芳河にだけは、裏切られたくない。

「今から入るのー?」
辰巳が尋ねた。
「うん。芳ちゃんがいてくれる間に入りたいから。音華ちゃんの邪魔にはなっちゃうけど。」
辰巳はため息をついて、エリカの横に並んだ。
「・・・まあ、いつこう言いだすかって、思ってたわよ。」
「・・・・・ごめん。」
「心配かけて、って?」
「・・・うん。」
「心配なんかしてないわよ。」
辰巳は笑ってみせた。
「馬鹿ね。あんたみたいな強い女、見たことないんだからね。」
「・・・・・・・・・・・・・・うん。」
頷いた。
「ありがとう。」
芳河は、その二人の後ろについて歩いた。
エリカがなぜ、緋紗の籠っていた山に入りたいというのかは分からなかった。
辰巳は分かっているようだが。
おそらく、此処に来て、何かを知ったんだと想像する。
それで、あんな風に必死になって術を習得しようとしている。
「・・・・・・・・・・・・。」
今、音華が、前方のあの山で籠っている。
「芳ちゃん?」
「なんだ。」
「入るけど、芳ちゃん、大丈夫?」
「ああ。問題ない。」
「・・・ほんと。その術。差し支えないレベルで教えてほしい。」
エリカはため息交じりで言った。
「ま、お家の秘術だろうから。無理には言いませんけど。」
エリカは笑った。
「・・・・・・・エリカ。」
「何?」
「お前の知りたい術は、なんなんだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
エリカは答えずに、前を向いて歩き続けた。

エリカが、求めている術は、別のものだ。
そう、確信した。


「・・・オン!」
・・・・。
不発。
「くそ!」
音華はけだるい感覚に襲われて、地面に手をついた。
「げんっかい!」
疲れた!
「結界と術の練習は、平行するべきじゃない。無駄だ・・・。」
泣きたくなる。
すっかり夜になって、赤い提灯が光っていた。
どうやらこの提灯は勝手に光だすようだ。火がつく。
「飯も食ったし・・・・・・寝るかな・・・・。」
近くにある水場で顔を洗い、音華は赤い提灯の光る場所で横になった。
「音華ちゃーん!」
すると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「え。」
起き上がる。
「エリカ!?」
「あ!いたいた・・・!音華ちゃん!」
桃色の髪の毛を揺らして駆け寄ってくる。
「え、エリカ!?なんで?!」
「ごめん、もう、寝るところだった?」
「いや、いいけど・・・。」
今何時だ。
「なんでこんな夜中に?」
「ごめんね、ちょっとどうしても今じゃないとダメで・・・。」
「いや、いいよ。」
首を振る。
「あ、辰巳は?」
「あ、もうすぐ来ると思う。一緒に来たから。」
「じゃ、礼いわねぇと。」
「お礼?」
「あいつの式神だろ?おかっぱの女の子の。俺に毎回食事届けてくれたの。辰巳だよな?」
指をさす。膳。
「音華ちゃん。違うよ?」
エリカは不思議そうな顔をする。
「人型の式神なんて、裏陰陽寮くらいにしか、いないよ?」
「・・・・え?」
「それに、この山には、膳は運ばれないよ。」

その。

瞬間だった。

音華の視界は真っ暗になった。
月がない。
赤い光もない。
目の前にいたエリカもいない。
そんな一瞬があった。


そして、瞬きののちに広がっていたのは。

「・・・・・・・・・・・・・・学校・・・・・・・・?」
また、夢か。
また、屋上か。
「音華。」
びくっとした。
また、芳河が立っているからだ。
「・・・っ。」
怖くて、後ずさりをする。
「近寄んな莫迦芳河!」
「どうした?」
「どうもこうもねぇ!てめぇがさっき俺にしたこと考えろ!」
「・・・何もしてないが・・・。」
芳河は不思議そうにそう言った。
「いいから!とりあえず、俺に触んな!」
「・・・分かった。」
「・・・・本当に、お前、芳河か?」
「偽物がいるのか。」
「俺のこと、殺そうとした!」
「・・・俺じゃない。」
ため息をついた。
「・・・また何かに憑かれたのか?学習しろ。きちんと視ろ。」
「・・・・・・・・・・。」
じっと、芳河を見た。
確かに、何も感じない。嫌な感じがしない。
「まあいい。もう行くぞ。エリカが心配している。」
「あ・・・。あぁ。」
芳河が背を向けて歩き出し、屋上のドアに向かって歩き出したので、音華は少しだけ安心して芳河の背中を追った。
懐かしかった。
芳河の背中を追いかけて歩くの。
ひどく、懐かしくて、安心した。
「音華。」
「え?」
「思いだした。」
「え。何を。」
芳河がドアを開けて校舎の中に入っていくのについて校舎に入った時、芳河が振り向いた。
「俺は用があって此処に来た。」
「・・・だから何を。」
「お前を喰いに来た。若草の娘。」

