その時、奪われたものがある。

吉野は一人、縁側に腰をかけて夜の月を見上げていた。
リリリリと虫の声をバックサウンドに、なんだか心地よい気持ちになる。
「あーあ・・・。」
呟いて体を伸ばす。
「おばーちゃん。泊めてくれてありがとうね。」
沈黙。
「あのね、もうすぐ返ってくるからさ。」
虫の音。
「峰寿っていう陰陽師に会ったの!それでねっ、助けてくれるって。」
風のざわめき。
「今日ねーその彼女みたいな子にも会ったんだぁ。違うって言ってたけど、少なくとも峰寿は好きだね!彼女のこと!」
笑顔。
「・・・・でも、彼女。」
真顔。
「・・・変わった色、してたなぁ・・・・・・・・・。」

誰もいない、廃屋の一軒家。


「・・・エリカもいるならそう言え。」
「あれ、言ってなかった?」
峰寿が酒を注ぎながら笑った。
エリカが薬の力で完全復活し、音華と騒いでいる。
「・・・騒がしい。」
「お前好きだろ?」
「・・・・・・・・・・・。」
ため息。
「あー!芳ちゃーん!今、変わってない〜っとか思ったでしょー!」
がば!っとエリカが芳河の目の前に座りこむ。
「思ってない。」
「思ったね!何年一緒にいると思ってんの〜?なんでも分かっちゃいますエリカさんには!」
「・・・・飲みすぎたぞ。」
エリカは笑い上戸になり今度は峰寿の前にバンっと座り込む。
「こっちで女の子ナンパしたんだって〜?」
「ナンパじゃありません。依頼ですー。・・・エリカー、飲みすぎだぞー。」
峰寿も今回ばかりは手に負えないらしい。
「峰寿!二股はだめだと思う!」
「ちょちょちょっと!俺は今のエリカのテンションのがだめだと思うよ!」
峰寿は立ちあがってエリカを引っ張り起こし、手を引いて歩きだした。
「どっこ連れてくの〜!?やっらしー!」
「黙ってついてきなさい!頭冷やすぞ!」
「ばかー!」
ドタドタドタドタ・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・。ひでぇ。」
音華、ひとりごと。
「・・・・・エリカは、いつもあんな感じなのか。」
芳河が酒を飲みながら言った。
「は?違うだろいつもとは!」
「最近、だ。」
「・・・・・・・・・・・・最近・・・・・・。一緒に飲んでねぇから・・・。」
知らない。
緋紗の一件以来、エリカとは飲んでない。
「・・・そうか。」
芳河は何もかも分ったようにそう呟いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
また沈黙。
なんなんだ一体。こいつとの会話ってこんなに間が持たないもんだったか?
「えーと・・・。」
音華が言葉を探す。
「峰寿の依頼人に、会ったんだったな。」
「え?お、おう。」
「依頼人には何か憑いていたか?」
「・・・や、別に。特に何も感じなかった。」
なんだよ、口を開けばまた霊の話かよ。この霊オタク!
「その霊も見たんだったな。」
「言ってんだろ。」
「・・・中てられなかったか。」
「あ、それは大丈夫だった。なんせ峰寿の術使ってたから。」
「お前、結局習得したのか。」
「や、峰寿が発動してるのに便乗させてもらった。手つないで術唱えて・・・。」
「・・・そうか。」
芳河は、音華を見つめる。
「なんだよ。」
「・・・いや。で、お前、修行は進んでるのか?」
「すす・・・んでるよ!多分。」
「多分?」
「鬼がもういらっしゃりやがらねぇからな。しごかれたりしてないし。」
「・・・誰にも何も教わってないのか。」
「・・・一応。もう陰陽師として、払ってるから・・・。前みたいに、・・・修業に専念とか、そういうのは、あんまり・・・。」
しどろもどろ。
だってやりかたが分からない。
全部、芳河がいたからしていた修業だった。
他の誰に師事しろというのか。
「阿呆が。」
「はぁあ!?なっんで俺がお前に阿呆呼ばわりされなきゃなんねぇんだよ!」
「術相殺だ。立て。」
「は?」
「打ち返せ。」
以前よりも強力な術が音華めがけて放たれる。
「・・・・鬼ッ!!」
久しぶりの、1000本ノックでした。
酒が入った体を、鞭打って、の。

