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「合い席、かまわない?」
突然僕の横に女の子が座った。
「あ、かまいませんけど・・・。」
セツはじっとその子を見つめた。女の子は若者らしい格好でやたらいい匂いを漂わせていた。
彼女の次の言葉に僕は驚く。
「やっぱり、セツじゃない?」
「うん。」
セツは頷いた。
「久しぶりだ。」
「うん!ひさしぶり!すごい偶然ね!」
僕は困惑する。
「あ、ごめんスピカ。この子コウヤ。私の知り合い。」
「え?」
「コウヤです!はじめまして。」
差し出す右手を握り返す。
「やっだ、すごい偶然。なんか今頃興奮してきちゃった。セツはなんか冷静だね!」
「まぁ。驚いたけどね。なにしてんのここで。」
「ん?ちょっとアルバイト。宿引き。どう?うちの宿にきめてかない?」
彼女はニッコリと笑った。
「や、宿はもうとったから。」
「なんだ残念。」
「やばいなぁ!久しぶり。久しぶり。ね、セツ。夜バイト終わったらちょっとあわない?」
セツはちらっと僕を見る。
「あ、僕はかまわないから。」
「そう?うん。じゃ、会おうかな。」
「あ、ごめん。彼との時間割いちゃうんならやめとくけどっ。」
「ううん。大丈夫。どこで?」
「じゃあ、ベイリーってバーで!」
「うん。了解。」
セツは微笑んだ。僕はその顔が本当のセツの笑顔なのかな、とか考えた。
「あ、やばい。休憩終わる。また食べれなかった。じゃ、いくね。またあとで!多分九時くらいには終わるから!」
「うん。」
そのこはぱたぱたと走って居なくなってしまった。レジで小さなサンドイッチを買って、それを片手に宿街に消える。
僕は意外で仕方がなかった。
「セツの友達?」
「うん。」
意外といえば失礼に値するだろうか。あんなに女の子女の子した子と仲がいいんだ。
「ごめん。ちょっと夜、あの子と会ってくる。」
「うん。僕の事は気にしなくていいから。でも、あの子とどこでで会ったの?」
「ここ。」



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「君はビクビクしているね。言うまでもなく。」
運指の練習はまだ練習番号4をやりなおしてるところだ。
「君は過去を経て、この塔の設計図を書いた。君は過去を正したかったから、同じ道を通りたくないから、今自分を組み立てていってる。でも過去は消えないものだし、そしてその延長は君の横を平行に走る。道をたがえてもなくなったわけじゃない。いろんなものが変容しながら君の横を、若しくは君の壁の向こうを、進んでいる。時間軸は誰にも平等だから。」
「・・・民だ。」
「うん、最果てのね。」
「まだ内側にいるほうだろう。」
「最果てと同じだよ。殆んどの民は。」
セツはため息を着いた。
「君は変わっているじゃないか。順調に、形を変えていってるじゃないか。何を恐れる。何を恥じる。」
「あの子に恥じることなんてないよ。」
「じゃあなににビクビクしてる。」
「変わった後の自分から、戻らないといけない。」
「話すのに?それが必要なのかい?」
「・・・でなければ、話がうまくすすまないだろう。ちょっと頑張らないといけないのが少し苦痛なだけだ。」
「ぐちゃぐちゃ考えるのが君だから何も言わないよ。でも君がそれをするのはその民が比較的新しい民だから。」
「・・・中途半端にね。」
「そう、構築中に出会った民だ。だからこの塔を久しぶりに見ることになる。そうだね、その時とは矛盾が生じているだろうし、なぜこんな短期間でってことになるね。あぁそっか。その矛盾をみせるのが嫌なんだね。」
「この塔がなかった時に会った人間なら何の問題もないんだけど。」
「そうかな。逆にびくびくしそうだ。」
「・・・、そろそろいかなくちゃ。」
そして塔の外へ、外套を羽織って飛び出した。
さほど嫌いでもない。この世界の風。