突然。
突然芳河の体が膨張し、破裂した。
「!!!!!!!!!!!」
そこから現れたのは、無数の、獏だった。
「うわああああああああああああああああああああ!」
ドアから屋上の外に出ようとするが、ドアはすでに獏によって抑えられている。
「これで逃げることはできない。」
「できない。」
「デキなイ。」
酷い声が聞こえる。無数。四方八方。
「やめ・・・・ろ!」
押しつぶされそうになった。
屋上だったら、逃げれたかもしれない。
だけど、階段しかないこのせまいおどり場じゃあ、身動きが取れなかった。
無数の獏が塊になってうねり、音華をつぶそうとしていた。
「音華。」
芳河の声が聞こえた。
「オトはな」
「音ハな」
「オトアカハハジャハカカカカカカカカカカ」
「やめろ!」
芳河の声が、壊れていく。

なんで。よりによって、芳河なんだ。
あいつにだけは、裏切られたくないのに。


「音華ちゃん・・・・!」
エリカが音華を思いっきり揺さぶった。
「音華ちゃん!どうしたの!」
「エリカ?」
辰巳がその声を聞いて走ってくる。
「辰巳ちゃん!音華ちゃん・・・!起きないの!」
「ええ!?・・・・・・・・・・・っちょっと、起きなさい!ヘチャムクレ!」
辰巳も揺さぶるが、起きない。
「どうした。」
芳河がやっとやって来て、倒れて動かない音華を見つける。
「どうした。音華。」
「だめ・・・!多分これ・・・!」
エリカが周りを見渡す。
「・・・・・・・獏の仕業ね。」
辰巳が言う。
「でも、変だよ。」
エリカが周りを見たまま呟く。
「どうして、こんなに・・・・深いところまで飲みこまれてるの?」
何かいるのではないか。
エリカの胸が締まっていく。
「エリカ。」
「!」
それに気がついたのか、芳河がエリカの肩に手を置く。
「大丈夫だ。獏なら、こいつに倒せん相手ではない。」
「でも・・・っ!」
「獏は普通の夢から入り込む。だから初めは自分が夢の中にいるのかなんなのか分からないことが多い。ただし、獏は途中で必ず正体を現す。そしたら音華も音華なりに動く。」
「・・・倒せる・・・って?」
頷く。
「・・・。」
でも、芳河の額には汗がにじんでいた。


「死ね、音華。」
うるさい。
「死ね。」
うるさいやめろ。
「殺してやる。」
「死ね。」
「死ね。」
「死ね音華」
「憎い。」
「死ね。」
芳河の声で、こんな言葉、言われたくない。
涙が出た。
「・・・・ッふざけんなよ莫迦芳河あああああああああああ!」
叫んだ。そして力の限り、目の前にある獏を蹴りあげた。
そして、指を組む。
ゆっくりとだけれど、指を組む。
やっぱり慣れそうにない、この指使い。
「ソ・・・ッルンシシュカンミキ・サンカンサンカン!インルルイシカシランショウ・・・カン・・・!!!」
音華は一気に言い放ち、そして息を吸い込む。
「ウン!」
ッボ!
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
この時見えたのは、光だけだった。
だけど、うまくいったのは、分かった。

