彼の涙で、心が軋んで、眼が覚めた。

「・・・・・・・・・・・・・・・あぁ・・・・もう明日か。」
音華はむくっと起き上がり冷えた部屋を見渡した。
明日。姫様にお目通りする。
結局あれ以降、峰寿には会えないままだった。
峰寿がくれた勾玉が枕元にある。
それを手に取り、握りしめた。
峰寿の、眼をこするシーンが胸に焼きついている。
「・・・おかしいよな。」
音華は立ち上がって、上を羽織り、障子を開けた。
「・・・さみ・・・。」
今日は天気が好さそうだ。きっと、もう春が来る。
「・・・姫、か。」

どんな人間なんだろう。

どんな顔?
どんな眼?
全く想像がつかない。
あの声から。
あの話から。
理解が出来ないんだ。
だって、飲み込めないんだ。
姫は一体。何が欲しいんだろう。
一体、何を縛り付けたかったんだろう。
自ら定めた、キマリをもって。


「音華。」
「なんだよ。」
「・・・いや、上出来だ。」
「どうも。」
札。書いて使えるようになった。数日で実にすごい進歩を遂げた。
「これだけできるなら・・・。」
「・・・・・・・・・できるなら、なんだよ。」
「・・・いや、阿呆の名の献上はまだ早いな。」
「殺すぞ!!!!!!」
殺気立つ。
「なぁ芳河。」
「なんだ。」
「母さんが、今の俺みたら、なんて言うかな。」
芳河は黙った。
「今の・・・俺。」
音華は真剣に芳河の目を見た。
「・・・・・・・さぁ・・・どうだろうな・・・。」
「・・・わかんねぇか。」
はっと、ため息をついて音華は外を見た。
「母さんをずっと見てきた人間なら、解かるかな。」
「・・・・・。どうだろうな・・・・・。」
母さんが、今の自分を見たら誇りに思ってくれるだろうか。
それとも、嘆くだろうか。
「音華。」
「ん?」
「何か贈るなら、何が欲しい。」
「・・・俺が?」
「あぁ。」
「誰が贈るって?」
「俺だ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
ぞぞぞぞぞって、擬音語が似合うくらい背中に何かが走った。
「きも!」
「人の親切を気持ち悪がる奴が何処にいる。」
「きもいって!きもいぞお前!」
「・・・やかましい、もういい。」
「や、だってどうしたんだお前!熱か!?」
「熱なんかない。もういい。続きをやるぞ。」
「うわ!ちょっと待てって!」
慌てて止める。
「なんだよ急に・・・!なんで贈られなきゃなんねぇんだよ?!」
「・・・祝いだ。」
「・・・数珠、貸してくれるんだろ・・・?」
「贈りはしないだろう。」
「でも・・・だって、貰えねぇよ人が他人に貰ったものなんて。」
「そうか。」
「・・・芳河が。」
音華は少し口をもごつかせて言った。
「・・・芳河が、母さんに貰ったことある贈りものって、・・・どんなのがあった?」
「若草様が?」
「ほら、袴とか、あったろ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
芳河は黙った。そしてこちらをじっと見た。
「・・・?」
「・・・いや。袴だけだ。」
「そっか・・・・・・・。」
「菓子などはよくくれたが。」
「ふーん・・・。」
「若草様なら、お前に何を贈るか、想像はつく。」
「え!?何?!」
「霊を寄せ付けないた・・・」
「もういい・・・・。」
そういうグッズならもう五万とある。
そういうんじゃなくて。
「そういうんじゃなくてさ・・・もっとこう普通の。陰陽師とは関係ない・・・。」
「・・・ものが欲しいのか?」
「えっ、いや!別に・・・だけど。母さんだったら・・・。母親って普通子どもに何あげるのかなって。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
沈黙。
「あ、や、やるぞ!芳河!俺明日暇じゃねぇんだから!今日やらねぇと!」
「・・・あぁ。」

