古い社に悪鬼住む。

「悪鬼・・・ねぇ。」
エリカとの電話の後、峰寿は吉野の話を思い出していた。
彼女の寂しそうな手の振り方。
なんだかなぁ。
さっきエリカと電話で話した。
相変わらず元気そうに振舞うのだけは一級品の演技力。
ところどころに陰りが見えて心が痛んだ。
多分、まだ緋紗のことで苦しんでる。
芳河が来ると言っていた。素直に嬉しかった。
久しぶりに会える。
いろんな話がしたい。つもる話がある。
音華ちゃんのこと、最近の姫様とのこと。
新しい術を考えたこと。
芳河はいつもうるさいってあしらうけれど、なんやかんやで話を聞いてくれる。
気が置けない仲だ。
エリカも同様だが、エリカは女の子だし、言えないこともある。
や、別に芳河とエロトークとかはしないけど。
・・・してみたいとも思うけど。
「・・・しかし。」
やっぱり吉野の言葉が気になった。
この近くの古い社に悪鬼?
こんなに神が集まる街で?
「・・・や、だからこそか。」
悪鬼ではなく、神の一種かもしれない。だとしたら厄介だ。
だからこそ吉野を助けたという霊能力者は消さなかったのかもしれない。
「・・・・・・・・ま、明日はなんもねぇし。」
姫様に頼まれたものの受け渡しは一週間近くかかると言われた。
まったく仕事とろいぜ。出雲の『神に仕える者たち』ってのは。
「行ってみっか。」
結局、自分は死ぬほどお人よしだと思う。

次の日、昼過ぎに出発したとエリカから電話をもらった。
それから出雲の街を歩いて古い社、とやらを捜した。
社、なんざここら辺にはごまんとある。大社内を入れたら。
「・・・・・坂ばっかだよなぁ。」
山間ですからね。
「・・・泰樹様・・・?」
「へ?」
ぎょっとした。
「か・・蔓ちゃん!」
「ど・・・どうしましたの?」
蔓がそこにいた。
周りにお付きを何人もつれて、日傘をさしてこちらを見ていた。
驚いた顔だった。
峰寿も負けじと驚いてたけど。
「や、俺は姫様のお使い・・・。そっちは?珍しいね。」
「私の曾御爺様の古い屋敷がこちらにあって・・・・。そちらの社にご挨拶をと・・・。」
「あーそうなんだー。」
知らなかった。
仮にも元婚約者。
「・・・・お暑くありません?」
「暑い。」
ははと笑う。
「・・・これを。」
お付きの者からすっと差し出される。傘。
「日傘ですわ。ぜひお使いください。」
「あぁ・・・。ありがとう、蔓ちゃん。」
にっこりと笑った。
思えば彼女とは婚約解消してから会ってなかった。
「・・・お一人ですか?」
「ん?うん。夜にはエリカと音華ちゃんがくるかな。」
「そうですか・・・。あの人も・・・お元気?」
「音華ちゃん?うん。いつも通り。」
「・・・死ぬほど元気そうですわね。」
「あはは!あ、それから芳河も近く、来るみたいだよ。」
「!ほ・・・芳河様も?今、修行中では?」
動揺していた。
「ん。なんかよく事情は知らないけど。そう言ってた。」
「・・・そ、そうですか。」
「来たら知らせようか?」
「え!?」
「せっかくだから、ご飯でも・・・・」
ちらりと周りにいるお付きの者を見る。
「・・・ま。機会があれば。さ。」
にこっと笑う。
蔑む目が突き刺さったから。
お前のような下のものが、もはや軽々しく食事を共にしていい身分ではないぞ。と目が言ってた。
まったく。これだからな。今でも。
「・・・はい。」
蔓はそれには気づかないようだった。
頷いた。
「じゃ。」
「あ!」
「ん?」
「泰樹様・・・・・これから、何処へ?」
「・・・ん。社探してるんだ。古いやつ。」
「・・・お社を?」
「ちょっとね。」
「・・・私、今から曾祖父の社へ行きますけど・・・・ご一緒に・・・行きますか・・・・?」
「・・・・え?」
囲む人たちを見る。
「・・・でも。」
「あ、御迷惑でなければ。」
「や、そっちがさ。」
「私は大丈夫ですわ。ご心配なさらないで。・・・少しだけ。」
「ん?」
「少しだけ、話がしたかったんです。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかった。」
頷いて微笑んだ。
珍しい。

