峰寿 泰樹の金色のピアス。

「芳河は?」
音華が尋ねた。
「芳ちゃんはちょっとおつかいなので、代わりに俺が音華ちゃん侍らせる役、お受けつかまつりましたっ!」
峰寿がへらっと笑って音華の前に立っていた。
「・・・あ・・・そうなんだ。」
「なに?芳ちゃんじゃないと不満?」
「それはない。」
即答。
「3日ほど、よろしくね。」
「3日?長ぇな。芳河どこ行ったんだ?」
「たんなる御遣い。だけどちょっと遠くまで。」
へぇ。と、しか言えなかった。これ以上訊くこともできなさそうだった。
「って、言っても。」
峰寿がため息交じりで笑顔を見せる。
「俺何したらいいか分かんないんだよねぇ。」
「へぇ?あいつ、何も指示出さなかったのかよ。」
「うーん。地獄の練習メニューっぽいのは持ってるけど。」
「捨ててくれ。」
峰寿は笑った。屈託無く笑う奴だと思った。
「でもそれもなんか、多分大したことないと思うよ。いつものメニューだと思う。」
「・・・早朝、お清め、次朝食、そんで死呪の練習。みたいな?」
「そうそう。これ手早く遣っちゃえば直ぐ終わっちゃうよ。」
うーん。と、うなった。
「峰寿は、時間あるのか?」
「時間?」
「あ、なんか、やっぱり陰陽師だし、忙しいんだろ?他にやる事あるんならそれでいいじゃねぇか。」
芳河が居ない時くらい、楽したいです。
「んー。それが俺も今暇なんだよね。」
「調伏とかしないのか?」
「うん。今はね。」
「・・・ふーん。」
「よしっ!決めた!」
いきなり大声を出す。何かを思い立ったようだ。
「お喋りしようっ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

