「美河・・・アサヒ?」
名前を呼ばれて振り向いた。
「誰・・・?」
「あ、やっぱり。俺、青木 圭太。ナベの幼馴染で、リトルベアーズの投手やってたんだ。覚えてる?」
「・・・ごめん。覚えてない。」
「あはは。そっか。一回戦ってたんだけどな。」
「・・・ごめん。」
「いいよ。」
青木は笑った。ボウズ頭はこの頃からだ。
大きな体。太い手。ごつい肩。
彼を見ると、自分が惨めに感じた。
どうして自分は女なんだろう。
「何?弟の応援?」
「うん。」
「あぁ・・・勝ってるじゃん。」
「うん。慎之介が投げてる。」
「すっげぇなぁ、弟。やっぱり美河の弟なだけある。」
「・・・うん。」
またストライク。シンカーだ。
「何中?」
「五」
「あ、野球部ないところだ。」
「うん。」
「じゃあ、やめたの?野球。」
「・・・・・・・・・うん。」
心が重かった。
「そっか・・・ナベ、残念がっただろうな。」
知っていた。
芳樹は、ずっと私のボールを受けてくれていたから。
気がつけばずっと、一緒だったから。
芳樹が私のボールに惚れていてくれたことは知っていた。
だから、私はあのミットへ、応えつづけた。
試合を見に行くたび胸がしまった。どうして私は此処から見ているんだろう。
私はあのミットへ投げる人間だったのに。今だってこんなに、苦しいくらい投げたいのに。
投げれるのに。
痛みなんか関係ない。投げれるのに。
母親を、これ以上、裏切れないと。良心の呵責。
慎之介がメキメキと力を付けていくのを見るのが私の今の精一杯だった。
それすら時々叫びたくなるほど苦しい行為だった。
だけどあの子はいつだって微笑んで、私のために投げ続けるからね、と言ってくれたから。
私はきっと立ってられたんだと思う。
だから私はあの子の投げる試合、全てを見ると約束した。

そんな約束、しなければよかった。



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