夏が来る。

大好きだった。
汗が出る感覚。空を仰ぐ感覚。照りつける日が肌を焼く感覚。
夏が好きだった。
だけど、それは、あの年でなくなった。
「ストライーク!」
歓声。歓声。歓声。
「アサヒ!ナイピッチ!」
バシ・・・!茶色いミットに白いボールがおさまった。
あぁまた返ってきた。また投げられる。
ヒュ!
「ストライーック!バッターアウト!」
歓声。

「すっげーよなぁアサヒ!」
「あいっつ本気、つえぇ!」
わいわい、試合後のロッカーでの会話。
「や、女じゃないねっ!あいつは!」
「なっ、此処で着替えりゃいいのに、俺らと!」
「えろ!死ねよノム!」
「なぁっ!なぁ、ナベ!」
「・・・何?」
ガタン。服を着替えた少年が顔を上げる。
「はやっ、もう着替えたんかお前。」
「アサヒが着替えて待ってるからな。今日の反省、はやくしてぇから。」
「うっわー。さっすがバッテリー!」
感心。
「なぁなぁナベ!アサヒっていつからこのチームに居るんだっけ?」
「あ?えーと・・・たしか3年。」
「まじで?お前は?」
「俺1年からやってる。」
「ナベ、よくあんなボール捕れんなぁ!」
「おう・・。練習したからな。」
少年はガタンと戸を開けて外へ出ていった。
「・・・俺ら、今年優勝狙えるんじゃね?」
「狙える!」

「アサヒ。」
「・・・ヨシキ。」
ハルシオンズ。私たちのリトルのチームの名前。
私が野球をしていた唯一のチームの名前。
その一番を私が、二番をこの渡辺 芳樹が持っていた。
「お疲れ。水飲んだか?」
「飲んでる。」
歳は一つ下で、慎之介と同じ学年だった。
「慎太郎は?」
「まだ着替えてる。あいつトロイんだもん。」
芳樹は、私がハルシオンズに入った時からずっとバッテリーとして関わってきた。
話す事があればそれは全て野球のことで、暇があれば投球練習につきあってくれた。
芳樹も相当な捕球バカだった。
だからこそ、私のフォークをこぼさずに取ってくれることができたんだと思う。
「今日の相手の4番、かなりアサヒの球研究してきたっぽかったな。」
「まあね。結局ゴロ・一安打・ゴロ・三振だったけど、随分球投げた気がする。」
「決め球待ってたっぽかったしな。二打席目のあれはマグレだろうけど。」
「フォーク打たれたからね。でも結構、無茶してきたと思った。」
「な、この後暇?」
「暇。宿題ないから。」
「じゃ、あそこ行こうぜ。」
頷いた。
あそこ、とは。あの橋の下のことだった。私と芳樹は、時間を作ってはそこへ行き、ボールで気がすむまで遊んだ。ボールが好きだった。私たちの共通点って、そこだったと思う。
「ねぇちゃーん!」
「慎之介。」
どすんと慎太郎はぶつかってくる。いくつになっても甘えん坊だったのは、結局、死ぬまで。
「ねぇちゃん、またキャッチボール?」
「うん。」
「俺も行く!」
「おま、来ても見てるだけだろいつも。」
芳樹が笑った。
「ナベちゃんが捕ってくれないからだよ。」
「なら捕りたいと思えるような球放るんだな。」
あはは、と慎之介は笑った。この子には、変な競争心とか、悔しさとか、惨めさを感じることはないのかと、時々思うことがあった。
それくらい素直で。それくらいおおらかな子だった。
バシ!
「調子いいな。アサヒ。」
「うん。」
ぶらぶらと手を振って言った。
「疲れねぇの?結構投げてるぞ。」
「・・・うーん。」
肘に触れた。その仕草を彼は見逃さなかった。
「肘・・・痛いのか?」
「別に、いつも。」
「いつも?」
「いつものことだよ。もうずっと。」
「・・・アサヒ。お前痛いのに投げてんのか?」
「?痛くても投げれてるじゃない。」
ばしっと、芳樹の手が私の手を掴んでた。
「医者、行ったほうがいい。」

本当に、考えた事がなかった。
いつか自分が投げれなくなる日が来るなんて。
そんなのは、自分には関係ないって思ってた。
女だからって関係ない。投げる事が好きな気持ちは負けてない。
ピッチングだって、負けてない。
ずっとずっと、構えられたミットに好きなボールを投げられると、思いこんでいた。




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