時刻は午前9時

「・・・・・・・・・・・・・あ?」
すっと眼が覚めた。冬の朝の空気だ。顔だけが冷えている。天井が見える。
「・・・・・・・・・・あれ?」
がばっと起きた。あたりを見渡す。
「あれ・・・・?俺・・・鏡の洞窟にいたはずじゃ・・・・・。」
思い出せなかった。

「おはよう音華ちゃーんっ!」
エリカが後ろからやってきて肩を叩いた。
「お・・・はよう。」
「寝坊―?」
「・・・・うん。」
「朝御飯冷めちゃってるよーっ。早く食べといでっ。」
頷いた。
あれ?
「遅い。」
「スミマセン。」
鬼。
「早く食べろ。」
それだけ言って芳河は去っていった。
「・・・・・・・・あれ?」
もしかして夢だったんだろうか。昨日、確かに寝る前に洞窟に入れられたんだけど。
「・・・まぁ、いいか。」
思い出そうとすると、なんかムカツクし。


「・・・・で?」
エリカが芳河の部屋で肘置きに肘をおいて言った。
「昨日何があったの?」
「・・・式神だ。」
エリカが顔をしかめた。
「・・・鏡洞から?」
「あぁ。」
「・・・式神、倒したの?」
「あぁ。」
「音華ちゃんの結界かけながら?」
「結界は解かれていた。」
あと少し遅かったら手遅れだっただろう。
「・・・で、鏡洞は今あぁなってるって訳か。」
見事な結界がはってあった。
「ま、あの手の結界なら芳ちゃんが常に気を張っとく必要もないからいいけど・・・。それにしてもひどいよその影。」
「・・・昨日、荒い術を使ったからな・・・。」
「式神相手じゃね・・・。」
エリカはため息をついた。
「音華ちゃんの結界。今日は私が張るよ。」
「エリカ。」
「文句言わない。」
エリカがきつい口調で言った。
「今日だけだよ。・・・芳ちゃん。」
「なんだ。」
「その影・・・荒い術使ったからだけじゃないんでしょ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・何が言いたい。」
「なんでもない。今日は安静!OK?」
芳河はため息をついて頷いた。エリカは笑って立ち上がり芳河の部屋を去った。

「え?」
音華。
「芳河、今日どっか行ったの?」
「んー、そんなとこ。ちょっと手が放せないんだって。」
術をかけながらエリカは笑った。
「・・・へー。まぁいいけど。」
「ねぇ、音華ちゃん。もうすぐクリスマスだね。」
「・・・此処でもサンタとか来るのか?」
短い声でエリカが笑う。
「来たらいいのにねっ。」
「・・・仏教か神道だろ基本、此処って。」
「あははっ。うん。」
「エリカも・・・仏教徒?」
キリスト教じゃないのだろうか。プロテスタントってやつ。
「一応の所ね。・・・教会で洗礼もうけてないし。なんか、よくわかんないっ。音華ちゃんは?」
「無宗教。」
「あはは。」
「でも、クリスマスは好きだったな。」
遠い眼をする。
「・・・どうして?」
「施設でケーキが出るんだ。誕生日にはホールケーキなんか食べれないから、この日いっぺんに誕生日会をするんだ。」
「・・・・・・・・・・・・・へぇー・・・・。」
「最高だぞ。俺が一番蝋燭かさばらせてたな・・・。全員の年の分の蝋燭をちっさいケーキにさすんだ。で、いっぺんに消す!あ、プレゼントももらえたな。みんな同じ物だったけど。しょっぼいんだ。スノーマンの便箋とかっ!」
はっとする。エリカがじーっと顔を覗きこむように見ていた。恥ずかしくなる。今、随分楽しそうに喋ってた気がする。
「・・・・別に・・書く相手もいなくて、使ってないけどな・・・。」
「・・・施設、好きだったんだね。」
エリカが微笑んで言った。
「・・・施設自体・・・は、そんなに。でも、園長先生とか・・・みんなは好きだった。」
下を向いた。どうしているんだろうか。ふと思う。
「いいな。素敵。」
「・・・エリカは、クリスマス、好きか?」
「私―?」
笑った。
「まぁまぁ。プレンゼントとか貰ったことないけど。でも、曲とか好きだよ。クリスマスソングっ!」
「あ、俺も。あの町の感じとか好き。」
「ほら、あのさ、ワムとかっ。」
「・・・・ワム?」
「ラストクリスマスだよっ。」
なんだそれは。
「それからジングルベルとか。」
「あ、それは知ってるぞ。」
でもエリカが歌ったのは英語だったけど。
まったく別の、まったく違う幼年期を送ってきた。エリカと音華。

