91,
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「なかなか似合ってたよ。あの格好。」
「茶化すな。」
「茶化してないよ。本当に綺麗だと思った。」
はぁ、とセツはため息をついた。
「疲れた?」
「疲れた。」
「次は何処にいくの?」
「・・・・西。」
「あぁ、3度目だね。」
セツはくしゃっと髪の毛をかき上げて座った。
「西には行きたくなかったんだろ。」
「・・・行かないわけにはいくまい。」
「そうだね。」
セツは西か、と呟いた。
「短剣は、隠せよ。」
「・・・・あぁ。」
「カザンブール以西は、ちょっと行きづらいだろうね。」
「・・・うん。」
「僕は、心配だ。」
「なにが。」
彼はセツを見つめる。
「君がだよセツ。」
セツも彼を見つめる。
「君がどうしようもなく心配だ。」
「・・・・・・・・余計なお世話だ。」



92,
「で、何処から行く。」
「カザンブールまで、とりあえず戻ってみようと思う。」
そう、とセツは言った。
「だいぶ、遠いね。」
「うん。」
「行こう。」
セツが僕の前を歩いた。いつもより一層ぐるぐるとあの布を巻いている。まるで顔を隠すようだ。
「あれ・・・短剣は?セツ。」
だけど、腰に短剣が無い。
「荷物の中に入れた。」
「・・・へ。」
意外だった。いつだって肌身離さなかった短剣だ。
「ねぇ、セツ。」
「ん?」
「セツの母親ってどういう人?」
振り向かず、彼女は歩き続けた。
「・・・。」
無言が続く。
「・・セツ・・・。」
訊いてはいけないことだった。そう確信した。
「ごめん・・あの。」
「気高い人だったよ。」
「・・・・え?」
セツは振り向かない。
「優しくて、一途で。なんでも話してた。」
「・・・・あ・・・。」
過去系で話す彼女。
「スピカは?」
「・・・僕の母親は・・・。うーん。・・・。」
言葉を探す。うまく言えない。
「優しかったな。穏やかで。」
「・・・ふーん。母親似だろ。スピカ。」
「えっ!」
動揺した。
「なんで?」
「なんでって。そんな感じだから。」
やっとセツが振り向いた。
「その大きな目とか。きっと似てたんだろうな。」
「・・・そ。」
そうなのかな。分からない。セツは笑った。
「セツも母親似?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。さぁ。どうかな。」
笑顔が消えた。



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君は、言うまでもなくあいつに似てるよ。

黙れ。

「・・・短剣、何処に隠したの?」
「教えない。」
「機嫌が悪いね。」
「あんたがうっとおしいからだ。」
彼は笑った。
「大丈夫だよ。今のセツは誰にも似てない。」
「黙って。」
「君の容姿は、作り物だからだ。だから、誰にも似てない。」
「・・・・・・・・うるさい。」
セツはピアノに向かった。そして、箱を開かずにその上にうつぶせになった。
「母親のことは、すごくよく覚えてるね。」
「覚えてる。」
忘れられる訳がない。
「だけど、同時に呪いも覚えてる。」
忘れられる訳がない。
「スペルはその呪いを解くための物なんだよ。セツ。」
「・・・・・。」
「だけどあの鍵がうまく回るかは、これからの君たち次第。」
「・・・あんた。」
セツは重たい頭を上げて彼を見た。
「本当は全部分かってるんじゃないのか?」
彼は微笑んでた。
「本当は全部知ってるんじゃないのか?」
「まさか。」
彼は肩をすくめる。
「僕は僕の目の届くところしか知らないよ。他の人間と、同じだ。」
「人間?」
ふっとセツは笑った。
「あんたの何処が人間なのよ。」



94,
カチャン。
僕はその音で目を覚ます。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
セツが起きている。真夜中だ。セツの背中が見える。焚き火に向かって彼女は座っている。
カチャ、カチャ。何かをいじっている。直感でそれが短剣だと思った。
声は掛けなかった。彼女は真剣にいじっている。カチャン。という音がして、何かが取れたようだった。
ため息が聞こえる。深いため息だ。
「アイツを・・・殺さないといけないのか。」
ぞくっとした。
彼女の口から出てきた言葉が。僕を凍らせる。
彼女はまた、カチャカチャと何かをいじって、短剣を元に戻していた。こちらからはよく見えない。
一体セツが何を思っているのか、何をしたいのか、何をしないといけないのか。分からない。
殺さないといけない?
誰を?
何故?
セツは。誰だ?セツって。誰?
「セツ。」
ばっとセツが振り向いた。一瞬殺気がぶち当たった。
「・・・起きてたのか?」
一瞬でその鋭い眼は柔らかくなって、僕はほっとした。
「うん。今眼が覚めた。」
「・・・そう。早く寝ないとな。」
セツは短剣を袋にもどして寝袋に入ろうとした。
「セツ。」
「ん。」
「セツ。セツは、何から逃げてるの?」
「・・・・・・・・。」セツはじっと僕を見た。
沈黙。
「ごめん。」
謝った。
「呪い。」
「・・・・・・・え?」
「呪い。それから、追っ手。」
「・・・・・呪い?」
「呪い。」
頷いた。それがなんなのか分からない。
「呪いを掛けられたの?」
「あぁ。」
「魔女に訊いても・・・解けないの呪い?」
「・・・訊いてない。・・・。」
「どうして?」
「・・・きっと、解く気がないんだ。」
セツは俯いた。細い体が寝袋に入る。
解く気がない?