「・・・峰寿。どうして依頼受けたの?」
バシャバシャ、顔を洗ってエリカは訊いた。
「・・・・・・・・・・・・んー。」
「・・・そ。」
こういう返答の時、峰寿は何も言わない。知ってる。
だから諦めた。
「その子、信用に足る・・・?」
キュ。
水を止める。
「・・・・・・らしくないね。」
峰寿が呟く。
「疑うの。」
「・・・買いかぶりだよ。」
エリカは目を閉じた。
「私は、疑り深い人間だもの・・・・・・・・・・・。」
峰寿はさみしげに、うつむいた。


「依頼主に会う?」
音華が峰寿に問う。
「うん。連絡来てさ、今日こっちに来てもらうことにした。ちゃんと話きかないとね。わかんないことばっかだからさ。」
峰寿の部屋。
峰寿がいろいろ術具を準備している傍らで、音華は本を読んでいた。
「なんだっけ、吉野?」
「そ。藍川吉野。」
「あの子、変わった感じの子だよな〜。」
「完全に。俺の理解をはるかに上回った動きするときあるし・・・・。」
「はは、なんだそれ。」
「それより解かった?」
「ん?・・・んー。」
コキっと首を鳴らしながら音華は唸る。
「・・・おっさんくさいよ。音華ちゃん。」
「だってさー・・・。昨日1000本ノック久しぶりにやったら・・・。イデデ・・・。くそ。あいつ、次は負かす!」
「ははっ。真面目だなぁ二人とも。」
酒の席でまで修行でしたから。強制的に。
「もんだげようか?」
「マジで?すげ助かる!俺全然普段こらないからさ・・・」
峰寿に背中を向けて、峰寿の指先が肩に触れた瞬間。
ガラ!
「峰寿、客・・・・・・・・・・―――」
「あ。」
芳河。と、エリカ。
うわー・・・。と心でつぶやくエリカ。
ちらっと芳河を見る。まぁ、いつもと変わんない顔してるけど。
「え、もう来たのか?」
音華が訊く。
「・・・椿の間だ・・・。急げ。」
ピシャン!
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だあいつ。」
「・・・う、うーん・・・。なんだろね。」
気まずかったかもしれない。

「で、その時にね・・・!」
音華と峰寿が、吉野に昔あの霊と出会った時のことをより詳しく聞いた。
吉野は相変わらずのテンションで、話をした。
それを影から見る二人。
「なんかすごいテンション高い子だねぇ〜。周りにはいないタイプだ。」
エリカが感心したように言った。
「・・・俺の周りにはいるけどな。」
芳河。
「れ、なにそれ。私のことー?」
エリカは笑った。
「・・・・。」
そしてチラっと芳河をもう一度見る。
んー・・・これは、ちょっと・・・。気まずかったかもね。
エリカはチラッと峰寿と音華を見る。
峰寿の動じないとこ、ちょっと分けてあげたらいいのに。
「あ、終わったみたいだよ。」
吉野は立ち上がって、こちらに向かってきた。
後ろに峰寿がついて歩く。
エリカと芳河は道を開けた。
「・・・・・・・あ。」
吉野は、芳河の顔を突然、じっと見た。
「・・・・・・・・・・・何か。」
「・・・・・・・・・・・。」
じーっと見ている。
惜しげもなく。
「・・・・。」
芳河も黙って見つめ返す。
「・・・あなた。あの子と同じ色ね。」
音華のほうを少し見やって吉野が言った。
「・・・?」
「・・・っていうよりも・・・・・・。」
もう一度芳河を見る。
「・・・私、あなた知ってるわ。」
「?」
「あなたに、助けられた。私・・・!」
吉野は口元に手を押さえて一歩後ずさった。
「・・・吉野ちゃん?」
峰寿がその肩を抱く。
「大丈夫?」
「・・・峰寿!この人!この人よ!私を助けてくれた人!」
「いやいやいや落ち着いて、あいつ、俺と同い年だから。君を助けたの大人だったんでしょ?」
「でも!だってそうなんだもん!この淡麗な顔立ちとか物腰とか!」
「いやいや、落ち着いてってば!」
手に負えません。
「・・・あ。」
音華がつぶやく。
「なぁ、もしかして、それって芳河の爺ちゃんじゃねぇのか?」
「・・・・・・・・・・・・え?」

