遠雷の音は結構好きだ。

芳河がこの館を出てから、結構な日が過ぎた。夏は暑さのピークを向かえている。
日本のむし暑さは、さながら殺人的である。音華は、今日は部屋の中でこらえて本を読んでいた。
時々エリカが顔を出してくれる。
峰寿は殆んど顔を合わすことはないが、一度顔を出してくれた時にCDウォークマンを貸してくれて、いくつかのCDも同時に貸してくれた。
Mr.Bigのto be with youが最近のお気に入りだ。いつかCMで聞いた事がある曲だったから。
そのほかにも、oasisのアルバムを二枚とハナレグミと、絶対に持っていないと思っていた西洋クラシックのアルバム。
あまりクラシックは好きではなかったが、峰寿が貸してくれたCDはとりわけ有名なものばかりで、聞きやすかった。
このベートーベンという怖い顔の男は、結構音華すら知ってる曲を作っていたんだ、ということを始めて知った。
最近、夕方、必ず夕立が来る。スコールだ。もはや日本も熱帯だ。
そのたびに遠雷が鳴る。
そのたびに眼を閉じる。

本の眠気がきっちり働いて、昼寝をしていたらしい。夕方、遠雷の音でふっと目を覚ました。
「・・・・・・・・・・・・暗・・・。」
外の雨のせいで、部屋が暗かった。
「のう。」
「!」
またあの声がして障子のほうを向いた。
「鬼がおらんうちは、かかわれんのは解かったんだが、ひとついいか。」
「・・・・・・・・・どうぞ。」
「此処に昔住んどった、娘の後継は誰だ?」
「・・・・・・若草・・・・・・・・の事か・・・・。」
「そうだ。」
音華は言葉に詰まる。後継?養女であるエリカだろうか。
「・・・後継って、どう言う意味で?」
「後継は後継だ。」
「・・・子どもってことか?」
「あぁ、そういう場合もある。」
「・・・養女が、いる。でも、この前言ったみたいに名前は言わない。そう決めてるから。」
「養女?実子はおらんということか?」
「・・・・・・・・いるにはいる。でも、後継かどうかは分からない。」
分からないんだから仕方ない。
「その倅は何処におる?」
「・・・俺。」
「お前か。なるほど、此処に居るだけはある。」
コトン。また床が鳴った。遠雷の音がする。
「のう。」
「なんだよ。」
「お前。わしの助けはいらんか?」
「・・・・悪魔との取引みたいなこと言ってる?」
「なかなかの言われようだが、そう言うならそういうものかもしらん。」
「・・・別にいらない。対価のいるものならば、自分が欲しい物だけに払う。」
音華は言い切った。
「わしはいらんか?」
「自分を売り込むには歳が行きすぎてると思うぜ、爺さん。」
「ほっほ・・・!面白い倅じゃな。」
「俺、女だけどな。」
倅、だと男と思われてるような気がしてならない。
「気にいった。倅。」
だから、女だって言ってるだろ。とはつっこまない。
「わしの力が欲しくなったら、云え。若草の娘。」
あ、分かってるんだ。
「・・・欲しくなったら、何で対価を払うんだ?」
気になった。
「対価は、お前の信頼で十分だ。」
「・・・・・・なんだそれ。」
「ただ、お前が、わしの認めるに値するものかどうかを判断する。」
「・・・・テスト?」
「そう・・・ともいうのか。わしは今の言葉は知らん。」
あら、それはたいそうお歳を召してますね。
「・・・認める、とか。そういうのは、好きじゃないな。」
音華は呟いた。
「ほう?」
「他人に認める、認めないと判断されるのは嫌いだ。」
「ならば何なら好む?」
「・・・・・・お前の考えを、好きだって言ってもらえるほうが、お前の考えを認めてやるって言われるよりは好きだな。」
「・・・・ふむ。なるほどな。」
「別に。爺さんが、好きな言葉を使えばいいけどさ。」
音華は、その影を見ながら雨音を聴いた。音は弱い。
「そうか。ならば、わしの力が欲しくなったらわしを呼べ。わしは『雷艶』。」
「・・・・・・・・・・・俺は、音華。」
「?名は名乗らんのではなかったのか?」
不思議そうな声をだした。
「・・・っさいな。名乗られたのに、名乗り返さないのは好きじゃない。」
音華は切りかえした。
「ほっほ、・・・・好きだぞ、そういうのは。ではまたな、音華。」
「・・・おう。」
その影はまたしゅるんと消えた。
「・・・・爺さんに告白されてもな・・・。」
っていうかなんなんだ。軟派か?


