塔2

1,
セツ。
セツ。
セツ。
「・・・・セツ。」
「・・・・・・あんたか。」
セツは目を開けた。
彼は寝転ぶセツに泣きつくように乗っていた。
「莫迦・・・っ。」
「・・・ひどい言われようだな。」
「莫迦・・・っどうして、どうして行ったんだ!」
彼は泣いていたのかもしれない。
「重たい。いい男がこんなところで襲うな。」
「莫迦・・・っ。」
離れない。セツは彼の頭を撫でた。
「ごめん。」
「莫迦セツ!」
「ごめんってば。」
謝った。
「あの扉は開けないでくれ・・・っ。」
「・・・・・うん。」
目を閉じた。
「・・・でも聞いてくれないか。」
「なに・・・・?」
「あそこで眠っていた女はあんたと同じ顔をしてたんだ。」
もう一度彼を撫でた。



2,
「セツ・・・っ!」
僕はセツを止めた。それでも足早に来た道を戻る。
「まって・・・!サリーナ・マリハンって・・・なんで?」
「伯爵だ。」
「え?」
「こいつらを送り込んだのは、伯爵だ。」
「そんな・・・っ。」
セツは振り向いた。
「そいつらの付けてる紋章。」
どきっとした。
「間違いなくクシスのものだ。」
「でも・・なにかの間違いだ・・・!」
「間違いならいい。だけど、確実にスピカを狙っていた。」
「おかしいよ!そんな筈ない。だって・・・。」
「スピカ。」
セツは僕をじっと見た。
「信じるな。信じすぎちゃいけない。」
「・・・セツ・・・。でもおかしいよ。」
「なにが?」
「だって伯爵はセツが戦うことを知ってる。だったらこんなしょぼい兵を送ってきたりしないよ。」
セツは黙った。一理あるからだ。
「では。誰だ?」
「わからない。でも僕を狙う人間は・・・本当のこと言うと一人じゃない。」
「・・・・・・・・・・スピカも。逃げてたんだ。」
頷く。
「・・・わかった。」
セツは地面に座りこむ。
「作戦会議だ。」
「え?」
「私も実を言うと西の貴族に追われてる。追われてる者同士。二人一緒にいるのはちょっとしたつり橋だろ。」
「・・・あ・・・・。」
「だったら、それに対する策を練れば良い。座ってスピカ。」
「・・・・うん。」
僕は座った。



3,
「僕じゃない。」
「あんただったよ。」
彼は起き上がった。セツも起き上がる。
「僕じゃないよセツそれは。」
「・・・・・・・じゃあ誰?」
「・・・それは、セツ。気付いてるだろ。」
「わかんないよ。」
セツはじっと彼の目を見る。嘘はついてない。
「・・・あの女のことは、忘れたほうが良い。」
「・・・どうして?」
「今は忘れたほうがいいから。」
「・・・それは。」
「それはセツのために。塔のために。今は忘れて。」
「・・・そういうの、嫌いなんだ。」
「お願い。」
「・・・らしくないね。」
「うん。」
頷く。
「らしくないかもしれない。でも。セツ。」
彼は黒い髪の毛。烏色。悲しい歌しか歌えない。それは烏。
「忘れて。」
心の奥にずっといる。



4,
「セツ・・・。」
「なんだ?」
「これ・・・嫌だ。」
「文句言うな。」
僕は恨めしくてセツを見つめた。
再度、僕は女の子の格好をさせられている。すかすかする。スカートって。
「セツはいいよね。帽子だけでいいんだから。」
「結構邪魔だけどな。」
大きな帽子で顔を隠していた。
「どうする。これから。」
「・・・うーん。とりあえずは・・・カザンブール。やっぱり向かう。」
「うん。分かった。」
セツは頷いた。その度に帽子はずれた。
ふっと、なんだか僕は可笑しくて吹き出してしまった。
「笑うなよ。」
「ごめん。」
セツも笑った。さっきまであった息苦しさがいきなり軽くなった。
関係ない。大丈夫だ。セツは、違う。違う。大丈夫。
言い聞かせた。

「号外!」
一つの小さな町に着いた。その瞬間に飛び交う新聞を見た。
「・・・何これ。」
「さぁ。」
セツが舞う新聞の一つを取り上げる。
「・・・・・・・・号外。」
「なんて?」
「・・・王が倒れたんだって。」
「・・・・・・王様が?」
「なんでも、夜中急に苦しみだしたとか。」
セツがじっと新聞を読み干す。僕はその目を見つめる。セツの目を見つめる。
「まぁ都が今あれじゃあな。ストレスじゃないか。」
セツが呟いた。どうでもよさそうに。そして僕に新聞を渡す。
「読む?」
僕は受け取って目を通す。
「でも流石だな。西は。新聞がすぐに出回る。」
「そうだね。」
「ねぇスピカちゃん。」
「からかわないでよ。」
くすっとセツが笑った。
「ちょっと鬼ごっこでもしてみない?」
「え?」