白い息が出る。昼間なのに。
エリカは部屋で行火に当たっていた。
「クリスマスか。」
自分で話を持ち出しておいて、こんな気分になるなんて。もう、すっかり忘れていたと思っていた。
イギリスに住んでいた頃のクリスマス。町が死ぬ。町に人が居なくなって、家で家族と過ごすのが普通だ。
目をつむった。家族、その言葉で思い出すのはなんだか痛むものばかり。
贅沢なのは分かっているのに、音華を羨ましいと思う。帰る場所と、好きだと言える人と過ごすクリスマスが在る。
「・・・所詮、キリストの祭か。」
ふっと呟いてみる。
クリスマスが終わればお正月が来る。そしたら全員と顔を合わすことになる。東の人間とも、北の人間とも。
それまでに、芳ちゃんは音華ちゃんに全てを話すだろうか。否、話さないだろうな。
あの芳ちゃんの影の薄さ。きっと昨日別の術を使ったんだ。忘却の術だろう。
「・・・卑怯者。」
「誰がー?」
くるっと振り向いた。そこに峰寿がいた。
「・・・峰寿が。」
「え?!俺?!何でっ!」
「ジョーク。」
「なんだよエリカ、また機嫌悪いのか?生理か?」
「あははっ!峰寿、式神送りこんでもいい?」
「ごめんなさい。」
怖!女はからかわないに越したことなし。
「峰寿クリスマス何するの?」
「え!なに!?エリカ、デートの誘い?!」
「違―う。聴いてみただけ。」
「クリスマスかー・・・25だろ?俺ら全然関係無しで育ってきたからなぁ。・・・と。」
エリカは5、6歳まではイギリスにいたんだった。峰寿はエリカをちらりと見るが、エリカはただ火を見つめてた。
「俺は多分、また出雲にいくかな。」
「・・・大変ね。」
「ま、これもさだめじゃ。」
「・・・さだめか・・・。さだめられた物が、多すぎるよね。」
「・・・・・・・・・エリカ。」
「なんでもなーい。愚痴っても仕方ないしっ。私ももしかしたらクリスマスまで調伏かもしんないしっ。」
立ち上がった。
「そ、それはつれー!」
「いいのー私は霊がデートに誘ってくれるらしいからっ。」
「エリカ!だめだ!その領域には行くな!」
「あははっ!」