「こっちこっち。」
峰寿が手招く。招かれた場所は行ったことのない敷地内の場所で、日向ぼっこに丁度よさそうな温かい中庭だった。
「・・・・こんなとこあったんだ。」
「小さいけどねっ。」
確かに。4×4メートル位の小さな中庭。箱庭のような印象だ。でも其処には嗣子嚇しがあって、本当に小さな池があって、金魚が何匹か泳いでいた。
「この時間は日が照るから。丁度いいっしょ?」
「・・・うん。でも・・・ここ人沢山通ったり・・・。」
「やだ音華ちゃん、なんにもやらしいことなんてしないよぉ。それともご希望でした?」
「ばっ・・・!違ぇよ!だって・・ちょっと。」
かっとしたが直ぐに声を落とす。
「大丈夫、あんまり此処らへんは簡単に入れないところだから。言霊衆とかは通れないよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ。・・そっか・・・。」
解ってたんだ。ちょっと恥ずかしくなった。
「でも、俺入っていいのか?此処。」
「ん。大丈夫。すぐそこ、俺の部屋だし。」
「・・・・そうなんだ。」
にこっと笑った。
「座ろ。」
とんっと彼は庭に足を出して座った。音華も頷いて横に座った。
日差しが脚にのみ刺さる。本当にこの庭だけをスポットライトで照らし出しているようだった。
「・・・・・、ピアス。開けてんだ。」
左側に座ったので、彼のピアスが直ぐ側に見えた。
金色の軟骨にあけた穴に通すピアスと、耳たぶの小さな赤い珊瑚のようなピアス。
「うん。音華ちゃんは?」
「・・・昔あけたけど。」
「閉じちゃった?」
「わかんねぇ。此処に来てから付けてないから。」
触って見る。どうだろうか。気まずいかな。
「・・・峰寿も此処にずっと住んでるんだっけ。」
「うーん。そうだねぇ。でも俺は多分他の陰陽師に比べて最近は大分出張が多い気がするけどね。」
「なんで?」
「そういう役回りなのだ。」
「・・・・・・・・・・・大変だな。」
峰寿の横顔を見て見る。明るい色の短髪。
「ん、そうでもない。此処から出れないほうが大変だよ。」
音華を見る。音華は言葉に詰まる。そういえばそうだ。此処から出ようとしていたことすら忘れかけていた。
「でも、芳河みたいに小さい頃から、こういう、修行してるんだろ。」
「あー・・・・・うん。そうだね。強制的にやらされた。」
「・・・・強制的に?」
驚いた。
「そりゃもう、嫌でたまんなかったなぁーっ。」
「じゃあなんで、やってたんだ?」
不思議だった。
「俺みたいに、こう、厄介な体質だったのか?修行しなきゃいけないような。」
「あー・・ううん。そういうんじゃない。」
じゃあ、なんでだ?とは訊かないが、じっと峰寿を見た。峰寿は微笑んで目を閉じた。
「俺の家が、陰陽師だから。」
穏やかな声だと思った。いつものチャカしたような声じゃない。
「そういうモンなんだよ。この世界はっ。」
音華のほうに振り返って笑った。音華は、ただ黙って見つめ返す。
「俺の家、結構古くからの陰陽家なんだよね。確か平安?」
「・・・鳴くよ鶯?」
ふっと吹き出して頷いた。
「なんか有名な安部晴明とかとは全く関係ないけど、それくらい古い家なわけだ。」
「・・・・・・・すげぇな。」
「そだねー。でも、生まれた瞬間に陰陽師になる事決められたようなもんだからねぇ。ちっさい時はそりゃもう反抗したね。」
「家に?」
頷く。
「あー・・・ちょっと煙草吸いたいな。」
「吸うのか?」
「んー。時々ね。取って来ていい?俺の部屋直ぐ其処だから。」
頷く。彼は立ち上がり近くの廊下へ入り、すぐに戻ってきた。
「ごめんごめん。・・・いる?」
頷く。マルボロだ。久しぶりだった。火を付けて二人、無言のまま煙を撒く。
「身体に良くないぞー。」
「あげてから言うか。」
「ははっ。ごめんごめん。」
笑う。
「芳河やエリカは全く吸わないからなぁ。なんか新鮮だ。」
「人と吸うの?」
「ん。ま、友達と時々吸うかな。そんな頻繁じゃないけど。」
友達。陰陽師の中の友達とかだろうか。あんまり想像がつかなかった。
「音華ちゃんは?」
「俺は・・・いつも一人で吸う。」
「そっか。」
つるむなんてことは、一度もした事がないから。
「ね、この前芳河の小さい時のこと訊いたよね。」
「あ・・・あー。うん。」
「もうちょっと聞きたい?」
ふーっと、煙を吐き出した。そして峰寿を見る。楽しそう。
「おねしょ記録あたり、お願いします。」
「あっはは!おねしょは知らないなぁ!あいつと俺会ったの10だからっ。」
ちっ、舌打ち。
「でも、俺ら、結構最初仲悪かったんだぜ。」
「・・・・・・・へぇ?」
「俺は陰陽師にはなりたくなかったからね。一方でアイツは・・・もうあの頃には陰陽師になる事を心に堅く決めてたからなぁ。考え方も生きたい方向も違っててさ。そしたらあいつと仲悪くなるのは簡単だ。」
確かに。
「アイツは陰陽道に関することには、本気容赦なく厳しいからね。俺の意見では。」
「同意。」
「アイツが俺の事を嫌ってたかはよく知らないけど、俺はとりあえずアイツの事嫌ってたなぁ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
そうは、見えなかった。彼が人のことを簡単に嫌いになりそうに見えなかった。でも、芳河のあの態度があれば、それも可能か、とも思った。
「何回かしか、顔合わした事も、会話した事もなかったんだけど。なんか、近寄りがたかったんだよな。」
ふーっと、煙をもう一度空へ向ける。
「でも、なんかのきっかけで、たまたま。会ったんだよな。そうだ確か、宴会の夜だったかな。俺が厠から帰る時だった気がする。芳河が一人で廊下に座っているのを見たんだ。」
「そんな頃から宴会エスケープしてたのかよ。」
「うーん。アイツが宴会最後までいたの見たことないなぁ。そんでさ、アイツいきなり話掛けてきたんだ。」