落ち着いて。
近くの定食屋にて。
「なるほど、それならまぁタイムラグもないわな。」
ずるずるとそばを食べながら峰寿が呟いた。
「お前、爺ちゃんと顔似てたのか?」
音華が芳河に聞く。
「・・・特に言われたことはない。」
「若いころの姿には似てたのかもしれないよ?」
エリカが笑って言う。
「うん。やっぱり似てる!超似てる!」
吉野はじーっとじーっと芳河を見つめてもう一度感慨深く言った。
まるでずーっと探していた思い人を見つけた人のようだった。
「わ、やっば!超嬉しい!ね、峰寿!あとで写真撮って!」
「あのなー。芳河じゃないってだから。祖父だから。君助けた可能性あるの!」
はしゃぎすぎだ。
「あはは!おもしろーい。」
エリカは楽しそうに笑う。
うん。このテンションについていけるのは今のところエリカくらいだろう。
「・・・でもさー。それだとなんか、あれだよな。」
「・・・何だ。」
音華は箸をおいて考え込んだ。
「んー。だってさ。もし芳河の爺さんほどの人が吉野を助けたんだったとしたら、その霊を消せてないのっておかしくねぇか?」
「・・・・・・・。確かにな。」
「芳河より強いんだろ?」
「あぁ。俺はそう思ってる。」
「だったらさ。なんか変じゃねえ?」
エリカも考えながら言う。
「うーん。確かにねー。もし、そうだとすると、可能性はひとつだね。」
「・・・。何か、消せない理由がある・・・・てことか。」
4人全員が考え込む。
その中で吉野だけがわけもわからずキョトンとしてた。
「じゃーますますわかんねー。その霊の正体。」
「力押しでは消せないってことだもんね。消せないってことはやっぱり、神様なのかな?」
「いや、神様というにはあまりに・・・」
考え込む。
「・・・っていうか。俺らが全員同じ霊の事で頭抱えるのって。変な感じ。」
音華がつぶやいた。
「あ、確かに!」
エリカが笑う。
「なんか楽しー!普通こんなことないもんね!」
「そうだよな。まず4人そろって外食って・・・!超レア!」
峰寿のテンションが上がる。
「あ。」
音華が何かを思い出したかのように言った。
「え?」
「なあ芳河!あれ!」
「あれ?」
「確かさ!お前の爺さんの色んな幽霊退治の本!あったよな!」
「・・・・・・・・・・・あぁ。」
「あれに載ってるんじゃねぇか!?」
「・・・・・・・・・・・なるほど。」
芳河は感心した。
「・・・お前にも使える頭があったんだな。」
「おい殺すぞ。」
にゃろう。
「それ!持ってきてたり・・・」
峰寿が食い付く。
「しない。」
「だよな。」
「・・・だが。もう一度。」
「え?」
吉野のほうをじっと見つめ、芳河が言う。
「もう一度、詳しく話してくれないか。霊のこと。そうすれば思い出せるかもしれない。」
「・・・・・・う、うん。いいよ。」
吉野は頷いて、語り出した。


