此処で会えて、良かった?

「オン!」
バシュ!
光が放たれて、黒いイキモノが消えた。
「・・・・・・・・・・なんだよ、もう。」
獏。
獏がまた現れた。
食事をしていた時のことだった。
簡単に消えてくれるからいいけど、なんかやっぱ慣れない。怖い。
「夢の中から襲ってくるって言ってたのに・・・なんで現実世界で向かってくるんだよ。」
むしろ今が夢か?
いやいや、ありえない。
音華は考える。
だって、俺が今見ている夢は全てなぜか、学校の話だ。
芳河もエリカも峰寿もなぜかいるが、舞台は学校だ。
「・・・変なの。」
まあでも変なことは分かってる。
もとからだ。
この山に入った時から変だ。
「・・・炎・・・でねぇなぁ。」
全く進まない修業。
泣きそうになる。
「・・・また、今頃お食事ですか。」
「!」
また気配もなく現れた。
「や、わりい・・・なんかこの山、すぐ眠くなってさ。」
今食べている食事は昨日の夜夕餉として出されたものだった。
もう朝が来ている。陽が昇ったばかりだが。
「なんか早くね?朝飯か?」
「はい。」
おかっぱ頭の式神は頷いてそこに膳を置いていく。
「あ、待ってくれな。もう食べ終わるから。」
音華は飯をかきこんで言った。
「はい。ごっそさん!」
手を合わす。
「ありがとなわざわざ。あ、辰・・・、主にもお礼言っといて。」
「・・・はい。」
彼女は消えた。


そしてまた夢を見る。
戦慄するような、夢を見る。

「何してる。」
「わ。」
驚いた。
屋上。空を見上げながら煙草をふかしていたら、後ろから芳河がやってきた。
「・・・未成年だろ。」
「・・・注意でもしに来たのか・・・。」
うぜえ。
「いや、別に。俺達のクラス委員も吸ってるしな。」
「え!峰寿が!?まじで!あいつむっつりだな!」
「・・・むっつりの意味が違う。」
あはは、と音華は笑った。
「で、お前、何か用?」
「用ってわけじゃない。」
「じゃあ何?」
「殺しに。」
「え?」
がっ!
「!!!!!!!!!」
首を思いっきり絞められた。
「ほ・・・!てめ・・・!何・・・・!」
芳河の顔は無表情だった。
「っ!」
やばい。
本気だ。
なんだこれ。
「芳・・・が!」
涙が出た。
「・・・ば・・・ッか・・・・やろ!」
ドゴ!
右足で思いっきり蹴り上げた。
その衝撃で腕は離れた。
「・・・っ!はぁ・・・!はぁ!ば・・・かてめ・・・!」
涙がこぼれる。
首が痛い。
「莫迦かてめぇ!なにす・・・」
はっとする。
芳河の顔に、顔がない。
「う・・うわあああ!」

「あああああああああああ!」
起き上がった。
そしてやはり。
「・・・・・・・・・・・・・・夢・・・っ!」
音華は汗だくだった。
夏だけど。
この山はそんなに暑くないのに。
息が上がっている。
とんだ悪夢だ。
びびった。
「・・・・・・・・・・・いてぇ・・・・・・。」
そして、痛かった。喉。絞められて。
「・・・・・・獏・・・。」
こりゃ、やっぱ、思ってたけど。狙われてんな・・・・・・。
「・・・・・・・・・結界・・・・・・張るか・・・・・。」
音華はずるりと立ち上がり手を合わした。
「オン!」
バシュ!
っと、音がして音華の周りに緑色の光がまとう。
「・・・・・・・・・術使いながら修業・・・って。無理だろ・・・俺なんかにゃ・・・。」
音華はため息をついた。
「はー・・・・・・・。」
きつい。