「え?」
エリカは振り向いた。髪を結っている。
「何芳ちゃん、いきなり何かと思えば。」
もうすぐ調伏で出かける。その準備をしながら言った。
「音華ちゃんに何かあげるの?」
「あぁ。」
「うわっ!芳ちゃんが!?芳ちゃんが女の子にプレゼント!?」
超嬉しそうにエリカは笑った。
「やっばい!源氏の贈り物だよ!女の子を落とす時に使う必殺技だ!」
「・・・誕生日だ。」
「え?」
エリカは眼をきょとんとさせた。
「調伏を済ませた一週間後。あいつの誕生日だ。」
「・・・・・・え、へぇー?!知らなかった!じゃあめっちゃくちゃ祝わない・・・と・・・・・・・・。」
エリカは声をしぼませた。気付く。
「・・・あぁ、芳ちゃん・・・もうその頃には此処には居ないんだね。」
「あぁ。」
「だから調伏のお祝いって名目で今渡したいんだ。」
「・・・・・・・・・・。」
エリカはニッコリ笑って見せた。
「うーん・・・そうだなぁ・・・。私なら、アクセサリーとか可愛いと思うかなぁ。」
「お前、何も付けないだろう。普段。」
「ちょっ!そういうイチャモンやめてくれるー?!」
エリカは膨れて言った。
「えーっと、じゃあ・・・服とか?」
「着物か?」
「うん。あ、でも今からじゃ仕立て間に合わないか。」
芳ちゃんが女の子の着物選べるとも思えないし。
「えっと、じゃあ・・・。なんか可愛い小物とかっ!」
「小物?」
「うん。音華ちゃんの部屋って、なんか殺風景じゃない。だから部屋に飾れるもの。」
「・・・・・・・・あぁ。」
「音華ちゃん女の子とは思えないほど、物欲なさそうだからねぇ。何にも置いてないじゃない。」
「・・・。」
それはきっと、あの言葉。「・・・・そんなに・・・沢山のもの・・・背負ってねぇだけだ」と、音華は言った。
「・・・分かった。礼をいうエリカ。」
「ううんっどういたしまして。」
「気を付けろよ。」
「うんっ!夜は一緒にご飯食べようね!」
芳河はすっと部屋を出ていった。
「うーん。芳ちゃん、ものっすごく変わったなぁ。」
ふふっとエリカは笑った。
「・・・・・・・・・明日か・・・。」
外を見る。
「・・・姫様も、音華ちゃんに出会って、変われたらいいな・・・。」


夕餉、エリカは帰って来なかった。
調伏に少し梃子摺って遅くなるということだったので先に食べた。
風呂を済ませ、音華は白い息を吐きながら一人部屋を出た。
「・・・・・・・・・よ・・。」
墓に行くために、よじ登った。
土の匂いがする。
だけどこの時期、土は凍っているのか、あまり匂いを出していない。
「・・・・・・・・。母さん。」
パンっ
手を合わせた。そして眼を閉じる。
「母さん・・・俺。いっぱい訊きたい事があるんだ。いっぱい知りたいんだ。母さんのことも。父さんのことも。」
ゆっくりと言う。
「だから・・・もう、強がったり、嘘ついたり、・・・怒ったり、しない。だから。」
目を開けて顔を上げた。
「俺のこと、誇ってくれな・・・。」
そしてゆっくり立ち上がり。一礼し、墓に背を向けてひょいっと下へと降りた。

うん。覚悟、少しだけ、できた。


「音華。」
「おう。」
婆が迎えにやってきた。
「ぐずぐずせんと、行くで。」
「分かってるよ。今行く。」
音華は立ち上がり戸を開けた。婆やはこちらを見上げてにっと笑った。
「なんや。ええ顔しとるな。」
「はぁ?」
「なんでもない。行くぞ。姫様は忙しいんやから。」
「・・・おう。」
歩きだす。
「芳河は?」
「山を降りてる。」
「・・・珍し・・・。」
何も言わずにどこかに行くのが。
どんどん歩く。奥へと歩く。
「・・・なんで外から回るんだ?」
裏の庭へと、やってきた。婆が振り向いた。
「あの中庭のある、ほら、暗い所。あそこから行きゃ早かっただろ。」
「あそこは、通れん。」
「なんで。」
「あそこは姫様に許されたものしか通れんからじゃ。」
「・・・・・・・・・・・へぇ。」
音華は右手に見えてきた鳥居を見た。
本当にどうしてこんなところに鳥居があるのだろう。
その下に石畳が続いているが、それは崖の所で見事にプツンと途切れている。
「変な屋敷だな。」
「そうか?」
「普通鳥居は入り口に置くもんだ。」
「ほっほ。これかて入り口や。」
「なんでだよ。崖だろほぼ。この向こうは。」
「神々や、人にあらぬものはここから姫のもとへやってくる。これはれっきとした門じゃぞ音華。」
「・・・・・・・・・・へぇ・・・・?」
「此処はな音華。御山と呼ばれておる霊山じゃ。清き水を産み、清き空気が満ちている。この屋敷のあるこの土地は古に、神々が山をの斜面を平面にして作った、神々の住みかだったんや。」
「・・・はぁ・・・。」
「この山を守る主が、代々、この神々の切り開いた土地に住み、御山を守ってきた。そして訪れて此処で休む神々をもてなし、世話する任を持っていた。」
「神様の別荘・・・?」
「面白いことを言うが・・・そう言えば分かるならそれでもいい。そして、その主の座を初めて得た人間が・・・しっとるな。峰寿の人間じゃ。」
婆はじっと鳥居を見つめた。
「峰寿の一族はこの山を守っていた。そして此処で陰陽道の一門を作った。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。婆。」
婆が何を言いたいのか、分からなくなってきた。
「峰寿家以外の人間が此処に住むには、その一門の人間にならなければならなかった。」
「・・・そりゃ・・・土地の所有権とか考えりゃな・・・。」
「そして、主の座を得るには、前の主からその任を受け継ぐか、前の主を服従させるしかない。峰寿の人間も、それまで此処を守っていた麒麟を調伏してこの任についた。」
音華はよく解からないまま、婆が見てる鳥居を見つめた。
「解かってやれとは・・・よう言わん。お前は、お前の思うことを言うたらええ。」
「・・・・・・・・・・え?」
ますます分からない。婆が振り向く。
「行くで。」
「・・・お、おう。」
頷いた。