「お前、俺の事避けてるだろう。」
ストレートに、落ち着いた声で人を刺す。俺は、不意をつかれたみたいになって、言い返せなかった。
「何かしたか。俺か、お前が。」
続いて刺す。芳河はいつもこういう一定の感じだった。そこも苦手だった。
「・・・何も。」
それが答えられる精一杯。
「俺が修行してると、お前、来ないだろう。」
「・・・・・・・・別に。」
早く立ち去りたかった。
「俺を避けるのは構わないが、修行しないのは良くない。お前も陰陽師になるんだろ。」
かっとした。
「なんねーよ!陰陽師なんかに!」
芳河は沈黙した。こちらを見ようとしないままだ。そういえば最初からこっちを見ない。
この時かっとしたのは、芳河はすでに初めての調伏も終えて、同じ年の陰陽師の中で飛びぬけた奴だった。
嫌味に聞こえてならなかった。
実際には、そういうのではなく、ただアイツにとって生半可に修行する奴が許せないと言うだけの話だったんだけど。
俺は、この時何かが外れたのを感じた。
「陰陽師なんかしらねぇよ!俺は絶対に陰陽師なんかにはならねぇ!なりたくねぇ!」
怒鳴った。
芳河はこっちを見ない。
「・・・・・・・そうか。」
それだけ呟いた。
「それだけの霊力を持ってるのに、もったいないな。」
芳河は月を見上げた。あの夜は、月が綺麗な満月だった。
「・・・お前にわかんのかよ。」
芳河はここで初めてこちらを見て指差した。自分の胸元にある勾玉の首かざり。
「それ、お前の両親がくれたんだろ。」
「・・・それがなんだよ。」
「お前の元の霊力が強すぎるから、鬼達に目を付けられんように、霊力を抑えるためのものだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
知らなかった。
「峰寿。」
どきっとした。初めて名前を呼ばれた。
「次からは、修行、ちゃんと来いよ。」
そして芳河は立ち上がり、そのまま行ってしまった。
俺は呆然と立ちすくんで、恥ずかしいやら、嬉しいやら、ごちゃ混ぜの気持ちでいっぱいになった。
それからはきちんと修行に出るようになったし、真面目にやった。芳河が言うように、あの勾玉がそういうものなら、両親の気持ちが何だか温かいものに思えた。
なんだか頑張ろうと思えたし、へこたれてた自信が少しだけついたからだ。
そこらへんから芳河とも時々喋るようになった。芳河と一緒に、昔から唯一芳河と中の良かったエリカとも仲よくなった。

「で、今に至るってわけ。」
「・・・・・・・・・。ふーん。」
嗣子嚇しを見つめる。
「芳河が居なかったら、まじでぐれて陰陽道蹴っ飛ばしてたかもなぁ。」
笑ってみせた。
「鬼だけど、いい奴だぜアイツ。」
「・・・・・・・・いい奴かどうかはわからねぇけど。」
あはは、と峰寿は笑った。
煙草は燃え尽きてた。

