チルカチルカ 小さな魂 チルカチルカ 偉大な御山

「エリカ。」
「んー?」
「俺・・・さっきから後ろにいるやつが・・・気になって気が散る。」
「んー。」
エリカはちらりと後ろを振り向く。
「・・・首がないのに、よくバイクに乗れるねっ。」
「・・・・・・。」
もう、何も言いません。
音華は諦めてシートに腰を沈めた。
エリカはトンネルで途切れてしまったFMの代わりに、鼻歌を歌っていた。
多分洋楽の類だろう。
北山に向かっている。
京の御山 北の霊山 都の神地
この3つが自分たちの属する陰陽一門の拠点、なんか宗教っぽくいえば、聖地らしい。
あれ、エルサレムってキリスト教だっけ?メッカがイスラム教か?
社会はあまり得意ではなかったかもしれない。と音華は思い出す。
思い出す。
高校に通っていた時のこと。
本来ならもう受験生って感じで、夏期講習がどうの模試がどうの判定がどうの、はしゃぐ同級生たちをよそに、職探しをしていた時期だろう。
まったく人生は何が起こるか分からない。
いつのまにか、陰陽一門なんていうオカルト組織に属し、いつのまにか、それに命をかけている。
「・・・もうすぐだよ。」
エリカは微笑んでこちらを見た。
少しだけ、心を読まれた気がした。
「・・・うん。」
頷いて、窓の外を見た。
なんか変な手形が、張り付いてた。

それから1時間半かけて、やっと目的地に着いた。

「こんにちは。」
エリカが挨拶をした。
「今日からお世話になります。細さん。」
ササメ、と呼ばれる中年くらいの女性はにっこりと笑った。
「待ってましたよ。エリカ様。そちらが?」
「あ、はい。」
音華の方を見る。2人。
「あ!あの・・・・っ、紫、・・・音華です。あの、・・・よろしくお願い、します。」
しどろもどろ。
慣れない。やっぱり人見知りが治らない。
「はは。あんまり似てないけど、なんとなく若草様を思い出しますわ。よろしく音華様。」
「よ・・・?よろしく。」
頭を下げた。
細はふふっと笑って2人を部屋に案内した。
「なぜこの時期に修業を?」
「ちょうど時間がとれたし、なにより若草様のご両親がこちらで眠ってるでしょう?お墓参りも兼ねて。」
エリカが笑いながら答える。
「そう。良かった。きっとお二方も喜ぶわ。」
音華は黙って2人の成り行きを見守る。
「さ、此処に泊まってくださいな。」
「一緒の部屋?」
「ええ。ご注文通りに。」
「ありがとう、細さん!」
エリカは彼女の手をとって喜んだ。
「音華ちゃん!同じ部屋に泊まれるって!」
「え?お、おお。」
「楽しそー!嬉しい!」
「う、うん。」
エリカのはしゃぎ方って、時々超幼い。
「今夜はもう遅いから、もうお風呂に入るか、お休みになってください。」
「はい。ありがとうございます。」
「明日には屋敷に山籠りの方達も帰ってくるから。きっと騒がしくなりますよ。」
「ははっ、楽しみ。」
エリカがそう言うと、細は下がっていった。
「ね、どうする?お風呂入る?長旅で疲れたでしょ?」
「うん。は、入る。」

「It's all because of you…I'm feeling sad and blue」
エリカが浴槽の中で気持ち良さそうに歌った。
当然だけど素晴らしい発音で歌う。
「・・・それ、知ってる。」
音華が桶の湯で髪の毛の泡を洗い流して言った。
「上を向いて歩こう、だ。」
「ん?SUKIYAKIだよー。」
「・・・・いや、すき焼きではないと思う。」
「えー?」
エリカは笑った。
「のぼせるぞ。」
音華はずっと浴槽に身を沈めているエリカの横に座った。
「・・・。」
エリカは静かに微笑んで音華を見た。
「・・・明日から、どんな修行するんだ?」
「音華ちゃんは、自分に何が足りないと思った?」
「へ?」
「出雲の件。経験して。」
「・・・・・・・・・・・・。」
思い出す。
出雲のこと。
「・・・覚悟が、足りないって思ったよ。」
苦い。
「覚悟。」
「死と直面する、覚悟。俺、そういうの、あんまりなかったかもしれない。」
「・・・んー。」
エリカが手を伸ばす。
「私もないけどね。」
「・・・エリカは強いだろ。」
「んー。力はね。」
その言葉の裏に見える。悲しみ。
「じゃあ、命かけて、修行してみる?」
「え?」

