「アサヒ?」
芳樹が心配して、試合の後、家にやってきた。
「大丈夫か?」
「・・・芳樹。」
「ん?」
「なんでもない大丈夫。勝ったんでしょ?」
「あぁ、そりゃ。病院行ったんだろ?どうだった?」
「なんでもなかった。」
芳樹はじっと私を見て、そうか、とだけ呟いた。
きっとこの時、何かに勘付いてたと思う。
「ねぇちゃん俺今日ちょっとだけ出たよ!」
「へぇ?」
慎之介が笑いながら駆け寄ってきた。
「何回?」
「途中の2回!」
「で?」
芳樹はにやっと笑った。
「1失点。」
「うわ!ちょっと!ナベちゃん!それでも俺3つも三振とったんだよ!」
「・・・そう。」
うまく笑えなかった。
「明日からまた練習、来るんだろ?」
芳樹が心配そうに訊いた。
「行く。」
「よかった。んじゃ、俺、帰る。」
「えぇ?もう?ゲームして帰りなよ!」
慎之介が誘うが、芳樹は断って帰ってしまった。
「ね、ねぇちゃん。ゲームしよ。」
「ごめん。宿題する。」
「えぇー?」
ないくせに、嘘をついて一人部屋に上がった。
お母さんと、決めた一つの約束が、苦しくて、苦しくて、一人でいたかった。

野球は、小学校まで。

結局、最後まで芳樹には何も言わなかった。
なのに、最後の試合。
「あと一つ勝てば優勝だな。」
「うん。」
「あれからずっと球数抑えてたけど、まだ痛むか?」
手を止めた。キャッチボールの途中。
「球数・・・」
抑えていたこと。気付いてたんだ。
だって練習中の球数は減らしてなかった。ただ芳樹と遊ぶのを、やめていた。
勉強だとか、なんだとか、もう、殆んど遊んでいなかった。
それが、球数を抑えていたことだったって、知ってたんだ。
「・・・平気。お医者さんも、結構良くなったって。」
本当のことを言った。
腰だってさほど痛くない。
「・・・なあアサヒ。」
ボールが帰って来ない。代わりに返されたのは、芳樹の真面目な目線だった。
「野球、やめんなよ。」
声が出なかった。
「中学行ってもやめんなよ、野球。」
どう答えたらいいか分からなかった。
「俺にお前の球、放ってくれ。」
だから頷くこともできずに、首も触れないまま、最後まで白いボールが帰ってくるのを黙って待った。

「よし!明日だ!」
「おお!」
「明日勝てば地域優勝!絶対勝つぞ!」
「おお!!」
士気が高まる。私は静かに自分の掌を見つめた。
「メンバー発表する。一番ショート大川。」
「はい!」
「二番ライト松永。」
「はい!」
「三番キャッチャー渡辺。」
「はい!」
「四番サード小坂。」
「はい!」
順々に名前が呼ばれていく。
「最後、九番、ピッチャー美河アサヒ。」
「はい。」
「アサヒ。」
監督が急にこちらを見て、低い声で呼んだ。
全員が振り向く。
「お前に助けられた試合がどれだけあったか知れない。」
「え?」
「最後なんだろ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
監督まで、知っていたんだ。
「全国は行けなかったが、今回の優勝、絶対に掴むぞ!」
「・・・。」
声が出ない。なんと言ったらいいのか分からない。だって何か言えば、涙が出そうだった。
「おぉ!」
「!」
すぐ側で芳樹が叫んだ。
「おぉお!」
全員が大きな声で叫んだ。
「やめんなよアサヒ!」
「ありがとなアサヒ!」
「明日絶対勝つからな!」
チームメイト、全員が知っていたんだ。
「頼りにしてるぞッ!エース!」
掌を握り潰した。
「おぉッ!」
あんなに大きな声を出したのは、初めてかもしれない。

最後の一球は、まっすぐだった。
「ットラーイク!バッターアウト!ゲームセット!」
苦手な球だった。
そんな風に、終わるなんて、ひどい。
優勝の記念品は、今でも私の部屋にある。




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