莫迦。嫌い。

「・・・ん・・・ちゃん!」
「は・・・」
「音華ちゃん!」
はっと目を覚ました。
「うあ!」
音華は跳ね起きる。
「大丈夫?どうしてこんなところで寝てるのー?」
エリカが微笑んで言った。
「え!あれ!?」
待っていたつもりだったのに。
待ち切れずに寝てしまったらしい。
縁側。
「エリカ!」
「布団で寝ないと風邪ひくよ?」
「・・・お、おかえり。」
「ただいま。」
にこっと笑う彼女。
「・・・・て、うお。」
すぐそばで辰巳が寝ていた。
「こいつも寝ちまったのかよ・・・。」
「仲良く寄り添って寝てたよー。」
「はは・・・。」
寄り添って?
「芳河は?」
「さっき帰ったよ。送ってくれてから。」
「・・・今帰って来たのか?」
「うん。」
時計を見る。朝、5時。
「・・・さ、布団敷いたよ。こっちおいで。」
エリカはてきぱきと布団を敷いて、音華を手招いた。
「・・・辰巳は?」
「辰巳ちゃんは絶対に起きないから、枕だけ置いておいて。」
手渡される。
「・・・起きねんだ。」
「うん。超低血圧。起こしたら怖いよー。」
うわ、やめとこ。
なまじ自分が低血圧じゃない分、低血圧で朝機嫌悪い奴の気がしれない。
「・・・エリカ?」
エリカが布団に寝そべって微笑んでた。
「一緒に寝よっ。」
「・・・・・・・・・・・・・・う。うん。」
頷いて、エリカの側に寝転がった。
布団がかかる。
「・・・音華ちゃん。」
「ん?」
「ごめんね。危ない目にあわせて。」
「・・・?それはエリカのせいじゃないだろ?」
「いいの。謝らせて・・・。」
「・・・う。ん。いいよ。気にしないでくれ。」
「ありがとう。」
エリカは笑ったようだった。
「エリカ・・・なんか、嬉しいことでもあったのか・・・?」
「うん?」
「なんか。」
「・・・うん。あった、かな。」
エリカは眼を閉じた。
「・・・すごく、幸せな夢を見たの。」
「・・・・・・・・・・・・・?」
「多分、夢だったんだと思う。」
「・・・・何が?」
「・・・内緒。」
微笑む。
「・・・いいけど。」
ふふとエリカは笑った。
「ね、音華ちゃん。今日、起きたら、お墓参りに行こう。」
「・・・じいさんとばあさんの?」
「そう。」
「・・・うん。行こう。」
「良かった。自慢の妹ですって、報告しなきゃ。」
エリカはそっと音華を抱きしめて、そして目を閉じた。
音華も柔らかい掌を感じながら、目をゆっくりと閉じていった。

エリカ、それは、俺の台詞なんだ。
エリカが俺の自慢の、姉、なんだ。


「・・・・・・・・・・・。」
芳河は目を開けて、くしゃくしゃ頭をかいた。
「芳坊。」
「・・・・朱雀か。」
朱雀がため息をついて芳河の傍にひざまずく。
「・・・そんな無茶をする子どもだったかな。」
「まだ子ども扱いか。」
「子どもだ。」
朱雀は呆れた顔をした。
「朱雀が送ってくれたのか。」
「そう。助かっただろ?」
「ああ、助かった。」
「危ないぞ。主でも魂の状態の時は強い術は控える。」
「あの人はなんてことなく為すだろう。」
「為す。むかつくくらい。」
芳河は、はっと笑った。
「・・・礼を言う。」
「いいけれど。」
芳河は立ち上がる
朱雀も立ち上がった。
「華君には会えたか?」
「・・・・・・会えた。」
「・・・?」
なんだ今の間。
「エリカ嬢は?」
「・・・。正しかったかは分からない。」
「・・・・?芳坊。・・・いつから主みたいな意味の分からない話し方するようになった?」
朱雀にはついていけなかった。
「エリカは半分、死界に溶けた。」
「・・・・・は?」
「これから、長い月日をかけて取り戻していかなければならないものがある。」
「・・・つまり?」