翌日。
「・・・この山?」
見上げる。険しい山。そこまで高くはないが。
「そ。この山は私達一門の持つ山なんだけど。結界が張ってある。強力な。」
指を指す。黄色い木綿の紐が結わえ付けられた楔があった。
「此処から先は、実界じゃないよ。ほとんど死界。」
「怖くねぇか?」
ごくん。
「そう、怖い。でも、音華ちゃんも多分知ってるよ。この感覚。」
「え?」
「東で、倉に籠ったんでしょう?」
「・・・え・・・。ああ。うん。」
「あんな感じ。」
「・・・溶ける・・・感じ?」
あまり覚えてないのだが、その感覚だけは覚えていた。
「うん。まぁ。そうだね。」
エリカが笑った。
「今、誰かが此処で修行してるのかなぁ?」
「してたら入れないのか?」
「入れるけど。まぁ、集中はできないよね。」
エリカが少しだけ遠い目をする。
「あんた達。」
「え?」
突然、声を掛けられて、2人は振り向いた。
「何してるの、こんなところで。」
沈黙。
息は止まり。
そして。
「辰巳っ」
「辰巳ちゃー―――――――ん!!!!!!!!!!」
叫んだ。
そこにいたのは辰巳だった。
「エリカ!来るって言ってたけど、もう着いたの?」
「そう!でも予定より遅れたんだよー?辰巳ちゃん、ちゃんとカレンダーチェックしてないのー?」
エリカが駆け寄っていって辰巳の手を取る。
「まぁ・・・あんまり見てないわね。・・・って。あんたも来たのねほんとに。」
「・・・おう。久しぶりだな。」
うわー。全然変わってない。
「全然変わってないわね。ちょっとはまともになったの?」
言われたくねぇ。
「余計なお世話だッつの!まぁ・・・あんまり、・・・強くはなってないけど・・・。」
「・・・?なによいきなり、ちょっとしおらしくなったんじゃない?気持ちわる。」
「しおらしくて気持ち悪いの王道いってる奴に言われたくねぇよ。」
「しっつれーね!」
「お前もな!」
切。
「ま、まぁまぁ2人とも!」
エリカの仲裁。
「辰巳ちゃん、もしかしてこの山で修行してるの?」
「まぁねー。ちょっと、異常もあったみたいだし。メンテナンスがてら、私が篭ってたの。」
「・・・異常?」
音華が尋ねると、辰巳は音華を一瞥してすぐに話を切替えた。
「何、使いたいの?今更?」
「や、音華ちゃんがね。」
「ああ。このへちゃむくれが。」
「おい、殺すぞ。」
つくづくむかつく奴。
「まぁいいけど。ちょっと今危ないかもしれないわよ?」
「危険?なにか出るのか?」
「ちょっと今不安定でね。獏がでる。」
「・・・バク?・・・危険な動物だったっけ。」
「馬鹿ねぇ。エリカ。どうなってるの?この子の教育。」
「んー・・・。今もう芳ちゃんいないし・・・。」
苦笑い。
「おい。むかつくんですけど。」
音華は毛を逆立てる。
「獏はね。夢喰いのことだよ。」
「ユメクイ?」
「そう。吸魂鬼みたいにね。人間の魂を奪う鬼獣。」
「魂。」
「そう。それも夢の中からね。襲われて重症になると、他人から魂を吹き込んでもらわないと元に戻れないの。」
「もとに?」
「目を覚まさなくなっちゃうってこと。その魂のない抜け殻だけが生き続ける事になっちゃう。」
「・・・こわ。」
それ、脳死じゃねぇのか。
「まあ、魂って言っても記憶とかそういうのを奪うわけじゃないんだよね。」
「それが動物の獏の伝説とは違う点ね。」
辰巳が頷く。
「あくまで食べられちゃうのは生命力。頭は働いてるまま、動けなくなっちゃうってことみたいよ。」
「・・・生殺しじゃねぇか。」
「そうそう。」
「それにね。獏の乙女チックなところは。」
乙女チックってなんだ。
「魂の受け渡しは、男女間じゃなくちゃいけないってコトなのよ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「接吻よ接吻!王子のキスで目を覚ますってコトよー!」
乙女、大興奮。
「・・・えーっと。」
音華は馬鹿らしくなってきてエリカのほうを見た。
「ま、つまり、たいしたことない鬼ってこと。ただし、抜け殻の状況が長時間続くと本当に戻って来れないから。危険っちゃ危険なんだよね。」
エリカが笑って言った。
「・・・へー。」
「どうする?篭ってみる?音華ちゃん。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
山を見る。
「・・・それで、強くなれるなら。」
覚悟を手に入れられるなら。
頷いた。


