夢の中で、会った。

「じゃ、行ってきます。」
「気をつけてね。」
エリカが手を振る。
音華は手を振り返した。
「とにかく、出てくるまでに炎くらいともせるようになってなさい!」
「・・・へい・・・。」
辰巳にも手を振って音華は山に入って行った。
提灯がぶら下がっていて道を照らしてくれる。
いつ誰が火をともしたかは分からない。
赤い提灯が石段を照らして、赤くなった道を音華は登って行った。

確かに神聖な空気がある。
息を吸い込む。
うわ。なんか、確かに似てる。
東の蔵と・・・!
「・・・・・・・ここらへんで良いかな。」
音華は立ち止まった。
そして荷物を降ろす。
「・・・こわ。」
無数の提灯があるので暗闇が怖いということはないが、やっぱり夜の山は不気味だ。
しかし集中しなくては。
集中して、分散されていく意識を一つにとどめ続けなければ。
これは命がけの修業なんだ。
俺は、ここで強くなる。
目を閉じた。
そして辰巳に教えてもらった術を繰り返し唱え続けた。

意識が分散する。

夢を。
知らぬ間に夢を見た。


「山に?」
芳河が驚いた。
「うん。山に。さっき入っていった。」
エリカが受話器に向かって話す。
「・・・早い。」
「あれ、東の蔵でも経験してるんでしょ?籠るの。」
「・・・している。だが・・・。」
「心配性だなぁ。芳ちゃん。」
エリカが笑う。
「・・・あの山は・・・。」
「・・・。そうだよ。ひーちゃんが籠っていた山。」
エリカはため息交じりに言った。
「西の連中が、無茶な技使ってあの山に入りこんでた。それは確かに事実だよ。」
「・・・エリカ。」
「だけど辰巳ちゃんがちゃんとメンテナンスしてくれたみたいだから、大丈夫だよ。」
「・・・・・・・・悪い・・・。」
「どうして?」
エリカは明るい声で言った。
「・・・いや。」
芳河は黙った。
「あ、でも、獏が出るからって。」
「獏?」
「そう。ユメクイね。」
「・・・あいつは。」
「まぁ多分、ちょっと味見されちゃうかもね。」
エリカは笑った。
「口寄せだもんね。寄せ付けちゃうと思う。」
「・・・危険だ。」
「うん。でもね芳ちゃん。」
エリカは微笑んだ。
「音華ちゃん、覚悟が欲しいんだって。言ってたよ。」
「覚悟?」
「・・・強くなりたいんだよ。」
「・・・・・・。」
「じゃないと、合わす顔ないって!芳ちゃんと!」
ははっとエリカは笑った。
「大丈夫だよ。芳ちゃん。此処には私も辰巳ちゃんもいる。もし何かあれば、また駆けつけちゃうんでしょ?光る君?」
「・・・・・・簡単に言うな。」
「あはは!でもご心配なく!私達女子組が守りますから!」
「・・・ああ。よろしく、頼む。」
「うん!まっかせといて!じゃ、またね!」
「ああ、また。」
カチャン。

エリカは受話器を置いて深い溜息を吐いた。
「・・・・・・・・・・・・・・大丈夫。」

大 丈 夫?


「期末試験を返しまーす。」
はっとして顔を上げる。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
此処は、ああ、教室か。
懐かしいにおいがした。
音華は眼を閉じる。
「紫!」
「!はい。」
立ち上がる。
ガタンという音が、聞こえてくる。
懐かしいな。この椅子。
懐かしい?なんでだ?懐かしいなんて変な話だ。
教員から答案を受け取る。
点数は・・・うわ、前よりは下がってる。
やっぱり全然勉強してないからだ。
「紫苑!」
「・・・・・・・・・・・・・は?」
名前。
普通、あいうえお順だろ。
「はい。」
男が立ち上がって、教員から答案を受け取る。
「・・・・・・・・・・・あれ。」
こんなやついたっけ。いや、いたな。いたいた。
「芳河。」
「なんだ。音華。」
男は振り向いた。
「いや、お前何点だった?」
「93点。」
「うわ嫌み。普通かくさねぇ?こういうのって。」
「じゃあ聞くな。お前は。」
「74だよ畜生。もういい。」
「なにがだ。」
音華は無視して自分の席に戻った。
そして席に着いた瞬間。
「え?」
突然暗闇の中に堕ちた。

