。
美味しくない。
塩辛い。
涙の味なんか、どうして、随分忘れてた。
エリカは零れて出てくる涙をぬぐうことなく、ただ庭に降り注ぐ月光を睨んでいた。
掴む盃が割れそうなくらい強く握っていた。
ガタガタ。震える。
ボタボタ。滴る。
「・・・・ッ」
泣いてる。自分がいる。
「・・・どうして・・・ッ」
どうして。
その言葉で頭がいっぱいだった。
緋紗の笑顔でいっぱいだった。

どうしてだったんだろう。
ねぇ。ひーちゃん。
訊きたい。
どうしてだったのか。
どうして、術が終われば自分も闇に巻き込まれるような術なんか使ったのか。
どうして、私に何も言ってくれなかったのか。
ねぇ。私、そんなにあなたの中で大きな存在じゃなかった?

涙が止まらない。落ちる落ちる。

何でも話して欲しかった。
私が救われたみたいに、あなたを救ってあげたかった。
いつの間にか闇の中にがんじがらめになって、もがくことだって、きっとできなかったんだ。
ひーちゃん。
気付いてあげられなかった。
私。
気付けなかった。

嗚咽がこぼれる。止まらない。

ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ひーちゃん。
ごめん。

その夜、一生分涙が出たと、思う。


「エリカ今日もいないな。」
音華が呟いた。
もうここ三日ほどエリカを見ていなかった。
「ん?うん。今日は確か下の屋敷で調伏だ。」
「・・・・・・あ、そうなんだ。」
「うん。」
音華ははぁっと息をついた。
「やっぱ。緋紗が・・・消えちゃったからかな・・・。」
「・・・音華ちゃん・・・。」
「エリカ・・・好きだったんだろ・・・?緋紗のこと・・・。」
「・・・多分ね。」
峰寿は微笑んだ。悲しい笑顔だ。
「西の・・・やつらのせいなのか・・・?」
「・・・・・・・・・・。」
「西のやつらが緋紗を・・・・?」
音華の目が、潤んでいて、それでいて憎んでいて、峰寿は目を伏せた。
「そう・・・かもしれない。」
峰寿はそう言った。
そう言って、音華のことを引き寄せてまた胸にしまう。
「峰寿・・・っ」
慌てる。照れるからだ。
「・・・憎まないで。」
峰寿からの、懇願。
ただ一つ。
「憎まないで・・・音華ちゃん・・・っ」
その声が、本当に苦しそうで。
「・・・お願いだから・・・。もう。」
「・・・峰寿・・・・・。」
音華はぎゅっと抱きしめてくる峰寿を、少しだけ抱きしめ返し、背中を撫でた。
「うん・・・・・・・・・・・。ごめん・・・。」

もう。
悲しみの連鎖なんて、作らないで。

峰寿の声が聞こえた。その、心臓の音から。


「オン・・・!」
バシュン!
光と共に。消えてしまう一つの魂。
「・・・・・はぁ。」
エリカはため息をついた。
そして、支度を終え、車に乗り込み、山に帰る。
「・・・。」
車から、窓に流るる風景を見つめて息をすうっと吸い込んだ。
いっそ忙しいくらいがいい。調伏は峰寿の依頼分すら、こなしてしまっていた。
音華には、会えていなかった。
見せられない。こんな自分は。そう思っていた。
「・・・・・・・しんどい・・・・・・。」
重くて。
体も。
心も。
涙が。
こんなに、しんどいことがあっただろうか今までに。
若草が死んだ時以外で。
「・・・・・・・・・・・・・・おろしてください。」
呟いていた。
歩きたかった。
エリカはゆっくりと歩きだした。山のふもとまで。そして坂道を登り始める。
足が。痛む。
長時間の調伏を終えた後の足が悲鳴を上げるのだ。
緑の匂いがする。
「・・・・・・・・このまま。」
なにも考えなくなれればどれほど楽だろう。
涙が出る。

エリカ。

そう。そうやって。呼んでくれていたのに。
優しい声。優しい口調。優しい手。
「・・・・・・・・・ひーちゃん。」
触れたい。
せめて、触れたい。
せめて、その魂を送ってあげたかった。
闇の一部になって死界の風になってしまった。

エリカ。

ねぇ。呼んで。
「ひーちゃ・・・・・。」
ぶあっと、風が桃色の髪の毛をさらう。
光。
白い。
あの空に。
「・・・・・・・・・ああ。」
涙がとめどなく、あふれだした。
膝をついてしまう。
「・・・・・・・・馬鹿・・・っ!」
顔を押さえて。うずくまってしまう。
「馬鹿・・・・・・・ッ!」

一面の、白い花。

あの日。緋紗がくれた。
あの花が、原にあふれんばかりに咲いていた。
そのざわめきが。
そのサラサラという鳴き声が。

エリカ。と、そう呼んだ気がした。


On***西編 終わり


次のページ

index:       


本編
■ホーム■□□   拍手   意見箱   投票
index:         10
index: 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20

index: 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30
index: 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40
index: 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50
 

 


 

inserted by FC2 system