夏がくる。
「あっちー!」
ショータは大きな声を出して、空を仰いだ。
まだ七月中旬。
もう中旬。
「・・・アサヒ?」
声がかかる。
「・・・え?」
「あはは、また寝てた?」
「・・・・・そうかも。」
ショータが笑った。短く高い声。
あぁ、あの頃の慎之介みたいだ。
「アサヒ、訊いてもいい・・・?」
「何を?」
「アサヒがピッチャー・・・やってた時って、どんなんだったの?」
「・・・小学生だった。」
「そ・・うじゃなくって!えっと・・ビデオとか、ないの?」
「・・・あるかも。でも見たことないな。」
「見・・たいな。」
風が吹いた。気持ちいい風だ。
「・・・いいよ。」
立ち上がった。少したちくらむ。
ショータの自転車に乗って、私の家へと向かった。
きっとショータには全て話すべきなんだろう。
「こ・・・ここ?」
「うん。」
「でか・・・。」
「入って。」
「え!あ、お邪魔します!」
玄関をくぐってリビングへ。
「あるかな・・・。探してくる。」
「え!?あの!」
「?」
「す・・・座ってたらいい?」
「うん。いいよ。」
ショータは面白いな。なんで時々テンパるんだろう。
ビデオは、簡単に見つかった。慎之介の部屋にある押入れの中にあった。
「これ・・・。」
「あ、ありがとう。」
「見て帰る?持って帰る?」
「あ・・・、じゃ。見て帰る。」
「解かった。じゃあ飲み物持ってくる。」
ビデオをセットして台所に行った。
歓声が聞こえた。
あぁ。
目を閉じた。どうしよう体が騒ぐ。あの音が、あの夏の音が。
「・・・はい。」
「あ、ありがと。」
冷えた麦茶。夏の味だ。
「・・・これ、アサヒだよね。」
「うん。」
「・・・すげぇ。」
ショータは心を込めていった。
「・・・ありがと。」
「・・・あれ?」
何かに気が付く。
「何?」
「このキャッチャー。」
ドキッとした。
「美河 慎之介のキャッチャーと同じだよね。」
「・・・うん。・・・・・見たことあったんだっけ。」
「あ、うん。この子、アサヒと弟の二人の球・・・捕ってたんだ。」
「うん。」
「・・・すごいね。」
「うん。最高のキャッチャーだよ。」
ショータはじっと私を見た。
「何?」
「ううん。」
首を振る。
「名前は?同い年だっけ?」
「・・・一個下。慎之介と同じ。渡辺 芳樹。」
「ワタナベ・・・ナベっていう人?」
「知ってるの?」
「え!?いや!し・・・知らないけど!」
またテンパった。
「なんか、超バッターが嫌うリードする・・・みたいな。」
「あぁ。」
少し笑えた。そういえば随分ひどいこと言われてた。
「・・・アサヒ。」
「何?」
「良かった。野球の話で笑えるんだ。」
「・・・・・・・・・。」
驚いた。自分でだって、驚いた。
「・・・ショータ。」
「ん?」
「芳樹に・・・ボールを投げてほしいんだ。」
全部。話さなくては。私は私のわがままを通そうとするのだから。
ずっと、そればっかり考えていた。
フォークを教えたのだって、本当は私の代わりになった慎之介の代わりを押し付けようとしただけ。
優しさなんかじゃない。エゴだったんだ。
だから。
「アサヒ。」
ショータが突然にこっと笑った。
「最近マジでぼーっとしてんね。」
「・・・そうかな。」
「大丈夫。」
「え?」
「俺、投げるよ。絶対。」
「・・・・・・・・・。ありがとう。」
うまく笑えなかった。笑ったりすると涙が出そうで。



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