「爺に告白されたら、どう断ったらいい。」
「へ?」
エリカは、意味が解からず音華を見た。
「なに、音華ちゃん、告白されたの?」
笑う。
「こう言ったらいいじゃん。『私には光源氏がいます。』」
「エリカ。その光源氏は誰のことを言ってる?」
「あははっ、うそうそ!ごめんって!」
なかなかの殺気が飛んできたものだ。
「でもそっか。音華ちゃんの魅力にとりつかれた人がでてきたんだ。こりゃ、みものだねぇ。」
「・・・・・・面白がってないか?」
そのとおり。
「そうだ、音華ちゃん。これ。」
「・・・・?なんだ?」
「芳ちゃんの本。真音の表が載ってるの。これ、極秘な本だから、失くさないようにねっ。」
「・・・・・・・・あぁ。でも芳河が修行は進めないって。」
「読むだけなら、あの阿呆も一人で進められるだろうって、言ってたよ。」
「了解、お前なしでもやってやります鬼。」
むかつくな!
受け取る。
「・・・・・・・・暇・・・つぶしには、なるかな。」
「・・・やっぱり暇?」
エリカが音華の目を覗きこむ。
「芳ちゃん居なくて、淋しい?」
「淋しくなない。でも、・・・だな、暇だ。」
「うーん。そうだ、じゃあ、後で花札でもしない?」
「花札?」
「知ってる?こいこい。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ。うん。」
エリカはニッコリと微笑んだ。

「はい、じゃあ、始めます。」
エリカが札を置ききって言った。
「賽ふって。」
さいころをふる。4と2。エリカもさいころをふった。3と5。
「じゃ、私から。」
札を置き、取る。その手つきは慣れている。音華も花札とカルタは施設にあったのでやった事があった。
あんまり役は覚えてないけど、やりながら思い出すだろう。
十二月。
「・・・つ・・・・強いよ音華ちゃーん・・・・!」
エリカががくんとうなだれた。
33文対6文。ボロ勝ちだ。
「な、なんかすっげぇ運よかった。」
月見酒や花見酒が腐るほど飛び込んできた。
「超くやしいー・・・・。」
「そん、・・・ただの運試しだろ?」
「んー・・・。や、この花札は特別。」
「え?」
「霊力が関わってくるんだよね・・・。負けたぁ・・・・・・・・。」
悔しそうな顔をする。
「霊力花札?」
なんだそれは。
「くやしー。もう一番!」
「えぇ?!」
結局5番ほどつきあわされた。3対2で勝ち越した。
「なんか疲れた・・・。」
身体が重い。
「私も・・・結構つかれた。真面目にやったからね・・・。」
エリカがばたんと畳に倒れた。
「でも久しぶりで楽しかったぁ。」
微笑んだ。音華も笑った。
「俺も。」
懐かしい。正月の花札と、百人一首。
それから、人生ゲームもあったな。職業カードがいくらか欠けていて、皆たいした職に就けないのが。
「ここ、百人一首とかもあるのか?」
「え。音華ちゃんできるの?私はできないなぁ!あれ、覚えらんないよ!」
「できないけど、カルタだろ?めっちゃ考えて探してやってた。」
上の句だけで分かるのなんて、数えるほどしかない。
「へー。面白いの?」
「まぁまぁ。皆が同じレベルなら。」
「ふーん。じゃ、今度やろうよっ、峰寿と芳ちゃんとっ!」
「少ないけど・・・まぁ、大丈夫だろ。」
頷いた。エリカはいっぱいの笑顔をした。
雨は今日も、夕さりにやってきた。

本は読んでみた。やる事がなく、暇なので、かれこれ三日ほど続けて読んではいるが。
「・・・・・・・・・意味がわからん。」
この音の表。全く解からない。
本を閉じて、机の上に置き、深いため息をついた。
芳河はどうしているんだろうか。
こんな本、読まされてる、なんてことはないだろう。
だけど芳河も初めは、こういう風に本を読んでたんだろうか。全然想像がつかない。
生まれながらに鬼なのではないかという一種の疑い。
俺はこんなことをしていて、こんな、理解できないもの読むだけ読んでて、果たして芳河のような陰陽術を使えるようになるのだろうか。