幾日がたった昼下がり。
「・・・・・・・・・っと。」
音華は筆を止めた。
「よし。」
立ち上がる。峰寿を探さなくては。
「音華。」
「ひ!」
思いっきり肩が上がった。振り向く。
「・・・・・・なんだ、どうした。」
芳河が眉をひそめて立っていた。
「なななななんでもねぇよ!バーカ!」
「・・・莫迦と言われる筋合いがない。」
「なんだよ、なんか用か!」
「いや・・・今日は雪が降りそうだからな。薄着するな。」
「・・・は、はいはい。」
「どこに行く?」
「別に!」
声を張る。
「・・・・・・・・・・鏡洞じゃあるまいな?」
「あ?いかねぇよ!あんな寒いとこもう二度と!」
「・・・ならいいが。」
鏡洞・・・?何かがひっかかった。でも思い出せない。
「なぁ芳河。」
「音華。」
「なんだよ。」
「後で俺の部屋に来い。結界張りなおす。」
そして背を向けて去っていった。なんなんだあいつは、オカンか!
音華はどたどたと廊下を走りだした。峰寿は何処だろう?峰寿の部屋の芳へとりあえず向かった。
あの小さな中庭があるあたりだ。
「・・・・。」
あの中庭が見えた、奥に続く廊下が見えた。どうしてあんなに暗いんだろうあの奥の廊下。
峰寿が一度、入れない領域だと言った。だけど婆はあそこから何事もなかったように出てきた。
音華は足を止めた。確かに神妙な空気が肌をくすぐる。音を立てて廊下を歩く事がはばかられる。
「・・・・あ。」
嗣子嚇しの水が凍っていた。
「と、行かねぇと。」
間に合わなくなるかもしれない。
「峰寿っ。」
部屋の前で呼んで見た。だけど、峰寿は答えない。いない。
「・・・・どっか行ったのかな・・・・?」
引き返した。あの中庭を通る。ちらりと暗い奥の廊下を見る。
「・・・・・・・・・・・・・。」
足を止めた。不意に。周りを見渡す。誰もいない。声もしない。
音華は息を吸い込んでから、息を止め、ゆっくりと暗い廊下に近づいた。
誰かが奥にいるんだろうか。何かが奥にあるんだろうか。この方角だと寺の裏側に続きそうだ。
寺の裏にはよくわからない石畳があった。崖で途切れている石の道だ。
「・・・・・・・・峰寿・・・。」
呼んでみた。いやしないだろうに。
「峰寿・・・・っ。」
二度、名前を呼んで、そして息をつく。
馬鹿馬鹿し。仕方ない。間に合わないかもしれないが、またにしよう。
そう思って引き返そうとした時だった。
「誰だ・・・・?」
声が帰ってきた。音華の身体はこわばった。女の声だ。
深い。すこしアルトな、でも綺麗な声だ。
「・・・・・・・・・・・・っ・・・・・?」
しん、とした。それ以上声は聞こえない。
空耳か?なんだ?
暗くて見えない奥をみる。ぶんぶんと首をふって見た。
空耳だ。そう思うのがいい!決定。
音華は背中をむけた。そして逃げるように細い廊下を抜けて外側の廊下へ飛び出した。
あぁ、びびった。
「峰寿?」
エリカの部屋にいってみた。
「・・・あー・・・峰寿今日はいないよ。多分。」
「なんで?」
「仕事。」
「・・・ふーん。」
「でも、どうしたの?峰寿探してるなんて稀じゃない。」
エリカが興味深げにきく。
「なに?若紫は中将に惚れちゃった?」
「・・・・は?」
なんだそれ?
「あははっ。で?何?どうしたの?」
「・・・・・・・・・・・あ・・・うん。ちょっと。」
手に持っているものを握る。エリカがそれに目を向ける。
「・・・・手紙?ラブレター?」
「違う!・・・クリスマスカード・・・。」
「・・・・・クリスマスカード?」
「と、年賀状いれた封筒。」
エリカは目を丸くして、首を傾げた。
「誰に?」
「・・・・施設の皆に。・・・見た事もないような昔の施設の人がさ、クリスマスカードをいつも送ってくるんだ。なんか、それ、恒例みたいになってて・・・。毎年カードが増えて大変なんだけど・・・。なんていうか・・・。俺も・・・。って。」
しどろもどろになってしまった。なにも間違ったとしてないけれど、なんだか照れくさかった。
「へー・・・・。で、峰寿に出してきて貰おうと思ったんだっ。」
エリカは微笑んだ。音華は頷く。
「そっかそっか・・・。えらいね音華ちゃん。」
「・・・べ・・・別に。」
「でもそうだなぁ・・・。私は山を降りる予定ないし・・・。あ、芳ちゃんは?」
「えぇ!?」
なんだこの反応。
「や、芳ちゃんだったら、多分一緒に降りてくれるよ。私と一緒に降りてもいいんだけど結局芳ちゃんの所に言って許可取らないといけないからなぁ。多分芳ちゃんが、自分が行くっていうとおもうし。」
「や・・・!やだ!」
「やだ?」
「なんか、恥ずかしい!」
「恥ずかしい?」
音華は頷いた。
「何が?」
「なん・・・なんか。こういう、まだ施設にこだわってるみたいなところ、見せたくない。」
「・・・・・・・・・・音華ちゃん。・・・負けん気強すぎ。」
エリカがふっと笑って言った。

