「ごめんね・・・今日、まだ帰ってきてないのよ。」
「・・・部活・・・ですか?」
「ううん。友達と朝から遊びに行ってて・・・。」
じっと、窓を見上げた。居留守かもしれない。疑って見る。
「アサヒちゃん。」
「はい。」
「芳樹のこと、気にかけてくれるのは本当にありがたいんだけど・・・。」
芳樹の母親は悲しい顔で笑った。
「今は、きっと、ほっといてあげるのが一番いいと思うの。」
かわいらしいお母さんで、いつも優しいのはずっと変わってない。
「いつも、本当にありがとう。毎日のように来てくれてるのに・・・ごめんね。」
「いいえ・・・・。」
首を振った。そして礼をしてその場から去った。
ずっと。芳樹の家を、訪ねていた。
あの日から、ずっと。
あの後、ショータはとりあえず気合を入れて頑張る!と言った。
笑ってくれるショータに甘えた気がする。
投げてほしい理由、なんてのは、本当に自分のためで、だけど譲れもしなかった。
夏が来る。
苦しい季節が、来る。

「お前、今の、美河じゃねえ?」
「・・・・・・・・・・しらねぇ。」
ピコ・・・!電子音。部屋の中。
「俺、行くけど。」
「行ってらっしゃい。この蒸し暑い日に、ご苦労さん。」
「・・・ナベ。」
「青木。」
青木は鞄を担ぎあげて、振り返った。
「アサヒにもう来んなって・・・言ってくれたの?」
「・・・言ったよ。でも・・・。」
「・・・そ。ありがと。」
「ナベ。」
「なんだよ、早く行け。」
「・・・もう野球しねぇの?」
ポコ!あぁ、死亡音。
「・・・しねぇよ。」
青木はため息をついて部屋を出た。



「痛むでしょうこりゃあ。」
「・・・そんなに。」
医者は目を丸くしていた。
「美河さん、一つ言っておきます。オーバーワークは関節の寿命を減らすだけです。」
「・・・でも、投げれます。」
「見てください。」
ぐっと腕を掴まれる。
「ほら、真っ直ぐ伸ばしにくいのは、痛むからでしょう。」
肘が伸びない。だけどそれはずっと普通のことだと思っていた。
「成長期なんですよ。美河さん。とくに女の子はこの年頃、ものすごく成長する。今無理をすると、歪んだままになってしまう。」
「じゃあ・・・。」
「投げるのを少しだけやめなさい。」
「嫌です。」
即答した。
「美河さん。・・・じゃあ二週間。せめて一週間。肩と肘を休ませてあげてください。」
しぶしぶ、頷くしかなかった。
「ポーカーフェイスすぎるんだよ。アサヒは。」
芳樹は呆れたように言った。
「なんで言わねんだ。」
「・・・だって、調子はいいから。」
「ねぇちゃん、球数減らしたほうがいいよ。」
慎之介が心配そうに言った。
「・・・減らすくらいならいいけど。」
一週間も投げられないことに、この時一番絶望した。

「ねぇちゃん。何してるの?」
「ストレッチ・・・。」
リビングで寝そべって体を伸ばしていた。
「珍しいね。」
「うん。なんか、腰が気持ち悪くて。」
「腰?」
「うん。ちょっと痛む。」
それを聞いたお母さんの反応を今でも覚えてる。
「大丈夫だってば・・・。」
「だめ!来なさい。」
「大丈夫だって一時的なものだから・・。」
無理矢理次の日病院に連れて行かれた。大事な公式戦だったのに。スタメンだったのに。
「相当悪くなってますね。」
医者の言葉に、反論したかった。
そんなはずはない。
「なにかやってます?」
「野球を。」
「野球っ?女の子で?」
「はい。」
まぁこの手の反応はいつものことだ。
だけどこの先生の一言で、私は、野球をやめさせられることになる。




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