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「おかえり。」
僕は毛布から身を起こしてセツが帰ってきたのを確認する。
セツは無言でどさっと地面に座り毛布を引きずり出して腰の辺りまでかけると、ため息をついてくしゃくしゃと髪の毛を掻き上げた。
「・・・楽しくなかったの?」
「あ、ごめん。起こした?」
「ううん。待ってたから。」
セツはありがとうと言うと、あー、と唸った。
「大丈夫?」
「うん、疲れただけ。」
「久しぶりの友達との再会、楽しかった?」
「うん。・・・でも、疲れたよ。」
セツはふっと息をはきランプの火を見た。僕はその目を見る。セツの目を見る。
友達とあって此処まで疲労するものだろうか。
「何話したの?」
「・・・・・。」セツは黙った。
きいてはいけなかったのかな、と考えた。
「のろけ話。」
「は?」
「恋バナ。」
「・・・あ、そっか。そうだよね。女の子だから、そういう話はたくさんするよね。」
セツははー、とため息を着いた。
「・・・セツ、そういう話、苦手なの?」
そう言えばさっきも嫌そうな顔をした。
ばさっとセツは寝ッ転がった。僕もごそっと横になる。
「恋だ、愛だとか。わからない。」
「・・・セツは、人を好きにならないの?」
「そういうんじゃない。自分がどうなのかわからない。まるで迷宮入り寸前の迷路だ。」
「ほんとに?」
女の子がそういう風にいうのは、初めて見た。
「のろけ話はきいててつっこみにくい。」
「のろけ?あの子ののろけ話?」
「事ある毎に彼の名前を出してくるから。二人の世界で時間を過ごしている人間に、私がどうだかいわれたくない。所詮その殆んどが二人の主観の結びつきじゃないか。なんで決め付けられなくちゃいけないんだ。」
「・・・・・・・・・・セツ。怒ってる?」
「・・・不愉快なだけだ。」
楽しくなかったのか。
「芯のあるように言う。だけど、それって崩れ去るとききっと全てが覆るんだ。恋愛ってそう言うものじゃない?」
「・・・悲観的だね。」
セツは黙った。
「ただ・・・。二人の世界を作りすぎてる人間に客観がどうだといって欲しくないだけだ。彼女の言う客観の殆んどが恋人の言ったことや視界じゃないか。それが見えてない人間に客観的にいってるだけ、とか。いわれたくない。その恋愛が終わった時に全て崩れ去るような客観じゃないか。そのくせ、こっちがその御高説を元に私はこうなのか、ときくとすぐにわからないという。わからないっていうんだったら、最初から下手に決めつけの言葉をはいて欲しくない。」
「・・・・・。」僕はセツの愚痴が意外で黙ってきく。
「自分がわかる人間なんかいないだろ。それは主観であって、客観とは違うだろう。自分の評判を決めるのは他人の主観じゃないか。つまり客観だ。他人の考えなんて自分にはわかりっこないんだから、自分が分からないことだってありうるじゃないか。」
「・・・主観を信じる事が出来ないの?」
「・・・出来ない。まだ私は未完成だから。」
未完成。その言葉に耳を傾ける。
「自分が完成してるなんてそんなのはおごりだ。どう変わるかわからない。まだ見えない。なのにどうして全てを言い切ることができる。言い切る事ができることなんて殆んどないんだ。自分のことも、他人のことも。」
「・・・言い切っても罪にはならないよ。」
「矛盾にはなる。私はそれを許せない。・・・わからないのに、人に何かを説こうとする事自体に矛盾を感じる。・・・わからないんなら、最初からいわなければいい。私はわからないからわからないという。口に出す事が苦手だし、言葉探しは不得意だ。でも、思っていることはある。それは言葉の形を成さない。出せる人間はそういう人間を考えてないと決め付けすぎだ。」
セツはそのまま黙った。僕はセツがこぼす愚痴を初めてきいた。
「・・・コウヤって子とケンカした?」
「してない。ただ私が一方的に煮え切らないだけだ。」
「セツ。」
「ごめん。・・・ごめんね。愚痴を言うばかりだ。スピカは全然関係ないのに。」
「ううん。もう寝よう。」
「うん。おやすみ。」
僕はセツが何を言ったのか、本当の事いうと状況がわからないから、よくわからなかった。
セツは、僕には理解できなさそうな深い思考をもってそうだと思った。
どうしたらいいかわからなくなった。

