on***コネタ第七弾
 

雷艶

人間に隷属したのは、初めてのことだった。
恐ろしく澄んだ霊力が、身体を叩きつけた。
その経験が、今も脳裏に刻まれている。
「名は?」
綺麗な声だった。
「・・・・・。」
「あ、ごめんなさい。私から名乗るべきだったわね。」
彼女は笑った。
「私は若草。あなたは?」
その美しさを形容するのは、言葉では無理だ。

「雷艶。」
「呼んだか?」
名を呼ばれて、姿を現した。
あの美しい女の娘が、酒を片手に胡坐をかいていた。
「・・・うん。呼んだ。」
月が綺麗で、満月で。倅の頬は青白く光っていた。
「ん。」
差し出される酒。
「・・・珍しい。晩酌か?」
「んー・・・ちょっと飲みたくなったから。」
「・・・いただこう。」
かりそめの姿を解き、大きな獣の姿に戻る。
「・・・置くぞ。」
倅は床に杯を置いた。
「・・・どうした、倅。」
「別に。なんとなく。」
「なんとなくか・・・。」
そうは見えなかった。
「なあ、母さんって、お前とこうしてよく飲んでた?」
「ん?・・・いや、ほとんど晩酌をしたことはない。語り合うことは、多かったが。」
「・・・へぇ。どんな?」
「どんなって・・・他愛もないことだ。此処のことだったり、わしの昔話だったりだ。」
「武勇伝かよ、じじくせぇ。」
「ほっほ。何とでもいえ。」
倅は舌打ちをする。
まったく、似ても似つかない。
「今日は大人しいではないか。」
「かわんねぇよ。」
「いいや、何やらしおらしいぞ?気持ちが悪いな。」
「おい、殺すぞ。」
「やってみろ。」
「やだ。お前怖いから。」
「ほっほ。」
よく分かっている。
「母さんのことさ。」
「ん?」
「教えてほしいんだ。」
「教えてほしいとは?」
「どんな人だった?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
難しい質問だった。
ただ言えることは、一つだけ。
「恐ろしく、美しい女子だった。」

容姿の話ではない。
魂の話だ。

霊血。
それもかなり強い霊力を持つ霊血の純血。
研ぎ澄まされた霊力があの女子の周りに常に纏わりついていた。
初めての出会いは。
喧嘩を売られたことから始まった。
「・・・・・・・・誰だ主。」
「あなたを調伏しにまいりました。」
「・・・・いい度胸だ。」
「私の式神になってください。」
「ならん。わしは人間には隷属しない。」
「そう言うと思ってました。」
にっこり笑った。
「では、少々、力づくでお願いします。」
「・・・いい度胸・・・だが。生き急ぐか?」
「急いでません。追われてはいるけれど・・・。」
「?」
彼女はすらりと構えた。
そして、放たれる詠唱略の術。
「!」
正直絶句だった。
その霊圧は圧倒的。
今まで出会ったどの人間よりも、強かった。
もとい、美しかった。
「ごめんなさい。時間がないの。此処に、長くはいられない。」
言葉。
声。
こんなにも美しいのに。悲しかった。鋭かった。

凄まじかった。


「倅とは違って、大人しく、心根の優しい女子だったのう。」
「お前に優しくないって言われるとむかつくんですけど。」
「ほっほ。」
酒を飲む。うまい。
「母さんと・・・、色んな霊、調伏したのか?」
「ん?・・・んー・・・・。霊よりも、鬼や神を相手にすることが多かったな・・・。」
「禍神とか?」
「おった。」
「・・・こえ・・・。」
「あれは楽しかったな。久々に本気を出したからの。」
「・・・好戦的な爺だな。」
「なんとでもいえ。」
晩酌に誘っておいて、倅はあまり酒を飲んでいなようだった。
「母さんはなんで雷艶を選んだのかな。」
ぽつり、とそう言った。
「・・・・・。なんでかの。」


「ずっと人と関わってこなかったあなたと、話がしたかったの。」
そんなすっとぼけたことを言われた気がする。
「私は人間の世界では生きられないから。」
そして、寂しそうにうつむいた。
ああ、これか。
彼女の悲しさは此処から湧いているのか。
「似たもの同士かな、なんて。思ったのよ。」
もしくは、わしが孤独に苛まれているのではと考えたからかもしれない。
自分の孤独を、分かち合える奴が欲しかったのかもしれない。
存外、わしは孤独ではなかった。
もともと一人が好きであったし、最低一年に一度は他の神と飲み明かしたりもする。
寂しい、なんて思ったことはなかった。
だが、この女子を突き放す気にもなれなかった。
彼女は、死に追われている。
正直、短い命だろう。
なら、つまらぬ毎日の余興とでも考えればいい。
この娘に、大人しくついてみようと考えた。

「なんだ倅、本当に今日は何かあったのか?」
からかうように訊いてみた。
「・・・・・・・・。今日、捨て子の霊を調伏したんだ。」
「・・・。」
「捨て子、達かな。正しくは。子どもが捨てられることで有名なコインロッカーがあってさ。そこで怪奇現象が起こるって。呼ばれたんだ。」
「・・・そうか。」
「自分の母親のこと、知らずに死んでいった子どもたちを、俺は・・・全然救えなかった。」
「・・・ふむ。」
「・・・爺は、なんであの日、母さんの・・・この部屋に来たんだ?」
「ころころ話題を変える奴だな。」
「いいだろ。」
心を読まれるのを拒むかのようだ。
「・・・あの日は・・・。」
考える。あの日。倅と初めて会った日だ。
「・・・あの日、尋ねたとおりだ。」
「?」
「若草の後継に会いたかった。それだけだ。」
「・・・母さんが死んでたのは、知ってたんだろ。」
「ああ。だが、お前が生まれていたことなど知らなかった。」
「・・・なんでだ?式神だったんだろ。」
「ある時期を境に随分の間、呼ばれなくなった。わしはわしで自由奔放にやっていたからな。常に若草の側にいたわけじゃなかった。・・・その間に色々あったんだろう。」
「・・・そっか。でもなんでわざわざ後継なんか探してたんだ?」
「・・・・・・・・・。」

若草は、わしを式神として見ていなかったように思う。
正直、奉仕した、という感覚は皆無だった。
何も求めず、何も与えず、ただ、側にいて、話をする相手が欲しかったのではないか。
今なら、そう思う。
孤独の海を泳ぐ、強い女子だった。
その女子が、ひとつだけわしに与えたものがある。

「・・・ただ、人が恋しくなっただけだ。倅。」
「はぁ?爺も人恋しくなんのかよ。」
「ほっほ。」
笑った。

若草は、人のぬくもりと、孤独の本当の深さを教えてくれた。
なんとなしに、また、人につかえてもいいか、と。思ったのは、あやつのせいだ。そう思う。

 

on*** コネタ第七弾終わり

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