彼女の髪を撫でるその手。

「芳河!」
音華の声がして、顔をあげた。
「・・・なんだ。」
彼女は何も言わず、にかっと晴れた笑顔を向けた。
そこで、消えた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・なんだ。今の夢。」
芳河は起き上った。
そしてため息。
「・・・あんな顔。」
目を閉じ、寝ぐせのついた頭をかいた。
――― あんな顔。俺には見せない。
思い返したらあいつとは口喧嘩ばかりだったな。
「しかし・・・。」
何故、今音華の夢を見たんだろう。
もしかしたら、音華の身に何かがあったのかもしれない。
最近占い事ばかりしている。
予知夢みたいなものを知らないうちに見ることも稀じゃない。
「・・・思い過ごしだ。」
なんせ笑ってた。
芳河は立ち上がり身支度をし始めた。
今日は出雲に向かう。
峰寿はまだいるだろうか。
「父上。」
義父に挨拶をする。
「芳河か。昨日の修行の疲れは出てないか?」
「大丈夫です。」
頭を下げる。
「もう発つのか?」
「はい。」
「そうか。気をつけてな。」
「はい。」
「・・・出雲か・・・。」
「・・・・?」
「長いこと行っていないな。」
「・・・。あまり此処を出れませんから・・・。」
「・・・はは。」
義父は笑う。
出られない。
裏陰陽寮の人間は一度役目を継ぐとほとんど自由にどこかに行くことができない。
常に霊力を研ぎ澄ましておかなければならないからだ。
「もし。」
「え?」
「もし、音華にあったら。よろしく言っておいてくれ・・・。」
「・・・・・・・・・・音華は、京都ですよ。」
「はは。そうだった。」
笑う。
「・・・。父上。」
「ん?」
「音華の・・・。」
「・・・なんだ?」
「・・・・・・・・いいえ。なんでもありません。」
芳河は首を振る。
音華の笑顔、なんて、彼が見たことはほとんどないに決まっていた。
変なことを訊きそうになった。
「では、行ってまいります。」
「あぁ。気をつけてな。神々には、最大の敬意をもって・・・。」
「はい。」
芳河は立ちがってその場を去り、荷物を持って車に乗り込んだ。