峰寿という男は、どこか不思議だと思った。
一般的な男子だ。何も飛びぬけてどう、ということはないし、今時の男の子だ。洋服を着て町をフラフラ歩いていてもおかしくない。
言ってしまえば、陰陽師というこの世界に、この古臭い寺の匂いがする世界から、出ていこうと思えば出ていけるそういう風に見えた。
なんと説明したらいいだろう。此処の少し陰気な風を欠片も感じない、そういう男なのだ。
笑顔に屈託がない。芳河には笑顔がない。エリカの笑顔もいつも眩しくて明るいが、一瞬ポツンと影が灯る時がある。
そう思ったのはエリカが、悲しい笑顔で「視えるから。」と呟いたのを見た後だ。
その他の陰湿――少なくとも音華に対しては、陰陽師と比べると、この峰寿という男はどうも、一般人に見えて仕方がなかった。
それが不思議なのだった。
夕餉にはエリカが出てきた。
「峰寿はいつも別の所で食べるのか?」
「あぁ・・・うん。そうだね。別の所で食べる。」
「ふーん。こっちで喰やいいのに。」
「・・・・・・・・・・・。峰寿の事、気に入った?」
エリカが微笑んで言った。
「まぁな。初めて煙草一緒にふかした奴だし。」
「音華ちゃん、煙草はだめだよーっ。」
しまった。エリカは音華が煙草を吸うことを知らない人間だった。
「もーっ、子供ができた時どうするのー?女の子しか生まれないからねっ!」
おかんのように、言う。
「わ、分かったよ。そんなに吸わねぇから!」
エリカは微笑んで、まぁよろしい、と言った。
「峰寿、いいこでしょ?」
「おう。」
頷いた。
「なぁ、エリカ。」
「ん?」
エリカは巧みに箸を使って豆をつかむ。
「峰寿もエリカも学校とかに行ってたのか?」
「学校?」
「・・・あ。ほら。高校とか。」
エリカは箸でもう1つ豆をつまんで口に入れた。
「行ってないよ。私たち全員。」
「・・・・・・・・・・そうなんだ。」
意外だった。
「義務教育も?」
「義務教育も。」
「ずっと、修行してたのか?」
「うん。」
エリカはなんでもないように頷くが、音華は、なんとなく言葉が出て来なかった。
学校なんて、ろくな思い出一つたりともないが、行かないってどういう感じだろう。
音華はどんだけケンカしても、先生に目を付けられて毎日怒鳴られても、それでも学校には行っていた。
授業をサボるにしても、毎日制服を着てあの乾いたあの町を登校した。卒業だけはしたかったからだ。
「だから学校ってちょっと憧れっ。勉強はしてたけど、ああいう学校って場所に行って見たかったなぁ。」
にこっとエリカが笑うのでちょっとほっとした。
「ろくなもの、無いよ。」
「えーっ、でもほら、旅行とか、御祭とかあるんでしょう?」
サボりました。
「あー・・・うん。」
「いいなぁ。」
いいのかな。呟いて問いただしてみた。