僕も、わからないことだらけだ。御高説はやめとこうとおもう。



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「また派手に愚痴ったね。」
「嫌悪だ。」
「自己?」
ポーン、と音を鳴らす。鍵盤は重たい。
「恥ずかしい。人のことを批判する愚痴をこぼすくらいなら、本人の前で言ってやればよかった。」
「でも君がそれをすると、もう民は追放だっただろう。むしろ、民の世界で君は追放だった。だって見えていようと見えていまいと、他人の世界を批判することになるんだからね。世界の批判は、反逆だ。君はその民を一応好きだ。だからしなかったんだよ。」
「・・・でも、関係ない人間に愚痴ることではなかった。」
「だって君は他にする人間が、もう、いないじゃないか。」
「・・・・・・・・・。」セツは黙った。
「恥ずかしい、か。」
彼はため息をついた。
「君がその言葉を使った次の日から絶対に壁を作る。また壁の構築が始まるんだね。」
「・・・・・・きっと。」
「もうはじまってるね。最後の言葉を話した瞬間に。見事な速さだよ、セツ。君はそうやってどんどん民を切り離して行くんだね。そして今回もやっぱり一方的に。」
音を鳴らす。この音はミ。
「君は、恋愛に美を求めすぎた。」
「美?」
「きれいな物を求めすぎた。」
「・・・・・・そうかもね。」
「幻滅の波が壁を超えて入ってきた。君はそれに衝撃を受けた。君は甲羅に閉じこもった。そして設計図を書いた。塔の設計図を書いた。煮え切らないまま殻から出てきて、君は萎えた傷口を放置した。それでも見事だね。気がつけば塔は君の思うように出来上がっていた。一度たてた塔を、削り取り、建て直した。そして今、いびつなまま塔は立っている。」
「・・・・・・歪。」
「自然ではないね。」
「思うようには、出来上がってないと思う。思うように出来上がっていたとしたら、きっとそれは歪ではないはずだ。」
「・・・そうか。君の難儀なところだね。望まず、いや、こうでありたいと望んだから、自然な眼でみるといびつな物になってしまう。難儀だ。あまりにも、強いんだ意志が。それは嘆きから来たから。」
「・・・・・・・・嘆き。」
「嘆きだよ。失望と。羞恥。君は普通の人間じゃないとおもう。セツ。」
「・・・・どうも。」
「どうして、人を好きになる欲を、わがままな部分をそうまでして押さえつけるの。」
「・・・わたしがしりたい。」
「恥ずかしい、って君はあの時言った。」
ドミソラシドミソラシ。
「君は、自分を恥じた。恥ずべきではなく普通のことだったのに。セツ。セツは、もっとセツを愛してあげて。許してあげて。信じてあげて。」



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どうしよう。なんでかわからない。
「いこう。スピカ。」
にこっとセツが笑った。歩きだす。
僕の直感が告げる。
セツはアルブまでいくと、さらりと僕を置いて一人去るだろう。
それは最短で明日ということになる。僕は息を呑む。

セツが変わった。

いつもどおりの風貌だし、声だけど。
不自然なほど上機嫌だ。
笑う。笑う。あの笑顔で。僕が見たことのあるあの笑顔で。笑顔の拒絶で。
あのとき、ロイサに見せた物ほどではないが、それに近い。
理由は思いつかない。昨日のセツは僕に対して不愉快を覚えていたのだろうか。そうではないと思う。
アレがきっかけで別人格になったかのような穏やかさで僕に接する。
でもそれは好意的というには何かが欠けている。
僕は何もいえない。セツが本当はこんな風に常に明るい女の子だったんだろうか。
それも考えにくい。今までの行動から、そうは考えられない。
「こっちの道であってる?」
「あ、うん。」
足取りは軽そうだ。昨日の重たいため息はない。
「セツ。アルブの。」
「なに?」
「・・・アルブのほうに、行った事ある?」
「一度だけ、あるかな。」
「どんなところ?」
「武道の町だよ。」
「ナイトオリンピアで勝ったセツでもアルブの騎士には勝てない?」
「さぁ、どうかな。戦ってみないとわからないよ。」
「ふーん。」
「ただ。」
「ただ?」
「私に武道を教えた人には、勝った事がない。」
セツはそれ以上は語らない。
僕は、まだセツがどうしてこう変わったのかを考えていた。
嫌われた?
そう思える。
実は最初から嫌われていて、それが今破裂したのかもしれない。
僕は体が小さく感じる。
これ以上尋ねることは出来ない。僕は怖い。
人に嫌われるのが、怖い。

