いっちぬっけた。

「あっれは口説いてたでしょ。」
エリカが呟いた。
「かんっぜんに、口説いてたね。」
峰寿が頷く。
デバガメ二人。
「やっべ、俺、光源氏の後光見えたよ。」
「私も。あれで堕ちない女はいないね。」
「必殺技だ。必殺。」
「あはは。」
と、笑ってから、エリカは峰寿を見た。
峰寿って、本当に嫉妬とかって言葉知らないのかな。
そう思った。

音華と芳河の先ほどの会話。

「約束たって・・・俺、どうしたら・・・・・。」
「そばにいればいい。絶対に離れるな。」
「・・・って言ってもさ。」
「それが条件だ。明日連れて行ってやる。」
「・・・・・・・・・・・・・・あ?」
音華が口を開けた。
「なんだ、不満か。」
「いやいや、あのさ。お前、すっごい紛らわしい。」
「なにがだ。」
「俺、お前頭打ったかと思った。もしくはめちゃくちゃ悪酔い。」
「なんでだ。」
「なんか、びびった。」
「?」
「や、また、お前のところで修業しろって話かと思った。」
その勘違いも、おかしい。
芳河は少し呆れたような顔をして、ゆっくりと音華の手を離した。
「・・・今の約束、守れるか。」
「え・・・。あ。おう・・・・。」
頷いた。
「絶対だな。」
「うん。」
「絶対に、飛び出すな。前方に注意しろ、常に今、襲われるかも、と考えて行動しろ。」
「なんだ、お前、免許の教官みたいなこと言ってるぞ。」
「・・・なんだそれは。」
「なんでもねぇ。」
音華はふきだした。
「・・・でも・・・。分かった。約束する。」
「・・・よし。」
「その代わり。」
「なんだ。」
「俺のこと・・・・もう少しだけ、信頼してくれ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。分かった。」
芳河が一瞬、何か言いかけてから、うなずいた。

―――認めてもらいたくて、それだけ。だから、頑張ってるんだよ。

ただ、それだけだ。


朝が来た。
「いいな。」
「わかってるってば!お前、何回俺に注意事項紹介してくれてんの!?」
「一度言っただけで分かる相手なら、何度も言わん。」
「ケンカ売ってるんだな。そうなんだな?」
あはは、とエリカは笑って二人を見た。
「あの二人の仲直り方法って面白いよね。」
「だなぁ。」
峰寿も頷いて笑った。
「さって。じゃあ、陣の確認忘れずに。作戦スタート!と行きますか。」
峰寿はそう言って足早に歩き出した。
全員が同時にバラけていった。


「絶対に・・・・返してもらうんだから・・・・!」
ぐっとこぶしを握り締めて、呟いた。
ざわざわ・・・。
草が鳴る。
暗い。
昼間なのに。
「おばあちゃん・・・。」
吉野が目を閉じた。
「出てこい!化け物!」
目を開けた、瞬間に、凍りついた。
「・・・・・・・・・・・!!!!!!」
視界が真赤だった。
赤い目が、目の前に浮かびあがっていた。
本当に驚いた時の方が、声は出ない。
汗が一瞬で噴き出した。
心の中はパニックだ。何も考えられない。

ッボオオオオオオン!!!!!

「!」
エリカがばっと顔を上げた。
「動いたっ・・・。」
空を見る。
そして口笛を吹いた。
高らかに鳴り響く。
瞬間。
空の色は濃くなり、山の空気が変わった。
「・・・早めに決めてよー芳ちゃんっ。」
結界を張ったのだ。
エリカは、ゆっくりと息を吐き、境内の中心に座った。
「本当に、大丈夫?蔓ちゃん。」
振り向く。
そこに蔓が立っていた。小さな顔が頷く。
「大丈夫ですわ。・・・坂音家の者として、付き添わないわけにも、いきません。」
「・・・離れないでね。」
「はい。」
さぁ、集中だ。

