願わくは、想いのこもる白いボールが馳せるように。
そのボールが、芳樹のミットに届くように。
「・・・此処。」
あの、球場だった。
私は手渡された紙に書かれた時間を確認する。10時。
ショータが昨日いきなり家にやってきて、渡して帰った。
準決勝の、時間と場所。
行きたくない。と想った。
まだ、純粋にあのマウンドを見つめるためだけに球場へは行きたくない。
だけどショータはそれでも、と言った。真剣な目を無下にはできなかった。
椅子に座る。暑い日が照っている。
あぁ、やっぱり、キラキラしている。あのマウンドはいつ見たってキラキラしてる。
心臓が騒ぐ。どうしてあそこへはもう行けないんだろう。
知ってる。知ってた。私は高校で野球ができたとしても、公式戦には出られないことも。
それでも、きっと、今よりはきっと、苦しくはなかったんだろう。
そんなことばかり考える。
あ、ゲッツー。運が悪かったな。今の球のさばき方は本当に上手かった。
この四番はミートが上手い。後ろに控える五番はガタイが大きい。一発が怖い。
ここは慎重に、打たせるかな。小細工をするより真っ向勝負だろうか。
芳樹なら、どんな風に私をリードするかな。
「・・・!」
はっとした。だめだ。
正気に戻ると虚しさだけがやってくる。
どんなに考えてても、私は二度とそれに触れることはできないと、思い知るだけだ。
首をぶんぶんふった。熱い。汗が出る。水を飲む。
ボタンをはずす。制服のこの吸水性のなさはどうだろう。
「ショータ・・・。」
ショータが出てきた。スコアは4−0で勝っている。回は6回の裏。
あぁそうか。だからだ。だから私を呼んだんだ。
ぎゅっと手を握る。
キャッチボール。あのキャッチャー知ってる。同じ学校だった大伴という先輩だ。
たしか、うちの正捕手じゃなかったけど、今日はずっと出てる。
「プレイ!」
汗が落ちた。息を呑む。熱狂的な熱さの湿気の多い空気が喉を焼く。
「ットラーイク!」
白いボールがマウンドとホームを行き来する。
「アウト!」
「アウト!」
「アウト!チェンジ!」
ごくん。
あっというまに一回が終わってしまう。下位打線とはいえ、ゴロ、三振、三振。
「・・・あの、球。」
体が熱くなる。
「すっげーッ今の!一年!?」
「決め球、フォーク!?なんか・・・すっごい変化したくない?」
周りがざわめく。
「・・・ショータ・・いつのまに・・・?」
どきどきしてきた。
カキン!
「!」
ヒットが出る。ショータが出てくる。だけど三振。
「・・・あのピッチャー、バッティング平凡だなぁー・・・」
くすくす笑われてる。
すぐ、また裏が来る。
「アウト!」
カキン!
「あ!」
二塁打。いっそうぎゅっと、手を握りしめる。
「ットライーク!アウト!」
「・・・これが一年って・・・今年まじで強いなここ。」
「うん。」
あははと、誰かが歓喜してる。またひとつ。チェンジ。
「うわー・・・あの一年、アウト六つ中四つも三振でとってる。」
私の目から、落ちてくる。
だめだ、どうしよう。笑えてくる。
嬉しくて、笑えてくる。

―――良かった。野球のことで笑えるんだ。

ショータのおかげだよ。
なんていったらいいのか、わからない。




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