「峰寿!」
音華が峰寿の後について歩く。
「なぁ、何処に行くんだ?」
くそ暑い。
エリカから借りた日傘でもこの日光には勝てない。
「此処。」
「・・・社か?」
昨日の社。
「なんで?」
「音華ちゃん。」
「ん?」
「危ないから。手、繋いで。」
「・・・・・・峰寿の術・・・発動しながら入るのか。」
「うん。何がいきなり来てもいいように。」
音華はうなずいた。
手を握る。
すると峰寿は術を唱え始めた。
体にうっすらと緑の光がまとう。
久しぶりの感覚。
でも以前より、この術の中身がわかる。
すごい。
この術、実はめちゃくちゃレベル高い。
「・・・行こう。」
音華はうなずいた。
そして峰寿にひかれて階段を上る。
「何かいるのか?依頼?」
「・・・依頼・・・っちゃあ、依頼。でも正式じゃない。」
「・・・いいのか?勝手に動いても・・・・・。」
「後でお咎め喰らうだろね。」
はは、と峰寿が笑う。
「で、何がいるんだ?」
「それが分からない。」
「・・・分からない?」
「霊なのか、物の怪なのか、それとも神なのか。分からない。」
「・・・・・・・・そんなのいるのか?」
峰寿はうなずく。
「此処に住んでるみたいだ。でも、殺意を持ってる。」
「え?」
「人に。昨日確実に向けられた。」
殺気。
おどろおどろしい。
禍々しい空気。
それが喉に焼きついた。
「・・・音華ちゃんにも見てほしい。」
「・・・エリカも来れたらな。」
「エリカはなぁ・・・大丈夫かな。時々ああなんだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。ま、しょうがないんだよ。」
音華は何も言わなかった。
いわゆる。その。2日目ってやつだ。
ぐっと、突然手を強く握られた。
「!どした?」
「・・・あいつ・・・・・・・・・。」
峰寿がため息。
「おーい!」
そして呼ぶ。
そこにいた女の子が振り向いた。
吉野だった。
「!峰寿!」
彼女が笑う。
「・・・知り合い?」
人見知りする音華は若干峰寿の陰に隠れた。
その姿を少しだけ微笑ましそうに見て峰寿は頷いた。
「お前なぁ・・・。俺、昨日言ったこと忘れた?」
駆け寄ってきた彼女に向って言う。
・・・なんか、ちょっと。
なんかちょっと、いつもと違う感じ。
峰寿。
「ごめん!どうしても・・・・いてもたってもいられなくってさ・・・!」
にこっと笑う女の子。
「・・・その子は?」
こちらを見る。
どきっとする。
「あぁ。こっちは音華ちゃん。陰陽師。」
「・・・ども。」
「・・・こんにちは!私、吉野!吉野って呼んで!」
「・・・よろしく。」
少しだけ頭を傾いで音華は言った。
「彼女?」
「ち!ちがうよ!」
二人の声がハモる。
それを見て吉野は笑った。
「あはは!かっわいー!」
「・・・・・・・・お前なぁ・・・。」
峰寿があきれる。
「・・・とにかく、俺に任せて、今は待っててよ。」
「はぁい。」
吉野は、しぶしぶそう言った。
「じゃ、帰る。私。お邪魔したら悪いし。」
「何言ってんの!」
峰寿が照れたようにそう言った。
吉野は音華を見て手を振ってそして足早に階段を下りて行った。
「・・・・・・・・・・・・・誰・・・・・今の。」
その姿を見送って音華が問う。
「・・・藍川吉野。此処で会った女の子。」
「・・・なんで?」
「なんか、俺のこと見て陰陽師でしょ!って・・・・・。」
「へぇ・・・そういうのって、分かるのかな?」
「あの子が特殊。」
「年上っぽかったな。」
「あー、21らしいよ。」
音華が峰寿を見る。
へんなの。
峰寿。
さっき、吉野と話してる時の峰寿はなんだかちょっと。いつもと違った。
「依頼人?」
「そう。」
峰寿が頷いて、立ち止まる。
あたりを見回す。
山道。
しんとしている。
「・・・・・・感じる?気配。」
「いや・・・でも。ここ・・・なんか。少しだけ息が詰まる。」
「うん。」
音華は全神経を研ぎ澄ました。
なんか、変かもしれない。
変だ。
ここだけ、少し違う。
「・・・違う世界みたいだ。」
「え?」
ボシュ!
「!?」
「な!」
突然だった。
突然、何かが体に触れて蒸発した。
「なんか・・・今・・!」
「俺たちに触れた霊がいた・・・?」
この体をまとう緑の光は霊にのみ反応するベールだ。
峰寿の口寄せ体質を利用した、「自分自身にかける術」で、峰寿の得意技だったりする。
芳河には危ういとか言われてるけど。
「峰寿・・・・こっ・・・・・―――」
刹那。
広がる。
大きな。
赤い眼。
「・・・・・・・・・わっ・・・うわあああああ!」
目の前に、大きな黒い塊。
霊と呼べるのかなんなのかわからないそいつが現れたのだ。
あまりに突然の出現に、音華の心臓は口から出そうになった。
「音華ちゃん!」
峰寿はすかさず音華を引き寄せて抱きしめた。
そして術を唱える。
「・・・・・・・・・オン!」
ぼ!
緑の光が、突然強くなる。
「みっ・・峰寿!」
すると黒いソレはしゅるんと姿を消してしまった。
「・・・・・・。」
ドキドキしてる。
心臓バックバックしてる。
「な・・・なんだ今の!」
「・・・術は。一応効いてたみたいだね。」
「き・・!効かない場合とかあんのか!?」
「あるよ。相手による。」
「・・・こ・・・ッえー・・。」
胸をなでおろす。
片手は峰寿に奪われたまま。
きつくきつく握られる。
「・・・峰寿・・・?」
「え?あ、ごめん。痛かった・・・?」
「・・・怖かった・・・?」
率直に。聞いてしまった。
「・・・・・・・・うん。」
彼もまた率直に答えた。
「・・・何か、感じた?」
あたりを見渡して峰寿が言った。
「・・・変な感じだった。」
「どう変?」
「・・・分類しにくい。」
「俺も、それ思った。だから今日、音華ちゃん連れてきたんだけどさ。」
はは、と峰寿が笑う。
「でも、どちらかというと、神様に・・・近いかもね・・・。」
「・・・なんで?」
峰寿は微笑んだ。
「現れた時、気配が全くなかった。そして消えるとき、霊圧の残響を欠片も残さない。」
「・・・霊もそうじゃないか?」
「神様のほうが本当にブツっと消えちゃうんだよ。」
「・・・・・・・そか。」
あんまりわかんない。
神様ってやつにあんまり触れてない。
「式神もそうでしょ?」
「・・・あ。」
そう言えば。あれも神様か。一応。
「それはね。神様が普段住んでいるところにいるからだよ。」
「・・・・・・・・・・?」
「式神は呼ばれると、その住処から空間を飛んで召喚される。物理的な接近なく、突然空間を渡ってこれる。でも、普通の霊はそれに近いことができても、完全には無理だ。瞬間移動は、できない。」
「・・・そうなのか。」
「今の。現れ方は神様なんだけど・・・・。」
「なに?」
「霊圧が・・・ちょっと違うんだよ。」
「・・・・・・・・・・・・・。わかんねぇ・・・。」
音華はお手上げだった。
「あ、ごめんごめん。そういうんじゃなくて。」
峰寿は歩き出す。周りには何もいないらしい。
「・・・音華ちゃんは、率直にどういう奴だと思った?正体じゃなくてもいい。性質とか、性格とか。印象・・・。」
「・・・・・・・・・・・印象・・・・・。」
怖かった。
「・・・・あ。」
音華は峰寿を見る。
「ん?」
「・・・でもあいつ・・・なんか、古い匂いがした。」
「匂い?」
「や、違うな。匂いっていうか。雰囲気?・・・たぶん、すっごく昔から此処にいるんだと思う。」
「・・・・・・・・・・ありがとう。」
微笑んだ。
「参考になった?」
「なったなった。さ、帰ろうか。」
「うん。」
帰る前に蔓の先祖の社に寄って、お参りをした。
そして手をつないだまま山を降り、車が来た時、やっと二人の手は離れた。
「・・・なんかずっとつないでたら、解いたら変な感じ。」
音華は手を見ながら言った。
「あれ、じゃあ今日は一日ずっとつないどく?」
峰寿がからかうようにそう言った。
「はは!そしたらもうなんかあれだな!一心同体!って感じになりそうだな!」
「磁石みたいになりそうだよねー。」
笑う。

