残暑。私が中学三年生の夏。受験勉強に追われていた夏の終わり。
「ねぇちゃん、今日試合あるかわかんない。雨振ったらないもん。」
「ん、じゃあもしあるなら電話して。テスト前だからないなら勉強しときたいから。」
「うん。テレカ持ってる?」
「持ってる。これ、使っていいよ。」
「ポイント少ないね。」
「ずっと使ってるからね。」
あはは、と笑って慎之介は荷物を担ぎあげ、出ていった。
電話は結局鳴らなかった。
雨は小雨だった。
他の電話が一本だけ。この日の午後に鳴った。
慎之介が、死んだ。
その日を、まだ、忘れられない。

雨に濡れたまま、病院へ駆けつけた。

そこに、びしょぬれの芳樹がいた。
「・・・・・・。」
眼があっても、何も言えなかった。
いつもの眠そうな目をした芳樹の目の奥に、深い闇しか見えなかった。
「慎之介・・・・・。」
どうしたらいいかわからなかった。
泣けばいいのかもしれない。なのに、涙が出なくって。
母が近くで大泣きしている。その大きな声が耳に届くのに。
届いているはずなのに、変な響き方をしていて、どうしても聴こえない。
なんて言っているのか解からない。
慎之介の顔。
慎之介の顔。
どんな顔だったっけ・・・?
思い出せなかった。
いつも笑ってた。それしか思い出せなかった。
どうしてもう動かないなんて言うんだろう。
「嘘つき・・・・・・・・・。」
どうして。慎之介が死なないといけなかったんだろう?
ねぇ。もう投げてくれないの?私のために、ずっと投げると言ったのに。
気がつけば、つっと涙が頬を下っていた。
「慎之介・・・。」
テレカが、側にあった。
あぁ。そうか。
「・・・試合・・・あったんだ・・・。」
「うん。」
芳樹が答えた。
「だからなんだ・・・。」
どうしよう。苦しくて、死にそうだ。
「だから・・・私に電話かけるために・・・道路渡ったんでしょ・・・。」
「・・・うん。」
あんな約束、しなければ良かったんだ。
「どうしても・・・かけなくっちゃって、言って・・・」
目を閉じた。
あんな約束、しなければ良かったんだ。

それ以来、芳樹としばらく会わなかった。




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