夜。
「エリカ」
「ん?」
振り向く。辰巳が部屋にやってきた。
「あのチンチクリンは?」
音華のことか。
「あ、今お風呂。」
「一緒に行かなかったのね。」
「うん。山籠りから帰ってきた人たちと話してたから。何?どうしたの?」
エリカが微笑む。
「ちょっと顔貸して。」
「え?」
エリカは立ち上がり辰巳に連れられて、月夜の庭に出た。
「どうしたの?」
「これ。」
「え」
差し出された。
「・・・何これ」
「あの山で見つけた。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
手にとって見る。
本。じゃないな。手帳だ。珍しい、洋風だ。
開いてみる。
「・・・・・・・・・。」
「他にもいろいろあったけど、証拠として提出しなきゃいけないの。でもこれだけはあんたに渡すわ。」
「・・・・・・・・・・。辰巳ちゃん。」
エリカがゆっくりとその手帳を閉じた。
「ありがとう・・・。」
「いいのよ。」
微笑む。
「緋紗のこと・・・気が付いてやれなくて・・・悪かったわね・・・。」
エリカは首を振った。
「ううん。辰巳ちゃんのせいじゃない。」
「・・・あの山で緋紗が行っていた修行は、相当過酷なものだった。ただでさえ篭ることには危険が付きまとうのに。」
「・・・。」
「最期は、人のまま逝けたのね?」
「・・・心は。」
頷いた。
「だけど、魂を送ることは出来なかったよ。」
エリカは寂しげに俯いた。
「じゃあ、きっと、生まれ変わる前に会えるわよ。火の鳥は、死界の闇の中を進むのだから。」
「・・・・・・・・・・・・・・・うん。」
エリカは、泣かなかった。
辰巳は、もう何も言わなかった。

「あれ。」
音華は風呂から上がって廊下を歩いていた。
「あら。」
嫌な奴に会いました。
「何してんだお前、こんなところで。」
辰巳は向こうから歩いてきた。
「やあね。私が歩いてたらダメなのー?」
「や、俺かエリカに用か?」
「エリカによ。ヘチャムクレ。」
「おい殺すぞ。このエセオトメ。」
空気は震える。
「・・・明日から籠るのね。」
「へ?あ、ああ。そう。」
「気をつけなさいよ。あんたは、峰寿並の口寄せだって聞くから。」
「・・・おう。」
あれ、素直に心配してくれてる。
辰巳はふっと月を見上げた。
「・・・。」
こう見ると、相当綺麗な男だよな、こいつ。
「何よ。」
間違えた。乙女だ。女子だ、コイツ。
「・・・や、綺麗な顔してんなって思って。」
「褒めたって何も出ないわよ。」
「いらねぇよ。・・・あ。やっぱ欲しい。」
「出ないって言ってんでしょが。」
人の話を聞け。
「あのさ。お前、俺になんか術教えてくれねぇか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」