「じゃー今日はっ!一緒に、音楽でも聴きましょう!」
「・・・・・・・・・・・・。死呪は?」
「あれ、やりたかったの?」
いいえ。
「音楽って、どんな?」
「俺の趣味だけど。おいでおいで、俺の部屋ステレオあるから。ここで唯一っ!」
頷く。
「あ、やらしいことはしないから安心してねっ。」
「・・・・・・・・あ、はい。」
突っ込めなかった。峰寿は笑った。このノリ、彼はきっと生粋の関西人だと思った。自分もだけど。
音楽は、結構いい趣味だと思った。
音華自体音楽はほとんど聴かないが、峰寿が聴かせてくれる音楽は聴いたことあるのも沢山あった。
「これは?cold play。知ってる?」
「・・・・洋楽聴くんだ。」
「聴きますよっ!雅楽だとおもったの?」
そこまではいきませんが。
クラムボン、スガシカオ、くるり、ビートルズ、それから、洋楽の名前が覚えられないのがいくつか。
「気に入った?」
「・・・うん。」
大体あたりだと思った。峰寿は微笑んだ。いつでも、にこにこ、できる男だと思った。
「・・・お喋りとか、音楽とか、峰寿は芳河とは逆だな。」
呟いた。それは皮肉でもなんでもなく、ただ思った通りに言った言葉だった。
「あはは。だって、此処、窮屈でしょ?」
屈託無く、言い切りました。彼。
音華は、頷いた。それは微かに。
「異常だからね、此処は。」
「・・・・・・・・・・異常?」
「思わない?」
思う。でも、自分の育った場所をそんな風に笑って言うのか。
「俺は、こうやってガス抜きしないと、上手いことやってけないからさっ。音華ちゃんも・・・とか、ちょっと下世話やいちゃった。迷惑だった?」
「・・・いいや。」
峰寿は、よかったと言った。
「此処に居たら、此処でぼーっと生きてたら、自分もきっとこの異常に慣れて、その一部になっちゃう気がするんだ。」
「・・・・・・・・・嫌なのか?」
「やだね。」言い切った。
「自分だけは自分の目を持って生きてたい。間違ってると思ったことは間違ってるって言いたいし、エゴな理屈に屈したくない。」
その目は、澄んでた。強い。音華は、見入ってしまった。
「もちろん此処は好きでもあるよ。俺はこのまま・・・、生きていきたいし、此処には芳河もエリカも居る。音華ちゃんもいる。陰陽師でいたいと思う。」
「・・・・・・陰陽師でいたい・・・・・。」繰り返してみる。
峰寿は頷いた。
「でも、俺らは、俺らの風を作る。俺らの大人達の作ったの濁った部分は、変えていきたいかなっ。」
「・・・濁った部分?」
「異常な部分。それで・・・舐めてきた俺らの辛酸。」
辛酸。
「なーんてっ!誰かに聞かれたら気まずいねっ!」
いきなり、明るすぎる笑顔を見せた。音華は笑い返す事が出来なくて、俯いた。
「峰寿は、母さんのこと、知ってるか?」
「・・・若草様のこと?」
頷く。
「会ったことは殆んど無いけど。知ってるよ。」
微笑んだ。
「若草様も、・・・きっと辛酸を舐めてきたんだろうなぁ・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・なんで。」
「色々。一番は音華ちゃんのこと、育てられなかったことだよ。」
胸がしまる。
「・・・・・・・・そうかな。」
「そうだよ。」
胸が痛む。

此処は、不思議だ。もう随分施設を離れてから時間がたった。時々、施設の事が頭からすっぽりと抜け落ちてしまう。
自分が、持っていると言えるものは、施設とこの音華という名前だけだったのに。時間が外とは違うような気がする。
どうしよう、次に山を下ったら、浦島太郎になっていたら。いろんな意味でありえる。
学校はどうなっているのだろう。学校自体はどうでもいいものだが、卒業は、したかった。働くために。
もう直ぐ学校の暦上では夏休みだ。それでも欠席日数が危険だろうな。とか考える。
施設の皆は?どうしてるだろう。妹や弟たちは、自分なしでうまいことやってるのだろうか。
あいつら、すぐ泣いて喧嘩するからな。その度に自分の名前を呼んでたな。何人かはすでに貰われていったかもしれない。
もう二度と会えないかもしれない。園長先生は、相変わらずそこに居てくれるのだろうか。