「うわああああああああ!」
がば!
と。起きた。
がばっと。
「・・・・・・・・はぁ、はぁ、は・・・・。は?」
朝が来ていた。
周りを見渡す。なんら変なところはない。
「ゆ・・・夢?」
汗だくだ。
「・・・・・・はー・・・・・・・・・・。」
やっちまった。
結局、意識が分散するのを止められずに寝てしまったんだ。
「・・・しっかし、変な夢だな・・・。」
芳河が学校にいたなんて。
しかも同じクラス。
あいつ年上だよな?なんか、もはやそんな気がしないからかな。
しかし制服・・・なんか新鮮だった。
「・・・・夢でもむかつくんだなあいつ。」
悔しい。社会の点数で負けた。
でも、負けそう。
普通に。
あいつの方がいろいろ過去のことは詳しそうだ。
「・・・ん?」
気がついた。
手の甲に黒い墨がついている。
「・・・・・・・・・・・・・・なんだこれ。」
何かのしるしだと、直感した。
「・・・獏、か。」
夢を食う。

「エリカ。」
「うん?」
辰巳がエリカを呼びとめた。
「今日からどうするの?」
「私は、私で修業するよ。かまけてらんないし。せっかく此処に来たんだしねっ。」
「へぇ。何を?」
「んー・・・、私も・・・勉強してみよっかなって。」
「?」
「空間を超えて、影響を及ぼす、技。」
エリカに一瞬、暗い影が見えた。
「・・・・・・・・・エリカ。」
「あ、悪用しないよ?」
にこっと笑う。
「ただ、どんなものかなって。」
エリカは寂しい顔をした。
「どんな思いで・・・ひーちゃんのお父さんは、此処に式神と意識を重ねて、やってきたんだろうって・・・。」
「・・・無茶をすれば・・人の形を留めることはできないわよ。」
「・・・・・勉強するだけだよ。実践しない。」
「思念を飛ばすのは、難しいわよ。式神を利用してもね。」
エリカは笑う。
「芳ちゃんは得意みたいだけどねっ。この間・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
そこで一瞬言葉が詰まる。
「この間・・・、芳ちゃんはそれで来たから。」
「そうなの。」
辰巳は微笑む。
「私もできるようになりたいなーって。やっぱ芳ちゃんはすごいよね。」
「そうね。」
エリカはふふっと笑った。
「読んだのね。」
「え?」
辰巳は尋ねる。
「緋紗の日記。」
「・・・・・・・・・・・・まだだよ。全部は。」
首を振る。
「・・・・・まださぁ。」
風が吹く。
「まだ・・・確かめるの、怖いの。」


「お食事を、お持ちしましたわ。」
「え?」
音華は指にともらぬ炎に集中しすぎて、彼女がそこまできていたことに気がつかなかった。
「え?え?」
「朝食と昼食、両方いっぺんとなりますけど。こちらに置いておきますね。」
「え・・・、お、おう。」
にっこりと彼女は笑った。
おかっぱ頭の可愛い、ほんの子供だ。
いや、小さい大人?というべきか。
妖艶だった。
「・・・ありがとう。」
「いいえ。では、また夕餉時に。」
彼女はお辞儀をして、それからしゅるんといなくなった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。今の、式神か・・・・?」
完全に人の姿をしていた。
「・・・よし、術、術。」
飯はもうちょっと後でとろう。
また、集中を始めた。
全然できないけどな。
ガサ・・・ッ
「!?」
熊かと思って音華は飛び起きる。
ガササ・・・ッ
「な・・?!なんだ!?」
びびる。
こえええ!
「な・・・・。・・・・・・・・・・!」
声を失った。
草むらからずるりと這い出てきたのは、この世のものではなかった。
この世の、動物ではなかった。
「ば・・・獏?!」
音華は構えた。大きな犬ほどの大きさの黒い黒いイキモノ。
これは、嫌な感じだ。
その黒いイキモノは、音華の方を見た。といっても目がどこにあるか分からなかったけど。
そして、変な声で一声鳴いたと思うと音華の方に近付いてくる。
「ちょ・・・っちょっちょ、ちょっと待てって!タンマ!」
汗が出る。
ええと、獏は鬼の一種!だから死呪も効く!
そう思った瞬間に音華は手を組み、死呪を放っていた。
まばゆい光があたりを包む。
獏に光が直撃した。
短い悲鳴が聞こえて、黒いイキモノはその場から消えていった。
「・・・・っ!こ・・・ッ!こえええええええええ!!!!!」
全身から汗が噴き出した。
獏って、実体あるんだ!?

