「違う。そうじゃない。」
「こう?」
「違う。」
思った以上に慎之介は不器用だった。
「こう?」
「・・・そう。あ、崩さないでそのまま。」
それでも慎之介は一生懸命で、一度もできない、とか、無理だ、とか弱音を吐かなかった。
泣くこともなく、へらへら笑うこともなく、真剣に私と向きあってくれた。

「アサヒ?」
芳樹がひょいっと現われた。玄関。
「何?」
「芳樹、私。野球、もう出来ない。」
その言葉を芳樹に告げる瞬間すら、苦しくて声がひっくり返りそうになった。
「は?」
芳樹はその言葉を噛み砕けないまま、私を見た。
「ちょ・・待てよ。なんで・・・」
「お母さんにばれたの。」
「何を?」
「黙って野球続けてたこと。」
「・・・・・・・・それで・・・。」
「私・・・もう、野球は・・・できない。」
「本気で言ってんのか?」
頷きたくない。だけど、ゆっくりと頷いた。
「ふざけんな・・・っ」
「ふざけてない。ねぇ芳樹。」
「何だよ・・・っ」
芳樹は下を向いた。
「来てほしいの。一緒に。」
「・・・何だよ・・・?」
芳樹の手を引いて、あの橋の下へと向かった。
「・・・慎之介?」
「ナベちゃん。」
「何だよアサヒ・・・?こんなところで。」
「ナベちゃん。」
慎之介が芳樹に向きあった。
「俺の球。受けてよ。」
「は?」
「最近俺の球、捕ってくれてなかったでしょ。」
「・・・っていうか、お前が最近・・・」
「捕ってよ。」
「・・・・・・・いいけど・・・。」
芳樹はこっちをちらりと見た。私は頷いてミットを投げて渡した。
「あんたの捕球の実力解かってるけど、怪我しないようにね。」
「お前の球以上のもん以外なら捕れる。」
「うん。」
芳樹は構えて座った。
あぁ。胸が心底しまる。その構えられたミットの中へ、ボールを投げたい。
私の手で、投げたい。ボールが飛び込んだ瞬間の音が球ならなく好きなのだ。
「いくよ。ナベちゃん。」
「おぉ。来い。」
慎之介は球をぐっと握り絞めて、振りかぶった。

ヒュ・・・!
バシ!!!!

「!」
「ナベちゃん!」
「芳樹・・・!」
芳樹がボールをこぼした。
「大丈夫?」
「いって・・・」
「ごめんナベちゃん!」
「・・・て・・・いうか・・・・。」
芳樹はゆっくりと体を起こした。
「お前・・・今の・・・フォーク・・・・か?」
信じられないようだった。
「うん。」
慎之介は、大きく頷いた。
「・・・もう一球。」
「うん!」
また、芳樹が構える。
バシ!
次は捕った。
「・・・・シン・・・。お前・・・。」
「ねぇ、ナベちゃん。」
慎之介は、にこっと笑っていた。
「俺、投げるよ。姉ちゃんの代わりに。ナベちゃんに。ねぇちゃんの、ボール。」

バッテリーは、新しく生まれ変わる。

それからだ。慎之介が、『すごいピッチャー』として有名になるのは。



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