「お帰りー・・・・・。」
エリカはつらそうな顔して出迎えてくれた。
「・・・薬飲んだのか?」
「飲んだよ〜。」
つらそうだなぁ。
「エリカ、大丈夫か?」
「うん。・・・。はー。」
峰寿はエリカの肩を抱いて奥の部屋に向かった。
「峰寿!俺、ちょっとタバコ買ってくる!」
「あ、俺も行くよ!先行っといて!」
峰寿が振り返りながら言う。
「言ってくれたら買っとくぞ!?」
「いいよいいよー!追いかける!」
「・・・・・・・・ほーい。」
音華は草履をはきなおし、回れ右をした。そして玄関から外へ。
 

リリリリ。
夏の虫が鳴いている。
いろんな声が聞こえる。
山の音だ。
海の風だ。
心地よい。
気持ちいい。
京都みたいなくそ暑い風はない。
夜風が、いとおしい。
音華は自動販売機を見つけると駆け寄った。
ピピ。
コトン。

落っこちてくる煙草を取る。
そして懐からライターを取り出し、箱から一本の煙草を取り出した。
カチ。
ボボ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はー・・・・・・・。」
気持ちいい、一服だ。
島根の風。
いいな。
こういう穏やかなところ。好きだ。
「・・・腹減った。」
白い煙が暮れた空の色と混じる。
音華は峰寿が来るのを待った。
思ったよりエリカを運ぶのに時間がかかってるらしい。
いいや。こんなにも気持ちいい夕べなんだ。人を待つことすら気持ちいい。
自然に顔がにやけてくる。
「音華・・・・・」
「あ!峰寿?」
笑った顔のまま。ぱっと、振り返った。
「・・・・・・・・・・・・・・・て。」
その瞬間。お互いに、固まった。
リリリリ。
夏の虫が、傍で鳴く。

「ごめんー・・・・・。」
エリカが謝る。
峰寿がいいよ、と言って桃色の髪の毛をなでる。
いきなり貧血になって倒れたらしい。
「貧血の時はちゃんとすぐにしゃがめよなー?」
「うー。」
「なんだよ。そんな具合悪いんだったら無理して出雲なんか来なくても良かったのに。」
「・・・いいの。すぐ治るもん。」
「治んないかも知んないだろー?医者行けよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
あの日です。なんて言えない。
あぁもう。最悪。
エリカは心で叫んでた。
こんなにきついのは半年振りか。
いつも軽いからな。
こういう時、困る。
「あ。行っていいよ峰寿。音華ちゃん。待たせてるんでしょ?」
「あ、ああ。でも大丈夫か?」
「もー!女の子!またさないの!」
「・・・。わかった。」
峰寿はにこっと笑ってエリカを撫で、布団をかけてやってから立ち上がった。
「じゃ、すぐ戻る。」
「ん。帰ってきたら夕飯食べよ。それまで寝てる。」
「すぐだぞ。」
「いいよ。」
ははっと笑って峰寿はエリカの部屋を出た。