「・・・・・・・・・できねぇよ。」
畳に倒れた。い草の目を指でなぞる。畳の匂いがする。結構、好きな匂いだ。
暗記はできても、理解はできてない。そういう、勉強は好きじゃなかった。頭の中が気持ち悪い。気を保っていないと、いつのまにか無くなってしまっている。
なんだか、今自分がしている事はそれに近い気がしてならなかった。
手を伸ばして、適当に積まれた本を取って見る。
「・・・源氏かよ。」
だが、本を開いてみる。須磨・明石の巻。源氏が須磨に流された時の話だ。
「・・・・・・・ここでも浮気かよ。」
あきれたプレーボーイだ。一生流されてろ、と思うが。まぁ、紫式部はそんなふうには彼を描かない。
音華はふいに体を起こした。
そして、部屋から飛び出し、真っ直ぐ裏の泉へ歩きだした。
急に、身を清めたくなった。集中したくなった。頭の中が気持ち悪い。まるで、一夜漬けしたあとの頭のようだ。うっとおしい。
音華は真っ直ぐ水に身を突っ込み、ざばんざばんと水と踏みつけキラキラと流れる瀧へ身を投じた。
一気に頭を冷やす。目を閉じて瞼に映るあてどない黒を見つめる。その奥に何かがあるような気がして、じっと見る。
五つの要素で成り立っている世界。世界。宇宙の一部。
全てが絡まってすすむ時間軸。梵語の音写、真言の数珠。須弥山と閻浮提。神の声の拝借。五行の力の拝借。陰陽の力と、生と死の微妙な境界線。
「天地の間を循環して留まることのない、五つの元気。」
知らない声がした。いや、知っている声だ。目は開けない。
「解かるか。それを知り、その力を引き出す事が陰陽術。天と地を行き来するその力は、神と人間を繋いでいるもの。その力は天から地上へくだり、地上から天へ上る。天から下ってきたその力は神聖な力を持つ。それを使う事が陰陽術。すなわち、神の力を借りるということだ。それを示す言葉を、口から出すことで、人間が神の声を借りる。その神の声を放つ事が、陰陽術を放つことだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・芳河?」
目は開けない。芳河、ではない。誰だ、目の前にいるのは。ゆっくりと目を開けた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いねぇ。」
だけど、そこには誰も居なかった。
音華はゆっくりと滝から出る。そして、池から上がる。
「・・・・・・・・・やべ。袴のままだ。」
あの声は、どこかで聞いた事がある声だ。誰だったっけ。
滴る髪をしぼって、歩き出した。
誰だったっけ。

「・・・・・・・また、雨だ。」
夕方にまた雨が降る。音華は障子を閉めた。そしてじっと座る。目は開いたまま、じっと障子を見つめ座る。
頭がやけに冴えている、意識がひどく集中されている。
「・・・・・・・また、爺さんかよ。」
コトン。あの影が障子に映る。遠雷が鳴った。
「ほ、来るのがわかっとったのか?」
「・・・・・・・・なんとなくな。」
「なんとなく、か。」
繰り返した。声は笑っているように聞こえた。
「その声だと、何か解かったようだな。」
「・・・・・・さぁ。」
音華はびくともせず、呟いた。
部屋はどんどん真っ暗になって行く気がした。空を覆う雲が黒く重たいせいだろう。光る空を隠しきって、雨を降らす。
「若草の後継。」
「音華だ。」
「もう一度聞こう。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なにを。」
「わしの力はいらんか?」
音華はじっとその影を見つめた。
「認める、ってのかよ。」
「認めさせてみろ。」
「嫌な言い方ですこと。」
音華は笑った。
「ならば、惚れさせてみろ。音華。」
「・・・・・・・・・・・・・・火傷するぞ、じーさん。」
音華が呟いた。瞬間、すぐ側に雷が落ちた。そして音華は見た。
その刹那に見えた、その小さな物の、正体であろう、その姿。