私、此処に住んでたことがあるの。
早くに父が亡くなって、母は九州に働きに行くことになって、私は祖母と一緒に此処に住んでた。
出雲はすごく好き。友達もたくさんいて。・・・っていってももうその時の友達は大学だとかで出雲にはいないけど。
あの日も、友達と一緒に社でかくれんぼしてた。
子供って無責任だよね。
私がうまーいこと隠れてる間にみーんな帰っちゃってさ。
私、ふてくされてしばらく社でひとりで遊んでた。
その社ってすっごく古くって、昔から出る出るって言われてた。
私、実は結構霊感があって、火の玉だとか、変な影とか、よく見てた。
でもその日は、なんだかいつもと様子が違った。
いきなり夕立ちが来そうな雲が空を覆って。
暗くなった。
気持ち悪い暗さ。
「・・・帰ろ・・・。」
呟いた時だった。
変な音がした。
ぼしゅ!とか、なんとか。
そして目の前に黒い塊が現れた。
「!」
あまりにも突然のことすぎて、一瞬わけが分からなくなった。
黒い塊。
よく見ればお化けのQなんとか、みたいで、人形みたいに見えた。
そいつはゆらんゆらんと影を揺らすだけで動こうとしなかった。
私の行く先を、阻んだ。
「・・・ど。・・・どいてよ。」
話しかけてみた。
だけどそいつは動かない。
どろんと体の黒が波打つ。
怖くなって私は別の道を通って帰ろうとした。
やつに背を向けたときだった。
メキョ!
「う・・・うわ・・・!」
黒い影に赤い一つ目が浮かび上がった。
グロテスクで、古いフランス人形みたいだった。
「わああああああああああ!」
怖くて、夢中で駆けだした。
そしたらそいつ、追いかけてきたんだ。
「こ!来ないで!」
だけどそいつは意外にも敏捷な動きで私を追いかけてきた。
私の頭は真っ白になる。
嘘だ。
嘘だ。
嘘だこんなの!
「助けて・・・・・・・・!」
そう叫んだとき、突然立てなくなった。
ガクンっと膝をついて倒れてしまった。
「!あ!」
足に黒い何かがまとわりついていた。
「い・・いや!」
そいつがすぐ近くまで迫ったとき。見た。大きな眼の奥から、腕が伸びてくるのを。
ボッ!
「!!!!!!!!!!!!!!!!」
その手が消えた。
「え!?」
「・・・まったく。坂音の社に、とんだヤツがいたものだな・・・。」
人間の声がした。
「・・・・え・・・?」
「大丈夫かい?お嬢さん。怪我は・・・?」
男の人が化け物の後ろに立っていた。
「・・・・あ・・・・は・・・い・・・」
意識が朦朧として、私は体が冷えるのを感じた。
左足にまとわりついた黒い何かがずるずると波打ち、粉々になって私の眼に流れてきた。
「さて、その子を離してもらいたいんだが、話が通じる相手かな・・・。」
そう言った瞬間に、よく分からない呪文を唱えた。
すると私の目に流れ込んできていた黒い塵は消え、同時にあの黒い化けものも消えた。
男の人は私に駆け寄って手を差し伸べてくれたけど、私はもう意識が限界で、気がついたら自分の家だった。
「・・・目が覚めたかい?」
「・・・・・・・・・・・おじさん・・・・・・・。」
その人は微笑んで私を撫でた。
「・・・此処は?」
「・・・君のうちだよ。」
「・・・おばあ・・・ちゃんは?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
彼は黙った。
「・・・君、名前は?」
「・・・吉野。」
「・・・吉野君。いいかい?よく聞いてくれ。」
「え?」
「君のお婆様は、もう、帰っては来れない。」
「どういう、ことですか?」
「此処には、いない、という意味だ。」
全身が、ぞくっとした。
「大丈夫。亡くなったわけじゃない。いつか、きっと戻る。」
「いつ・・・?」
「それは分からない。」
彼は首を振った。
「吉野君、家族は、いないのか?」
「・・・・・お母さんが、九州に・・。」
「じゃあ、その母親のところに行くといい。此処にいてはいけない。」
「・・・どうして?」
「どうしても。」
涙がこぼれた。
「やだ・・・。私、此処にいる。おばあちゃん、探す・・・!」
「いいこだから。いうことをきいてくれ。御婆さまの頼みでもあるんだ。」
「え?」
「言伝を頼まれたよ。母親の所に行き、15年は此処に近づくな、とおっしゃっていた。」
彼は私を優しく撫でた。黒い着物を着た人。
見たところお寺の人のようだった。
私は、その姿を今でも忘れたこと、ないよ。


「・・・・・・・って。感じ。あんまり、その・・・霊についてはわかんないけど。」
はは、と吉野は頭をかく。
「・・・その男の名前は聞いたのか?」
芳河が尋ねると、吉野は首を振った。
「気がついたら、いなくなってた。」
「・・・お前の爺ちゃんそうか?」
「・・・ありえるな。話は聞いたことあるかもしれない・・・。音華、お前にも貸したぞ。3冊目だ。」
「えぇ?・・・えーっと、なんだっけ・・・。」
「黒沼の怪と名付けられていた。」
「・・・くろ・・・。あー・・・なんかあったかも。あれじゃねぇか?なんかなんだっけ。あーちゃんと思い出せねぇ。」
がしがし頭をかく。
「それ、芳ちゃんの岐阜の家にある?その本。」
「あぁ。あるが・・・・。」
「電話して聞いたらいいじゃない。」
「・・・誰にだ。」
「お父上に。」
ゴトン!
音華は誤って水の入ったコップを力いっぱい机に置いてしまった。
「・・・父上に・・・?」
「探してもらったり、できないかな?」
「・・・でき・・・る、といえばできるかもしれないが。」
なんかそんなことを軽々しく頼める間柄でもないような気がする。
「芳河。」
峰寿が芳河を見た。
「頼んでみてくれないか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ。」
ため息。
初めてだ。父に電話することなど。

On***出雲編4 終わり

 


 
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