―――つまり?
「どうなるの・・・?」
提灯の明かりに染まりながら、エリカは尋ねた。
「・・・しばらく、陰陽術は使えなくなる。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。霊力は?」
「なくならない。ただ、魂が不安定になる。その状態で術を使えば、どうなるか分かるだろう。」
「・・・しばらくって、どれくらい?」
「早くて半年。長くて一年だ。」
「・・・。長いね。」
エリカは微笑んだ。
「長い。」
「・・・・それ、その術使ったら。どうなるの?」
「会わせてやれるかもしれない。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
エリカは微笑むのをやめる。
「・・・うまくいくかはわからない。死界の闇から魂の抽出などしたことはない。だが、同じ闇の中でなら、会えるんじゃないのか。」
「・・・理論上は、可能かもね。」
「死神にも分からない領域だ。俺が分かる範囲には限界がある。」
「・・・そのまま、消えちゃうって事は?」
「ない。」
芳河がエリカの腕を掴む。
「俺が離さない。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
エリカは泣きそうな顔をしてから、うつむいた。
「莫迦。」
そして芳河を抱きしめた。


莫迦。嫌い。莫迦。
殴ってやった気がする。
幸せな夢だった。
あなたに会えて、良かった。
此処で会えてよかった。
でも、怖かった。
それを確認するのが、怖かった。
あなたは私と此処で出会えてよかった?
私を恨んだ?
私を愛してくれていた?

確認することが怖くて。
怖くて。
でも、どうにかなっちゃいそうで。
莫迦。
嘘つき。
莫迦。
「ひーちゃん・・・。ごめんね。」
笑えない。
涙しか出ないの。


「エリカっ。」
「!」
音華が覗き込んでいた。
「・・・大丈夫か?」
「・・・え?」
涙を流していた。
「怖い夢でも見たのか・・・?」
音華は心配そうな顔をしていた。
「・・・。ううん。」
その顔で安心して、エリカは微笑んだ。
そして音華を抱きしめる。
「ぅ、お。」
「ありがとう。」
「え?う、おう。」
慌てる。
「も、もう8時だぞ。起きるか?」
「・・・うん。」
「・・・・・・・・・・。」
顔をうずめて、抱きしめてくるエリカを振りほどくことなどできず、音華は黙って抱きしめ返した。
「・・・おはよ・・・。」
「!」
辰巳が起きたのか声を掛けてきた。戸が開く。
「・・・お、おはよう。」
「・・・帰ってきたのね。エリカ。」
「う、うん。」
音華が答える。
辰巳は逆光の中で微笑んでいた。
うーん。やっぱり、顔はもったいないくらい綺麗だ。
「・・・。・・・・・エリカ・・・。」
「・・・うん。」
顔をうずめたまま、エリカが答える。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
辰巳は深いため息をついたようだった。
「先に行ってるわよ。」
「うん。」
エリカは頷いてから。音華から離れた。
「・・・エリカ?」
音華が尋ねると、エリカは微笑んだ。
「・・・大丈夫。」
「・・・・・・・?」

何が大丈夫で、何が大丈夫でないのか。
分からなかった。


朝ごはんを食べるとき、エリカはいなかった。
「・・・エリカとはしばらく、会えなくなるかもよ。」
「・・・・は?」
辰巳が朝ごはんを食べながら呟いた。
「なんで!?」
「・・・なんでって・・・あんた見て分からないの?」
「なにが!」
「霊圧をまとってない。」
「・・・・・・・・・・・・・へ?」
「エリカとか、芳河様とか、峰寿とか、あんたとか。」
箸で指される。
行儀わりいな。
「溢れかえってんのよ。霊力が。」
「・・・・・はぁ。まあ。」
「それはいいの。でも、その霊力をコントロールできてない。霊圧がない。確実に霊力も弱まってる。」
「・・・・エリカが?」
「そう。」
「・・・なんで?」
辰巳は、口に沢庵をほおり込んで箸を止める。
「・・・分からないわ。・・・昨日、何かあったのよ。」
「何かって・・・芳河がいてそんな危ない目にあうことってあるか!?」
「・・・・・・・・・・。」
黙る。
「・・・自分から。選んだのかもしれないじゃない。」
「選ぶわけねえだろ!」
「・・・音華。」
「・・・。な、なんだよ。」
辰巳が音華をじっと見た。
「エリカの口から聞くまで、問いただしたりしないこと。いいわね?」
「・・・い・・・いいけど・・・!でも・・・。」
納得がいかなかったが、辰巳はもう何も喋る気はないみたいだった。

