on***コネタ第六弾

イタコ

袴にブーツ。
今日はハイカラ。
自信のある服装。
髪の毛を結って、濃紺のリボンで飾る。
口笛だって吹いてしまう。それくらい天気のいい日なのだ。
「はしたないですよ。お嬢様。」
「あら失礼。」
にこっと軽やかに笑っていなした。
「ねぇ、大里。私、一体どんな人生を送るのかしら?」
「・・・?突然どうしたんですー?」
また始まった、と言わん顔つきで、大里は洗濯物を持ち上げて立ち上がった。
「いつも思うのよ。私のこの霊力。どう扱っていけばいいのかなって。」
「お嬢様は、特別なお力をおもちですものねぇ・・・。」
「イタコだもん。私のお母さんもおばあちゃんも、ひいおばあちゃんも。」
「ま、私にはご想像もできません。」
「大里ぉー。」
強請るように訊く。
「そんなに空想するのがお好きならいっそ物書きにでもなったらどうです?」
「・・・文才ないもん。上梓できるようなもの書けないわ。」
「でしたら、どこぞの美しい殿方に拾っていただくしかありませんわねぇ。」
「・・・・へー!?やっだ大里!そんなのナシ!」
「ありですよ。」
「だだだ、だって!私そんな!男子とか!芋にしか見えないわ!」
「あはは!芋・・・。酷い言いようですねぇ。お嬢様は器量も気立てがいいのに、もったいのおございます。」
「・・・か!からかわないで!」
「ほらほら、ぼうっとしていないで、そろそろお稽古のお時間でしょう?」
「・・・い・・いってきまーす。」
「行ってらっしゃいませ。」
屋敷を出てため息一つついた。
「・・ちぇ、大里のやつ。人のこと、からかって!」

最近、人が多く死ぬ。
仕方のないことだ。
世知辛い時代だ。
弱者ばかりが死んでいく。
その分、私や母のところに来る者が多い。
イタコとは、死者の魂を呼び戻し、身に宿らせその声を発する者。
一般的にはこんな感じで知られている。
きっと、死んでしまって、それでも納得できなくて私たちの元へ訪れては、最後の声を聞くのだろう。
もしくは、死んでいるかの確認かもしれない。
私たちが呼ぶことができるなら、その人はもう死んでいるということだ。
生死の確認をしたいのかもしれない。悲しい世の中だ。
私はまだ修業の身である。齢15の小娘だからだ。
でも、一族の中でも有り余る霊力を宿して生まれた。
正直困ってる。イタコ以上に何かを見て、何かに触れることができる。
イタコっていうのは、正直すっごく複雑なものだ。
死界とは、死後の世界のことだが、そこは死神の統べる世界だ。
死ねば死神に魂を狩られ、普通、そのまま転生の道を選び、魂は転生する。
その転生する前の魂ならば容易に引き寄せて呼ぶことができるが、相当昔の人の魂を引き出したい場合いろいろな手順を踏まなければならない。
人間の世界、死神の世界、理はいつもひとつ。
だから、お互いに無茶も苦茶もできないのだ。
なのに、何も知らない人たちは無理を言う。無茶苦茶しようとする。
「・・・悲しい世界ね。」
つぶやいた。

稽古は、楽器だ。琴を習っている。
なぜならイタコに楽器の腕は必要不可欠だからだ。
音楽を術の媒体にする。
実は私はそんなものを媒体にせずとも魂を呼べるのだが、一応伝統として習っている。
たいして好きではないので、苦痛だ。
「はい。結構なお手前。」
「・・・ありがとうございました。」
頭を深々と下げる。
やばい。立ちたい。正味、足がしびれてる。
「あ、そうだ。お嬢様におたずねしたことがあるんです。」
「な、なんでしょう?」
ああ!
「最近、染五郎という方がお見えになりました?」
「・・・私のところに?」
「えぇ。前、うちのお座敷に道を尋ねにやってきたんです。」
「・・・・・・いや、覚えがありません。」
「そう。」
「・・・お客様、かしら。」
イタコの私たちの。
「そうかもしれませんねぇ。」
「・・・先生?」
「なんでしょう。」
「・・・・・わざと、時間かせいでるでしょう。」
「あら。ばれました?」
にっこりと笑って彼女は私の足をつついた。
「っだ!?」
「お仕置きです。まだまだですね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・す・・・スミマセン・・・。」
しびれてしばらく立てませんでした。

帰り道、夕焼けの中に浮かぶ男性を見た。
無言で立ちすくむ彼はトンボを見つめていた。
アカトンボだ。真紅になりきっていない、アキアカネ。
朱色のトンボ。
「・・・・・・・染五郎さん?」
「えっ。」
彼は振り向いた。
「あなた、染五郎さんね。」
「・・・驚いたなぁ。イタコとは、人の心が読めるのかい?」
「あっは!」
笑った。
「そんな能力、誰も持ち得ないのよ?」
「おや、そうでしたか。」
彼も笑った。穏やかな顔だった。
「人の心を読める能力は、人を殺すから。」
「・・・・間違いない。」
「それで。私の家も訪ねず、あなたは何をしていらっしゃるの?」
ずばり訊いた。
「うん。探してた。」
「・・・訊いたんでしょう?道。」
「君の家ではないよ。別のものを、探していた。」
「?」
「君に頼みたいことがあるんだ。」
「・・・イタコに?」
「そう。」
頷いた。
「私はまだ、修行中の身よ。正式に頼むのなら、私の母に・・・」
「君に。頼みたいんだ。」
「・・・・・・・・・なぜ?」
「僕は、あの家には、行けないから。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
解らなかった。