翌朝。
「術?辰巳ちゃんに?」
「そう。今日の夜から籠ることにしたから。昼の間は辰巳に術を習う。約束した。」
それはもう強引に。
「へー・・・?どの術?」
「しらね。俺が知らないやつ。」
「何それ?」
あはは、とエリカが笑う。
「あいつだったら手加減なしに修業できるって思ってさ。」
「あれ、私だったら師事できないのー?」
「や!変な意味じゃないんだ。」
慌てて音華は弁解する。
「えっと・・・俺、時々術習って・・・・、こう、出してみろって言われてさ。何気なく出したら、その、芳河の方に飛んで行ったり、よくしてたから。術。」
「あはは。芳ちゃん大変だったんだねー。」
「俺の恨みがこもってたからあいつに向かっていったのかもしんねぇけど。」
は、と笑う。
「でも辰巳だったら、何だ。なんか、芳河相手みたいに修業できると思って。」
「それでかー。でも術なんてすぐに習得できるものじゃないよ?」
「分かってるよ。でも、習っときたいんだ。一通り教われば山の中で自己トレする。」
「ふーん。」
エリカは微笑んだ。
「なんか、やる気満々だね。音華ちゃん。」
「・・・・・・・・・・・・・う、おう。」
頷いた。
「だって。俺・・・・次芳河に会うときは・・・、もっと強くなってないと・・・・。」
「合わす顔、ない?」
「・・・・ない・・・。」
エリカはにっこり微笑んだ。
「大丈夫。私も今度術、教えてあげるね。」
「う、うん。ありがと。」
音華は頷いた。

こうして音華と辰巳の修業は始まった。

「いーい?私が教えるのは、式神相手に戦うときの術。」
「・・・おう。」
辰巳は人差し指をすっと立てて、分かりづらい術を唱えた。
ボッ・・・!
小さいけれど純度の高い炎が指にともる。
「これね。空中に陣を書くことができるから。」
「陣・・・。」
出雲で、芳河たちがやっていたことだ。あれか。
「そ。なんか書ける?」
「・・・書け・・・・マセン。」
その存在を知ったのはつい先日ですから。
「そ。ま、そのレベルだと思ったわよ。」
わー、むかつく。でも反論できません。
「式神はね、神様なの。知ってるわよね。」
「おう。」
「あんた・・・式神は?」
「あ、雷艶が。」
「雷艶っ?!」
辰巳が驚く。
「あー・・・・。そっか、若草様の・・・。あんたじゃ宝の持ち腐れよー?」
「るせぇな。爺にも言われるから分かってるよ!」
「あら、でも仲よさそうね。」
「え?」
「式神と対話するのはね結構大変なの。神様だから、話が通じなかったりするからね。」
「・・・へー。あいつ超ペラペラだぞ。」
「雷艶はね。ま、特別か。」
辰巳は頷いた。
「おいといて。式神相手だと術はそう簡単には効かない。もともと陰陽術は霊や鬼に対する術だから。」
「芳河は術を使ってたぞ。神様的なやつに。」
「複雑だったでしょ?」
「え、ああ。おう。」
「色々ね、組み合わせれば全然大丈夫なのよ。術自体は強いから。術一つでもちゃんと足止めもできる。でも、そんなの芳河様とか、エリカとか、峰寿とか。そこらへんの人にしか、とっさにはできないもんよ。」
「へー・・・・。辰巳は?」
「私は、まぁ。普通。」
普通。って、どれくらいなんだろう。
俺は?
「で、使えるのが陣。」
「・・・うん。」
辰巳が指にともった炎で円を描く。
その中に複雑な模様を描く。
「ま、こんなもんか。」
呟く。
「ね、宙に書けたでしょ。」
「おう・・・。」
「オン!」
バシュ!!!!!!
「!」
辰巳がいきなり術を唱えたかと思うと、陣からすさまじい光の筋が出た。
その光は空に拡散してキラキラして降ってきた。
「と、まあ。式神相手にも効く術が詠唱略で使えるわけ。」
「・・・・・。す、っげ。」
「すごくなんかないわよ。誰でもできる。」
「うっそ?!」
「嘘。誰でもってわけじゃない。・・・でも私とか、あんたくらいの力の持ち主なら、できて当然よ。」
「・・・・・・・・・・・・俺、そんなに・・・。」
「やってみなさい。まずは体感!」
「・・・う、おお!」

結局その時は、指に炎をともすことができなかった。

On*** 北編1話 おわり


 
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