ギ・・・
床が軋んだ。
一礼してから館に入りなおした。なんだかものすごく厳かだ。
「・・・此処や。」
ゴクン、と飲み込んだ。戸の向こうにものすごく静かに誰かが居るのが分かる。
「ええな。粗相はするなよ。」
「しねぇよ。」
「じゃあ、帰りはこの廊下を通って真っ直ぐ出え。一礼してからな。」
「へいへい。」
「ほっほ。」
婆は笑った。
「なんじゃ。音華。お前は変わったのぅ。」
「・・・・・・・・・。っせぇな・・・。」
「若草様を、少しだけ思い出したわ。ほな。後でな。」
そういうと婆はすっと背をむけ、元来た道を引き返した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。母さんがこんな喋り方するようには思わねぇけどな。」
そう呟くと、音華はじっと戸を見つめ。目を一度つぶり、息を吸い込んだ。
「失礼します。」
スタン・・・。
戸を開けた。
そして下を向いたまま部屋の中へ進み、正座をして、礼をした。
「紫 音華です。」
礼をした状態で音華は名乗った。顔は上げない。
沈黙。
「・・・・・・・・・・来たか・・・。」
ぞっとするような綺麗な声がした。
「顔を、上げよ・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
音華は、ゆっくりと。ゆっくりと顔を上げた。そして真っ直ぐ、前を見た。それは射るように。
すだれがかかっているのでよく見えないが、そこに確かに彼女は居た。
そして、その後ろに、確かに峰寿が居るのが影で分かった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・みね・・・・。」
呟きかけて、音華は止めた。
「姫様ですね。」
「そうだ。」
声が震えていた。
「・・・・・・・・・・・・。」
沈黙。何を話したらいいか、分からない。
「・・・今回は・・・、来週・・・単身で調伏に臨むということで、きまりに従って、会いに来ました。」
「そうか。」
「・・・・・・・・・・・・。」
眼を閉じた。そしてもう一度息を吸った。
「・・・俺のこと・・・・。」
静かに言った。下を向いたまま。
「俺のこと、見たこと、ありますか。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
沈黙。
「本当は昔、会っていたかもしれないんですよね・・・。」
「・・・・あぁ。」
あぁ、手さえも震えてきた。何を言えばいいのか、結局まとまりやしなかった。
「俺・・・の・・・。」
あぁ。くそ。
「母さんの・・・。」
顔を上げた。そしたら峰寿が見えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
ぐっと。
ぐっと手を握りしめた。
峰寿の涙を、思い出した。それは一種のフラッシュバックのように。
「・・・・キマリって・・・・。」
「・・・?」
峰寿は顔を上げた。
そしてすだれ越しに見える彼女を見つめた。
急に雰囲気が変わったからだ。声も。
「キマリって・・・・必要なんだろうか。」
少し低い声で、音華は呟くように言った。
「・・・キマリって。・・・必要なのか。本当に。」
音華は確認するように手を広げた。その中に握られていた、峰寿にもらった勾玉。
「こうやって、単身調伏まで、姫に会う事が出来ないこととか。・・・母さんが・・・想う人以外の者と、結ばれる筈だったこととか・・・。峰寿に・・・!
―――音華ちゃん!?
峰寿はどきっとして立ち上がりかけた。
「峰寿に・・・生まれた時からの婚約者がいることとか・・・っ!こうやって、姫の側に居ることとか・・・・!・・・それから。」
一度、口をつぐんだ。
「・・・俺を・・・捨てた・・・こととか・・・・。」
俯いた。
「・・・・それって・・・・必要なことだったのか・・・・?」
―――音華ちゃん・・・・・っ。
峰寿は、心臓がきつくしまるのを感じた。
今、俯いてる音華の近くに駆け寄って、そして抱きしめてしまいたかった。
「制約と契約は・・・必要なものだ。壊してしまえば均衡が崩れる。崩してしまえばそれは唯の破壊だ。」
「違う!」
音華は叫んだ。
「じゃあ、感情は?!」
音華は、叫んだ。
「じゃあ、感情は!?壊れたっていいって言うのか!?母さんの・・・峰寿の・・・俺の・・・!感情も・・・全部、壊したっていいものだったのか!?」
落ちた。涙。
「姫様の感情は・・・・!?壊して良かったものだったのか!?」
峰寿は、動けない身体を呪いたかった。
「母さんのこと・・・・!小さい頃から知ってたんだろ!?なんでだよ・・・!なんで・・・っ」
駄目だと想った。
こんな、責めるだけの言葉を吐き散らかしても、なんにもならないのに。
どうして止まらないんだろう。
恨んでいたのかもしれない。
音華は自分の醜さを認めて、涙を落とした。
「無くしてくれ・・・・全部。」
かすれる声で言った。
「・・・無くしてくれもう。こういうことは・・・もう、ゼロにしてくれ・・・。」
音華は、ゆっくりと、ゆっくりと手をもう一度床につきなおして、震える体を折った。
「誰のことも泣かしたりしないでくれ・・・峰寿のこと、苦しめないでくれ・・・っ!」
声がひっくり返った。
「・・・俺は・・・俺は・・・此処を否定します・・・!誰かが泣かなくちゃいけない契約なんて、そんな摂理なんて俺は認めない!俺は・・・っ・・・!」
音華は、どうしようもなくなって、がばっと立ち上がった。
「失礼しました・・・!!!!」
そしてばっと背をむけて部屋を飛び出した。
「音華ちゃん!」
そう叫んだはずだったのに、声は出なかった。
「・・・・・・・・・・・っ。」
苦しくて、峰寿はうなだれた。
そこに残る沈黙。沈黙。沈黙。
「・・・・・・・・・・・・・・・・峰寿。」
「・・・はい。」
顔を上げて姫の背中を見た。長い髪だ。
「・・・・・・・・今日はもう外してくれていい。」
「え・・・。」
「いい。食事も要らない。」
「・・・・・・・・・・・はい。失礼します。」
一礼して、峰寿はすっと下がった。