「で、話って?」
車に乗せられた。
涼しい。完全に日光を遮断する黒い窓。
「・・・特には。ないんですけど・・・。」
「うん。」
微笑む。
「・・・泰樹様は・・・その。婚約を解消した時、何もおっしゃらなかったので。」
「あぁ。うん。俺は良かったよ?蔓ちゃんも良かったでしょ?前にも言ったけど俺・・・」
「誰とも、結婚したくないって・・・・。」
「うん。」
「その言葉・・・が。あまり理解できなくって。」
「・・・ん?」
蔓は戸惑いながら少しずつ言葉を発した。
「・・・結婚させられちゃうけど、しないでおこうよって。おっしゃいましたよね。」
「・・・言ったね。」
「その意味が、分からなくって。ずっと、考えていたんです。」
「ああ・・・。そっか。」
微笑んだ。
「うん。それはさ。結婚はさせられてしまうけれど、お互いに心は自由であろうよってこと。」
「え?」
「芳河好きなんだろ?」
「!!しっ・・・!違います!」
「あはは。うん。違ったとしても、俺じゃないだろ?好きな相手。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「形は結婚させられてしまうけれど、俺は蔓ちゃんのその恋心すら壊してしまう気はないよって、話。」
「・・・でも。結婚したら・・・・・。」
「あはは。俺の言ってること、不誠実な人間っぽいよね。」
「いえ・・・その・・・。」
「無理に俺のことを愛そうとしてほしくなかったから。」
「・・・・でも・・・。」
峰寿は黒いガラス越しに外を見た。
「子供作らなきゃとか考えてた?」
ゴチン!
蔓がガラスに頭をぶつけた。
「あ・・・・。ごめ・・・。えっと。」
しまった相手は中学生だ。
「・・・い!!!!いえ!!!と・・・!当然ですわ・・・!」
「でも。俺、子供は作る気なかったんだ。」
「・・・た・・・泰樹様。」
「俺のあの役目を、誰にも継がせたくなかった。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ・・・・・・・・・・。」
「それだけの話。今みたいに分かりやすく言えたらよかったんだけどね。あの時はまだ、契約が体を支配しててさ。はっきりと、そう口が言ってくれなかったんだ。」
「・・・・・・・・・・あ・・・・。その・・・・・・・。」
峰寿が微笑んで蔓を撫でた。
「ごめんね。」
「いえ・・・えっと・・・。」
「こうやって、話せてよかったよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
蔓はやっと。
やっと峰寿がどういう人間か見えた気がした。
「・・・私も。今日、会えて・・・良かったですわ。」
やっと、彼を包んでいた契約と制約が無くなって、本当の峰寿が見えた。
そっか。
やっぱり。
やっぱりすっごく優しい人だった。
嘘なんかじゃなくて。

「着きましたわ。」
「うん。ありがと。どうぞ。」
ドアを開けて手を伸ばす。
「あ、ありがとうございます。」
その手を取って車から出る。
峰寿はそれを見てから、くるりとあたりを見渡した。
「・・・・・・・・・・・ねえ。ここって昔から来てる?」
「え?あ、はい。お盆時期には。」
「昔、悪鬼が出たこととかない?」
「いえ・・・・ありません・・・けど。」
首を振る。
「おいお前!」
がっと後ろから肩を掴まれる。
「失礼だぞ!此処は坂音の由緒ある社だ!無礼者が・・・!」
峰寿は、くるっと振り返りその声の主を見る。
そしてうっすらと微笑んで、掴んできた手を掴んだ。
「申し訳ありません。恥ずかしながら・・・そのことを忘れておりました。」
「・・・・。」
蔓はその峰寿の顔を見て、はっと思った。
この笑顔。
この笑顔。ずっと自分に向けられていた笑顔だ。
嘘の笑顔。自分の言葉を押し殺して声を発するときの顔だ。
「・・・ふん。分かればいい。」
男は手を離した。
蔓はうろたえながらその様子を見ていた。
それを見た峰寿が蔓に微笑みかけた。本物の笑顔で。
「ありがとう。本当に。ここまで連れてきてくれて。」
「あ・・・いえ。」
「俺、此処からは一人で大丈夫だから。ご先祖様に挨拶、しておいで。」
「泰樹様は・・・。」
「後で挨拶に伺わせてもらうよ。でも、あの人たち俺がいるとピリピリするみたいだから。」
「・・・・すみません・・・・・・。」
峰寿は、ははと笑った。
「謝ることじゃないよ。俺ら、柳のところに宿泊してるから。もし何かあったら連絡して。」
「・・・はい。」
「じゃあね。」
「はい。」
峰寿は手を振って行ってしまった。