大きな大きな影が障子に映った。音華は汗が滴るのを感じた。
「どちらが火傷するかは、主次第だぞ。」
「・・・はっ。」
メキメキメキ、木が軋む音がした。
音華はとっさに構えて立ち上がった。
何かが変容している。空気が。空間が。時間が。その影は、大きくなる。心なしか、床が揺れている気がする。
「ゆくぞ。」
その声は。耳に響く。ぐっと拳を握る。その瞬間に障子は倒された。
「!」
音華は、とっさにとびのいて、その正体を目にする。
大きな、大きな狼のような、はたまた鹿のような。不思議な色合いの、一言で言うと、化け物。
角が光る。音華はとっさに、芳河がいつか置いていった札を手に取った。
だけど、札の使い方なんて知らない。音華は構えたものの、動けなかった。向こうも動かない。
音華は大きく息を吸い込んで、死呪を叫んだ。いつもより強い風が巻き起こり、確実に雷艶の周りに龍のようなものが飛んでいった。
封じの死呪だ。100%成功した。しかし、その龍は、雷艶を撫でるだけでシュルンと空へ上っていった。
「・・・・っ!」
「死呪か、その霊力のため、他の者よりは強いものを放つな。だが、わしには効かんぞ。」
ズン!そいつは一歩音華に近寄った。まずい。目の前にいるこの何かは、おしゃべりな爺ではない。直感した。
身を許すと、飲み込まれてしまう。引きずり込まれる。音華はあとずさった。が、そいつの前足が音華を踏みつけた。
「い・・・っ!」
すごい勢いで倒されてしまった。踝が畳ですれて熱くなった。すごい力だ。身体が痛む。痛む。痛む。
容赦ない。甘かった。なんとなく、話をするこの相手を、生ぬるい目で見ていた。コレは、人間じゃない。
人間じゃないものに、人間の“普通”が通用するハズがない。
「オンギライカミノカミフウシュダ!!!!」
バシィ!
閃光と共に、押さえつけていた前足が身体から外れた。音華はばっと体を起こしひりひりするする足で駆ける。
「術祖か・・・・・・・・・倅・・・。なつかしい技を使うのぅ。」
そいつは満足げに笑った。
「っせぇ!」
バン!だめだ。部屋の隅に追い込まれただけだ。同じ技が通用しそうにない。だって、こいつは腕こそ離れたものの、平然としている。握っていた札に目をやる。
ズン!また一歩そいつは音華に近づく。雷が外で鳴り響いてる。何度も部屋が白く光る。汗が落ちる。
ぎゅっと、札を握り閉めた。
芳河なら。
ズクン。心音が鳴る。こんなに大きな音をたてて身体の中で響くのか。
芳河なら、こういう場合どうする?どう対処する?
あいつなら、きっと顔色一つ変えずに、札をかざし、詠唱を初めて陰陽術を使うだろう。
あの背中が一瞬目に浮んだ。
でも、どの言並びを?
ゾクン。身体が震える。芯の奥からじわっとやってきた恐怖が骨の隋に到着したらしい。
部屋が白く光った。近くに落雷した。耳が張り裂けんばかりに痛んだ。
雷。・・・雷?
ゴクン。つばを飲み込む。と同時に再び札を握り締める。
「惚れさせる前に、食われてしまうぞ。倅。」
そいつはにっと笑ってまた前足を振り上げた。
「・・・・・・・・オン・・・・。」
「・・・・・?」
音華の声に、体の動きを止める。
・・・・・オン・・・アンビツ・・・ウシャンカカカ・・・・オノガコエ、・・・・オノガシン・・・―――」
ゆっくりと、だけど、はっきりと。
ワ・・・カミノコエ・・・・サス・・・ガ・・・ツイハ・・・・カミノツイ・・・・っ―――」
声を出す。言葉の数珠。
またひとつ、汗が落ちた。握る札が、ブルブル、ひとりでに動き出した。音華はそれをゆっくりと、いつも芳河がするように、人差し指と中指ではさみ、体の前に、ゆっくりと、ゆっくりと、もっていく。
雷艶はかたまっていた。じっと音華を見ていた。大きな目で。光る角で。
カカ・・・・アンカ・・・タ・シャン・バ・・・・・カラウン・・・・・―――。」
札がブルブル震えるのを急に止め、ビシっと、一直線に固まった。
サンシャン・ビカラウン・・・・・・・・・・・オンッ!