「芳ちゃんっ。」
エリカが芳河の部屋を覗きこんだ。
「どうした。」
「ちょっといいー?」
「あぁ。だが、音華見なかったか?来いと言ったのにまだ来ない。」
「そうその音華ちゃんのことだったんだけど。」
「何かあったのか?」
エリカは吹き出した。
「何も言ってないよーっ。心配性だなぁ。音華ちゃん連れてちょっと山降りたいんだけど。」
「・・・なんでだ?」
「野暮用っ!クリスマスだから。デート。」
にこっと笑ってみせる。
「・・・・・・・構わないが・・・・。エリカ、平気なのか?」
「え?」
「・・・お前、クリスマス嫌いだろう。」
「・・・・・・・・・・え?」
芳河は黙った。
「・・・いい。分かった。だが先に音華に結界を掛ける。」
「あ、私がもう掛けたよっ。」
「・・・・・・・・・俺が掛けるって言っただろ。」
「芳ちゃんの忘却の術は解いてないよ。」
沈黙。
「卑怯者ね。芳ちゃん。」
「・・・・・エリカ。」
「分かってるけどさ。」
エリカは立ち上がった。
「分かってるから、何も言わないよ。でもそんな大技ばっかり使ってると、倒れちゃうよ。」
「・・・・・・・・あぁ。」
「じゃ、行ってくるねっ。師匠の承諾得ましたっ!」
「・・・・・・・・・・エリカ。」
「何?」
出ていこうとしたエリカを芳河が止めた。
「俺が・・・全部話す。だからなにも言うな。」
「・・・・・・・・分かってますよー。そんな野暮なことはしませんっ。じゃーねっ!おみやげ期待しといてっ。」
手をふってエリカは去った。

「承諾ゲットしてきたよっ。」
「あ・・・ありがとう。」
「どういたしましてっ。いこ!」
車に乗ってエリカと音華は山を降りた。
「・・・・あっ!」
その途中で音華は叫んだ。
「え?なに音華ちゃん。忘れ物?」
「着替えてねぇ!袴だ!」
「あははいいじゃんっ。上に羽織り着てるし寒くないよっ。マフラーも巻いてるじゃない。」
寒さの問題じゃない。
「大丈夫大丈夫。誰も気にしないよっ。」
「・・・・・・・・俺が気になるんだよ。」
「あれ、みてくれ重視型?」
諦めよう。

「・・・へー・・・。」
音華は感心して声を上げた。
「京都でも一応クリスマスはこんな風に祝うんだな。」
「あはは、何それー。」
「はじめてきた。この時期、京都。」
「あ、ほら音華ちゃん。ポストだよ。」
音華は頷いてポストに駆け寄った。イルミネーションの輝く町。自分の町よりもいくぶんかお洒落だ。
「で、どこ行くっ?音華ちゃん。」
エリカがにこやかに聞いた。二人は当てもなく歩きだした。クリスマスの雰囲気が町全体に溢れてる。音が聞こえる。
「あ!これがワムだよ!」
「・・・あー、聞いたことある。」
どこかから聞こえるジングルベルや、きよしこの夜がなんでかとてつもなく懐かしく感じた。
「なぁエリカ。」
「なに?」
袴に向けられる視線にも、慣れてきた。音華は尋ねた。
「俺とエリカの父親って・・・誰?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
エリカは黙した。分かってた。この話になるとエリカは黙ること。エリカの傷口に爪を立てているのかは分からない。
だけど彼女は何も喋ろうとしなかった。今の話は忘れてくれと頼んだこともあった。
だけど聞かずにいられなかった。なんだか頭の端っこでひっかかった。
なんだっけ?
最近父親を見た気がした。どこかで。
だけどそれを思い出そうとすると空白が頭を襲った。
まるで何かの呪文がもやを出しているように。
「・・・・・・・エリカ。」
引かなかった。引けなかった。
「うーん・・・・・・・。」
エリカはうなった。そして無理矢理微笑んだ。
「私の苗字憶えてる?」
「・・・・・・・グレイメン?」
「あ、そっち憶えてるんだ。」
笑った。
「そっちはイギリスの・・・家の名前。」
「なんだっけ。」
憶えていなかった。
「西院寺。」
「・・・それ・・・。」
「うーん。すっごくこんがらがってるから、説明が難しいんだよねー・・・・。」
「・・・・?」
「私の日本での一応の父親の苗字が西院寺なんだ。」
「・・・・つまり母さんの夫だろ?決められてた婚礼の。霊血の。」
「・・・うーん・・・。そうなんだけどね。この婚礼。結局果たされなかったっていうか・・・。」
「?じゃあなんでエリカは母さんの養女なんだ?」
「全部取り決められてたんだけどね。若草様が体調を崩されだして・・・。婚礼は結局おじゃんになったの。」
「・・・・・・・・・母さん、病気で死んだんだな・・・。」
「あ。うん。病気っていうか、・・・寿命だね。」
「寿命?」
信じられなかった。だって、何度か目に焼きついた母親の姿は、いつだってものすごく若かった。
「でもじゃあ・・・。」
「若草様がね。私を育てるって言ってくれたの。」
「・・・・・・・・。」
「だから、もう苗字も付けられた後の私を、なんの関係もない私を引き受けて育ててくれたんだ。」
エリカは突然音華の手を取った。随分冷えていた。
「多分。・・・音華ちゃんに出来なかったその全てをせめて私にしてあげたいって思ってくれたんだと思う。」
「・・・・・・・うん。」
音華は俯いた。
「・・・じゃあ、・・・俺のお父さんは?」
顔を上げた。
「母さん結婚してなかったってことだろ・・・?・・・・・・・・・・あ。」
気がついた。
「・・・だから・・・俺、捨てられたのか・・・?」
エリカが突然足を止めた。
「音華ちゃん。」
「・・・うん。」
エリカの目は真剣で、その青い目に引きずり込まれそうになる。
「その話は、私からは何もできない。」
「・・・・・・・・・え?」
「その話は。私がするべき話じゃないから。」
エリカは微笑んだ。だけど、悲しい顔だった。
「もう少しだけ、待ってあげて・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん。」
音華は黙って頷いた。これ以上は聞けない。そう確信した。
「いこっ!私いいこと思いついた!」
突然エリカは駆けだした。
「うわっ!ちょと・・・エリカ!」
「行ってみたかった場所があるんだっ。」
「わかった!分かったから走るな!袴で走るのなれてねぇ・・・って、ちょっと!」
エリカは止まらなかった。