初めての術の成功が、夢の中だなんて。なんか、違う気がする。


「ッあ!」
がば!っと、起き上がった。
「音華ちゃん!」
エリカの涙目が見えた。
「はぁ・・・・っはぁ・・・・っはぁ・・・・!」
息が上がっていた。
「良かったーーーーーーー!」
エリカが抱きついてきた。
「だ・・・大丈夫・・・だ・・!」
うわ、汗だくだ。
エリカを抱きしめ返しながら、自分の手のひらを見て思った。
息が整ってきた。
「はぁ・・・・。」
そして、何気なく手のひらを返した。
「!」
ドキっとする。
墨が広がっている。手の甲から肘にかけて、不可思議な模様が描かれていた。
「・・・・んだこれ。」
そして空を見上げてみた。
「・・・・・・・・・・・・・。」
「どうしたの?」
エリカが音華を放して聞いた。
「・・・・・・・・・エリカ・・・。」
「ん?」
「・・・・・どうして、今日・・・・新月なんだ?」
エリカが、にやりと、笑ったのが見えた。


一体、いつから夢だったんだろう。



びくっ!
「!」
エリカは驚いた。
「芳ちゃん・・・っ。今・・・。」
「・・・・・・・ああ。」
目を細める。
「・・・・まずいな。」
「うん。」
辰巳は、音華の左手をとった。
「・・・まずいわね・・・。」
じわじわと、手に墨が浮き上がってきた。
「・・・一体どれだけいるの?獏・・・っ!」
尋常ではなかった。
普通ならばこんなに墨は模様を描くことはない。
一つの獏くらいならば、なんてことはない。
「・・・・・芳河様!」
辰巳は芳河を見る。
「・・・体温が下がってる。一体いつからこの状態なの・・・・?」
エリカはぎゅっと音華の手を握った。
「なんなの・・・・!なんで・・・こんなことできるの・・・!?」
涙が出てきた。
「離れてろ。」
「!」
芳河が立ち上がった。
「芳ちゃん・・・・っ。」
「芳河様・・・!」
「とにかくこれ以上、獏は増やせない。」
オン、と唱えた瞬間。
音華の体が青い光に包まれた。
「・・・・大丈夫なの・・・。その身体で結界を張っても。」
「平気だ。」
「とにかくこれで、これ以上獏が増えることはないわね・・・。」
辰巳が音華の左手をとって呟いた。
「でも・・・身体が持たないよ・・・。こんなに深く・・・っ。」
エリカが悔しそうに言った。
「・・・獏は外にいる人間が払うことができない鬼だ・・・。どうすることもできん・・・・。」
芳河が冷静に言ったが、拳はかたく握りしめられていた。
「・・・・・・でも・・・・!ほっといたら・・・・もう・・・・!」
もう。
助けられない。その言葉を、誰もが飲みこんだ。


「離れろ・・・・!」
音華はエリカを跳ねのけて立ち上がった。
「・・・っ!」
立ちくらむ。
何だこれ。夢なんだろ?
なんでこんなに体力消耗してるんだ。
自分にかけた結界も、さっき獏を消した術も。全部夢の中の出来事なんだろ?
なんで・・・。
「どうして?音華ちゃん。」
エリカが微笑んでいた。
「どうしてじゃねぇよ!此処から出せ!」
「あはは。何それ?」
いつものように笑う。
でも分かる。こいつは偽物だ。
ぐらぐらする。
「・・・・・・・・っ。」
「大丈夫?音華ちゃん。こっちに来て、手当てしてあげるから。」
「・・・・・・・。」
騙されない。
エリカは人を治癒するような術を使わない。苦手だからできるだけしないって言っていた。
ああ。くそ。やべぇ。
力が出ない。
ぐらぐら。
意識を集中させる。
「・・・・・・・・・・・・・多い。」
エリカの中に潜む、獏の数。
さっき芳河の中から出てきたやつと同じくらい。エリカの中にも潜んでる。
近付けばまた、襲われる。
「・・・・・・・・・・・・くそ。」
でももう一発、峰寿の技を使うことも、他の陰陽術や死呪を使う体力もない。
今すぐ倒れてしまいたいんだ。
「ほら、辰巳ちゃんも来たよ。」
「!」
辰巳が後ろからやってきた。
ああ。やべぇなもう。
音華は眼を閉じそうになった。
夢の中なのに、なんだこの焦燥感。死が近づいているという実感。
「・・・・・・・・・・・・・くそ・・・・。」
辰巳が一歩、一歩近づいてきて、もう崩れかけた音華の襟をつかんだ。
「・・・・・・・・っ!」
音華は覚悟して、目を閉じた。