5,
ピアノを鳴らした。
「ねぇセツ。」
「なに?」
「君は怖がってるね。」
「・・・・なにを。」
「君の夢を。君の、見たものを。」
人差し指がレ。中指がミ。
「・・・・夢は夢だ。」
「だけど、扉を開けた。」
「扉の向こうは夢だった。現実じゃない。」
「そう言い切れる?」
「言い切れる。居る筈の無い人間がいた。」
セツは呟いて目を閉じた。目を閉じても弾ける。ゆっくりとメロディーを始める。
「・・・忘れようって言ったのは僕だったね。」
「・・・そうだよ。らしくない。」
「ピアノを弾いてよ。セツ。」
「弾いてる。」
「もっと。」
セツは黙ってピアノに集中した。この曲は、悲しい。だけど美しい。名前の無い曲。
「君の仮面は。時に完璧だ。それは多種の疑いを全て洗い流すほど。」
「どうも。」
「でもこの曲は違うね。僕はこの曲が好きだ。君の顔がよく見える。君の心のそのままにピアノが歌っているから。」
「・・・そりゃ、嬉しい。」
「君は気付いてる?あの子は、君の事。思ったよりもよく見ているよ。」
「・・・・・・・・・。」
黙る。



6,
「鬼ごっこ。」
はー・・・っと息を吐いて僕は走る。スカートで走るってこんなにも難しいんだ。
一人、林を抜ける。追っ手が走る。
「すごいな、セツ。」
いつから気付いていたんだろう。僕らが追われているってことに。あの町に入ってから?
息が切れてきた。意味無いじゃないか。この女装!
そろそろだろうか。
僕は振り向いた。足を止めた。ひい、ふう、みい。追っ手は7人。
「七か。」
いい数字だ。
「なんで追うんですか。」
僕は尋ねた。
「己が一番知っているだろう。その理由。」
「分かりかねます。誰の指示ですか。」
じりっと迫る。
「クシス伯爵ですか。」
無言。
「それとも・・・――」
「相手は女だ!抑えろ!」
へ?
かかって来た。瞬間。
「残念。そのお姫様にはナイトがついてるんだ。」
ドカ!セツが後ろから蹴りかかった。片手に短剣。口に鞘をくわえ引き抜いた。
そこからはセツのソロだった。強い。セツは強い。駆けぬけ、蹴り倒し、動けなくする。
「・・・さて。今回は私を狙ってたらしい。」
ころんと転がったセツの大きな帽子を拾いあげてセツは言う。
「あながち、この前のスピカの手も、実は私を狙ってたのかもな。」
それは僕がナチュラルに女の子と間違えられたってことですか。
「・・・テアトロに、関係者がいたってことか。」
舌打ちをした。
「・・・誰の指示だ。」
また掴みかかってセツが問う。
「そこのお姫様みたいに丁寧な訊き方は出来ないぞ、私は。」
「ぐ・・・っ。」
小さなうめき声で答える。
「言え。私はそんなに気が永くない。」
「エラルド・・・っ・・・。」
「十分だ。」
セツはそいつを投げ捨てて立ち上がった。
「エラルドって・・・・?」
「西の有力貴族。」
「知ってるけど・・・なんでセツが?」
セツは笑った。
「私が訊きたい。」
僕は、ざわつく胸をもう一度押さえつけた。



7,
「また、懐かしい名前が出てきたね。」
「・・・エラルドか。」
セツはため息をついた。
「やつとは因縁が深いからな。」
「そうだね。唯一セツの顔を知っている西の貴族だ。」
「厄介だ。あいつさえいなければ逃げ切れるのに。」
舌打ちをする。
「でもあの時、君がやすやすと捕まったのが悪いよ。」
「・・・うるさいな。」
「でも何でばれたんだろう?」
「なんで?テアトロにエラルドの回し物がいたんだろう。」
彼はそうかな、という。
「ねぇ、エラルドはもしかしたらもう君の顔を知っている唯一の有力貴族じゃないのかもしれないよ。」
「どういう意味?」
「君は、すでに、手配されているんじゃないかって意味だ。」



8,
「これ。」
「・・・・・・・・・・・私だな。」
ため息をついた。
倒した男が持っていた手配書。その中にセツの事が書いてあった。
年齢や、顔立ち、それから背の高さと口調。
「ひどいな、男女とか書いてある。」
セツが笑った。
「セツ・・・何をしたの?」
「何もしてないよ私は。」
僕には謎だった。
エラルドと言えばかなりの有力貴族だ。王にも関わっている。摂政とかいう地位だ。
そんな貴族が娘ッ子一人にこれだけの賞金を掛けて手配書を作るだろうか。
「変態なんだ。要するに。」
セツが言い放った。
「しかし手配所が手に入ってよかった。これとは別の格好をすればいいんだ。そうか、スピカが間違われたのは男女だったからだ。」
「女男って言ってくれない。せめて!」
「どうするかな。」
「・・・じゃあセツ。」
にっと僕は笑った。
「こうしたらいいんだよ。」