「二人ですっ。」
エリカがピースをしてにこやかにそう言った。
「・・・エリカ。」
「わーっすごいっ!こんな機械でやるんだっ!いこっ音華ちゃん!3階だってっ!」
「ちょ・・・っエリカ!」
引きずられて来たのは、カラオケだった。
「私一回だけ来てみたかったんだよね、此処!」
「・・・俺も初めてだ。」
「本当にっ?あははっ!で、これ、どうするの?」
「・・・わかんねぇ。」
リモコンをいじって見る。格闘すること10分ようやく一曲目が画面に流れ出した。
「わーっ!すごい音だねっ!」
「・・・おう。」
はしゃぐエリカを見守ることに徹しようと決めた。こりゃ、止めても無駄だ。
エリカが歌ったのは聞いたことのない洋楽だった。
「・・・クイーン?」
「そう。峰寿に借りて聞いてたんだっ。」
さすがだな。発音のいい歌い方をする。じっとエリカを見つめた。
いつか学校で無理矢理聞かされたようなもんの軽音楽部の洋楽のボーカルは耳を塞ぎたくなるような歌い方をしていた。
「はいっ!音華ちゃんの番だよ!」
「えぇ?!」
「はやくはやく!」
「・・ちょっと待てエリカ!俺歌なんか・・・!」
「なんでもいいからっ。はい!」
リモコンを押し付けられる。
この日、生まれてはじめて人前で歌を歌った。


「楽しかったねーっ!」
エリカガ満面の笑みで言った。
「・・・おう。」
疲れました。喉が枯れた。
「行こう音華ちゃんっ!車が待ってるよ!」
「おう・・・。」
手を引かれて歩きだした。
エリカは不意に無言になった。エリカは時々こうだ。ものすごくはしゃぐくせに、ふとした瞬間に無口になる。
「エリ・・・。」
「音華ちゃん。」
エリカがこちらを向かずにそう言った。
「私、本当に音華ちゃんに会えて良かったよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・エリカ?」
「妙な運命でも、私、それだけは嬉しいことだと思ってる。」
ニッコリと笑ってエリカは振り向いた。
「・・・・・・・・。うん。」
頷いた。それから車に乗り込んだ。


On*** 36 終わり





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