「・・・・・・・・・は?」
「・・・なんだ、その面は。」
「や、え・・・?」
「・・・阿呆が。」
あ、間違いない。コレ。
「芳河!?」
芳河だった。
芳河がいた。そこに。後ろに。
「・・・何してる。こんなところで。」
「いや!た!ただ、煙草買いに・・・!」
「お前は煙草を買いにわざわざ出雲まで来るのか。」
「ち、ちっげーよ!俺はただ、北に修行に行く前に!出雲によっとこうって思っただけで!」
「・・・峰寿とか・・・。」
「え、あぁ。うん。そうだけど。」
「・・・・・・・・・・その峰寿はどうした。」
「あ、もうすぐ来ると思う。」
芳河はちらりと道を見る。誰もいない。
「・・・?芳河?」
「なんでもない。元気にしていたか。」
「・・・お、おう。お前は?」
「変わらない。」
「・・・そか。」
沈黙。なんだこれ。
「・・・久しぶりだな。」
「あぁ。」
音華は何となく気恥しくなってうつむいた。
めちゃくちゃ久しぶりに仲良くしていた友人と会う、みたいな。
別に仲よくしていた男ではないが。
もったいない。
煙草がどんどん焼けていく。
「音華。」
「なんだよ。」
顔をあげる。
「おま・・・・――――」
「音華ちゃんごめん!おまたせ!」
芳河の後ろから。
「あ、峰寿!」
「ごめんごめんおそくな・・・・・・・・・。」
「・・・久しぶりだな。峰寿。」
芳河が振り向いた。
「・・・ほ!芳河!?」
峰寿が駆け寄る。
「おま!え!いつ着いた!?」
「今しがただ。音華がぼーっと阿呆面で煙草を吸ってるのを見て車から降ろしてもらった。」
「てめ、今の前言撤回しろよ!」
変わってない。変わってませんよコイツ!
「そうなんだ!久しぶりだな!芳河!」
峰寿がすごく嬉しそうな顔で言う。
その顔を音華は見る。
・・・仲良いよな。この二人。
峰寿は嬉々と話しながらタバコを購入した。
「で?お前、どんくらい此処に居んの?」
「数日間だ。お前に合わせて帰るつもりだったが・・・。」
「あー・・・・・俺か・・・。」
峰寿は苦笑いして頭をかく。
「それが、結構立て込んでるんで・・・すぐに帰れそうにないんだよな。」
峰寿が煙草に火をつけながら歩き出す。
「何かあるのか?」
「んー・・・。あ、音華ちゃん。ごめん!待たせたのに!」
峰寿が思い出したように振り向いた。
「や、いいよ。気にしてない。」
「帰ろ。」
峰寿が微笑んで手招きした。
「・・・あ、うん。」
音華は頷いて峰寿の傍まで駆け寄った。
そして、ついて歩く。
「それで・・・。」
芳河が尋ねる。
「あ、そうそう。・・・その、なんていうか。・・・依頼っていうかさ・・・。」
「依頼?出雲で?」
「・・・あ、やー・・・その。個人的な。さ。」
「・・・婆やに怒られるぞ。」
「はは、分かってます・・・。」
峰寿は苦笑いする。
「・・・で、どんな霊だ。」
「あ、もしかして!手助けしてくれたりする!?」
「どうせ、させるつもりだっただろう。」
「・・・・はは。や、ひとりでやるほうがいいんだけどさ。俺の場合。」
特殊な術でしか、戦えないから。
「どーもおかしいんだよね。その霊。」
「おかしい?」
「神みたいな現れ方する。」
「・・・神ではないのか?」
峰寿は首を振る。
「わかんないんだよねー、ね。音華ちゃん。」
音華は急に話を振られて、峰寿の顔を見る。
「あ、おう。なんか、変だった。分類できないっていうか。」
「・・・音華も見たのか。」
「うん。俺ら今日一緒に見てきた。」
「・・・口寄せ二人なら、さぞ簡単に現れたろうな。」
「はは。」
峰寿は笑う。
「そーなんだけど。わっかんないからさ。」
「・・・・・。」
「悪い、手伝ってくれねぇ?」
「・・・・・今日、酒はお前がおごれよ。」


On***出雲編3 終わり
 


 
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