アルブはもう目の前だ。



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「驚くべきスピードだね。」
彼がピアノに触れた。
「一瞬にして壁は構築された。」
「・・・・・そうらしい。」
「君がしたんだよ。」
頷く。
「あのこは何も言わないけれど、それには気がついていると思うよ。」
「・・・そっちのほうがいい。むこうから離れていってくれるなら、そのほうがいい。」
「痛ましいね。セツ。」
「痛ましい?」
「褒め言葉じゃないよ。哀れだって言っただけだ。」
「哀れでもかまわなよ。」
ピアノをはじく。
「君は一人去るのかい?」
「・・・多分ね。」
「待ってるね。」
「待ってる?」
「君はあの子が君の壁を破ってくれるのを待ってる。そうじゃないと君は君が作ったあの壁を壊せない。君はずるいよ。いつも。君は人間関係を人任せにする。」
「・・・・・・・・ずるい、か。」
右から左へ、右手が流れるように落ちて行く。弾ける。
一番好きなパートにすすむ。左手が厄介な動きを見せる。
「満足かい?」
「・・・・・・・まさか。いつだって空っぽな気がして、ならないよ。」
セツは本音をはいた。この、男に。
「そう。セツだって本当は壁の構築なんかしたくないんだよ。したくないんだよ。一人じゃ生きれない。君はそれをわかってる。自分の世界が空っぽな気がしてならない。どんだけ塔を高くしても。それはきっとずっとぬぐえない空虚だよ。」
「・・・・ぬぐえない、か。」
「セツ。ねぇ、第二楽章、弾いてよ。」
「・・・最初しかひけないよ。それも未完成だ。」
「第一もそうだろ。未完成だ。」
「うるさいな。」
「指が届いてないだけだ。いいじゃないか。弾いてよ。セツ。」
「・・・・・・。」指を止める。
「悲愴。」
第二楽章。



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「もう見える。」
セツが言った。その通りで丘を登りきったとき、大きな集落が見えた。アルブだ。
「本当だ。ここらへんはもうアルブなんだね。」
「近くにいくつか別の集落がある。アルブは結構広い地域だからね。」
「ふーん。」
僕は歩きだす、丘を下る。
「アルブに誰か知り合いがいる?」
「いない。」
「そっか。」
「父親探しのため?」
「・・・うん、まぁ。」
僕は頷く。
「どうやって探すの?」
「・・・んん・・・まぁ、訊いてみたり。」
あいまいな返事を返す。
「ふーん・・・。容易くはないだろうね。」
セツは腰の短剣を見て、そう呟いた。
僕は小さく覚悟した。
「セツ。僕はこの町に少し留まるけど・・・・。」
「そっか。じゃあ私は、・・・どうしようかな。」
セツはぐるっと周りの集落を見下ろしながらあるいた。
「セツは・・・。」
「少し、街を見て、アルブを超えようかな。」
「あ・・・じゃあ、セツは。」
「うん。行く。スペルを探して、無さそうならばすぐに。」
「・・・・そっか。わかった。」
やっぱり。と思った。
セツは何もなかったかのように僕から離れて旅に出る。
元からそんなに深い知り合いでもなかったけれど、こんなにもあっさりだと、僕はなんとなく傷つく。
「なんにしても、あの町まで、一緒にいこう。」
「うん・・・・。」
傷をふさぐために、セツのことを憎んで見る。
ばか。
セツのばか。
むなしさだけが残る。



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「莫迦だね、君は。」
第二楽章。最初の16小節。ひき終わったところで彼が呟いた。
「結構な物言いをするね。」
「莫迦だからさ。君は壁を作る才能はあっても、その壁を自分では崩すことが出来ない無能な建築家だよ。自分で固く作っておいて、自分で壊せないなんて、とんだお笑い種だ。下手な洒落だよ。」
「今日はなかなか鋭いことをいうな。」
「僕は怒ってる。」
「怒ってる?」
「人を傷つける君に、怒ってる。」
「傷つける?」
「君は人を裏切ってる。いつだって裏切ってる。傷つけてる。」
「・・・・・・・・・・だったら?」
「莫迦だ。君は、莫迦だ。」
「感情的にならないでよ。」
セツがため息をついてピアノのふたを閉める。
「今すぐ、ハンマーを探してきて。」
「ハンマー?」
「壁を打ち崩す道具だ。」
「・・・スペルを探さないといけないんだ。ハンマーなんて探してる余裕はない。」
「・・・・・・・・セツ。」
恨めしそうに彼が見た。
「お願いだから。」
「・・・・・・・どうしたの。今日は。」
「僕はセツが、人を傷つけるところなんか見たくない。憎まれるところなんか、見たくないんだ。」
セツは眉間にしわを寄せる。
「・・・・ごめん。」
謝ってみる。
「謝る相手は、僕なんかじゃないんだよ。」
彼はセツを憐れそうに見つめた。



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あっというまだった。
あっというまにセツは去った。
スペルが此処にないと判断するやいなや、軽い挨拶を述べて笑顔で去っていった。
寂しそうな顔も、なにも見せない。
そのままの彼女で去って行った。