「・・・獏?」
峰寿は怪訝な顔をした。
「なんで獏なんざ。」
「知らん。」
芳河が受話器越しにため息をついた。
「それで?音華ちゃんは籠ったんだ。」
「らしい。」
「ふーん。・・・よっぽど、この間のこと引きずってんだね。」
「出雲か?」
「うん。悔し泣き、したんだろうからさ。」
「・・・・・・・・・。」
峰寿はため息をついて笑った。
「しかし、獏かぁ。俺苦手。完全に標的にされるから。」
「被害にあったのか?」
「口寄せだからね。子どもの頃。」
「害は?」
「あんまりない。でも、一斉に沸くと・・・危ないなぁ。」
「あり得るか?」
「あり得るんじゃない?鬼だもん。」
「・・・。」
芳河は考え込んだようだった。
まったく。心配性だな。
「大丈夫だよ。音華ちゃんはそんなに弱くないし、もしなんかあったらエリカ達が助けてくれる。」
「・・・・そうだな。」
「そう!って、暇なの?珍しいね電話。」
「暇じゃない。お前に伝えておこうと思っただけだ。」
「・・・・あー。はいはい。」
ははっと峰寿は笑った。
「俺は行けないから、お前代わりに音華ちゃんを守れ!ってことだね。」
「・・・まぁ、趣旨は間違ってない。」
「了解!って、俺しばらく忙しいんだけどね。芳河よりは自由だから。連絡さえしてもらえたら、善処します。」
「頼む。」
「うん。・・・って。お前マジで心配性!」
あはは、と峰寿は笑った。

白昼夢。


「エリカ様っ!」
「ん?」
桃色の髪の毛が振り向く。
「エリカ様!これ!貰ってくださーい!」
「これもっ。」
「あ、ありがとう。いいのー?こんなに。」
「いいんです!」
「エリカ様のために作ったんで!」
エリカは微笑んだ。手には溢れんばかりのお菓子の山。
「ありがとう。」
女生徒2人はきゃいきゃい言いながら走り去った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
音華はそんな姿を見て、ぼんやりしていた。
「音華ちゃんっ。」
「ん?お、おう。」
エリカが駆け寄ってきた。
「何見てるの?」
「・・・いやー・・・。もてるなエリカ。」
「あはは・・・。」
「男にも女にももてるからすげえ。」
皆と同じ制服着ているのに、白い肌と綺麗な顔立ちでめちゃ美しい女学生だ。
「ずっと此処に来たかったの。」
エリカは微笑んだ。
「楽しいね。学校。」
「・・・・・・・・・・・・そうかな。」
俺は、全然。楽しくなかったよ。

嫌な思い出の方が、多いんだ。


「!」
音華はまた目を覚ました。
「・・・寝てた・・・か?」
右手にハシ。
ああ、飯、食いかけだ。
時間は・・・、げ!もう夕方か?
「全然・・・進まねぇ。」
ため息をついた。
もう一度術を唱える。
でも炎はともらなかった。
「・・・できねぇ・・・。」
辰巳。お前俺のこと結構買いかぶってたんだな・・・。
「あら、まだ食べていらっしゃらなかったんですか?」
「!」
また現れた。
おかっぱ娘。
「わり・・・今食べるよ。」
「・・・もう新しい夕餉ですよ。」
「作ってもらった分たべねぇわけにいかねぇだろ。」
がつがつ、食べる。冷え切った飯。
なんか砂っぽい。
「・・・お前、辰巳の式神?」
「・・・誰が主かは、言えません。」
「・・・ふーん。」
ごくん。
「ごちそうさま!」
パン!と手を合わす。
「お待たせ。」
「・・・では。」
「うん。ありがとう。」
また消えた。
「・・・・・・・・・・・・・。」
新しい飯は、すぐには食べることができなかった。