「そういや、雷艶に出雲で会ったんだよな。」
高速道路を行く中、音華が外を見ながらつぶやいた。
相変わらずトンネルではなんか変なもんが見える。
「え?」
「去年。」
「雷艶に?」
「うん。あ、言ってなかったな。はぐれたろ一回俺。」
「・・・あぁ。あの時雷艶に会ってたの?」
「や・・・・・・うん。まぁ。」
どこぞの源氏ファンに呼び出されたとは言えない。
「そうなんだー。あの時ね。芳ちゃん超心配してたんだよ!」
「・・・あ、そう。」
「過保護だよねー芳ちゃんって!」
「それでいてデリカシーがない。」
「あはは!」
エリカはおかしそうに笑った。
「芳ちゃんって、かわいいよねー。」
「かわいい!?」
意味が分からなかった。
「いやいや、解せないそれ!」
「あはは。分かってないなぁ〜!」
「わかりたくねぇ!あいつの可愛さとか!」
気持ち悪い!
「ね、峰寿と芳ちゃん、男としてどっちがかっこいいと思う?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
ラジオに流れるのはBase Ball Bearの17歳。


「確かに、古いな。」
峰寿があたりを見渡して言った。
変な感じはしない。でも神聖さの中に古臭さが漂う。
参道を歩く。空気は気持ちいい。涼しくて。
「・・・・・・・・・・・ん?」
木々の間から赤い服が見えた。
「・・・あれって・・・・・・・・。」
駆け寄った。
「・・・あ。」
「え?」
彼女は振り向いた。
赤いTシャツに短パン。いかにも夏ってる女の子!って感じの少女。
「あ!」
彼女はいっぱいの笑顔でこちらに近づいてきた。
「あー・・・君・・・。」
「吉野だよ!峰寿!」
「覚えてる。」
はは、と笑う。
「どうしてここに?」
「こっちのセリフ!え!?なに!やっぱり手伝ってくれるの!?」
「・・・やっぱり諦めてなかったか・・・。」
「あ・・・。」
しまった、という顔をした。
ショート?ボブ?なんていうんだろ。この髪型。
だけどサラサラの小麦色。
綺麗な髪がふわりと風に揺れる。
「・・・言っただろ。そんな軽い気持ちで悪鬼退治なんてできないよ。」
「か!軽い気持ちじゃないもん!」
「軽いね!その格好くらい軽い!」
「ひ!ひっどー!そんな軽い女じゃないよ!身持ちかたいもん!」
「き、聞いてないよ!っていうか。何恥ずかしげもなく言ってんの!吉野ちゃん!」
峰寿は、いかん、と言って一息ついた。向こうのペースに巻き込まれる。
「・・・此処なの?悪鬼に襲われた場所。」
「・・・うん。」
「でもここには悪鬼なんかいなかったみたいだよ。俺の知り合いが此処の人なんだ。」
「・・・いたよ。悪鬼。」
「・・・まぁ、いたかも知んないけどさ。」
「峰寿、私のこと信じてない?」
彼女が峰寿を見上げる。
「信じ・・・てない。わけじゃないよ。」
「でも・・・確かに此処では何も感じない。どこ行ったんだろう。あの霊・・・。」
「なぁ。それ、霊じゃなくて鬼?霊?」
「え?違いあるの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。いや、いい。」
何も言うまい。
「・・・・・・・ねぇ。」
「え?」
突然吉野が耳を澄ました。
「何か聞こえた?」
「・・・・え?」
何も聞こえなかった。
「・・・鐘の音。」
「・・・鐘?寺じゃないんだし、聞こえないよ。」
「・・・ううん。ほら。また。」
峰寿も耳を澄ます。
「・・・・・・・・・・・聞こえないよ。」
「え?」
その瞬間。
ボサ!
「!!!!!!!!!」
茂みから突然何かが飛び出した。
峰寿は、瞬間、吉野を引っ張りよせ、札を懐から取りだした。
「おいおい。なんだこれ。」
「・・・・峰寿・・!こいつ!こいつだよ!」
「洒落になんね・・・」
峰寿ははっと、笑った。そして術を詠唱し始めた。札が光る。
つっと流れる脂汗。
ありえねぇ。
なんだ。これ。
突然現れたのは大きな黒い塊のような泥人形のようなナニカ。
妖怪?
鬼?
霊?
分類しにくいな。
神かもしれない。
その黒い大きな物体は、ゆらんゆらんとゆれるだけで、茂みから動こうとしない。
ただこちらの様子をじっと見ているようだった。
「鐘の音が・・・!」
吉野が峰寿の胸元で耳を塞ぐ。
「聞こえないけど・・・。」
まったくもって。
術詠唱を続ける。
ぼうっと峰寿の体が光る。
その光に吉野も包まれる。
峰寿は黒いナニカを睨んだ。
そいつは動かない。
ただ揺れてこちらを見ている。
「・・・逃げるぞ。走れるか。」
「!だ・・・・だめだよ!倒さないと・・・・!」
その瞬間。
ギョロン!
「!!!!!!」
びくっとした。突然大きな赤い眼が黒い塊の闇の中から生まれた。
大きな、大きなひとつめだ。
「・・・・・・・・・・間違いない・・・!あいつ!あいつが私を襲ったの!」
「・・・ひとつ分かったことがある。」
「なに!?」
「吉野ちゃんには、倒せないよ。こいつは。」
「え!?あ!!!!ちょっと!!!!!!!!」
瞬間。
峰寿は吉野の手を取って走り出した。
吉野は強く引っ張られて絡まりそうになる足を動かして、走った。
あいつは、追ってはこなかった。