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解く気がない。
それは自分も望んでいるから。心の奥の底で。塔の、地下で。
憎いから。

「最近、塔の構築、遅いね。」
「・・・そうだな。」
「君が、生きているからだ。」
「・・・・え?」
彼は笑った。
「君が外の世界で生きてるからだよ。」
「・・・・・・・。」
「ねぇ。短剣をあけた?」
「・・・あけた。」
「呪いを確認するために?」
「・・・そうかもしれない。なんとなくだ。」
「そこには確実なものがあっただろう?」
「あぁ・・・消せそうにない。」
「そう。君の証で、印だ。消せるものじゃない。」
「・・・呪いと同じだ。」
「そうかもしれない。」
彼は頷いた。
「いわば、君の血統書のようなものだものな。」
「血の話はするな。」
セツは睨んだ。
「血は血だ。消せるものじゃない。呪いと同じさ。」
「・・・。」
「でもセツ知っているか?呪いは君だけが抱えているものじゃないんだよ。」
「・・・・・・・え?」
「君だけが呪いに追われているんじゃないんだ。誰しもが、追われているんだよ。多かれ少なかれ。逃げる事が出来ないものに。」
「そうなのか。」
「あの子もきっとそうだよ。気付いてるだろ?」
「・・・スピカは・・・。」
「きっとあの子も、なにか大きな物に追われてる。追っているかもしれない。」
「・・・・・・・わからない。」
彼はセツを撫でた。
「わからないんだよ。誰もが、何も。」
「・・・でも。」
「そう。だから、歩け。だから、知れ。セツ。止まるなよ。」
言われなくたって。止まれやしない。



96,
セツが起きない。
「・・・セツ。セツ。」
何度も揺さぶったのに。らしくない。いつだって張り詰められているセツの気は、寝ているときすら万全なのに。それは触れた瞬間に牙をむく、獣に似てた。
「・・・・・・・どうしよう。病気か何かかな。」
焦った。ここは林の近くの小さなほら穴だ。
「・・・。何か・・・ないかな。」
僕は荷物をさぐる。中にはりんごしかない。食べるものは。
「・・・・・・・どうしよう。」
持病か何かなのだろうか。だとしたらセツは薬を持っているかもしれない。
セツの荷物に目をやる。だけど開けることははばかられた。
他人の、しかも女の子の荷物を探るなんて出来ない。
「セツ・・・っ!」
カチャン。
「!」
どきっとした。荷物が倒れて、中に入っている短剣の音がした。息を呑む。
あれをいじっていた。昨日。もしかして呪いってこれなんだろうか。
これのせいで今セツは目を覚まさないんだろうか。どきどきしてきた。どうしたらいい。
「セツっ起きて。」
もう一度揺さぶってみるが、動かない。息はある。しっかりと。だけど目を覚まさないんだ。
僕は深く息を吸い込んで吐いた。そしてセツの荷物の紐を緩め中からあの短剣を出した。
取り出した短剣は以前持ったときよりも随分重く感じた。僕はその短剣をいじってみた。
細工、よく見たらなかなかすごい物で、僕はこれは随分高価なものなんだろうなと思った。
カチャン!
「!」
びくっとした。思わずセツのほうに振り向いてしまった。
「・・・・。あいた。」
あいた。柄の部分に細工がされていて、開いた。僕は恐る恐る中を覗いてみる。
中には何かが入っている。金属の、鎖。ネックレスだ。それから、紙。
「・・・・・・・・・・・。」
息が詰まった。何を見た?僕は。心臓がすごい速さで鳴っている。
これは。このネックレスは。恐る恐る取り出して見る。そしてその瞬間もう一つ見つける。
そのくぼみの奥に彫られた紋章。そしてネックレスにも同じ紋章。
僕は、ふるえた。そして紙を開いて見る。見ちゃダメだ。そう思うのに、止まらない。とまらない。だって。
眼が大きく開いた。あぁ。見てしまった。これは、どういうことだ?
「・・・・・・・っ。」
セツがうなった。僕ははっとしてネックレスを元に戻し、紙を元に戻し、もう一度ふたを閉めた。
カチャン!思ったよりも速く閉めることができた。それを荷物の中に突っ込んで僕は振り向いた。
セツはまだ眠っている。だけどそれはさっきとは様子が違う。
生きている。心配することは欠片も無い。そう思った。ただ、眠っているだけだとはっきり分かった。
「・・・セツ。」
「・・・!」
はっと目を覚ました。呼んだだけなのに。
「スピカ・・。何?今、何時?」
「・・九時。起きた?心配したよ。」
「・・・あー・・・ごめん。寝坊した。」
くしゃっとセツは髪の毛をかきあげた。
「ううん。疲れてたんだよ。ゆっくりいこう。まだ日数が掛かると思うから。」
僕は微笑んだ。だけど心の奥の奥。苦しくて、息が出来そうになかった。