あの夢は、きつい。


「芳河。」
「はい。」
義父に声を掛けられて芳河は振り向いた。
「文が届いてるぞ。」
「・・・手紙・・・?」
手渡される。
「・・・エリカか?」
「ああ、西院音のお嬢さんか。仲良くしているんだったな。」
「ええ。」
頷く。
「そういえば、音華は今どこにいるんだ?西院音のお嬢さんと、京都に戻ったのか?」
「いえ、今はまだ北にいます。」
芳河は文を開いた。
「父上は、今はお時間がお有りなのですか?」
「ああ。少し余裕がある。お前の修業を手伝ってやれるくらいはな。」
「・・・ありがとうございます。」
父は微笑んだ。
「それで?お嬢さんからは、なんて?」
「・・・音華のことは書かれていませんよ。」
「そうか。」
微笑む。
少し残念そうだったかもしれない。
「・・・・・・・精神だけを飛ばす術について、聞きたいことがあるらしいです。」
「・・・。それはなかなか難しいことをしようとしているな・・・。」
「・・・・・・・・父上はできるでしょう。」
「お前もな、芳河。」
やっぱり知ってたか。と思った。
前回その術を使ったのは実は極秘でのことだった。
「我々の役目は、此処から動くことができない。だから、この術は非常に、助かる。」
義父は芳河の眼を見て話した。
「だが・・・危険だ。魂がむき出しになるという険呑さ。そして、身体が無防備になるという、弱点がある。」
「はい。」
「・・・西院音のお嬢さんは、この術を、どうしたい?」
「・・・・・・・・・・・・・身につけたいと。目的などは書かれていません。」
「そうか。」
義父は微笑んだ。
「では芳河。」
「はい。」
「その術を使って、お嬢さんに会ってきなさい。」
「え?」
「お前のその術、私も見ておく必要がある。私が教えるよりも早く独学で身につけたんだろう。」
「・・・はい。」
「この術はさっき言ったように危険だ。綻びがあれば、飲みこまれる。」
「・・・飲みこまれる?」
頷く。
「死界の闇に。」
「・・・・・・・・。」
「そのことを、彼女に話してきてほしい。」
「・・・・・・・・・・・・・・はい。」
頷いた。

「とか言って。」
綺麗な声が鋭い。
「本当は、芳坊に華君や西院音の娘と会わせてあげたいだけのくせに。」
「はは・・・。」
紫苑は笑う。
「饒舌だな。相変わらず。」
「主が静かなだけだ。」
紫苑は振り返り、声の主を見て微笑んだ。
「朱雀。」
「何?」
人の形をした式神。
「芳河にはね、此処に縛られない生き方をしてほしいと思ってる。」
「・・・だったら、京に返せば良いのでは?」
「そうもいかない・・・。後を継いでもらうのは、譲れないからな。」
「・・・そ。」
「だから、朱雀。お前は芳河についていろ。」
「どうして?」
「あいつは無茶をする。何食わぬ顔で。お前が支えろ。」
「・・・・主を支えるのは?」
「琥珀がいる。」
「・・・わかりました。」
ため息。
「その代わり、私はあくまで主の式だ。主が危機の時は、芳坊には悪いが、すぐ戻るぞ。」
「・・・分かった。お前はそういうやつだからな。」
「よくおわかりで。」
朱雀、と呼ばれる人型の式神は頭を下げてそのまま消えた。
「・・・・・・・・。嫌な空だ。」
空を見上げた。
晴天。


「・・・ウン!」
ボッ!
「!」
炎。
「お・・・うお!やった!」
小さな炎が指にともった。
だがそれもつかの間。
「・・・っ。」
急に身体から汗が噴き出して、力が抜けた。
「・・〜〜〜〜〜ッ!」
音華は膝をついた。
「くそ!つれえ!」
結界を張りながら、術を使おうとするのは相当な体力消耗だっつの!
それを考えたら、すごいな。芳河。
俺にいつもあんな強力な術をかけながら、いろいろやってくれてたんだもんな。
そりゃ、陰も薄くなるわ。
「・・・でも。」
獏はでなくなった。
夢を見ることも。
結界がきいている。そう思う。
「・・・だけど。」
なんか変だ。
「・・・・・・・・・増えてる。」
気配が。
左手の甲に目をやる。
「・・・印。か。」
ふっと笑う。
消えないし。墨。
だけど、ちょうどいい。
「・・・もう一個。習った術・・・完成させるかな。」
息をつく。
峰寿に習った、あの術だ。