「・・・・はぁ。」
僕はため息をついた。
アルブに着いて早4日がたっていた。
セツの事が地味に頭からはなれない。
忘れよう。と思った。関係ない。セツなんて。
問題の情報もなかなか得られないままだ。まぁそんなに簡単に見つかるようなものではないけれど。
アルブの町は確かに武道の町だった。甲冑や武器屋が立ち並んでいる。
よく広場で腕比べの試合をやっている。
僕は一人、小さな宿で朝食を取っていた。
「・・・・貴族に知り合いがいたらな。」
残念ながら、そんな知り合いはここにはいない。
僕は一人歩きだす。町を歩きだす。僕は一人だ。
ひとつのことが、一人になると頭の中を支配する。僕の目はきっと鋭くなっている。
僕にも一人、憎んでいる人間がいる。男がいる。
ぞっとする。あの手で額に触れられていた事に。ぞっとする、あの声が耳元に響いていた事に。
赤の他人だ。もう消してしまえばいい。なのに僕はそれが出来ない。
いつまでもとらわれて、憎むことで忘れられない。
逃げなくてはいけない。僕も長くは此処にいられない。
身分証も持ってない。提示が必要な場所にはいけない。
僕は必要な事を人に訊いてみる。
「そういう事は都の管轄に訊いたほうが早いと思います。」
「ここでききたいんです。今。」
「そうですか、・・・ちょっと待っててください。」
彼はひっこむ。そして数分後現われる。大きな茶色い記録簿を持って。
「・・・えぇと、たしかに、あなたのおっしゃられる年に、訪れられてますね。」
「彼女も?」
「えぇ、確か、この時には・・・もう。」
「わかりました。どこらへんに滞在したか、わかりますか?」
「それはもちろん、ピティです。ここを曲がって、まっすぐ進んだところにある大きな屋敷です。でも入れませんよ?一般人は。」
「いいんです、見るだけで、ありがとうございます。また訊きに来るかも知れないですけど。」
「私がいるときならいつでも。」
「ありがとう、よい1日を。」
「あなたも。」
僕は歩きだす。
ピティ。――純騎士の別邸だ。
僕は歩く。
僕は、拳を握る。
ならば、彼は、騎士か?



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セツは歩く。
セツは短剣を握る。
アルブを超えて、一人。
ため息をつく。
「この道をとったのは、間違いだった。」
振り向く。うじゃっと何人かの野党らしい男が後ろに居る。
「・・・しつこいな。いつまでつけてくる気。」
「わかってんだろう。」
「・・・わかんないね。」
そう言った瞬間セツはかけだした。それにつづく男たち。
「面倒だな・・・っ。」
この人数。勝てるか?
セツはいきなり振り返り、短剣を抜き、土を蹴って跳ね返るようにとんだ。

何分たったかな。

息を切らしたセツは、ずるりと座りこんだ。
気持ちが悪かった。
血が手についてる。
「・・・死んじゃいないよな。」
呟く。一応全員息はあるらしい。セツはずるっと立ち上がった。息はまだ切れている。
「お前・・・アルブの武民か・・・・?」
一人が尋ねた。膝を抑えて倒れている。
「・・・武民ではないね。」
落ちた荷物を拾う。
「だがその太刀筋・・・戦い方・・・アルブだろ。」
「だったら?知ってたら襲って来なかったって?」
セツは手首についた傷をなめる。
「あんたたち、スペルを知らない?」
「・・・スペル?」
「呪文。なにか知ってたら教えろ。」
倒れる野郎どもをセツはちらりと見ながら言う。全員が脚から血を流してる。立てそうにない。
「しら・・ねぇよ・・。魔女にでもききにいけ・・・っ。」
「ききにいった結果探してるんだ。」
セツの息切れはすっかりなおってた。
「スペルは・・・。」
誰かが言った。セツは顔を向ける。
「一人では見つけられないものだ。」
「・・・・・・・何て?」
「お前・・・一人じゃねぇか。」
「・・・どう言う意味。」
「一人では、見つけられないものだ。」
男は言った。セツはにらんだ。
「ママんとこに帰りな、お前一人じゃ、みつけらんねぇよ・・・っバーカ!」
笑った。瞬間セツは後ろを向いて歩きだした。
男は笑ってた。セツは胸糞が悪くて仕方がなかった。
「あんたたちに訊いたのが間違いだったわ。」
どうかしてた。

ママのところになんて、帰れない。



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