「どうして!?」
彼女は峰寿に問うた。
峰寿はまだ息を切らしている。
やばいな運動不足かも。
「何が・・・っ!」
「どうして逃げるの!?」
「逃げるに決まってるでしょーが!」
「倒さなきゃ!」
「ままままま待った!まったまった吉野ちゃん!」
捕まえる。
細っこい体だ。
音華ちゃんみたいな怪力はない。助かった。
「放してよー!」
「落ち着きなさい!」
しばらくすったもんだしてました。
「・・・あのねぇ!今のはどう考えても吉野ちゃんが倒せる相手じゃないよ!」
「やってみないとわかんないもん。」
「分かります。俺一応プロの陰陽師なんだけど!」
「・・・峰寿も無理?」
「・・・無理、かな。・・・・・・諦めたほうがいい。本当に。」
「・・・だって。」
諦めの悪い。
「どうしてそこまでして陰陽師になりたいと思うわけ?」
彼女は黙る。
「・・・言いたくないならいいけど・・・。ったく、西も無茶ぶりだろ。陰陽術もなにも知らない子にあんな・・・・」
「え?」
「こっちの話!」
「・・・?」
はー・・・と、峰寿は深いため息をついた。
「顔あげて。」
「え?」
「動かないで。」
「え!?え?何!?」
「いいから。まぶしいから眼も閉じてていいよ。」
「え?!」
「オン!」
バシ!
「!」
「・・・いいよ。目開けて。」
「・・・なに・・したの?」
「結界。いいから、もうここには来ないこと。」
「・・・峰寿・・・。」
「いい?」
「・・・あの!」
「ん?」
彼女は必死な顔で峰寿を見る。
「理由があるの・・!」
「・・・・・・理由?」
「あいつを、倒さなきゃいけない理由・・・・・・・・・・。」


「あ!峰寿!」
音華が峰寿を見つけて彼を呼んだ。
「!音華ちゃん!」
峰寿は振り向いて駆け寄った。
「長旅お疲れ様。」
「峰寿!どこ行ってたのー?」
エリカがタオルで髪の毛を拭きながらやってきた。
「こんな遅くまでっ。」
「や、ちょっと。野暮用。」
「・・・?仕事じゃなかったのか?」
音華が訊く。
「ん。ちょっと、厄介事に巻き込まれちゃってさ。」
「・・・?」
「それより、エリカ風呂入ったの?」
峰寿がエリカの濡れた髪を見る。
「うん。私だけ。音華ちゃんはちょっと車酔いしてて夜風に当たってたから・・・。」
「あ、酔っちゃった?」
「なんか、気持ち悪いのがずっと車のガラスにくっついててさ・・・。」
「はは・・・お疲れ。治った?」
「うん。ちょっと頭痛いけど。」
「よしよし。」
峰寿は音華の髪を撫でた。
「峰寿。疲れてない?」
エリカが言った。
「・・・疲れてる。」
「大丈夫か?」
「何してたの?」
「・・・うーん。山・・・全力疾走で走ったり・・・あちこち歩いたり・・・いろいろ。」
「・・・霊に付きまとわれた?」
エリカが心配そうな顔で見た。
「や、それは大丈夫。」
峰寿が笑顔で答える。
これだ。
この笑顔。
ポーカーフェイスの仮面。
「・・・今日、そう言えば蔓ちゃんに会ったよ。」
「え!?」
「何処で?」
「街中で。」
「すっげ偶然だな!」
音華は感心した。
「うん。それから・・・。なぁエリカ。」
「ん?」
「二人とも・・・ここに数日長く、留まれないかな?」
「・・・・・・・・え?」


On***出雲編2終わり

 
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