次の日も、お喋りだった。エリカもたまたま通りかかって一緒だった。
「芳河って、もてねぇだろ。」
呟いた。
二人は顔を合わせた。
「なんで?」
「だって、アイツ。冷たいし、デリカシーとか無いし、性質悪いし、鬼だし、態度でかいし、口も悪いし、絶対うけねぇ。」
結構言いましたね。
エリカは吹き出して笑った。
「逆逆っ。芳ちゃん、超もてるよ!」
「えぇ!?」
耳を疑った。アリエナイ。
「ねぇ、峰寿?」
「ムカツクことに、もてる。」
エリカはいっそう笑って峰寿を撫でた。
「なんで?」
真剣に訊いた。真剣に御答えいただきたい。
「なんでってー・・・ねぇ。」
「プリンスはもてますよ。宿命ですよ。」
峰寿がうんうんと頷きながら言った。
「どこがプリンスだ。俺は光源氏が嫌いですけど!」
エリカがあはっとまた笑った。ものすごく楽しそうだ。
「芳ちゃん、顔は整ってるし。」
「物静かでクールだし。」
「なにより。」
二人は頷く。
「法術すごいし。」
「単身調伏最年少陰陽師だし。」
音華は、飲み込めないまま微妙な顔をしてた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・それ、もてるっていっても・・・陰陽師の間だけだろ。」
「陰陽師の中ではスターですからね。光源氏ですから。」
「源氏、光る君だよねぇ。」
だから、俺は光源氏は嫌いだって言ってるだろ。
「紫苑家の後継だしな。」
峰寿が小さな声で付けたした。エリカは峰寿のほうを見た。
「・・・峰寿。」
「わり。関係ないよなっ、家のことは!」
エリカがすこし膨れてた。
「芳ちゃんそれ言われるのすごく嫌いなんだからねっ!」
「わかってるよ。悪ぃ。ま、こんな感じでモテ要素はたっぷりと備わってる殿方なのでしたっ。どう?納得?」
音華の顔は、その答えを物語っていた。
二人は爆笑した。
「いやいや、本当だって!訊いてみなよっ!十中八九芳河は憧れの的だってば!」
「・・・・・・・・・・・在り得ない。」
頑な。
「音華ちゃんのこと、皆うらやんでるんだよー、生霊とか憑きそうだっ。」
「やめてくれ!」
冗談はヤメテクダサイ。あいつのせいで苦しむのは絶対にごめんだ。
「六条の御息所がぁぁぁぁ!」
峰寿がもがいてみる。エリカがそれを見て爆笑している。音華は頭を抱えた。
「と、いうことで。葵の上。お気をつけくださいっ。」
「・・・・・・・・・・・ヘェィ・・・。」
やめとけばよかった。最初の質問。後悔。
「で?その光る君は、何人姫を家ん中に連れ込んで侍らせてるんですかァ?」
やけくそになって訊いてみる。せいぜい葵の上が死ぬまでのまだかわいい浮気をかじった程度であればいいですけど。
「えー?居ないよー?ねぇ?」
「うーん。俺は聞いた事ないなぁ。」
「芳ちゃんのピンクな噂なんて聞かないもんねっ。」
「そういうおっかない橋は誰もわたんねぇよ。俺も怖ぇもん!絶対式神とんでくる!」
なんだ。つまらん。そういうスキャンダルでも掴めれば弱みを掴んだようなものなのに。
「そのうち、紫の上育てて見事手中におさめちゃったりしてねっ。」
峰寿が言って、笑った。エリカも笑った。そして二人は音華を見る。
「・・・・・・・・・・・・・・?なんだよ。」
ぶーっと二人は勢いよく吹き出し、大爆笑を始めた。
そういうことか、と解ったのは20秒くらい後だったので、今更この爆笑を止める気にはなれなかった。

「じゃ、音華ちゃんの子守。その三日・奮闘記は、これにて終了!」
夕餉に向かう前に峰寿が言った。
「峰寿、お前一緒に飯くわねぇのか?」
「んー。俺は、行かなくちゃいけないからさっ。いつか、機会があれば。」
「・・・今から用事か?」
「そういうとこっ。」
にこっと笑った。じゃあ、明日にでも、とは言えそうにない。彼は「いつか」と言った。
「・・・そっか。じゃあ、また。」
「うん。じゃあねっ!良い糧をっ!」
「・・・ありがとう。」
ひらっと手を振って峰寿は行ってしまった。音華とエリカは一緒にいつもの夕餉の間に歩き出した。
「いつも、この時間に仕事があるのか?」
訊いてみた。
「・・・んー。そんなとこかなぁ。」
エリカもあいまいな返事をした。だからこれ以上は訊けなかった。
夕餉の、澄まし汁の匂いがする。


「失礼します。」
男が暗い部屋に入る。
「食事ですよ。ご機嫌、いかがですか、姫様。」
峰寿は微笑んだ。それは落ち着いた、さっきとは違う笑顔で。


On*** 15 終わり



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