「動いた!」
音華が顔を上げる。
瞬間、山の空気が変わる。
「!?」
「エリカの結界だ。行くぞ。」
「う、おう!」
走り出した。

大きな爆音の跡に、残ったものは、黒い悪霊、のみ。
沈黙の後、それはゆらりと揺れてずるずると徘徊し始めた。
まるで何かを探しているようだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
その姿がまったく見えなくなって初めて、峰寿は息を吐き出した。
「・・・ナイス囮。」
「えっへへ。」
吉野は嬉しそうに笑った。
「・・・しかし、無茶だぞこれ。俺。」
「何?」
「いーや・・・。」
君だ君。
峰寿は、吉野が無理矢理ついてくると言ってきかなかったので、しぶしぶ吉野を作戦に引き入れることに承諾した。
放っておくと、絶対に勝手に付いてきて巻き込まれる。
音華ちゃんはそこらへん、真面目だよな。
ダメ、と言われたら、ごねるけど、いよいよってなったらきっと我慢する。
しかし、吉野は囮にはもってこいだった。
口寄せの峰寿や音華よりも効果は高い。
それが分かっていたから、峰寿が絶対に面倒をみる、ということで連れていくことになった。
芳河には音華が、峰寿には吉野が、エリカには蔓が・・・今回は守るものが多すぎる。
峰寿ははーっと息を吐く。
苦手だ。正直。
峰寿は峰寿自信の捨て身で術を放つ。
「あと13分くらいか・・・・。なげぇ・・・。死ぬほど。」
「何が?」
あっけらかんな声だな、おい。
「芳河が今、陣を完成させてるんだ。さっきエリカが結界を完成させたから。芳河も同時に動いてるはず。」
「陣・・・?」
「あの悪霊を滅するための・・・なんて言ったらいいかな。円っていうか。」
「魔法陣とかのこと?」
「・・・まほ・・。ま、まぁ・・・そんな感じ?」
笑った。
「それ、完成させるのに、15分は術発動させなきゃいけないんだ。だから・・・それまであいつをその陣の中心に引きつけながら、逃げなきゃいけない。」
「・・・囮ってことね?」
「そ。それに君が適当だったってこと。」
「ふーん。私っておいしそうなのかなぁ?」
「・・・マーキング済みだからね。」
「え?」
「なんでもない。行こう!見失うと厄介だ。」
「なんで?」
「陣は完成させてから10分以内に発動させなきゃいけない。消えられたら困る。」
「なるほど、逃げないように囮になって、ひきつけなきゃってことね!」
「そ。」
峰寿は屈みこんでいた草陰から立ち上がった。
「ほら。」
手を伸ばす。
吉野はにこっと笑ってその手をとり、立ち上がった。

「エリカは5分間は動けないからな。」
芳河が呟いた。
「峰寿が無茶しなければいいが。」
「・・・エリカ、なんで動けないんだ?」
「結界を張っている。今発動させている陣は発動すると周りに影響を及ぼしかねん。ここを魔窟にしたくない。」
「・・・ふーん。」
いまいち分からない。
そういうレベルの話だ。
やっぱり・・・自分は、役不足だ。
あの3人に比べて、自分は、未熟すぎる。
痛感する。
芳河が時折小さい声で術を唱える。
ひとつ言い終わるごとにキイン!と耳鳴りがする。
空気が張り詰める。
「俺、何か・・・できる?」
「陣に関しては、ない。お前は最後の陣発動時に俺が集中できる環境を作れ。」
「・・・つまり、守れってこと?」
「任せる。」
「・・・おう!」
背中を任せる。
そういうことだよな。
嬉しくなった。
「飛び出すなよ。」
「出さねぇよ。」
まったく。
信用はない。

「・・・。」
ごくん。
蔓は息をのんだ。
目の前の彼女の力。
きめ細かな術だ。
繊細で、ハリがある。
芯が強く、しなやか。
美しい。
ピンクの髪の毛が少し赤く見える。
結界を張ることに集中するエリカの周りには結界陣が張ってあって、蔓はそばで座っているが、この結界陣も相当強いものだ。
「5分たったら教えて。」
と言われていた。
蔓はちらりと懐中時計を取り出して、見た。
結界を唱えだしてから、およそ4分。
もうすぐだ。
カチン、カチン、カチン。
「・・・・・・5分です。」
蔓が呟いた。
するとエリカはすっと目を開けた。
「疲れたぁ・・・。」
がくっと手をついて、下を向いた。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫!」
にこっと笑って振り返った。
確かに、余裕そうだ。
「なぜ・・・5分間?」
「この結界、定着させるのに時間がかかるんだよね。ただでさえ、この山全体、人が入れないようにしたり、空間断絶したり・・・。とにかくっ、まぁ、手間暇かかるのよ。」
笑った。
なんて鮮やかに笑うんだろう。
芳河様が信頼している女性の一人。
肩を並べる人の一人。
凛としていて、強い。
エリカ様の良い噂なんて、東の方では滅多に聞かない。
少なくとも坂音の家ではきかない。
すごい、ってだけ。
その話だけ。
人格的にどうだとか、そういうのは、全部「世間知らず」だの「外国かぶれ」だの、「異端」だの。
良い噂がない。
こんなに美しい人が。
優しい笑顔を見せてくれる人が。
なぜ?
「行かなきゃ。蔓ちゃん。」
「は。はい!」
「一緒に来て。守るから。安心して。」
手を伸ばしてきた。
「・・・・・あ・・・。はい!」
頷いてその手をとった。
温かい。
優しい。
姉のような、母のような人だ、と。そう思った。
「峰寿が無茶してないか、心配だわ。」