「親なしっこぉー!」
子供って、平気で人を傷つける。
「いっつも髪の毛とかぼさぼさー!汚―い!」
ほっとけっつの。
変わんねえだろそんなに。

バキ!

「喧嘩なら。買うけど。」
初めて、人を殴ったのは3年生の時だった。
クラスの男子達と学校の帰りに会って、いちゃもんをつけられ、ついに切れた。
1対4だったかな。
でも、ボロ勝ちだった。正直、俺は無我夢中だったから覚えてない。
殴られた。
お腹も蹴られた。
でも、絶対倒れなかった。
それは覚えてる。
人生初の、大喧嘩だ。
そっから、まあ、色々。
噂されて、女子には恐れられて。
友達と呼べる存在はもともといなかったけど、学校に居場所はなくなっていた。
それが苦か、と聞かれたら、そりゃ初めは辛かった。
でもだんだんひとりの方が楽になってきた。
あ、友達、なんていなかったけど、近所の不良集団とだけはうまく口がきけた。
それも、喧嘩ばっかりだったけど。

「持つよ。」
「は?」
突然手から奪われた荷物。
「持つよ。重いでしょ?」
「・・・・・・・・・・いや、いいよ。大丈夫。」
ははっと、彼が笑ってた。
「いーのいーの。クラス委員だから俺。」
「・・・ありがと。峰寿。」
プリントの束を抱えなおして峰寿はにっこりほほ笑んだ。
「・・・俺と話してて、周りにさけらんねぇ?」
「や?別に?」
「そっか。」
「怖くねえの?」
「音華ちゃんが?」
ぷっと、噴き出した。
「笑うか。」
「笑うよ。」
あははと笑った。屈託なく。
「怖くないよ。全然。」
「・・・・・・・・・・・・・変わってるよな。峰寿。」
「そうかなぁ。」
変わってるよ。
どうして、そんなに笑えるんだ。

いつか、泣いている彼を見た。


「エリカ?」
辰巳がエリカの部屋を訪ねた。
「ん。」
エリカが筆を止めて振り向いた。
「なあに?」
「いや、進んでる?」
「・・・んー・・・。まぁね。芳ちゃんのやってることの原理は理解できたから・・・まぁ、これからちょっと術を作ってみよっかなって。」
「そう。」
「辰巳ちゃんは?」
「私はあのヘチャムクレのために色々。術についてまとめた書きものしてる。」
「わー。すっごいね。面倒見いいねぇ辰巳ちゃん!」
「別にっ。あの子が真剣だから、私も真剣に相手をしてるだけっ!」
「ふふっ。」
エリカは笑った。
「辰巳ちゃん、優しい!」
「何よ。馬鹿にしてるのー?」
「しってないしてない!」
エリカが微笑む。
「・・・・ねぇ辰巳ちゃん。」
「ん?」
「私達、此処で生まれなければ、此処に選ばれなければ・・・どんなふうに生きてたかな・・・・?」
エリカが筆をすすりにおいて、じっと辰巳を見た。
「・・・・・・・・・エリカの場合。」
辰巳はため息交じりで答えた。
「死んでたわね。」
「ははっ、やっぱり?」
頷く。
「峰寿もそうだけど。制御できない力は、暴走するでしょ。」
「うん。」
「今、生きているってことだけでも・・・エリカは此処にいていいってことになるんじゃないの・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。うん。」
エリカは眼を閉じた。
「ごめん、変なこと、聞いて。」
辰巳は首を振った。
「緋紗と出会えたのも、此処だから、なのよ。エリカ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・うん。」
エリカは頷いた。
「うん・・・。そうだよね。」

傷が癒えない。

癒えない。


On*** 北編 2話終わり



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