エリカが帰ってきたのはそれから1時間くらいしてのことだった。
「エリカ。」
「行こう。音華ちゃん。」
「え?」
「お墓参り!一緒に!」
「・・・・・お、おう。」
エリカが素晴らしく爽やかな笑顔で音華の手をとった。

綺麗な山だった。
涼しくて。
「・・・・・こんなところに・・・昔母さんは住んでたのか?」
「そうみたいだね。」
「・・・・家は?」
「取り壊したみたい。」
「・・・。」
あたりを見渡す。
何もない。草原。もはやこれは高山だ。
「・・・姫様も?」
「そう、あと、婆やもね。」
「へぇ。」
風が気持ち良かった。美しい空気。
「・・・ここ。」
エリカが立ち止まった。音華はその先にあるものを見る。
「・・・でか。」
大きな岩だった。石?墓石?とにかく、大きかった。
「ここに眠ってるんだよ。」
「・・・。」
唾を飲み込んで、音華はとにかく手を合わせた。
そして目をつむる。
―――はじめまして。音華です。あの・・・、母さんの、若草の娘です。えと・・・。
しどろもどろ。
心の中で話しているのに、言葉がうまく出てはこなかった。
「・・・・。」
目を開けた。
そしてエリカを見て、ぎょっとした。
エリカが泣いていた。
「え、エリカ!」
「・・・え?あ、ごごめん。ごめんごめん音華ちゃん。」
エリカは慌てて眼をこする。自分が泣いていたことにずっと気づいていなかったらしい。
「ちゃんと挨拶した?」
「し・・したよ。」
頷く。自慢の姉だ、と紹介・・・と言ったら変だけど、した。
「・・・音華ちゃん。」
「・・・?」
エリカが神妙な顔をした。
「・・・私ね、京都のあの山を降りる。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「あそこにはしばらくいられない。」
「ど・・・どうして!?」
音華はエリカの肩をつかんだ。
「辰巳も言ってたそれ!なんで!?なんかあったのか!?また、なんか大人が・・・!」
「違う。」
エリカが微笑んだ。
「私の力が、今使えないから。」
「・・・・・・・・・・・・・・え?」
「ちょっと、色々あって。そういう道を選んだの。・・・しばらく、長ければ一年くらい。使えない。」
「・・・陰陽術を?」
頷く。
「そう。陰陽術の使えない奴は、あの山にいる資格はないからね。」
「・・・でも・・・なんで!なんでそんな!」
「芳ちゃんに手伝ってもらって・・・」
「芳河が!?なんで!?」
信じられない。そんなこと、芳河がするわけない。
「聞いて。」
エリカが優しく音華の頭を撫でた。
「・・・・ひーちゃんに、会ったの。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
頭が固まる。
「緋紗?」
頷く。
「会えたのかな。分からないけれど。死界の闇の中で。ひーちゃんに会ってきた。」
「・・・・・・・逢えた・・・のか。」
「うん。ずっと。あの日からずっと、会いたかった。」
「・・・・・。」
知ってた。
エリカが死ぬほど苦しんでたこと。
「殴ってやりたかったの。」
「・・・・。」
「だから、芳ちゃんに手伝ってもらって、闇に溶けたんだ。」
「・・・溶けた・・・?」
「そう。半分ね。芳ちゃんがしっかり魂を捕まえておいてくれたから、戻ってこれたけど。」
「・・・あ、危ない。」
「そう、危ない。戻ってこれたけど、私の魂はまだ半分、中途半端。・・・不安定。」
「・・・・・・・それって。」
「魂が溶けてる、感覚分かる?それが今もずっと、って感じ。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
それは、気持ちの悪い状態だ。
「そのこと、ちゃんと伝えてきた。そしたら、風間さんのところに、行きなさいって。山を降りなさいって言われちゃった。」
「・・・・・・。エリカ・・・。」
「そこまでして会いたかったの。馬鹿だね。私。」
エリカは桃色の髪を抑えた。さもなくば、髪の毛がばらばらになる。風が吹く。
「・・・芳河は・・・。」
「芳ちゃんは、一応おとがめなしかな。何も言ってないし。」
「・・・そか・・・。」
「ごめんね。音華ちゃん。」
エリカが再び音華をなぜる。
「勝手なことして、しばらく、さよならになっちゃう。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
涙が出た。
「なんで泣くの?」
「寂しいから。」
それから。
エリカの心が泣き叫んでるからだ。いろんな感情で掻き乱れてるからだ。
「・・・ありがと。」
エリカは音華を抱きしめた。
そして、だけどもう闇も怖くないんだとエリカは呟いた。
闇そのものが、温もりだから。それを知ったから。
エリカはそう言った。