ドオオオオオオオオン!
無茶してた。
「まっじで!まっじで俺向きじゃねぇだろこの作戦!」
峰寿が涙声で叫んでた。
「うっわー!すっごい!」
「なんでそんな無邪気!?」
すごい。どういうキャラだこれは。あれか、天然か!
「吉野ちゃん!」
「わ!」
ぐっと峰寿に腕を掴まれ、彼の胸の中に引き込まれた。
その瞬間赤い光が体をまとう。
「・・・・・・・。み・・・」
「し!」
峰寿賀小さい声で黙るように指示をする。
吉野は黙ってうなずいた。
すると峰寿のすぐそばに、あの化け物がぬうっと現れた。
全身冷や汗をかく。
奴は、こちらに気づいていないようだった。
きょろきょろとしながら横を通り過ぎてく。
「できるだけ息を止めて。」
峰寿が耳元で囁いた。
吉野は黙ったまま3度頷いた。
「・・・・・・いい?」
「え?」
「1、2、の3で、走るよ。」
「・・・え?」
「走ったら、俺の手離さないで。」
「・・・。う、うん。」
頷いた。
「いち・・・にの・・・」
ごくん。
「さん!」
峰寿と吉野は立ち上がり駆けだした。
同時に赤い呪文もほどけたようだった。
「振り向くな!」
後ろを振り向きかけた吉野に、峰寿が叫んだ。
そして、なにやら呪文を唱えだした。
「止まって!」
峰寿が叫び、吉野は手をつないだまま立ち止まった。
そしてくるりと振り返る。後ろ。
もう、そこまで奴は来ていた。
思ったよりも動きが速い。速くなっている!
「・・・っち・・!オ・・・・――――!」
「オン!」
峰寿の声に女の声が上乗った。奴の手が峰寿に触れた瞬間だった。
「うあああ!」
吉野は叫び声をあげた。
あげずにはいられない。
すさまじい熱風が巻き起こる。
「っ!」
峰寿は目を閉じかけながらも、吉野の手をとって、走り出す。
そして陰に隠れた。
まだ熱風は悪霊をとらえてる。
「蔓ちゃん。下がっててよ。」
「は・・・はい!」
エリカだった。
「峰寿!あっぶないなぁ!大丈夫!?」
「だから!これ!俺向きじゃないよね!?」
「あはは。・・・・そろそろ術が消える。蔓ちゃん、いったん退くよ。」
「え?!あ、はい!」
そう言われるや否や、エリカは蔓の手を引いて走り出した。
そしてまた口笛を吹く。結界が濃くなる。
定着は順調らしい。
この調子なら、たとえ失敗してもこの空間から奴がでることはできない。
「・・・芳ちゃん・・・まだ・・・!?」
汗が出る。

「音華・・・。」
「なんだよ。」
「耳をすませておけ。狢が近くにたくさんいる。」
「・・・おう。」
「声ならぬ声を聞いたら、その方を見るな、無視しろ。」
「おう。」
芳河がまた一つ呪文を唱える。
そして一つまた、術は完成する。
「・・・あといくつだ。」
「3つだ。時間通りだが、急ぐ。峰寿がもたん。」

まったくもってその通りだった。

「はー・・・」
息を切らしていた。
「つっれ。」
「峰寿・・・大丈夫?」
吉野が心配そうにのぞきこむ。
「きつい。」
ははっと笑って峰寿が応えた。
「・・・・ねぇ、吉野ちゃん。」
「え?」
「君のおばあさんは・・・助けられないかもしれない・・・。」
「・・・・・・・・・・え?」
「約束して。」
「・・・峰寿。」
「俺の手、離さないで。」
ドガァアアアア!
「峰寿!」
エリカの声が響く。
「行くよ!時間!」
「おう!」
蔓がエリカに引っ張られながら、走る。
そして口笛を吹く。空が金縛りにあったように動かなくなった。
そしてエリカは蔓を連れて、さっと陰に隠れてしまった。
陣と結界が完成された。
この状況は5分ほどしかもたない。
峰寿は吉野を連れて走る。
走る。
走る。
登る。
「・・・み・・・峰寿!」
ぜぇぜぇ、と息を切らす吉野。
峰寿はぶつぶつと何かを呟きながら、走る。
呪文の詠唱。
これが一番大事。
ミスできない。
集中。
集中だ。
走れ!
走れ!
「!此処だ!」
急ブレーキに吉野が背中にぶつかった。
「わ!」
振り向く。
そう。
予想通り!
奴は真っ直ぐ此処に向かってくる。
そして俺たちに触れる。
触れた瞬間が最後。
「おばあちゃん!」

瞬間。

凍りついたのは、心臓だった。
手は、するりと、するりとぬける。


On***出雲編6話 終わり
 


 
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