夢を見ました。知らない人の。

泰樹様に会った。暑い日のことだった。
なんだか、初めて彼を明るい日のもとで見た気がする。
それから幾日か経って、電話が入った。
「蔓様。」
「どなたから?」
「芳河様です。」
「・・・・え!?」
意外な人間からの電話だった。
だって初めてだ。
「もっもしもし!」
「蔓か。久しぶりだな。」
「お久しぶりです・・・っ。め、珍しいですね。芳河様からお電話なんて。」
「頼みたいことがある。」
「頼みたいこと・・・ですか?」
珍しい。本当に。
「それは・・・一体どのような・・・。」
「調伏させてほしい。坂音の社で。」
「え?」
泰樹様のことを思い出す。
何か探していた。そうだ。鬼を探していた。
見つかったということか。
でも、此処に?坂音の社に?

なぜ?
そんなことを考えていたら、夢を見た。
知らない人の。


「どちらの娘さんかと思えば、あなたのお孫さんでしたか。」
一人の法師様がそう言った。
もう一人の老婦は微笑んだ。でも緊迫した空気だった。
「お久しぶりですね。」
「えぇ、とっても。」
その法師様の顔は、芳河様に似ていた気がする。
「あの子の眼に、印を付けられました。」
声も。
「・・・そう。」
「あそこの神の稚児が喰われたのは、最近のことだと思います。」
「なぜ?」
「結界が弱まっていた。坂音の主が逝って、今の主の力では、抑えきれなかったということでしょう。」
「・・・そう。そうかもね。あの社には、もう主がいない・・・。東に移り住んでしまったんですもの。」
老婦は悲しげに笑った。
「でも、そう・・・。あの子が・・・。」
「驚かないんですね。」
「私の血を引いているのよ。少しくらい、口寄せの気もあるでしょう。」
「・・・今は良い。あの子があの山に近付きさえしなければ。黒沼はあの山から出ることはできない。危害は及びません。ですが、あのままだといつか坂音の山の結界は完全に失われるでしょう。そうなると・・・。」
「どこにいても、あの子を食らうために追いかけるでしょうね。」
法師様は頷いた。
「あの子の眼に入ったものは獲物の証。消すには時間がかかる・・・・。先に黒沼があの子を見つけて、襲うでしょうね。」
「・・・お心は、決まってるんですか。」
にっこりと彼女は微笑んだ。
「・・・・・・強情ですからね。昔から、あなたは。」
「ふふ。」
「・・・私から、説明させるんでしょう。どうせ。」
「あら、分かった?」
「分かります。」
「では言伝を。」
彼女はいろんなことを話した。
母のところにいくこと。そのためのお金はあの戸棚にあること。15年は此処に近寄らないこと。もし山に入ろうものなら術の意味はなくなってしまうこと。そうなると黒沼は山の結界が解けるや否やあの子、と呼ばれる子を襲いに来ること。
「・・・覚えられた?」
「まぁ、あなたが術師であったことは伏せて話しましょう。もしかしたら、あなたに会うために黒沼の中に飛び込みかねない。」
「ふふ、よくお分かりで。」
「あなたのお孫さんですから。」
二人は幸せそうに笑った。
「では、行くとしましょうか。」
彼女は立ち上がった。」
「・・・あやめさん・・・。」
「ありがとう。あなたにもう一度会えて良かったわ。山の結界、少し強めてくださるんでしょう?」
「ええ。もちろん。」
「・・・坂音の家・・・きっと、咎められましょうね。」
「・・・そうですね。これがあの姫の耳に届けば、おそらくは。」
老婦はしばしうつむき、そして一度法師様を見て、深く深くお辞儀をした。
「来世で。」
「えぇ、来世で。」

そこで、夢が途切れた。


「・・・・坂音の家が・・・咎められる?」
咎められる、って何?
咎められたの?
何、今の夢。
予知夢じゃない。違う。
これは、誰かの、過去。霊視だ。
「・・・・・・。」
ごくりと息をのむ。思い当たることがあったからだ。
なぜ、私は泰樹様の婚約者に選ばれたのだろう?
私が生まれた瞬間のことだった。決められていたことだった。
なぜ?
泰樹様?
泰樹様に対する周りの者たちのあからさまな態度を見て、私は初めて彼のいた立場を知った気がした。
蔑まれていた。あの人は、ありもしない差で、区別されていた。
「・・・そう。」
そうだったのか。
汗が頬を伝う。
『普通のことだからですわ。』
と、以前音華の彼女に言ったことがあった。
『普通って、何か分かって言ってるのか?』
と、聞き返された。
分かってたつもりだった。
それは霊血を保つためだと。知っていた。でも、それだけじゃなかった。
これは、社という神聖な場を守りぬけなかった私達坂音家への罰だったんだ。
全身の血の気が引いた。
普通のことなんかじゃない。
罰?生まれてすぐに、家の罪のために、罰を受けさせられていた?
音華の彼女の顔を思い出す。
彼女は乱暴で粗野で、どうしようもないチンピラじみた人だけど。
彼女も、生まれてすぐに、捨てられた。
これも、罰だった?
罪?誰の?
罰?誰が、誰に?