強くなりたい。


「この術はね。」
峰寿が話していたのを思い出す。
「危険だから、本当は使って欲しくない。」
「・・・うん。」
頷く。
にっこり峰寿が笑う。
あいかわらず優しい顔で笑う男だ。
「でも・・・、俺、強くなりたい。」
「うん。」
頷く。
「自分に術をかけないといけない。術は失敗するとそのまま自分の体に発動するってこと、忘れないでね。」
「うん。」
「よし。・・・属性は、どれが一番相性いいかな。」
「・・・雷・・・とか。」
「雷?」
峰寿が目を丸くする。
「あはは!そりゃ難易度が上がる。」
「え・・・。そうなのか?」
「そか、雷艶だもんね。」
納得したようだった。
「じゃ、リクエスト通り。」
峰寿が音華の手をとる。
「手は、こう。」
指を組んでくれる。
「・・・あったかいな。」
「はは、そう?」
「うん。手、温い。」
峰寿は微笑んだ。
「はい。これでよし。」
複雑な組み方だった。
「とっさにできない気がする。」
「慣れる慣れる。」
いや、どうだろう。
「それで、術は、こう。」
峰寿が指を組んで、変わった呪文を呟く。
バシュ!
そうしたら金色の光が峰寿を包み込んだ。
「・・・・・・・・・・・・分かった?」
わからねー。
「む・・・難しい・・・。」
「まぁ、普通じゃあんまり使わない言の並び方だからね。」
「本、読んできたのに・・・。」
意味をのみこんで、そこまでさらさら、言えそうにない。
「あはは!偉い偉い。大丈夫。少しずつで良いから。また、いつでも俺捕まえて?」
「ありがとう。」
「で、術、解くときは指、解いて。あ、一度術発動させたら指とかもうどうでもいいから。」
「うん。」
「解!」
シュン!
光は消えた。
「慣れれば、指も組まなくて大丈夫だから。」
「うん。ありがとう。後は、俺、自分でやってみるよ。」
「どういたしまして。」


って、あれからあんまり練習できてないんだけどな。
「・・・ああ、また夜か。」
夕方が来た。
「・・・で、今日は飯、何?」
横見るとおかっぱの式神がいる。
「置いておきます。」
「ありがとう。」
「では。」
「・・・・・・・・・なあ。」
消える前に呼び掛けた。
「・・・・・・・今日って、まだ、新月じゃないよな?」
「・・・・・・・・・失礼します。」
消えた。
「・・・。」
音華は夕餉に手を伸ばし、味噌汁を飲みこんだ。
「・・・・・・・・・月がない。」
この間、満月だったはずなのに。
まだ夕方なのに、まだ月の気配なんかないって分かってるのに。
月がない、と思ってしまった。
「おかしい。」
だって、芳河に絞められた首が、痛い。
だって、あいつの手は、冷たかった。


「辰巳・・・。」
「え?」
月明かりを遮られ、辰巳は顔を上げた。
「え!きゃ・・・!きゃあ!
乙女な声が上がった。
「ほ!芳河様!?なぜ此処に?!」
辰巳は庭から現れた芳河に驚いていた。
縁側に腰を駆けていたところを、立ち上がる。
「・・・いや、エリカが。」
「エリカ?」
「・・・この術。知りたいと言っていたから。」
「・・・術・・・・。芳河様、魂で、こちらに?」
「ああ。」
辰巳がおそるおそる、芳河に触れてみる。
触れることができる。
「・・・すごい、術ですね。」
「エリカは、どこだ?」
「ああ、エリカなら・・・多分ずっと自室で。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
芳河は空を見上げた。
「どうかしました?」
「いや、そのエリカの部屋はどこだ?」
「あ、こちらです。」
辰巳は歩き出した。
芳河もそれについて歩き出す。

「芳ちゃん?!」
エリカは驚いていた。
「・・・術について訊きたいことがあるんだろう。」
「え!?え、そ、それだけのために来たの?!」
エリカは芳河に駆け寄って、芳河に触れた。
「・・・・魂で・・・?」
「ああ。」
「・・・・・・・・どうして?よく、許しが出たね。」
「父上に術を使えと言われた。これも修行だ。」
「あ、そうなんだ。そうだよね。もともと紫苑家の術だもんね。使えるようにならないといけないもんね。」
「ああ。」
「・・・わざわざありがとう。」
エリカは微笑んだ。
「ああ。・・・・・・・エリカ。」
「平気だよ。」
エリカは察知したように芳河の言葉を遮った。
「・・・。」
「平気。」
睨むように芳河を見た。
「・・・はぁ。」
芳河はため息をついた。
「あんまり心配をかけるな。」
「分かってる。」
エリカは、赤くなった目をそむけた。
「・・・無茶してるんだろう。らしくないな。」
「平気だよ。これくらい。昔の方が無茶してた。」
「音華といい勝負だったな。」
「はは!」
エリカは笑って、俯いた。
「・・・・・ね。芳ちゃん。」
「ん?」
「・・・一緒に来てほしいんだ。」
「・・・・・・・・・・・どこに。」
「あの山・・・・。」

月は、明るかった。


On*** 北編3話 終わり



index:         


本編
■ホーム■□□   拍手   意見箱   投票
index:         10
index: 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20

index: 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30
index: 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40
index: 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50

inserted by FC2 system