嗚咽が、止まらない。
過呼吸になりそうだ。
肺が震えている。
「・・・・・・・・っ・・・ぅ・・・っ・・・」
止まりそうにない。ならば、止めなくてもいい。
開き直って、泣き続けた。
「音華ちゃん・・・。」
びくっとした。
「・・・こんなとこに在ったんだね。お墓。」
峰寿の方に向き直ることなんかできないまま、音華はよりいっそう膝を抱えた。
「ごめん式神つかって、探した・・・。でも、どうしても言いたくて。」
「・・・なんだよ・・・っ・・・。」
涙で鼻声になっている。
「ありがとう。」
ぎゅっと。背中に峰寿が居るのが分かった。
優しくて、温かくて、どうしようもなくて、音華は込み上げてくる涙を止められなくなった。
峰寿が泣いてるのが分かった。
悲しくて、嬉しくて、苦しくて、涙を止められなくて、ただ静かに泣いていた。
「俺ね。」
優しい声で峰寿が言った。
「初めて見た。」
「・・・・なにを・・。」
「姫様相手に、あんなこと、言った人間。」
「・・・・・・・・・・だろうな・・・。」
「だけど。嬉しかったんだ。音華ちゃんだけが・・・此処を否定してくれたから。」
「・・・ただの・・・・・癇癪だ・・・あんなもん・・・。」
「それで良かったんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
また、涙が落ちた。
どれほどこの辛い水を落っことせば気が済むのだろう。
「ありがとう・・・・。此処に来てくれて・・・。」
峰寿が、泣いて、俺が、泣いた。

母さん。俺を、誇ってくれますか。


On48***  終わり


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