エリカ様の傍で結界が張られていくのを見ていた。
「下がっててね。」
彼女の結界は、研ぎ澄まされた美しいものだった。
彼女は結界を完成させると私の手を引いて泰樹様を助太刀するために走り出した。
温かい手だった。
「エリカ様・・・っ。」
「ん?」
振り向いた笑顔。
「・・・この世は、罪と罰で溢れた世界なのですか?」
「・・・・・・・。」
突然、このようなことを尋ねられて、エリカ様は驚いた顔をした。
しようのないことだ。私自身なぜ今訊いたのか分からなかった。
「・・・そうだなぁ・・・。」
それでも彼女は答えてくれた。
「罪には、きっと罰が必要だとは思うけど・・・。」
桃色の髪の毛が、駆ける足と共に跳ね、ふわりと揺れる。
「罪の線引きを誰がしているかによると思う。」
「・・・と、言いますと・・・?」
「一体、誰の言葉を持ってして、罪の定義がなされているか・・・ってこと。」
「・・・・?」
「この世は掟で固められてる。自然の世界でも、人間の現世でも、それから死界でも。必ず理が存在するでしょう?」
「・・・理・・・。定めの・・・ことですか?」
「そうだね。それを乱すと、大変なことになる。そのことを理解しているモノたちはその定めにそって生きるでしょう。」
「はい・・・。」
頷く。
「そしてそれに背いたものは、それを乱したモノとして、罪を背負うことになる。」
「はい・・・。」
「罪を負えば、必ずその対価を支払うことにはなる。だけど、それって、大きな大きな流れの、世界の理であって、もうひとつ、理ってものが別に存在する。」
「・・・?」
「人が定めた掟。」
エリカ様の眼が、深い眼光を放った。
「人が線を引いて決めた掟には、きっと、人が引いた線だからこその歪みがある。罪と呼ばれるものも、罪ではない可能性だってある。」
「・・・・・・。」
「そしてその場合は、罪に対する罰も、歪んでいるってことになるでしょう。」
「はい・・・・。」
「罪と罰で溢れているといえば、この世はそうかもしれない。でも、その全てが本当に罪なのか、罰なのかっていうのは、分からない。」
エリカ様がこちらを振り向いて微笑んだ。
「大丈夫だよ。蔓ちゃん。」
「え?」
「誰かの定義で生きるんじゃない。自分の定義で生きたらいいんだよ。」
「・・・自分の?」
頷く。
「蔓ちゃんの線は、蔓ちゃんが引いていいんだよ。正しいと思ったことをすればいい。罰を恐れて縮こまる必要はないから。」
「・・・・・。」
「そう思ったら、世界はきっと自由だよ!此処は確かに窮屈だけど!」
ははっと彼女は笑って言った。
「変えたら、いいんだから。」
「変える?」
「変えてやるって、思っていればいいんだから。」
エリカ様は、泰樹様の姿をとらえて加速した。
「つかまっててね!」
「は・・・!はい!」
「オン!」
 

まばゆい光が、見えた。
もしかしたら、彼女の煌めきそのものだったかもしれない。


「・・・あれ?蔓ちゃんじゃん!」
「!」
どきっとした。名前を呼ばれて。
「た・・・泰樹様!と・・・・芳河様!」
驚いた。
あの調伏が行われた翌日のことだった。
道を歩いていたら、彼らの車が傍らに止まったのだ。
「どちらへ・・・?」
一歩近づく。
周りにいる付き添いの者が警戒するのが分かる。
「うん、もう帰るところ。蔓ちゃんは?」
「あ・・・私は明日にでも東へ帰るつもりです・・・。」
「そっか。」
にこっと泰樹様が笑う。
「芳河様も・・・京へ?」
「いや、俺は岐阜に帰る。」
「・・・そうですか。次、お目にかかるのはもしかしたらお正月かもしれませんね。」
「そうだな。」
相変わらず、無表情に近いけれど、優しい声だった。
「寂しいですわ。お体に気を付けてくださいね。」
「・・・あぁ。蔓も。」
「はい。」
微笑む。
「・・・エリカ様たちは?」
「あぁ、音華ちゃんとエリカは北に。修行だよ。」
「そうだったんですか。」
「あの二人なら、基本は京都にいるから。寄ることがあればいつでも会いに来てやって。」
「・・・はい。」
頷いた。
「必ず・・・。行きますわ。」
「うん!じゃ、また!」
「はい。さようなら。」
「またな、蔓。」
「はい。お元気で。」
鮮やかな笑顔の泰樹様と、穏やかな顔の芳河様を乗せた車がさっそうと駆けだした。
「・・・・・・。」
その車を目で追いかけて、見えなくなるまで見つめてた。
「蔓様。」
「・・・はい。」
「蔓様が、京の屋敷に行くことは・・・難しいかと。」
「・・・・・。」
自分の影を見つめた。
「・・・そう・・・ですね。」
実は、まったくと言っていいほど京の屋敷には呼ばれたことがない。
もしかしたら、、これも、一つの罰なのかもしれない。
「・・・でしたら。」
顔を上げた。
「お願いするまでですわ。」
「え?」
「分かってもらえるまで。私は、私の線引きで、ぶつかるまでです。」
「・・・・・蔓様?」
ふっと笑った。
「なんでもありませんわ。行きましょう。」
「・・・はい。」

夏の声。
蝉の歌。
空の煌めき。
私は今を生きている。
私は、私を生きている。
罪を疑え。罰を疑え。
そして、私は私の線を、歩きながら引いていこう。
きっと、その先には、自由があるから。


On***出雲編 蔓視点 終わり

 
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■蔓視点あとがきはひとりごとから


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