「どいて。」
辰巳がぽつりと呟いた。
「え?」
エリカが顔を上げた瞬間のことだった。
「!」
「!」
目を疑った。
「た・・・・っ!辰巳ちゃん!?!」
辰巳が音華の唇にキスをしたのだ。
「たたたたたた辰巳ちゃん!?!?」
エリカは驚いて叫ぶ。
「・・・・っ。っとに!」
辰巳が唇から唇を離し、叫んだ。
「いい加減に起きなさい!叩き起こすわよこのヘチャムクレ!」


「・・・・・・・っ!?」
突然のことだった。
辰巳が自分の唇に唇を重ねてきて、叫んだ。
「いい加減に起きなさい!叩き起こすわよこのヘチャムクレ!」
「・・・・・・・・・・・・・はあああああああ!?」
その瞬間。
「!」
どっと、突然力が戻ってきた。
自分の足で、しっかり立てる。
「・・・!」
目の前にある辰巳の顔が、にっと笑っていたのが見えた。
「・・・・・・・・・・・っ!っの!」
音華は笑って、勢いよく指を組んだ。
「オン!」
バシ!
「アンビツウシャンカカカ・オノガコエオノガシン・・・・ワ・・・カミノコエサスガ・・・ツイハカミノツイ・・・・っ―――!」
指をさす。
エリカを。
辰巳を。
その獏を。
「オン!」
ッボオオオオオオオオオオオオオオオン!


「っておおおおおおおおおおおおおおおいいいい!」
ガバ!
「!!!!!!!!」
もう一度、起き上がった。
「・・・っお・・・!」
「はぁ!はぁ!はぁ!ああ!もうくそ!」
「音華ちゃん!!!!!!!」
「!」
エリカにがば!と抱きしめられた。
「へ!?え?!え?!」
現状把握ができずに音華はあたりを見渡す。
「音華ちゃん!良かった!良かった!」
泣きながらエリカが叫んでいた。
「え!?なんでエリカが此処に・・?!え?!」
辰巳がいる。
「辰巳も・・・!なんで此処に?!」
まさか、まだ夢?!
「野暮用で此処に入ることになったのよ。そしたらあんたが獏に襲われてるから。」
「こ・・・・!此処は現実か?!」
「何言ってんのよ。当り前でしょ。」
ばっと手を見る。
墨は消えていた。
「・・・っ!月は・・・!」
ばっと、空を見る。
「うわ!」
しかし視界に入ったのは月ではなく芳河だった。
びくっとして、思わず叫んでしまった。
「なんだ。」
「なんだ・・・って、やっぱ此処も夢じゃねぇか!芳河がいるはずねぇ!」
後ずさる。
「あ!違うの!芳ちゃんは・・・!」
エリカが腕を解いて弁明する。
「阿呆。」
芳河はそっぽを向いて離れていった。
「は・・・!?て、あ・・・月!」
「え?月?」
空を見上げるとそこには月はしっかりあった。
「・・・・・・・・・・・・・・げ・・・・・・・・・・。現実・・・・・・・・・。」
力が抜けた。
「・・・・・・・は・・―――――――――――」
長い溜息をついた。
「つ・・・かれた・・!」
「大丈夫?」
「・・・・おー・・・・。」
音華はゆっくり顔をあげてエリカを見た。
目に涙をためている。
「・・・ごめんな・・・心配かけて・・・・。ありがとう・・・・。」
「ううん・・・!私達何もできなくて・・・!」
「や、だって。いきなり力が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
ん。
なんか、思い出したくない感じのことが。あった気がする。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
じっとエリカを見る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
そして辰巳を見る。
「何よ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
そういえば。
「・・・・・・・・・・・え。お前・・・・?」
「何よ。」
「お前・・・もしかして・・・助けてくれた?・・・・・・・・その・・・・・・・・キ・・・・・・キスで。」
「何よ。良いでしょ別に、女同士なんだから。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
一瞬止まる思考。
「や・・・・い、いいですけど。ありがとう・・・ございました。」
「私だってねぇ!ファーストキスなんだからね!」
「・・・・はい。」
俺だって、リアルな人間とは初だ。
「でも良かったよー!」
エリカがもう一度抱きしめてくれたので、音華はしっかりと抱きしめ返した。
その温もりにホッとして、音華は眼を閉じた。


On*** 北編4話 終わり



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