叫んだ。瞬間。雷が落ちた。瞬間。障子が全て裂けた。地面が揺れる。音華は、足を踏ん張って、ただ、札を前にかざし、どこからか吹き込んでくるものすごい風に、眉を寄せ、耐えていた。目の前にいる、この変な色の化け物を囲う、すさまじい何かの風。すこし埃っぽい風。それは、美しい筋を描いて彼を襲う。あげられた前足はそのままで、身動きがとれないようだった。音華は、繰り返す。
・・・カカ・・・アンカ・・・タンシャン・・バッ・・・・・!
詠唱。構えた右手を左手で支える。さもなくば、引っ込めてしまいそうになる。
「・・・・・・・・ッ・・・・オン!」
バシュン!
すさまじい音がして、一瞬稲妻が見えたと思うと、其処は、静まり返った闇だった。
次第に雨の成す音が、帰ってくる。音華は、いつのまにか、息が上がっていたことにここで気がつく。汗だくだ。
がくんと、膝を落とす。右手にあったはずの札が消えている。ものすごい疲労感だった。力が入らない。
「・・っ・・・。」
だけど、構えなければ・・・そういう意識が頭に涌いて、ゆっくりと重たい頭を上げ、目の前に据えるあの化け物をみた。
上がった息だけが雨の音と一緒に聞こえる。そこにぽつんといる、小さな小さな人形のような、石のようなものを見る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・倅。」
ゆっくりと、そう呼んだ。
「・・・・・・・・・・・・・・んだよ・・・爺・・・っ。」
なんとか声が出た。
「・・・・・・・・っ・・・まだ・・・やんのか・・・・!」
だめだ、力が出ない。立ち上がれない。もう一度この化け物が巨大化して襲ってきたら、今度こそ喰われる。
倒れてしまいたい。そのまま寝てしまいそうだ。意識が、気を緩めたら、飛んでいく。
「なぜ、その言並びを使った?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は・・・・・?」
音華は、いきなり何を質問しだすのかと思った。
「・・・・しらねぇよ・・・・芳河が、いつか使ったのを・・・・土の言並びだったのを言っただけだ・・・っ。」
「・・・・・・・・・・何故土を?」
「なんとなくっ!」
頼むから、もう行ってくれ。これ以上は意識を保てそうにない。目を堅くつむった。
「・・・なんとなくか。」
笑ったような気がした。
「気にいったぞ。倅。」
「女だって言ってるだろ・・・っ。」
「あぁ、惚れたと言っている。」
「・・・・・・・・・・・・・・そりゃ・・・どうも・・・・!」
畳に頭がついたのが分かった。どうやら限界のようだ。
「忘れるなよ。わしの名前。」
「・・・・っ。」
もう声は出ない。
「わしの名前は、お前だけに捧げよう。音華。」
コトン。
それは、もう一度巨大化した。薄れゆく意識の中で見た。
それはゆっくりと顔を近づけてきた。
―――あー・・・だめだ。
その瞬間、意識が途切れた。


「音華ちゃん!」
「うあああ!」

目を覚ます。
「・・・・・・・・・・・・あ?」
エリカが覗き込んでいた。
「大丈夫?!音華ちゃんっ!何があったの!?」
「・・・・・・・・・・・え?」
エリカが芯底心配そう顔をして覗き込んでいる。体を起こそうとする。けだる過ぎて力が入らなかった。
そして見る。すごい惨状を。障子も襖もずたずただった。
「あー起きた?」
峰寿が水を持ってやってきた。
「大丈夫―?音華ちゃん。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おう。」
部屋の中はごちゃごちゃだった。
「何があったのこれ。台風一過?」
「びっくりしたよっ!夕食来ないから来て見たら・・・!」
支えられて体を起こす。
「・・・・・・・・・・あぁ。・・・・・・・うん。」
夢。ではなさそうだが、意味が解からないままだった。
「・・・・なんか、化け物と、戦った。」
「え?」
「へー?」
二人は不思議そうな顔をする。
「雷が落ちたんだ、そこに。」
「・・・・あぁ。うん。庭に落ちたね。なに、ナントカショックとか言うのかな、こういうの。」