97,
夢を見ていた。夢だった。そうだと思う。



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「セツっ!」
彼は叫んだ。
「セツ!セツ!何処にいるの!」
セツが消えた。セツが居ない。塔の中にも、おそらく、外にも。
「セツ!」
彼は走る。息を切らす。
名前を呼ぶ。必死に呼ぶ。
一階から最上階まで全ての部屋を見た。そして今ピアノの前で息を切らし、たたずむ。
彼はたたずむ。
「・・セツ。」
ピアノを開けた。
「・・・・・。」
彼は目を閉じた。
「地下に行ったんだね。セツ。」



99,
あの男の寝息が聞こえる。聞こえる。片手に短剣はしっかりと握られてる。
忍び寄った。音を立てず。それはすばやく。ピアニッシモは最も苦手だけれども。
こいつだ。
顔を見た瞬間に胃の奥から滲み出す、醜い衝動。すごい勢いで破裂しかねねい炭酸水のようなものが。胸を下から押しつぶす。
お前さえいなければ。お前さえ。
男は起きない。このまま一突きにすれば、命は奪えるだろう。笑った。笑えた。口元が捻りあがる。
良い死に様だな。
呟いた。
汚らわしい。人間の姿をした獣でしかない。汚らしい。触れるのも嫌なくらいだ。
だが触れた。その太い首を鷲?んだ。その瞬間目をひん剥いた。
今更おきたって遅い。
ドスン!血が吹きかかった。顔に、髪の毛に。手にも。
悲鳴は聞こえなかった。笑った。笑える。滑稽だ。苦しい。
あぁ。汚い。汚い血を被ってしまった。だけどこの血は消えはしない。
手をどれだけこすったって。水で流したって。それはずっと、ずっと覚悟してたことだ。
ふと気がついた。横に眠る女がいた。舌打ちをする。汚らわしい。
だけど、心臓がざわめいた。この女を知っている気がした。何処で?一体何処で?
誰だこの女は。名前は知っていた。だけど、誰だ。
その瞬間男が起きた。殺したはずの男が起き上がり今度は自分の喉もとを掴んだ。
「お前に俺は殺せぬ。」
もがいた。短剣はその衝動で向こう側に落ちている。蹴り上げた。男はうめいて手を離す。
短剣を掴みに走る。掴んで、振り向く、そして笑う。笑えるからだ。
「お前に俺は殺せぬぞ。殺したところで、この血はお前に流れるからだ。」
ぞっとした。手がふるえた。口元はもう笑ってない。
叫んでた。そして飛びかかっていた。今度は確実に心臓を突き刺すために。



100,
何故だか沈黙が続いた。お互いに、何も話さなかった。
僕はまだ心臓が疼いているのをひたすら手で抑えていた。押さえつけたところで何も変わらないのに。
「スピカ。」
ばっ!と、振り払っていた。
セツは驚いた。そして手を引っ込めた。
「どうした?」
「あ・・・ううん。なんでもない。」
「そうか。疲れたんなら・・・。」
「違う。疲れたんじゃない。ごめん。ちょっと考えごとしてたんだ。」
セツは黙った。そして歩きだす。
そんな筈ない。そんな筈ない。何度も心の奥で呟いた。セツの顔を見る事が出来ない。うまくいかない。違う。違う。セツは・・・。
セツは。
「スピカ!」
「え?」
ばさ!
視界が一瞬にして消える。
「!?」
体を捕まれる。鷲掴まれる。そしてふわりと宙に浮く。そして、どうやら僕は運ばれているらしい事が感覚でわかる。
「うわあああ!」
悲鳴が上がった。僕の体はこわばる。ヒュッという音がして、僕の体はもう一度宙に浮いた。
そして次の瞬間に地面に叩き付けられる。
「う・・・っ!」
「スピカ!」
セツの声が耳元でした。息が出来た。袋から出された。
「スピカ!平気か!」
「う・・・うんっ・・・。」
胸を打ちつけて息がうまく吸えない。
「よかった・・・。」
僕はセツの顔を、こんなときでもちゃんと見れない。周りを見渡した。倒れている幾人かの男たち。
「・・・なんで。」
呟いた。なんで僕を。
「スピカ。」
「え?」
「こいつら。スピカを追っているのか?」
「・・・し・・・知らない。」
首を振った。嘘でもなんでもなく。
セツは立ち上がった。そして倒れている男一人に掴みかかる。
「セツ!」
「誰だ。」
セツの声は低く、怖かった。
「誰に頼まれて此処にいる。」
男は口を割らなかった。
「・・・。」
セツは黙って、立ち上がった。乱暴に捕まえた男を離し、そして舌打ちをする。
「戻るぞスピカ。」
「え?」
「サリーナ・マハリンだ。」
「え・・・っセツ・・・!」
セツは荷物を拾い上げた。そして呟く。
「あなたに裏切られるとは思ってませんでしたよ・・・伯爵。」



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