彼にはちょくちょく出会った。
どうしても私に降霊して欲しいと言う彼の頼みを、私は断っていた。
彼は決まってアカトンボの中にいて微笑んで私を待っていた。
「・・・ね、もうすぐ朱が紅に変わるわよ。」
「トンボ?」
「そう。」
彼とみかんを食べながら話した。大きな木の下。
「秋の夕日に、きっと染まるのよ。」
「・・・素敵だね。」
「そうかな。燃えてしまいそう。私は、夏が去くのが、悲しい。」
「・・・僕も、秋が来たら、行かなくては。」
「・・・何処へ?」
「長く一つの場所に入れない。それが大人の悲しいところさ。」
「あはは。働かないといけないものね。」
「そ、休みすぎて、きっとお咎めを食らうね。これは。」
「減給もの?」
「まぁ、そうかもね。」
くすくす笑った。
「ね、そんなに私に降霊してほしい?」
「してほしいよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もう。なんで?」
彼はにっこり笑った。
「君が美しいから。」
固まってしまった。
ふ、不意打ち!
「な。なにそのくどき文句!今!?今言う!?」
「あはは。」
彼は笑った。
「君が、特別だからだよ。」
「・・もう!ふざけないで!」
「ふざけてないよー!あははいったた!殴らないでって!あはは。」

夏が去く。
彼が去る。

「・・・・・・・・・染五郎。」
「ん?」
「本当に行っちゃうの?」
「うん。もう行かなきゃ。約束があるんだ。」
「・・・・・・・。」
悲しくなって俯いた。
夕方。
ヒグラシがなく。
「・・・染五郎。」
「ん?」
「一緒に来て。」
ぐん!っと手を引いていた。
お咎めを食らうだろう。私が。
だけど。
彼の会いたい人に、会わせて上げたかった。
だから、手を引いて霊山に登ったんだ。
「夜になっちゃうよ。」
「平気。夜に登るのも慣れてる。ただ、熊とハミには気をつけて。口笛吹いて。」
「吹けないんだ。」
「もう!」
私が口笛を吹いた。もっていた鈴も鳴らした。
のどが渇く。


頂に着いたのは、夜中だった。
これは大里が本気で怒ってるだろうな。
「着いたわ。始めるわよ。染五郎。一体誰を呼んで欲しいの?」
息が弾んでる。
彼は微笑んだ。彼は全然息切れしていなかった。
月明かりでよく見える。
「許婚に。」
「・・・・・・・・・。」
死んでしまったのか。と胸が痛んだ。
いや、痛んだのは。自分の恋心か。
「相良五月に。」
生まれた年、場所、様々なことをできる限り訊いた。
彼は答えた。
私は息を吸い込んだ。
そして。
「シャラズナサラズイザナマカ・・・・・」
唱えた。
呪文。呟きながら、あ、しまった。と思う。琴をもっていない。
時間がかかる。これは。
鈴を変わりに鳴らす。
汗がにじみ出る。空気がどんどん冷たくなるのに。残暑の熱帯夜。
「ソノ名、サガラサツキ」
名前を読む。
息を吸い込む。
霊気を吸い込む。
これで、仕舞い!
「・・・・・・・・・・・!」
飲み込んだ。
「・・・・・ど、・・・どうしたの?」
突然止まった私の体に、声に、彼は心配そうに声を掛ける。

そこからのこと。本当に覚えてない。
ただ。

どうして、そこにいるの。
早く、こちらへ。早く。
取り返しがつかなくなる。
もう戻れなくなる。
死界の闇に溶けるしかなくなる。
早く。早く。早くこちらへ。
お願いあなたにもう一度会いたいの。
来世でいい。
だから、お願い。それないで。残らないで。
私は、あなたを愛してる。

その叫びが、頭の中で木魂した。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
涙を流して、目を覚ました。
コオロギの鳴く声。
けたたましくて、頭が割れそうだった。
ヒュー・・・・・・
微かな音で口笛を吹いた。
誰も答えてくれなかった。
私は大の字になってあおむけの状態で、倒れていた。
満天の星空が、月の光で少しだけかすんでる。
涙を拭いた。
「・・・・・・・・・・・・秋が来る・・・・・・・・・。」
そこに染五郎はいなかった。
再び目を閉じ、深い眠りに堕ちていった。