「この格好、嫌だ。」
「文句言わない。」
セツは舌打ちした。
「舌打ち禁止。」
「・・・・・・・・・。」
セツはどこぞの令嬢さながらの格好をした。
ふわふわの洋服を来て、羽のついた帽子を被り、長い髪の毛のカツラを被って、化粧をして、歩いた。
「目立つだろ。」
「男女じゃないよ。問題ない。」
恨めしそうに僕を見る。くすっと僕は笑う。仕返しだ。
「カザンブールに着いたら、ロイサを訪ねよう。」
僕が言った。
「ロイサ・・・?」
「うん。今は多分カザンブールにいる筈だから。力になってもらおう。」
「・・・・・・・・・・うん。」



9,
「複雑?」
「何が。」
ハノンを開いてセツが振り向いた。
「心境だよ。」
「・・・?」
くすっと彼は笑う。
「セツは、知らないんだ。」
「何をだよ。」
彼は黙った。そして窓際へ行く。セツは無視してピアノを弾きだした。
「珍しい。ハノンだ。」
「うるさいな。」
「基礎、やる気になったの?」
「ちょっと必要なだけだ。」
必要。
今までのセツだったら、無視していたものだった。
気付いてないんだろうな。
彼は笑った。
見て、セツ。異性の塔が少しずつ変わっているんだよ。やわらかい、円を描いて伸びている。
だから複雑なんだろう?
正直だ。塔は正直だ。セツに似合わないほど。
塔は躊躇しているようだった。複雑な心境を映し出す。
時々歪に変化し、時々やんわりと変化する。
願わくば。この先何があっても、塔を崩さないですむように。
この塔は、このまま温めて。



10,
カザンブール。何事も無く着いた。
ロイサの屋敷を訪ねた。門番は僕を見て顔をしかめた。
「名前は?」
「あ・・・スピカです。」
「それでは分からぬ。素性の知れぬ者を通すわけにはいかない。」
門前払い。
「あ・・・でもロイサにスピカが来たと言えば・・・。」
セツが止めた。そして、一歩前に出る。
にこっと笑う。あの笑顔だ。
「申し訳ありません。この子は私の連れでして。」
「・・・ご婦人は?」
「私はセツ・ルチェンともうします。」
「ルチェン・・・ルチェン家の人間が何用でしょうか。」
「私は個人的にロイサ嬢としばしばお茶をしている仲ですわ。そんな構えなくてもよろしいじゃありませんか。」
「・・・その子どもは?」
僕のことか。
「私の遠い親戚に当たる子ですわ。ロイサ嬢とは歳も近く、時折遊んでいたようで。」
「・・・その格好でつれてきたのですか?」
「偶然そこで会ったものですから。」
「・・・。」
「セツとスピカと言えばロイサ嬢はお分りになります。もし知らないとおっしゃるのであればすぐに此処を去りましょう。」
「・・・・暫らくお待ちください。」
セツは微笑んだ。
すごい。セツ。どうしてそんな風にすらすらと嘘がつけるんだろう。
「御入り下さい。」
すぐに中に通された。
セツを前に、僕はついて歩く。
「此処でお待ちください。」
広い間に通される。
二人になる。その瞬間。
「あー。」
セツが疲れきった声を出した。そしてどすっと椅子に座った。
「疲れた。」
「お・・・お疲れ。す、すごいねセツ。」
「なにが。」
「なんか・・本物の貴族の夫人みたいだった。」
そこまで言って僕はじわっと疼く心臓を抑えた。
「別に。なぁスピカこれ、もう脱いでいいか。」
「え!何言ってるのさ。」
「窮屈だ。」
「ちょ!セツ!」
ガチャン。
「!」
僕らは振り向いた。
「スピカ!」
ロイサの声がする。僕は笑顔で駆け寄った。
「ロイサ!」
「久しぶりね。といっても、こんなに早く再会できるとは思ってなかったわ。」
「僕も。でもこっちに用ができて・・・。」
「あら?あちらの方は?」
「あ・・・・。」
僕は振り向く。セツは立ち上がってた。
「・・・セツ様?」
「あ・・・うん。」
「なぜ女性の格好を?」
ひそっと僕に問う。
「あ・・・えっと。」
「ここに入るために。スピカに着せられたんです。」
セツが言った。ロイサは笑った。
「なるほど。この間はスピカがやったものね。」
「へぇ?」
セツが僕を見てにやりと笑う。
「ロイサ・・・!」
「お久しぶりでロイサ嬢。」
「お久しぶりですわ。セツ様。少し前アルブで拝見いたしました。」
「お恥ずかしい。」
笑った。
「強いんですね。」
「お褒めに預かり光栄です。」
セツは微笑んでそう言った。だけど複雑な笑顔に見えた。
「それにしても美しいですわ。本当にご婦人のよう。」
「褒め言葉ですか?」
「あら失礼。」
ロイサは笑う。
「今服を持ってこさせますわ。ちょっと待っていらして。」
セツは頷いた。
「・・・まだ男貫くんだ。」
ロイサが居なくなってからセツに訊いた。
「後に引けないだろ。」
セツは苦笑いした。



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