祖父さん。祖母さん。
助けてやってくれないか。
自慢の姉の、その心を。
優しく、誰か。包んで。

大切な人に、裏切られることと。
大切な人に、逝かれること。
両方同時にやってきたら、俺はこんなに優しい自分でいられただろうか。
人を優しく撫でたり、笑ったり、抱きしめたりできただろうか。
夢の中で、芳河が自分を殺すと言った時、心がビリビリに破れた。
芳河が、俺を本気で殺そうとして。それで、そのまま、消えてしまったら。
こんなに穏やかで居られない。
やっと見た涙は、何日分。何カ月分、エリカの中にくすぶっていたんだろう。


「えぇ!?」
峰寿が驚きの声を上げる。
「ちょっと待てよ、なんだそれ!なんでそうなった!」
怒っているようだった。
「うるさいわよ。耳がキンキンするから受話器越しに怒鳴らないで。」
辰巳がため息をつく。
「エリカが選択したのよ。」
「はぁ!?」
「芳河様が、多分、手伝ったんでしょうね。よくはわからない。私はそっち方面の術修行していないし、はっきりいって死界の闇のことなんてあんまり知りたくない。」
「・・・・・芳河が?」
「できるのは芳河様くらいでしょう。」
「・・・エリカは無事なんだな。」
「この先しばらく、術を使わなければね。」
「それで、山を降りろって言われたのか。」
「そ。」
頷く。
「はー・・・。」
頭をくしゃくしゃにして峰寿は深くため息をつく。
「・・・やっぱさ。」
「え?」
「やっぱさ。いつか、無茶するんじゃないかって、思ってた。」
「エリカが?」
「うん。あいつにとっての緋紗の存在って、俺には分からねぇけど。大きかったことくらい分かる。」
「・・・・・・・それは。」
辰巳は眼を閉じる。
「それは、きっと、緋紗だって同じだったわよ。」


「あ、峰寿!ただいま。」
音華は峰寿を見つけると駆け寄った。
「おー!おかえり音華ちゃん!」
峰寿は音華の頭をなでる。
エリカはいなかった。
「・・・あ、あのさ。・・・聞いてるかもしれないけど。エリカ・・・。」
「うん。知ってるよ。」
峰寿は悲しげに笑った。それ以上は、話せなかった。
「あ・・・そういえば、獏に食われかけたんだって?」
峰寿は音華の荷物を持ち上げて歩き出した。
「え?あ、ああ。辰巳か誰かに聞いたのか。」
音華もそれについていく。
荷物を取り返そうともしたがそれは叶わなかった。
「大丈夫だった?」
「一応・・・。なんとか。辰巳が助けてくれたから。」
「辰巳?」
振り向く。
「うん。あいつ、一応、男だから。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「へ?」
「・・・・いや。なんでもない。」
どことなく声が低くなる。
「その時芳河もいたんじゃなかったっけ?」
「あ、いたいた。」
「・・・・・・・・・・・・・・・へぇ。」
また声が低くなる。
「・・・?」
なんだこの沈黙は。
「・・・・・・・・・・・寂しくなったね。」
峰寿が音華の部屋に着いて、荷物をおろすなりそう言った。
「・・・・うん。」
寂しい。
芳河も、エリカもいない。
「・・・・・・・・・・・・峰寿は、いなくならないだろ?」
峰寿を見上げて音華は問うた。
「・・・・・・・・・・・・。うん。」
峰寿は穏やかに笑って音華を撫でた。
一瞬の間はなんだったのだろう。
「・・・死んだ人は生き返らないよな。」
「え?うん。」
突然の問いに峰寿は慌てた。
「・・・でも、消えた人は、どうやって踏ん切りをつけたらいいか、わからないよな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
峰寿は、沈黙のまま目をつぶり頷いた。
「でも、多分エリカは。」
音華は部屋から見える空を見ていった。
「・・・きっと、やっと。その踏ん切りを、つけれたと思うんだ。」
「・・・・・。」
「だからいいんだ。」
俯く。
「これで、いいんだ。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
峰寿はふっと微笑んだ。
「それ、芳河に言ってやってよ。」

On*** 北編 第6話終わり


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