「朝帰りとはどういうことですかはしたない!!!!!」

朝、激が飛ぶ。
「ご・・・ごめんなさい。」
「一体何を考えておられますか!お嬢様!嫁入り前の娘が!」
「すみません・・・。」
ぐうの音も出ない。
「もう!今日から一週間謹慎ですよ!大奥様からのご命令です!おとなしくお聞きなすってくださいよ!」
「・・・はぁい。」
一週間!なんたる罰だ。
お婆様もよく心得てる。私の一番嫌いなもの。
すなわち退屈!
「もう、こんなに泥だらけで!いったいどこで寝てたんですか!」
「・・・・・・。」
霊山に登ったことは言わなかった。
「・・・あ、ねぇ。大里。」
「なんです?」
「ここに先日、男の人が訪ねてこなかった?」
「殿方が・・・?お嬢様に?」
「えーと、私、というか。・・・あの、染五郎って言うんだけど・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。あぁ、お見えになりましたよ。」
「あ!そ、それで!その人、どこの人とか訊いた!?」
「?お知り合いだったんですか?」
「えっと。うん。知り合い。」
「確か、箱根からいらしたようですよ。なんでも古宿の次男坊だそうで。」
「住所とか!分かる!?」
「いいえ。あ、たしかお宿の名刺をいただいていたようですよ。奥様が。」
「そっか!」
後でもらいに行こう。
「お嬢様。」
「え?」
「その方は・・・・・・今はそのお宿にはいらっしゃいませんよ。おそらく。」
「・・・・・・。どういうこと。」
心が静まりかえった。
「・・・此処にいらっしゃったのは、3か月前に結核で亡くなった許嫁殿を降霊するためでした。」
「・・・知ってるわ。」
「知ってらっしゃったんですか?」
頷いた。
「ですが、日にちが合わなかったんです。わざわざこの北方までいらしてくださったのに、奥様も大変胸を痛めていらっしゃいました。」
「・・・それで?」
「結局、降霊を行うことができず、お引き取り願うことになりました。仕方のないことでした・・・。」
「・・・染五郎・・・そんなに急いでたの・・・?」
「えぇ。仕方のないことです。すぐ御国に帰って身支度をしなければならなかったようですから。」
「・・・染五郎。・・・今、どこにいるの。」
「・・・さぁ・・・。でも、お国のために、海を渡ったようですよ。」
全身が。
全身が凍りついた。
戦火が、猛る、海の向こう。
「・・・・お嬢様?」
「・・・大里。」
涙が出た。
「私・・・。」
分かっていた。
本当は、あの許嫁の声を聞いた時、分かっていた。
染五郎が、遊霊で、あの許嫁は、未練を残して現世に留まる彼を必死に呼んでいた。
そして、染五郎が、その声に導かれて、逝ったことも。
分かっていた。
分かっていて、大里に訊いた。
嘘だって言ってほしくって。
「お嬢様?どうなさったんですか?」
私は。
その時までまったく染五郎が遊霊だと気づいていなかった。
だからだったんだ。
だから、私に頼んだんだ。
お母様もお婆様も、私のように見えぬものを見て触れる能力が長けているわけではない。
私なら、彼を見ることができたし、触れることもできた。
霊を霊だと気づかぬ大虚けだ。
だから、私に頼んだんだ。
待ち伏せして。何度も何度も。
「・・・好いた人がいたの。」
「・・・お嬢様が・・・ですか?」
頷く。
「好きだったの・・・っ。私・・・っ。」
涙が、出て、声が裏返る。
「そうですか。」
大里は優しく、私を抱きしめてくれた。
その手が温かくて気づく。
あぁ。これが人の温もりだ。
染五郎に触れた時、ひやっとしてた。
ほんと、馬鹿だな。私。
「・・・・愛してやってくださいね。」
大里の声が聞こえる。
「愛してやってください。愛しきれなかったものが、人生の中でたくさんいるのは、その分まで、愛するべき人が人生のどこかで待っているからなのですよ。」
「・・・・。」
「だから、あなたは精いっぱい愛してやってください。いつか見る。あなたの運命の人を。」
「・・・・っう・・・っ。」
嗚咽がこぼれた。
あんなに泣いたのは、生涯で一度きり。


「榊。」
「はい、姫様。」
「悪い、墨を取ってもらえるか。」
姫が手を伸ばす。
しわがれた手が、墨をとり、姫に渡す。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・榊は京の生まれだったな。」
「えぇ。」
「いつ、京を出た?」
「6つの時です。」
墨をする音。
「それから霊山のもとで修業をしていたんだったな。」
「えぇ。」
頷く。
「我々の一族の女は、京と北方を行き来します。男共は京に住み、女どものは北に住みますゆえ。一年の半分は北ですごします。」
「・・・そうか。難儀だな。」
「なに、此処の子供たちと同じどす。」
「・・・・・・・・・・・そうだな。」
「姫様。」
姫はこちらを向いた。
「なんだ。」
「私は姫様たちに会えて、幸せどした。」
「・・・・・・・・。」
ふっと姫が笑った。
うれしい時に見せる笑顔だ。
「そうか。」
「そうどす。」
「・・・ありがとう。」
微笑んだ。


 

on*** コネタ第六弾終わり

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