秋、まだ続く残暑の頃。私は芳樹のいるシニアのチームの試合を見に行った。
「・・・・・・・。」
芳樹は試合には出て来なかった。
「ナベなら来てないと思うぞ。」
「・・・・・青木・・・。」
「最近、サボリがちみてぇだもん。」
「・・・・そうなんだ。」
「・・・家にいると思う。」
「うん・・・・・。」
その足で、芳樹の家に行った。
「アサヒ・・・。」
少し痩せたみたいだった。
「芳樹、今、大丈夫?」
「おぉ。入れば?雨降ってる。」
「うん。お邪魔します。」
芳樹について廊下を歩く間、私達は何も話さなかった。
「あらいらっしゃいアサヒちゃん。」
「お邪魔します。おばさん。」
「元気・・・?」
「・・・はい。」
嘘をつくので精一杯だった。笑えなかった。
「上に居るから。」
「何か飲みものいる?」
「あ、おかまいなく。さっきジュース飲みましたから。」
「そっか。じゃ、ゆっくりしてってね。」
頷いた。
きっと、芳樹は家の中で閉じこもりっきりだったんだと思う。
おばさんの心配そうな顔は、私のお母さんのその顔によく似てた。
階段を上がる。軋む。芳樹の背中。いつの間にだったんだろう。
ずっとずっと大きくなっていた。
「元気・・・?」
「・・・うん。」
「嘘つき。」
乾いた声で見抜かれる。
「・・・芳樹は?」
「・・・見ての通り。」
苦しい顔を見せた。
「アサヒ・・・。」
「謝りたかったの。」
「え?」
振り向いた。ドアに手をかけて。
「ごめん・・・・・・。」
「なんで・・・。」
ドアを開ける。
「・・・私のせいだから。」
「・・・何が。」
「全部。」
全部。全部。全部だ。
私が女だから、私は投げれなくなって、芳樹から離れた。
慎之介を芳樹から奪ったのも、私だ。
私が、あんな約束をしたからだ。
「・・・あんな約束、しなければ、慎之介は死んでなかった。」
「・・・アサヒ。」
「・・・ごめん・・・芳・・・」
言いかけた途中。
ぐっと腕を引っ張られて、抱きしめられた。
「アサヒ・・・。」
だから、どうしようもなくって、どうしようもなくって、涙が流れるのを放っておいた。
「ごめん・・・」
だから、何度も、何度も、謝った。
芳樹はずっとその言葉を聞いていた。私を強く抱きしめたまま聞いていた。
「泣くな、アサヒ。お前のせいじゃない。」
それでも涙は止まらなくて、罪悪感とか失望とか、そういうものが私を押しつぶしていた。
芳樹の心音はお母さんのとは違ってた。
聞いていて、落ち着くような、そんな音だった。
電気のついてない曇天の空の光りが差し込む部屋で、このまま泣き疲れてしまいそうだった。
芳樹の掌は温かくて、頬の涙を消す。
キスをした。その時、芳樹の目からも数滴の涙が落っこちて、頬に当たった。
寂しくて、寂しくて、慎之介を失った私達は、この瞬間どうしようもなくお互いに依存した。
これで芳樹が少しでも、と思った。そのためだったら、何でもできると思った。
支えたいとも、支えられたいとも思った。頭の中が、いろんなものでごちゃごちゃだった。
雷の音がする。
ベッドが軋む。
「芳・・・」
キスで遮られる。
ボタンがはずれる。
片方の腕は、芳樹に捕まれて動かない。
体が強張った。
だけど。
「・・・なんで・・・・・・。」
「・・・え・・・?」
ぽつっと。涙がまた落ちてきて、頬にぶつかりそこから流れた。
「・・・なんでお前・・・女なんだよ・・・。」
芳樹は、突然がばっと起き上がって、下を向き、そのままベッドを降りて乱暴にドアを開け、階段を降りていってしまった。
その粗野な音だけが聴こえる。耳に届く。

なんで お前 女 なんだよ

呆然と天井を眺める私の目から、涙が落ちた。
だって。
そんなの。
私が一番 悔やんでる。
ギシ・・・。ベッドの音。
階段の軋む音。
「お邪魔しました・・・。」
「・・・え?ア・・・アサヒちゃん!」
ごしっと目を拭いた。そのまま、玄関を出て、真っ直ぐ、家に帰った。
どうしようもなく。
どうしようもなく。
悲しかった。
苦しくて。
芳樹が苦しいのも苦しくて。
解かるから。
だって私達は。バッテリーだったから。
ずっとバッテリーでいたかったから。
私はずっと、応えたかったから。



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