峰寿を見上げてエリカが問う。
「いやぁ・・・俺現代科学は分かんないよ。」
峰寿は水を握ったまま答えた。そしてその水を音華に渡す。
「あ・・・・・・・・・・俺。・・・・陰陽術・・・多分、使えた。」
沈黙。二人は顔を合わす。
「夢見た?」
「大丈夫?」
真剣に言う。失礼ですけど。
「や、化け物相手に・・・使った、と思う。」
「化け物って・・・。」
「どこ、それ?」
「や・・・それがわかんねぇんだけど・・・・っなんか、こう、ちっさい石みたいな。や、狼?なんだ?」
訊かれても分からない。
「そうだ!名前・・・っえっと・・・雷艶!」
二人は、驚いて顔を合わせた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
沈黙。
「え・・・、なんだ?・・・・なんか、問題あったのか?」
汗。
「あ!ほ、芳河には内緒にしてくれ!化け物とかに関わるの禁止されてたんだ!」
ばれたら、どんな鬼メニューを投げつけられるか知れたものじゃない。
「・・・・・・・・そうじゃなくて・・え、音華ちゃん。雷艶って言った?」
「・・・お、おう。なんか、爺。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・峰寿。」
エリカが峰寿を見つめる。
「・・・・だよねぇ。」
頷く。話が見えないんで説明のほうお願いします。
「なんだよ。」
「え、音華ちゃん、雷艶、調伏したってこと?」
「・・・・・た、たぶん。わかんねぇ、途中で意識が・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・でも、今起きてる。」
エリカがうーん、と言ってから、じっと音華を見つめた。
「音華ちゃん。雷艶って、若草様の式神の名前なんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
あぁ。そっか。繋がってきた。
「数少ない雷の式神でね。若草様が一番目くらいに使ってた式神なの。」
「・・・・・・・・・・・・・・うん。」
「その、雷艶のことかな?」
「・・・・・多分。・・・母さんのこと、知ってた。」
「ヴェー!?ちょ、調伏したの?音華ちゃん!?」
峰寿がすごい声を出した。
「・・・・わ、わかんねぇ。だって、俺・・・。」
「だって、雷艶・・・って。・・・若草様意外に調伏成功した人間がいないんだぜ?!」
「わかんねぇ・・・っ!」
音華は声を張り上げた。
「わかんねぇ・・・・。でも。」
掌を見る。あの札の感触を覚えている。肩に触れる、あの前足が掴んだ痛みが残っている。
峰寿とエリカは再び顔を見合わせた。
「お腹すいてない?」
エリカは音華に尋ねた。音華は頷いた。そしてエリカの手を取って立ち上がった。疲労感。
峰寿とエリカに付き添われて、食事へむかった。二人は黙っていた。音華も黙っていた。
冷めた御飯を口にほおり込む間も、二人は黙って付き添ってくれた。
「ねぇねぇ、音華ちゃん。」
エリカがじっと音華を見つめながら言った。
「雷艶のこと、呼び出せる?」
「え・・・・?うー・・・・・・ん。」
考え込む。呼び出す?どうやって?
「・・・・わかんねぇ。」
エリカは峰寿をみる。
「うーん。これは、新しいタイプだなぁ。」
「だなぁ。どうしたもんか。」
「・・・・・・・俺、なにか問題あることしたのか?」
恐る恐る。
「ううん。初めてのケースだから。峰寿、次会うとき、訊いといてくれない?」
「うんー。まぁ、訊いてみるけどさ。」
峰寿が頭をぽりぽりかきながら言った。
「音華ちゃん。」
「おう。」
「雷艶、呼び出さないようにできる?」
「・・・・呼び出し方知らないのに?」
「うん。じゃ、いいか。芳ちゃんが戻ってくるまで、雷艶のこと、絶対呼び出したらダメだよ。」
「・・・・・・おう。」
頷く。なんだか怖くなった。雨はいつの間にか止んで、空には星が光ってた。


On20*** おわり



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